魔法科高校の禁書目録 作:何故か外れる音
「兄妹愛」以外の衝動を失ったあの日、姉に逆らってはいけないことを知った。
「兄妹愛」を「姉弟愛」に変換して見せた姉の姿を覚えている。
俺に残された最後の衝動を、ああも容易く弄られた。
テレビのチャンネルを変える様な気軽さで。
そんな姉に逆らう気が残るはずもなく。
十五になり、高校生となった今も、姉に逆らう気概が湧いてくることはない。
◇ ◇
四枚羽を弄って遊ぶと何だかんだで六枚羽に行きつくあたり、四枚羽は六枚羽の廉価版なんだと思わされる。
そのことに文句があるわけではないが、いじっていて面白みがなく思えてきて不満を抱く。
「姉上、そろそろ講堂に移動する時間だ」
「……時間が経つのも早いものですね」
もう一度、と頭を働かせようとした所で達也から掛けられた声で制止する。
想像していたより時間がない現状を受けて、自由時間の多かったあの日々を恋しく思いながら深真は端末を閉じた。
「新入生ですね?開場の時間になりましたよ」
ベンチに立て掛けていた白杖を手に取って立ち上がろうとしたその時声を掛けられた。
下におちていた視線を上げると、一人の女子生徒が微笑ましそうにこちらを見ている。
考えずとも、今、声を掛けたのは彼女であると分かる。
下から上に視線を上げた関係上、まず、胸に八枚花弁の刺繍が施されているのが目に入る。
だが、
(…………ふむ)
前世が疼いたのだろうか、その一点に視線が固定される。
あまり見過ぎるとエンブレムに目が行ったという勘違いをしてくれないだろうと考え、すぐに視線を横にスライドさせる。
左腕に幅広のブレスレットが巻かれていた。
それが何なのか直ぐに分からず、深真は内心首を傾げた。
(もしかして:CAD)
CAD Casting Assistant Device
術式補助演算機のことで、魔法を発動する為の起動式を魔法師に提供する補助装置。
現代版の呪文や魔導書と考えれば分かりやすいだろうか。
魔法発動の高速化に重点を置いたCADは、従来の呪文や魔導書等と比較にならない程の飛躍的な速さで魔法の発動を可能としている。
CADがなければ魔法を使えないという訳ではないが、その利点をあえて捨てる様な魔法師は殆ど存在しない。
一定の技能に特化し、念ずるだけで超常現象を引き起こす
そのCADを持たず、また興味関心が薄い深真は、目の前の女子生徒が身に付けるブレスレットが何だったのかすぐに分からなかったのだ。
食蜂操祈のリモコンや結標淡希の軍用懐中電灯の様に、能力の線引きを長杖でこなせなければ。
CADを使う事が弱体化に繋がらなければ、能力者一人分の演算能力しか持たなければ、深真はCADを利用していたことだろう。
「ありがとうございます。すぐに行きます」
CADに思考を取られ身動き一つせずに考え込む深真を見た達也が変わりに礼を言う。
兄弟の距離感が分からないのは深真だけではなく、達也も同様の事だ。
トラウマの様に植え付けられたあの恐怖心もあり、深真との距離感を測りかねているのが現状である。
姉と弟がメインで登場する小説などに目を通し、姉弟の距離感を学ぼうとしたのだが、今一参考になるものはなかった。
姉が受信したと言う電波らしきモノは見つけられたが、それは断じて正解ではないだろう。
結局、達也が参考にしたのは普段の深雪の姿である。
ただ、深雪にある行き過ぎな側面は除外した上での話だ。
深雪の様に、深真の後ろを付いて歩こうと考えた達也にとっては予想外な事態がさっそく発生していた。
(何故、CADを装備しているのでしょうか)
「……姉上」
「えぇ。行きましょう」
何故か考えこんでいる様に見える姉を呼ぶと、すぐに反応してくれたことに達也は安堵した。
言外に急かされた深真は、浮かんだ疑問を放棄し目前の女子生徒に一礼する。
そして、講堂がある方に歩みを進めようとしたその時だった。
「えっ!?姉弟なの!??」
声を掛けてくれた女子生徒が声を上げた。
何と思っていたのか気になり、深真は女子生徒の方に振り向いた。
深真がそうすることで達也も立ち止まらざるをえない。
「……?」
「えぇっと、その……ね?…んーっと……」
言葉には出さず、何この人、という様な視線をぶつけると、違うのよ?とかそういう意味じゃ…とか口にする女子生徒の姿がそこにあった。
慌てながら両腕を右往左往させる女子生徒の姿に心なしか視線が冷たくなってきている気がしてきた。
「あっ!私は第一高校の生徒会長を務めています、七草真由美です。……よろしくね?」
「司波達也です」
「は……?……っ!!俺は…いえ、こちらは司波深真です」
突然始まった自己紹介について行けず、思わず、達也を売ってしまった深真。
無茶ぶりをしたわけではないのだが、その流れに達也が乗ったせいで場の空気が変なモノに変わってしまった。
「司波達也くんと司波深真さん……」
居たたまれない空気をなかったかのようにするためか、真由美は二人の名を反芻する。
そんな真由美を横に置き、自己紹介の反省会を視線だけで行っていた。
二人ともに、自分の名を名乗れと、そんな念を込めた視線を交わしていた。
「入学試験で、七教科平均一〇〇満点中九十六点。合格者平均七〇点に満たない魔法理論と魔法工学ともに、小論文含めて文句なしの一〇〇点を取った司波達也くん」
突然何を言い出したのかと思えば、入学試験の点数発表であった。
新入生全員分の入学試験結果を記憶しているとは思えないので、達也の試験結果が余程衝撃的だったのだろうと考えられる。
思わぬ形で達也の学力を知る事となった深真は、どういった反応をするのが姉らしいのか、ふとそんな事を思った。
少し考え、取り敢えず胸を少し張り、うんうんと首肯する事にした。
「そして、七教科平均約九十九点。点数を落としたのは魔法理論と魔法工学の二つだけ。と言っても両教科ともに九十八点の高得点を記録した司波深真さん」
続けるように真由美が口にしたのは司波深真の試験結果である。
想定外の流れではあったが、ここで初めて深真は自分の筆記試験の結果を知ることとなった。
超能力の分野に引っ張られていながらも、魔法理論と魔法工学の両方で高得点を収められたのは良かったと安堵する。
一般科目五教科平均満点というおまけに対して、達也から変なモノを見る様な視線が送られているのを感じる。
キロリと真由美の目を経由して達也を見れば、案の定、そういった視線を向けられているのが見えた。
◇ ◇
時間の都合もあり、真由美との会話は長く続くことは無く。
手放しの称賛を贈ってくれた真由美に気を良くしつつ、そんな彼女に見送られて深真と達也は講堂に入った。
相変わらずと言うか、斜め後ろの位置をキープする達也を不思議に思いながら深真は視線を走らせ空いている席を探す。
真由美に時間を取られたからか、既に席の半分が埋まっていた。
ざっと見ただけだが、新入生は綺麗に分かれているのが分かった。
前半分が一科生、後ろ半分が二科生。
取り決められていたわけではないにも関わらず、新入生は二つに分かれていた。
こんなに人が揃えば自然とエンブレムの有無も目立って見え、そこに例外は存在していないのも目に見えて分かる。
そんな二科生でも、前の方に人が集まっている。
後方にも生徒が分散しているが、前方ほど密度は高くない。
その事を不思議に思いつつ、空いている席が多い後方を見遣るといい感じに空けた場所を見つけた。
達也が隣に座る事も見越して、横が空いている席を選択したのは間違ってなかったようだ。
席に着いて、壁に掛けられた時計を見る。
開式時刻まで後二十分ほどあるのを見て、残りの時間をどう過ごすかを考える。
式次第に目を通して深雪が新入生総代として答辞することを思いだす。
横目で達也を見ると、心配している様には見えないので心配する必要はないのだろう。
二時間前のやる気に満ちた深雪の表情を思い出せば、確かにその必要はない。
何をして時間を潰そうかと考えると、日光浴ならぬAIM拡散力場浴ならぬ何か浴をしようと思いついた。
能力者が一人しかいない関係上、使えない超能力になってしまうはずだったのだが、そんな事にはならなかったのだ。
「あの、お隣は空いていますか?」
椅子に深く座り直した所で、遠慮がちに尋ねる声が聞こえてきた。
声を掛けられたのは深真ではなく達也の方。
なので気にする事なく、深真は
「あの…私、柴田美月っていいます。よろしくお願いします」
「あたしは千葉エリカ。よろしくね」
達也の隣に座った女子生徒が自己紹介しているのが聞こえてきた。
それに続く様に聞こえてきた覚えのない声に、少し、目を開けて横を見る。
美月の隣に誰か座っているのが確認できる。
(二人組でしたか)
一人だと勝手に判断した事を心の中で謝罪して、深真は何か浴を再開する。
例えば、
能力者相手にできた事が、魔法師相手にできるようになったといった所だ。
無自覚に発してしまう微弱な力のフィールドをぷかぷかと漂い楽しむAIM拡散力場浴は、あらゆる存在物の情報体を包含する巨大情報体
それが良い事なのか残念な事なのか、深真に判断できない所である。
元々のAIM拡散力場浴を経験したことがない関係上仕方ないと言えば仕方ないのだが。
それでも、この何か浴が楽しいのは事実であり、開式時刻まで深真は何か浴を楽しむのだった。
◇ ◇
入学式が終わり、次に行われるのはIDカードの交付である。
IDカードには所属クラスも記されている為、クラス分け発表の意味合いも含まれている。
入学式同様に、一科と二科で分かれてIDカードを受け取っているのを見て面白く思った自分を嫌悪しつつ、深真は列に並んだ。
順番待ちをしている間に思い出すのは深雪の事。
深雪の答辞は見事なもので、感動すら覚えた。
どこぞのナンバーセブンの様に『根性』を連呼する様を期待しなかったのは嘘になるが。
深雪の場合は『さすおに』と連呼するのだろうかと馬鹿な事を考えながら、深真は今しがた受け取ったIDカードに目を通す。
第一学年 E組 司波深真
この他に、学生番号や生年月日などが記されている。
自分のクラスを確認した深真は会場を見渡した。
少し離れた場所に、二人の女子生徒と会話する達也の姿を見つける。
そのまま放置して帰るという選択肢もないことにはないが、深雪との約束がある以上ここで勝手に帰るのは悪手だと分かる。
楽し気に喜びを表している二人の女子生徒は、講堂で達也の隣に座った二人である。
視力矯正治療が普及した現代において、物珍しい眼鏡を掛ける少女 柴田美月。
彼女を構成するもの全てが、活発な印象を与える赤髪の少女 千葉エリカ。
入学式終了直後に達也に紹介して貰った際には、珍しい反応が返ってきたのは記憶に新しい。
エリカには双子(の設定)であることを驚かれ、美月には事実を疑われた。
エリカは兎も角として、実際、双子ではないので美月の反応は正しいものであるのだが、同じ司波で、姉弟であると伝えた上に生年月日が一緒である深真たちを疑った美月は一体何を判断材料に加えたのか気になるところである。
「深真は何組だった?あたしらはE組だったよ!」
そんな疑問を抱いている深真に、エリカが問いかけてきた。
知り合ったばかりとは言え、三人が同じクラスだというのが本当に嬉しいのが分かる。
深真も同じクラスだと確信していると言わんばかりの興奮具合を見ると、なんだか微笑ましく思える。
ここで焦らすのも一興ではあるが、この後の事を考えると遊んでいる暇は多くはないだろう。
「私もE組ですよ」
そう考えて、微笑みを浮かべながらIDカードを見せつつ教えると、エリカは美月と一緒に喜んで見せる。
双子の兄弟を同じクラスに配置するのは如何なものだろうかと前時代的な疑問が浮かぶが、三人が何も思っていないのを見ると現代では何の問題もないのだろう。
そして深真は喜びを分かち合う二人を見て、年頃の十代の女の子の反応としてはこれが正しい姿なのだろうと一人思う。
「どうする?あたしらもホームルームへ行ってみる?」
一人勝手に考えに耽っていた深真は、エリカの声で意識を浮上させた。
実行する事はないだろうが、
変に環境に馴染もうとしていた自分を戒める。
学校用端末が一人一台制になり、事務連絡で人手を割く必要が無くなった結果、担任制度が廃止された。
実技の指導が必要な場合を除き、情報端末を利用するようになったのは数十年前からの事だ。
この様な現代の教育環境のお陰で、深真は中学を卒業できたと言っても過言ではない。
体育などの実技の成績は最悪であったが。
それはさておき、担任制度は無くなったがホームルームまで無くなる事はなかった。
実技や実験の授業を行う際、一定の人数を確保する事を目的としているためである。
そのお陰か否か、担任制度が無くなった事も相まって、クラスメイトの結びつきは昔より強くなったと言われている。
何はともあれ、新しい友人を作るのにホームルームへ行くのはもってこいなのだ。
だが、その誘いに乗ることはできない。
「悪い。妹と待ち合わせているんだ」
達也がそう断りを入れて、深真はその言葉に頷いた。
待ち合わせの約束を交わしているのは知らなかったが、この兄妹なら十分にあり得る話だ。
今日の予定は既に終了しており、授業も事務連絡もないのは周知の事実なのだ。
「へぇ……二人の妹ならさぞかしかわいいんじゃないの?」
「……達也、私は可愛いですか?」
「………………」
「深真さんは可愛いと言うよりは美人の方かと思います」
エリカの感想とも取れる呟きに深真が乗っかると、達也は答えに窮し黙り込んでしまった。
代わりに答えてくれた美月にご褒美をあげようと思いついた深真は、出会ったばかりの少女の頭をやさしく撫でながらお礼を言う。
突然の出来事で、美月があわあわと慌てている。
「妹さんってもしかして、新入生総代の司波深雪さんですか?」
ほぼほぼ初めましての深真に頭を撫でられるというイベントから脱出を果たした美月が、深真の顔色を伺う様にしながらそう訊ねた。
深真だけでなくエリカも美月の振る舞いに頭を傾げる。
そんな中、達也が力強く美月の問いに頷いて見せた。
フンッとでも効果音が聞こえてきそうな力強さに思わず笑みを浮かべる。
「えっ、じゃあ…双子じゃなくて三つ子ってこと?」
「いや、よく聞かれるけど三つ子じゃないし双子でもないよ」
「はぁ…?さっき双子って」
「正確には、俺達は片親が同じで同じ日に生まれて、深雪は十一ヶ月違いの三月生まれなんだ」
「その、えっと。ごめんなさい」
三つ子説を否定する為に達也が示した内容に、エリカだけでなく美月もまた居たたまれなくなり謝った。
謝ったとて、この場の微妙な雰囲気が解消されることはない。
この一瞬で、同時期に二人の女性を孕ませたことになってしまった男性が一人発生してしまったようなものだ。
事情が全く異なるとはいえ、そう勘違いしてしまうのも仕方ない話だろう。
この空気をどうにかしたいといった雰囲気が一切ない深真に期待するだけ無駄、そう判断した達也が動いた。
「それにしてもよく分かったね」
珍しい名字でもないのにと言葉は続いた。
そんな達也の問いを受けて、美月がまた深真の顔色を伺うような仕草をしてみせる。
取り敢えず、深真は言ってごらんとでも言うように笑みを浮かべながら先を促した。
「その……お二人の、達也さんと深雪さんのオーラの面差しがとてもよく似ていますので…」
深真に遠慮するように搾り出された美月の言葉に驚いた。
そして、達也に紹介された直後のやり取りを思い出す。
(オーラの表情から双子じゃないと判断した、ということですか……面白い)
「 ほんとに目が良いんだね」
面白いモノを見せてもらった。
熟考していたわけではないが、会話に意識を戻すと達也が美月の目を褒めていた。
ただ、その言い方は感心したものではなく、警戒心から紡がれたように思えた。