魔法科高校の禁書目録 作:何故か外れる音
入学編 Ⅰ
四葉深真は転生者である。
異世界転生してとある世界の超能力を使いたい。
そんな馬鹿げた願いを叶えてくれた女神様に感謝すべきか否かを悩んだのは幼女の頃。
女神かは知らない所だが、女神様だと深真は決めつけていた。
少しだけでも知っている世界に生まれたのは良かったと言えるが、生まれがあまりにも特殊だ。
四葉真夜と司波深夜の遺伝子を受け継いだ調整体といった所だろう。
それが無ければ、深真は幼女している頃から素直に感謝の祈りを捧げた事だろう。
紆余曲折あって、軟禁されつつ能力検査をしたりする日々を過ごすうち、女神様が深真の欲望を上手く取り纏め編集し組み込んでくれていた事を知った。
改めて四葉深真という少女を調べ直すと、深真の置かれた現状を差し置いてでも感謝しないといけない程、女神様には手を掛けて頂いていた。
どうしてそこまでしてくれたのかは分からない。
分からないが、深真は溺愛してくれている真夜に我儘を言い、深真の住まう離れから続く道先に社を建てさせ、その社で女神様に感謝の祈りを捧げる様になった。
四葉深真という異物が紛れ込んだ以外に大きな変化が起こっていないと思われる。
外の世界をよく知らない以上あくまでも推測の域を出る事がない為、判断がつかない部分があまりにも大きすぎて、四葉真夜が立派な親バカになった事ぐらいしか思い当たらない。
そんな事を考えながら、庭に降り積もる雪に極小の
滅多にない真夜からの呼び出しに何事かと少しばかり警戒心を抱いたが、それは無意味なものであった。
「深真さん、魔法科高校に通わないかしら?」
あまりにも予想外な提案をされ、募らせた警戒も霧散する。
小学校・中学校ともに通っていない娘に、高校に通うように持ち掛けるという不思議な話をされ、警戒心を抱き続けるのは無理があった。
二人の間に存在するテーブルの上に開かれた魔法大学付属第一高校のパンフレットを確認した深真は、真夜が本気で自分を魔法科高校に進学させようとしていると判断できる。
「そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃない」
「何故?」
「………私の事嫌いなの…?」
「…違います」
今迄なら示されたことのない選択肢を与えられて、返事が一拍遅れてしまう。
いつもより簡潔な言葉しか出ないあたり、深真の困惑具合は相当なモノだ。
そのせいか明後日の方向へ飛んで行こうとした話を深真は直ぐに戻した。
「何故、今になって学校に通わせようと?」
「深真さんの制服姿を見たいからよ!私が」
「…………はっ?」
恐らく、深真と同じ状況に置かれていれば誰もがするであろう質問。
その答えとして示された理由は全くといって予想していないもので、深真は思わずそんな声を上げてしまった。
普段聞くことのない様な声を上げた深真の姿を見て、真夜が笑みを浮かべた。
何故か喜んでいる真夜を他所に、深真は真夜の提案の意図を考えてみる。
だが、分かることは真夜の親バカが発動したということだけ。
意味が分からない、そんな結論にしか辿り着かない深真に真夜は話を続けた。
「深真さんが四葉家本邸から離れられなかったのは、貴女の宿す超能力が詳細不明であったからという事もありますが、何より、魔法を扱えると考えられなかったからです。深真さんが少なからず普通の魔法師として活動できる余地がある以上、ここに閉じ込め続ける理由は存在しません。この数年の調査で超能力を完全に制御出来ている事が分かった以上、今は一般的な魔法力は取るに足らない程小さな力が秘めているであろうその才能を腐らせるわけにはいけません」
超能力だけでなく、魔法にも触れて欲しいという事だろうかと考えた所で、深真はその考えを切り捨てる。
真夜が最初に話した様に、単に四葉家に軟禁しておく必要が無くなったから、学校に通わせたくなっただけなのだろう。
幾分か親バカが発動している以上、それしか考えられない。
となれば、深真が選ぶ選択肢は一つだ。
「その弱い魔法力で合格できるかは分かりませんが、受験はしてみます」
「本当に?それじゃあ、深真さんの制服姿が見られるってことになるわね!」
「……いくら何でも気が早いですよ。真夜さん」
知らず知らずとは言え、深真が求めた環境が手に入ったこと。
深真が我儘を言うと、何だかんだ言いつつ望みを叶えてくれた真夜の願いを叶えて見せるのも吝かではない。
後になって魔法科高校の受験資格を調べた所、日本国籍・中学卒業資格の二つが必要な事が分かった。
それを知った深真は真夜に受験できないのではないかと尋ねると、普段与えられていた課題がとある中学校から出されたモノであったと判明した。
登校していないだけで、中学校に籍があり順調に卒業する事になっている事をこの時初めて知った深真であった。
深真の学業事情に四葉家の力が働いていたとは露知らず、深真は受験勉強を始めたのであった。
◇ ◇
二〇九五年 四月三日
魔法大学付属第一高校
その敷地内に白髪赤目の少女の姿があった。
膝下まで伸ばした後ろ髪は緩く三つ編みにしながら一つに纏め、手には真っ白な長杖が握られている。
その立ち姿は魔法科高校という場所である事もあり、古い時代を生きた魔法使いを真似ているように見えなくもない。
実際、深真は超能力の補助具として長杖を採用しているため、ある意味正解と言えた。
何事もなく中学の卒業資格を得て、そのまま受験にギリギリ合格し進学できた現実を実感していた。
数多の超能力の副産物として手にした頭脳が遺憾なく実力を発揮した上に、小さいと真夜に評された魔法力が善戦したのが合格を手繰り寄せたのだと深真は考えている。
どちらかが欠けていれば、今頃四葉家の離れで何かをしていた事だろう。
「何故お兄様が補欠なのですか!?」
何処からか沸き立ってきた謎の自信に胸を張っていると、聞き覚えのある女子の声が聞こえてきた。
最後に会ったのは司波深夜の葬式。
四葉家本邸の離れに移されて、初めて再会したのが深夜の葬式であった。
自分の事に夢中となり二人の事が頭から抜け落ちていたとは口が裂けても言えず、取り敢えず、深雪の容姿を褒めたりしてやり過ごした記憶がある。
あれから更に半年以上時間が空いている事もあり、どんな表情を浮かべて接触すればいいのか分からずにいる深真だったが、先送りにしてもどの道顔を合わせる事になると思い至り、深真は二人と会うことに決めた。
「深雪!」
声がした方に歩み寄っていくと、達也が深雪を咎めるように名を呼ぶのが聞こえた。
本当の始まりは耳にしていないが、深真が最初に聞いた声は深雪の声だったはずだが、いつの間にか攻防が逆転していた。
二人に近付く深真の気配に気付いた様子はなく、口論とも呼べぬ会話を交わしている。
先程の様に声を荒立てるような事はなく、微かに聞こえる話し声と角度的に見えなくもない口元から判断するしかない。
「お兄様……そんな、『想っている』だなんて…」
それなりに近くまで寄った所で、そんな言葉が深雪の口から飛び出した。
深雪の頬が赤くなっている所を見て、どのようなミラクルが起きればこの様な着地をすることになるのだろうかと深真は疑問に思う。
ここまで近寄っても何故か気付かない二人を前にして、深真はどうしたものかと考えて、無難に朝の挨拶から入る事に決めた。
二人の空間を維持し続けるのも面白いと感じる部分もあるが、放置され続けられるのは正直言って悲しい。
「おはようございます。……久しぶりですね。達也、深雪」
『二人の空間』とでも言うべき良い雰囲気をつくり上げていた二人が、ビクリと身体を震わせた。
壊れかけのブリキの様にゆっくりとこちらに顔を向け、信じられないようなモノを見たような反応をされると、二人の空間を壊した深真は困惑するほかなかった。
この場にいるはずのない姉の声が聞こえた。
兄と同じように声がした方向に顔を向けると、そこには困惑の表情を浮かべた姉の姿があった。
四葉家本邸に囚われの身となっていると言っても過言ではない生活を送っていた姉が、四葉の村から出る事を許されなかった姉がそこに居た。
姉が齢六つになるまではいつも一緒に居たのを今も覚えている。
たった数ヶ月しか変わらないにも関わらず、姉としてわたしの手を引いて歩き回る姉の後姿を思い出す。
いつも傍にいて、わたしの我儘も聞いてくれた姉が大好きだった。
そんな姉は突然姿を消した時は悲しみに暮れた。
誰も何も教えてはくれず、一部の大人たちからは四葉深真の事は忘れる様に言われた事もあった。
小学校に上がって、母に姉の事を教えて欲しいとせがむと、姉が当時置かれていた実情を教えて貰えた。
超能力が使えても魔法が使えないなら四葉家の人間としてはいられない。
かといって、特別な事情を抱える姉をそのまま放逐することもできない。
姉に与えられた選択肢は一つで、超能力調査を受けて魔法の発展に、四葉家に貢献することだと。
そして、殆ど一人で離れで生活していると聞いて、姉が寂しがっているのではと思い私は姉に会いたいと願った。
だが、要望が聞き入れられることはなかった。
どうしてとなんでと嘆き悲しむことも許されなかった。
そんな折り、心ない大人たちに掛けられた言葉を思い出した。
姉の事を忘れろという言葉を。
その言葉を思い出して、わたしは恐怖した。
大好きな姉を忘れてしまうのではないかと。
まだ幼かったわたしは、頭を頑張って働かした。
そして、一つの案を思い付いた。
姉の事を知りたいという事が大きく反映されていたのだろう思い付きだ。
姉の超能力調査の内容が知りたいと。
この望みに込められた意味を、母は正確に察してくれたのだろう。
文章やデータの塊ではなく、研究が記録された映像を用意してくれた。
そして、わたしは姉がどんな環境に身を置いているのかを知ることとなった。
最初はまだ良心的であった研究は、時間が経つに伴い、悲惨さを増していたように思える。
姉をここから救い出したいと自然と心に決めるような実験も行われ、昔の様な姉はもういないのだと思っていた。
母の葬式で久しぶりに会った姉は、わたしの記憶に残る姉と変わっていなかった。
その再会は、より一層、姉を四葉から解放したいという思いを強くさせた。
そんな思いを密かに心に掲げていたわたしの前に、信じられない事態が起こっていた。
鈍く怪しくそれでいて鮮明な赤い視線と交わり、わたしはこれが現実だと認識した。
「…………お姉…さま?」
「……?はい」
姉が目の前にいる。
それが信じられず声を掛けると、不思議そうな表情を浮かべながら首を傾げながら返事をする姉の姿がそこにあった。
信じ切れず兄の方を見遣ると、兄がこれが現実だと告げる様に首肯してみせた。
視線を姉の方に戻すと、口に片手を当てて何か考えこんでいた。
何を考えているのか気になるところであるが、気持ちを落ち着かせる事を優先し、ゆっくりと深呼吸をしながら姉を見る。
わたしや兄と同じ第一高校の制服を身に纏っている。
桜をモチーフとしたシルクテイスト・オーガンジーのインナーガウンを身に付け、その上に身に付けている緑色のブレザーに八枚花弁の刺繍は存在しない。
八枚花弁の刺繍はない
「どうしてお姉様が補欠なんですか!?」
「どうしてと言われましても……魔法力が乏しい以上仕方ない事だとしか言えませんよ。寧ろ、小さな魔法力を振り絞って合格をもぎ取った事を褒めて欲しいくらいです」
「流石、お姉様です!!…………はっ…!?」
大好きな姉が二科生だと言う現実が信じられず、つい声を上げてしまった。
突拍子もなく詰め寄られ驚いた深真は、困惑しながらも妹の疑問に丁寧に答え、深雪にさすおねを言わせてみせる。
深雪に「流石」と言われるとは思っては居らず、どこか気持ちよさを感じていた所で時間切れとなり、深雪は講堂に入らざるを得なくなった。
後で落ち着いて話をする約束を姉妹で交わして、わたしは姉と兄に宣言する。
「わたしの晴れ舞台、ちゃんと見ていてください!」
しっかりと頷いて応援してると声を掛けてくれた二人に恥じない様にと、深雪は気合を入れ直した。
途中、振り向いてみると、手を振って見送る二人の姿がそこにはあった。
「達也、晴れ舞台って何があるのですか?」
「……知らずに応援したのか」
そんな会話が深雪の耳に届くことは無かった。
◇ ◇
第一高校は、高校と言うより郊外型の大学キャンパスの趣がある。
様々な施設が別々の棟として立ち並ぶ姿を見て、普通の高校と同じだと言う事はないだろう。
学校設備を利用するためのIDカードは入学式後に配られることになっており、今、施設を利用することはできない。
それ以前に、入学式を控えているからかどこの施設も休止している。
来訪者の為に設けられたであろうオープンカフェも休業しており、腰を落ち着ける場所を探すのにも一苦労である。
そのお陰で校内の施設配置を憶えられたと思えば、いくらか気持ちは楽になったので良しとする。
「姉上、ベンチの置かれた中庭を見つけました」
「ご苦労様」
「…ありがとう、ございます」
弟を扱き使ってこそ姉というもの。
そんなよく分からない電波を受信した深真は早速実行してみせたのだが、なんだか悪い気がしたので今しがた購入した何でもないお茶を達也にあげた。
達也の反応を見るに、上手くつかめない距離感に戸惑いを覚えているのはお互い様なのだと分かる。
達也が見つけたベンチに移動したところで、無邪気な悪意に襲われた。
あの子たちウィードじゃない?
あの子真っ白ね
こんなに早くから…補欠なのに張り切っちゃって
白兎ってあんな感じなのかな?
悪意とは違う会話が混ざり込んでいたが、聞きたくもない会話の断片が耳に届いていた。
ウィードとは二科生徒を指す言葉である。
やむを得ない事情を抱えているとはいえ、雑草と揶揄されて何も感じないわけではない……なんてことはなく、深真がそれらの声に気を取られることは無い。
どれだけ優れた異能をその身に宿していると言っても、それはここでは意味を持たないのが現状。
それがこの魔法業界の現状である以上、羨んでも妬んでも仕方の無い話だ。
そんな事はさておき、深真は今置かれている現状を打破することに決めた。
「達也、三人掛けのベンチですから貴方も座ったらどうですか?」
ベンチの端の方に座った深真の横に、休めの姿勢で立ち続ける達也に深真は声を掛けた。
弟が何を考えて、そうしているのかは分からない。
「いえ、俺はここで大丈夫です」
「座りなさい」
小さいようで長い溜息をついた深真は語気を強めて再度言いつけた。
「……失礼します」
すると、渋々といった様子で達也はベンチに座った。
達也がベンチに座った所で、深真は少し考えて言葉を紡いだ。。
「今の私は
「それは……」
四葉を名乗らず、司波を名乗る事にした姉の真意は分からない。
『四葉』の名を名乗る事を許されなかったのか、四葉家当主にそう指示されたのか。
達也が知る深真が名乗る姓は四葉だけであった。
「まさか、司波を名乗る事を許さないとは言いませんよね?」
「あ、あぁ……そもそも、姉上にそんな事を言う権限など俺は持ち合わせていない」
困惑する達也に、深真はそんなことはしないよねと笑顔で問いかけた。
立ち直るよりも先に畳みかけてきた深真に、達也が絞り出した答えは四葉家と達也の関係性を示すものだった。
「そういうことではないのですが……まぁ、いいでしょう」
不満しか残らない回答を貰った深真は呼吸を整える。
そして、一つ気が付いた。
先程まで何を考えているのか分からなかったが、達也は今『四葉家当主のご息女』を相手している状態だという事を示しているのだと。
考えるまでもない、なんてことのない理由だった。
達也の身の上を考慮すれば、達也の変な態度にも納得できる。
そう考察した深真は、達也を安心させようと理由を教える事に決めた。
しかし、その名を口にするのも憚られるという事で、推測しやすい単語に置き換えることを忘れない。
深く考えることもなく、深真が言わんとしていることを達也は理解してくれるだろうと考えての事だ。
「良くも悪くも四枚羽は影響力が大きいですからね。いらぬ緊張を周囲に与えるのは避けた方が良いと判断したまでです」
「…………うん?」
「搭乗してはいませんよ?乗る必要があるときは乗りますが」
「あぁ、わかった………???」
深真が言わんとしていることを達也はちゃんと理解した。
四葉の人間としてではなく、達也と深雪の姉としてここにいるのだと。
場合によっては、四葉の人間として振る舞うことがあることも。
「心配する必要はありませんよ」
疑問形で返事した達也に、深真は穏やかな表情で言葉を紡いだ。
残念な事に、達也の意識は既に深真が持つ端末に映された資料に集中していた。
四枚羽と名付けられた無人攻撃ヘリの武装一覧が表示されているのだ。
パッと目を通しただけでかなりの極悪仕様である事が分かり、別の意味で達也はひいた。
ある意味四葉の極悪性を揶揄しているとも取れなくもない。
気遣いの言葉と凶悪なヘリの情報に挟み撃ちの様な状態に陥った達也は、一度思考をリセットしようと一つ深呼吸を挟む。
そんな達也を横目に、深真は本題に入る事にした。
「私は、普通の姉弟というモノが分かりません」
「ちょっと待ってくれ、姉上。話に付いていけない」
「そこで、偶然入手した情報を参考にして私は傍若無人な姉として振る舞おうと思ったのですが、どうでしょうか」
「頼むから、少し待ってくれ」
「弟の懇願を切り捨てるのが傍若無人な姉の姿として相応しいのではないでしょうか」
「…………変に振る舞おうとしないでいいと俺は思う。俺達の距離感がぎこちないのは仕方ない面が多い」
「そうですか……では、普段通りに行くとしましょう。ですが、いつもより緩く参りましょう。固すぎたら、姉弟には到底見えませんからね」
「御意」
「達也……?」
どこか腑に落ちないまま会話は途切れ、達也は電子書籍に目を通し、深真は組み上げたばかりの四枚羽の設計図を弄り倒して残りの時間を過ごすのだった。