魔法科高校の禁書目録   作:何故か外れる音

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九校戦編 Ⅱ

 黒羽亜夜子

 

 四葉家の分家の一つである黒羽家の長女。

 深真たちの再従姉妹に当たる一つ年下の少女は、中学三年生にして四葉真夜の使者を務める事もある深雪に劣らずの才媛。

 

 そして、運悪く心理定規(メジャーハート)を扱った実験の被験者にされた少女である。

 

 二年前の春と夏の変わり目となった日に、真夜の使者の練習として、亜夜子が真夜からの伝言を届けに来たのが始まりであった。

 その頃の深真は精神干渉系の能力について思考する日が多く、その日は心理定規(メジャーハート)について考えていた。

 

 心理定規(メジャーハート)

 対象が他人に対して置いている心理的な距離を識別し、それを参考にして相手の自分に対する心理的な距離を自在に調整できる「本物の感情を偽りで塗り潰す」能力。

 

 これから真夜の使者として深真の部屋を訪れる事になった少女を対象として、心理定規(メジャーハート)の可能性を検証する事に決めた。

 

 親族から深真の事を聞かされていたか、四葉家本邸の一角に住まいを構えているにも関わらず、今まで出会った事がなかったからか。

 心理的距離は他人、もしくは仕事相手といった間隔を取っているが、個人的には深真とお近づきになっていたいといった心理模様を描いていたのが決め手となった。

 

 達也に対して敬愛の心理距離を、深雪に対して好敵手の心理距離を取っていた事を鑑みると、二人の姉にあたる深真には良い顔をして欲しいといった所か。

 ただ、深雪の様に何かと比べられでもされていたら、当時魔法を使用できないと考えられていた事と相まって、敵愾心に近い心理距離を取られてしまっていただろう。

 

 そんな亜夜子を対象として、深真は心理定規(メジャーハート)の実験を行った。

 

 亜夜子が深真の部屋にいる間、心理定規(メジャーハート)を用いて亜夜子との心理距離を縮める。

 その距離感は、後に、深雪が抱く「深雪と達也の心理距離」と同じ距離感をしていたことが判明するが今となっては後の祭りである。

 

 真夜の使いとして深真の部屋を訪れる度、心理的距離が狂わされる。

 初めて会った時は仕事感覚で接する予定だったのが、使者としての役割を果たし終える頃には、深真の一挙手一投足に意識が奪われるようになる。

 部屋を出れば能力は切れるが、部屋の中で抱いた印象や記憶が消える事はない。

 

 それが()()にどのような影響を及ぼすのか。

 

 それを知りたくて始めた実験であったのだが、実験が終わるよりも先に深真は精神干渉系の能力の検討を打ち切ってしまった。

 定温保存(サーマルハンド)に興味関心が移ってしまった事が大きな原因だ。

 二度三度と深真の部屋を訪れる度に心理的距離が狂わされ続けた亜夜子はといえば、能力の干渉無しで深真が設定した心理距離に収まっていた。

 時を同じくして真夜の使いの練習は終わり、亜夜子が深真の部屋を訪れる事はなくなった。

 

 最後に会ったのは半年以上も前であるが、偽りから生み出された感情は今も色褪せる事なく、亜夜子の心を冒していた。

 

 

「お久しぶりです。深真お姉様」

 

 満面の笑みを浮かべてこちらを見つめる亜夜子を見て、心理定規(メジャーハート)で亜夜子の心を狂わせた張本人は不思議そうに首を傾げた。

 実験の事を頭の隅に片付けてしまい、深雪を彷彿とさせるような情熱を燃やす亜夜子の姿に疑問を抱いてしまったのだ。

 

「ふふふっ。私がここに居るのが不思議に感じられているようですね」

「………?確かにそうですね?」

 

 亜夜子から発せられる熱の原因が気になり首を傾げていたのだが、亜夜子の眼には自分が出待ちしていた事に疑問を抱いたように映ったようだ。

 彼女の言う通りで、亜夜子の出待ちなど予定に入っておらず、それはそれで気になる点である。

 

 きょろきょろと辺りを見渡してから、亜夜子はここに居る理由を簡潔に述べる。

 

「『本邸に帰省するまで深真お姉様と一緒に居なさい』とご当主様から命令が下ったのです」

 

 ご当主様というのは四葉真夜の事だろう。

 肝心の名は一切出されていないが、それは四葉家の方針なので仕方がない。

 

 それはさておき、深真の予定を簡潔に述べると、八月一日から十二日を九校戦の観戦と観光に、残りを帰省に充てた日程となっている。

 四葉家本邸に顔を出すとしても十二日程の時間が空くことは確定しており、そのことは真夜にも伝えてある。

 

 亜夜子が遣わされた理由はつまり。

 

「帰省を取り止めない為の監視、という事ですか」

「たとえそうだとしても!十二日間もお姉様と一緒に同じ時間を過ごす事ができ、私は嬉しいのです」

 

 深雪を相手にする達也の心情はこんなものだろうかと頭に思い浮かんだところで、深真は自身がしでかした事を思い出した。

 

「亜夜子」

「はい…?」

 

 名前を呼び手招きすると、亜夜子は吸い込まれるように近付く。

 決意を宿すような真剣な眼差しを向ける深真に、亜夜子は不思議そうにする。

 

「少し、顔を良く見せてください」

「ふぇっ!?」

 

 返事を待たず、深真は亜夜子に顔を近づけた。

 急な展開に亜夜子は顔を赤くして見せる。

 

「深真お姉様…ちょっと待ってもらっても…?」

「待ちません」

「えぇ!!?でも、私は…その、覚悟がまだ…!!」

 

 顔を赤くしながらわたわたと慌てて見せる少女を不思議そうに思いながら、深真は自分の額を亜夜子の頭に付ける。

 

心理定規(メジャーハート)起用』

 

「優しく、お願いします……」

 

 優しくも何もと思いながらも、亜夜子が目を瞑ってくれた事に安堵する。

 複数の能力を同時使用する時に現れる右目の変色と目の発光を間近で見られることが無くなり、深真は気兼ねなく懸念点を確認する。

 

(距離単位十五……あれ???)

 

 深真は二年前の記憶を掘り返し、当時、深真が設定していた距離単位を思い出す。

 距離単位の設定の仕方は対象により異なる為一概には言えないが、亜夜子の場合、距離単位が小さくなる程近しく感じている傾向がある。

 基本的に他者に抱く心理距離が四十から五十の間に集中していたのを見て、何となく、二十に設定した気がする。

 

「深真お姉様…??」

 

 急展開とはいえ、いつの日か夢に見たシチュエーションが訪れて期待に胸を躍らせていた亜夜子が痺れを切らし目を開けた。

 能力を切り、正常に戻った深真と視線がぶつかるが、お互い不思議そうにしている。

 会わない期間で自分の事をより強く思ってしまった少女を見た深真は思考を放棄し、撫でる様にして額を覆う前髪をよけて、一つ口付けを落とした。

 

「にゃっ!!?」

 

 可笑しな声を上げてびっくりして見せた少女に揶揄うような笑みを見せて、深真は宿に向けて移動を開始した。

 

「……はっ!?置いて行かないでくださいっ!深真お姉様!!」

 

 背中に掛けられた制止の声を流して、深真は放棄したばかりの問題について思考を巡らせていた。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 四葉の使いを熟せる程の実力者を手放すか否かと問われれば、誰しもが否と答えるだろう。

 

 白井黒子や帆風潤子の様なポジションが埋まったということに(勝手に)して、深真は更なる精神干渉を行う事を止めた。

 今後の事を思えば、悪手と取られてもおかしくない選択だが、深真は楽観的にこの一件を流す事にしたのだった。

 

「深真お姉様、この服はいかがでしょうか?」

 

 さも当然の様に二人での宿泊に変更されていた宿にチェックインし、深真は亜夜子を連れて近場のショッピングモールを訪れていた。

 当初の予定では、移動日の初日を休息日に充てて宿で一休みするはずだった。

 自分に会うのを楽しみしていた事が丸わかりな少女を宿に閉じ込めておくのもどうかと思い直し、深真は予定を変更したのだ。

 

「少し、幼く見えますね」

「そうですか…??私としては大人っぽくしたつもりだったのですが」

 

 正直に言うと、ゴスロリ服の違いが分からないだけだ。

 亜夜子の趣味だろうか。

 偶然訪れたモールにテナント出店されていたゴスロリ系の専門店に突撃していった少女について来ただけの深真は、頭の中で大量の疑問符を飛ばしていた。

 

 自ら望んだこととはいえ、外界と隔離された生活を送ってきた深真に現代(二〇九五年)のファッションは分からないものだ。

 基本的に真夜が購入してきた衣服を指示通りの組み合わせで身に付けて生活してきた深真に何かを期待するのは間違っているのだが、亜夜子はその事を気にしていないか知らないのだろう。

 自分で身に付ける事があったとしても前世で言う所のコスプレ、もしくはリスペクトした装いを取る事となる。

 

 前者は真夜らが監修している為、深真にとっては無難と言える。

 そこにどれほどのお金が費やされたかなどは気にしてはいけない。

 

「こちらはどうでしょう…?」

 

 先程の服と同じに見えてしまい、何が変わったのか気になる所だ。

 だが、ゴスロリ少女の期待の眼差しを受けて、何が違うの?とは言いたくはない。

 

「可愛いですね。亜夜子に似合っていますよ」

「…………深真お姉様、先程と言っていることが真逆です」

「やはり、同じ服でしたか?」

「分かっててそう言ってるんですか!?」

 

 どこかいい加減さを見せた深真に、亜夜子は憤慨して見せた。

 憤慨と言っても、とても可愛らしいもので、深真の心は和んだ。

 

「それで、決まりましたか?」

「深真お姉様、本当によろしいのですか…?」

 

 自分の服に着替えて、試着室から出てきた亜夜子に問いかけた。

 折角買い物に来たのだ。

 亜夜子の気に入った衣服をプレゼントする事ぐらいさせて欲しいものだ。

 その提案をうけて、亜夜子は気になった服を数着選びだして、試着して見せていたのだ。

 

「構いませんよ」

 

 深真の肯定の意思を示したことで、何度目になるか分からないやり取りが終わる。

 意を決したように力強く頷いた亜夜子は、一つ一つ手に取って選択し始めた。

 だが、その手が進む様子はなく、一つ手に取って広げてみては元の位置に戻す動作を繰り返していた。

 

「一着に決める必要はありませんよ」

「え??」

「そちらの服全て気に入ったのでしたら、全てプレゼントしますよ」

 

 もしかしたら、と思い至った深真は、優しく微笑みながら亜夜子にそう告げた。

 

「……深真お姉様、こちらのお店の服が一着いくらするか知っていて仰っていますか??」

 

 深真が期待したのは歓喜の表情を浮かべる亜夜子の姿。

 だが、実際に目にすることなったのは呆れた表情を隠さず見せる姿であった。

 

「それは知りませんが……百億を超える事はないでしょう?」

「ひゃっ!!!???」

 

 深真のぶっ飛んだ判断基準が露呈した。

 実際にその額を保有しているのかはともかくとして、深真はそれぐらいまでは余裕だとでも言わんばかりである。

 

「気に入った衣服があれば、それをプレゼントとすると言ったでしょう?」

「でも………」

「お金のことは気にしなくていいですよ。()()から沢山頂いていますから」

「それなら…こちらの服をお願いします……」

 

 亜夜子が差し出してきたのは、試着した全ての服であった。

 それら全てを受け取った深真は、近くで待機していた店員に声を掛ける。

 二人が滞在する宿に届けてもらうように手配して店を後にする。

 

 ちょうどいい時間であったことから、同じ建物内に設けられたレストランで昼食を取り、深真は亜夜子と共に宿に戻った。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 二〇九五年 八月三日

 

 室内に設置されたモニターで九校戦の開会式を見守っていた。

 富士演習場東南エリアで行われる九校戦は、交通の便が悪いにもかかわらず一日当たり約一万人の観戦者が集まる。

 モニターを通して観戦する者はその百倍以上に上るとされており、深真と亜夜子もまたそのうちに含まれている。

 

 所謂、膝枕を所望した亜夜子の頭を撫でながら、深真は選手宣誓に期待を寄せていた。

 

 世界が違うのだから、競技内容が違うのは当たり前。

 だが、選手宣誓ぐらいは、何かしでかす者が現れてもおかしくない。

 そんな思いで期待を胸に抱いて、モニターと向かい合っていた。

 

 しかし、深真の期待に沿うような開会式ではなかった。

 

 宣誓の言葉をど忘れして、根性に根性を重ねた根性で乗り切ったナンバーセブンの面影は微塵も感じられない程に、規律を強く印象付けるものであった。

 華やかさなどまるでなく、長かった思い出しかない来賓の挨拶も端的に終わり、九校それぞれの校歌が順に流れて開会式は終わった。

 

「亜夜子の言う通り、つまらない催しでした」

 

 大きなため息を吐いて、開口一番にそう口にした。

 

「だから開会式はつまらないと何度も言ったではないですか」

「そうですね、これは私が間違っていました」

 

 モニターから目を離し亜夜子を見下ろし謝罪する。

 向こうを向いていた亜夜子がクルリと反転して、ぎゅっと手を回してお腹に顔を埋めてきた。

 

「離れなさい」

「もがもがもが」

 

 何を言っているのか分からない。

 横腹を突けば跳ね起きるだろうか。

 そう思い行動に移す前に、亜夜子が起き上がった。

 

「それで、本日はどうしますか?一応、九校戦の方はスピード・シューティングの予選と決勝、バトル・ボードの予選が予定されてますが…このまま観戦しますか??」

 

 スピード・シューティングには七草真由美が、バトルボードには渡辺摩利が出場する事を思い出す。

 

 少し考えて、如何に素早く魔法を発射して標的を破壊するかを競うスピード・シューティングから得られるものはあるが、バトル・ボードは加速魔法を用いたレースゲームなので、正直に言って参考になることはないに等しいと判断する。

 

「亜夜子はどこか行きたい場所はありますか?」

「深真お姉様と一緒ならどこでもいいですよ」

「はぁ…そういった答えが欲しかったわけではありませんが…まぁ、いいでしょう。今日はスピード・シューティングの観戦をしましょうか。エルフィンスナイパーが出場しますから何か得られるモノがあるでしょう」

「エルフィンスナイパー…?あぁ、七草真由美さんですか。確かに、あの人の魔法技術は参考になりそうですわ」

 

 二つの競技が同時進行されるため、自然とチャンネルは二つに分かれる。

 亜夜子がスピード・シューティングの中継チャンネルに変更している間に、深真は昨日のうちに用意しておいた間食や飲み物を準備する。

 

 その間、深真は明日行われる競技を記憶から引っ張り出す。

 明日、八月四日に行われる競技はアイス・ピラーズ・ブレイクの予選とクラウド・ボールの予選と決勝。

 クラウド・ボールの方に真由美が出場するが、正直に言って魔法の参考にならない競技だとは思う。

 テニスが好きな人なら楽しめる競技といったところだが、こちらは録画して別で楽しむことにする。

 

「明日は少し遠出しましょうか」

 

 一応、旅行も兼ねているのだ。

 宿に缶詰しに来たわけでもない。

 明日行わる競技から学べる物は少ないと判断し、何気なくちょっとした遠出を提案すると、元気の良い返事が返ってきた。

 


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