魔法科高校の禁書目録   作:何故か外れる音

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入学編 Ⅲ

 来賓や生徒会の面々から抜け出してきた深雪が達也たちと無事に合流していた。

 化粧室から戻ると、深雪が達也たちと一緒に居て、達也が真由美と共に居る一科の男子生徒に舌打ちされ睨まれている所だった。

 事の前後は分からないが、達也が特に気にした様子を見せていないので、大事ではないと判断できる。

 

「お姉様!」

 

 小さく一礼して真由美の横を通り抜けると、嬉しそうに深真を呼ぶ声が聞こえてきた。

 声が聞こえた方を見遣れば、眩い笑顔を見せる深雪の姿があった。

 妬ましい。

 そんな声が後ろから聞こえてくる様な気がした。

 エリカと美月の表情が固まっているのを見て、聞こえてきたその声はあながち間違いではないのだろう。

 

「……さて、帰りましょうか」

「はいっ!」

 

 さっさとこの場から退散した方が良いと思い、そう提案すると間髪入れずに深雪が賛同した。

 あまりの速さで同意した深雪に驚き、つい達也の顔を見遣ると、仕方ないとばかりに肩をすくめて返された。

 落ち着いてから達也に聞いた話によると、深雪の気質を考えれば仕方なく、社交性がないわけではないがお世辞やお愛想を嫌う傾向が少なからずあるとの事だ。 

 来賓や生徒会の面々に囲まれたのが、それなりに気疲れしていたのだろうと。

 深真とお話する約束があり、それを優先したい気持ちが強かったのもあるのかもしれない。

 

「せっかくですので、お茶でも飲んでいきませんか?」

「賛成!近くに美味しいケーキ屋さんがあるらしいんだ」

 

 この瞬間では兄妹に置いてけぼりにされているため、戸惑いを覚えていると、美月がそんな提案をしてきた。

 先程の深雪に負けず劣らずの速さで追従したのはエリカだ。

 よほど、甘いモノが好きなのだろう。

 

「入学式の会場の場所は調べていないのに、ケーキ屋は知っているのか?」

 

 最後に食べた甘いモノを思い出そうとしていると、呆れている様な声音で達也がエリカたちに訊ねていた。

 実情を知っているのは、達也とエリカ、美月の三人であり、深真と深雪は何の事か分からず仲良く首を傾げる。

 同じ場に居たはずの深真が首を傾げるあたり、不思議な光景である。

 

「まぁまぁ。達也くん、そんな野暮な事は聞かないで良いじゃない」

 

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべている二人に説明しようとした達也を遮るように、エリカが口を出した。

 

「お姉様、どういたしましょうか?」

 

 状況を察してか知らずか、頭に浮かべたクエスチョンマークをいち早く消し去った深雪は深真に判断を委ねた。

 よく分からないままでいた深真は深雪の問いかけに思考を巡らせる。

 と言っても、ケーキ屋に行く行かないの二択なのだが。

 深真としてはどちらでもいいので、達也に丸投げしようとした所、期待に目を輝かせる深雪の姿が目に映った。

 

「……ケーキ、食べに行きましょうか」

 

 深く考えるまでも無く、深雪がどうしたいのか手に取る様に分かってしまった深真は、ケーキを食べに行くことを決めた。

 だが、()()()()()ケーキを食べに行きたいという事情は分からなかった深真であった。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 男一人女四人、何も起こらないはずもなく、なんてことはなく。

 

 エリカに連れられて入ったケーキ屋は、デザートの美味しいフレンチのカフェテリアであった。

 丁度お昼前であった事もあり、昼食も一緒に済ませて短くない時間お喋りに興じた。

 と言っても、言葉を交わしていたのは深雪たち三人が主であり、深真と達也は聞いているだけに等しかった。

 そんなお茶会も終わり、家に着く頃には夕方になっていた。

 

「お帰りなさいませ、深真お嬢様」

 

 仰々しく一礼する初老の男性の姿が司波家の前にあった。

 つい先ほどまで、深真の隣にあった深雪の姿はなく、今は達也の後ろにある。

 深々と頭を下げていた男性は達也と深雪にも挨拶する。

 

「もしかして待たせてしまいましたか?葉山さん」

 

  葉山忠教

 四葉家に仕える執事であり、四葉家本邸の執事長を務めている男性。

 魔法師としての実力は高くないが、細やかな魔法の使い方では自分も敵わないと真夜が言うほどに高い技量を誇っている。

 

 彼がいれるコーヒーはとても美味しい。

 

「いいえ、そんな事は御座いません。元より、この時間に司波家に向かう様に真夜様から仰せつかっておりましたゆえ」

 

 深真の問いかけに答えた葉山は、乗ってきたのであろう自走車から荷物を一つ取り出した。

 

「引越しの荷物をお持ちしました」

 

 手が僅かに震えている所を見て、老体には堪える重さの荷物なのだろうと察した。

 荷造りしたのは深真なのだが、梱包を統一したため何が入っているのかは分からない。

 分かるのは、時間が経つにつれて老体の震えが激しくなってきているという事ぐらい。

 見栄を張る事を忘れない初老の男性に何とも言い難い気持ちになる。

 

「……達也、半分持ってあげなさい」

「分かった」

 

 葉山の荷物を肩代わりしに行くと同時、深雪は自宅の鍵を開けに行った。

 半分持つどころか葉山から荷物を受け取った達也は、そのまま家の中に荷物を運びこむ。

 

「ありがとうございます、葉山さん」

 

 自走車の中にある荷物を簡単に確認しながら深真は礼を言って、葉山を労った。

 荷物を取り上げられた葉山が違う荷物に手を伸ばし運び込もうとするのを制止する。

 

「ここまで運んでいただいただけで十分ですよ」

「しかし、これほどの荷物を運びこむのには人手が必要かと」

 

 葉山が言葉にしたのは尤もなことだ。

 それが、深真に対して掛けられた言葉でなければの話であるが。

 

 構わないと葉山に答えながら、深真は達也が持ち運んで行った荷物の座標を認識した。

 近くに広い空間がある事を含めて考えれば、一階の空き部屋に運び込んだのだろうと予想できる。

 

座標移動(ムーブポイント)・起動』

 

 左目の白目部分が赤黒く染まった。

 二つ以上の能力を併用することにより起こる外見の変化。

 

 その変化に、葉山と手伝いに戻ってきた達也と深雪が気付いた。

 言葉を失ったのか誰も何か言葉にすることはない。

 

 そんな彼らを置き去りにして、深真は手に握っていた白杖を軽く一回転させた。

 

 ただ、それだけ。

 

 家の中から大きな音が鳴り響いた。

 

 音の発生源に意識が逸れたその一瞬で深真の左目は正常に戻る。

 

 精霊の眼(エレメンタル・サイト)で音の発生源を調べる達也と心配そうな表情を浮かべる深雪の姿がそこにはあった。

 家の中に手練れの侵入者がいる可能性が急浮上したのだろう。

 ただの思い過ごしであるのだが、彼らが置かれる事情がそうさせてしまう。

 

 そんな彼らを他所に、深真は白杖を本来の使い方で使用していた。

 総重量がかなりのもので、かなりの反動が生じてしまったためだ。

 倒れずに済んだのは一重に、一方通行(アクセラレータ)を常用していたお陰だ。

 

「さすが、深真お嬢様、ですね」

 

 そして、何が起きたのかを察した葉山が言葉にした。

 四葉の超能力検査で座標移動(ムーブポイント)を使用して見せた事はなかったのだが、他の空間移動系の能力は見せていた事を思い出し、葉山の驚きが少ない反応に納得してしまう。

 

「えぇ、ありがとうございます。やはり、空間移動系の能力は便利ですね」

 

 深真がそう口に出したことで、達也と深雪が緊張を解く。

 その後に兄妹から向けられる視線は、到底気持ちのいいモノではなかった。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 二〇九五年 四月四日

 

 要らぬ心配をさせた事を謝り、深雪と夜遅くまでお話し、一緒に寝て過ごした次の日の朝。

 引っ越しの荷物の片付けには手を付けずに深雪との約束を優先した結果、深雪の部屋で一晩過ごすこととなったのだ。

 根本に野郎の性質を備えている事があり心配していた事があったが、妹に欲情しなかった自分を一人寂しく称賛した。

 同時に、自分は枯れているのだろうかと虚しさを覚えたのは秘密である。

 

 それはさておき。

 今、司波邸には深真以外の人間は存在していない。

 決して、寝坊して起こしてもらえず置いて行かれたとかそんな訳ではない。

 

 達也の師である九重八雲に入学の報告に向かったのだ。

 一般的な呼称は「忍術使い」である。

「忍び」「忍者」と呼んだ方が親しみ深いだろう。

 

 九重八雲は、忍術と呼称されてきた古式魔法を伝える者である。

 

 九重八雲の事はよく知らないが、深真が彼らの様な存在を知ったのは八歳の時だった。

 かの里のトップが影と呼ばれる世界の忍者と比べてしまうあたり深真の悪い癖であるが、彼らの存在を知る事ができたのはかなりの儲け物であった。

 

 如何なる能力を使用していても何だかんだ言って、近接戦闘に偏りがちな深真にとってこの事実はとても大きな意味を持つ。

 

 身体能力と前世の記憶を組み合わせる事で、他世界の武技を再現できるのではないか。

 場合によっては、ナンバーセブンに裏打ちされた身体能力のみでも再現できる技があるのではないだろうか。

 そう考え、空き時間に自主練習し始めるのは自然な流れであった。

 魔法や超能力に憧れた者が、超次元的な武術に憧れを持つのもまた自然な流れ。

 

「ふぅ……」

 

 先月までやっていた練習をどうしようかと考えながら、長い後ろ髪を結い終えた深真は一息ついた。

 制服に着替えて、深雪の机に立て掛けられていた長杖を手に取った。

 軽く振るい、そして、ため息を吐く。

 

「やはり、耐久性に問題がありますね」

 

 そう呟いて、深真は否定するように顔を横に振った。

 この杖に求めたのは、普通の杖としての役割。

 普通、といっても、魔法使いが持つ杖の様な役割であって歩行補助の役割ではない。

 予想外にも、その役割を担わせることになったが、あれは例外である。

 

 未元物質(ダークマター)を材料にして造り上げた長杖は耐久性に問題はないのだが、存在そのものに難がある。

 

 代役として造られた長杖を弄びながら、深真は階下に降りてリビングへ向かう。

 深雪が家を出る際サンドイッチを作り置きしている事を知らされており、朝食にするためである。

 テーブルの上に丁寧に盛られたサンドイッチを見つけて、深真は椅子に座った。

 

「いただきます」と深雪の端末にメッセージを送り、手を合わせて食事にする。

 

 家庭の味というべきか、深雪が達也のために腕を上げた結果辿り着いた味というべきか。

 どちらにせよ、美味しいサンドイッチであることに変わりはない。

 十分足らずで食べ終えた深真は食器類を片付けた。

 

 そして、昨日の内で教えて貰った戸締りを確認して、深真は片手で杖を弄びながら第一高校に向けて出発するのだった。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 時速六十キロ近くの速さで十分ほどの距離にある小高い丘の上に建つ寺の縁側に、腰を落ち着けてサンドイッチを頬張る達也と九重八雲の姿があった。

 山門を潜るなり、中級以下の門人約二十人の総掛かり稽古を終えて、師と一対一の稽古を熟した後である。

 

「ところで、白髪赤目の女子が達也くんたちの家に引っ越してきたそうだね」

 

 つい先ほどまで、達也の体術を褒めていた八雲がそう話題を切り替えた。

 どこから聞きつけたのだろうかと思いつつ、達也は八雲と目を合わせた。

 

「そうなんです!お姉様と一緒に住むことになったのです!」

 

 甲斐甲斐しく達也の世話を焼いていた深雪が、サンドイッチを飲み込んだ達也の代わりに答えた。

 深雪の喜び様に、八雲は少しだけ気圧される。

 

「お姉様、というのは達也くんと深雪くんのお姉さんという意味でいいかな?」

「はい、それで合っています」

 

 口の中からサンドイッチを消し去った達也が、八雲の確認に肯定した。

 教えていなかっただろうかと思いつつ、達也は言葉を紡ぎ始めた。

 

「司波深真。現代では珍しいタイプの完全に近い超能力者です」

「ほう…?」

 

 思案し始めた八雲に、達也が簡単に深真について教える。

 教えられる部分に限りがあるとはいえ、教えて良い部分を深真がある程度指示していた事が功を奏した形だ。

 

「従来の超能力者と違い、多様性・安定性・正確性に優れ、何より、従来の圧倒的速度は失われていません」

 

 いつも飄々とし糸目となっている八雲の眼が見開かれた。

 それだけ、この情報は深真という存在の異常性を示しているに他ならない。

 一般に知られている超能力者とは一線を画する存在であると、達也は言っているに等しい。

 不安要素である多様性と安定性を兼ね備えているとも尚更の事だ。

 

「それは……困ったねぇ。いや、本当に困るわけじゃないんだけど」

「えぇっと…??」

 

 毛一つ生えていない綺麗な坊主頭を叩く八雲に、訳が分からず付いて来ていない深雪が困惑した声を出した。

 

「いや、ね?昨日、遠目で深真くん?の姿を見ただけだから確信は持てないんだけど」

 

 そこで、八雲は一拍置いた。

 達也と深雪が八雲の言葉の続きを待っているかの様に身動き一つしない。

 

「たぶん……忍びの技に通じている」

 

 誰かが息をのむ音が聞こえた。

 

「それも、僕たち忍びの技に通じているようで違う。別物の技だ。それが忍びのものだとは思うんだけど……僕は深真くんが通じている技には心当たりが無いんだ」

「………姉上が超能力の訓練を行っている事は知っていましたが、体術の方面に手を出しているとは思いもしませんでした」

 

 寝耳に水、青天の霹靂とはよく言ったものだ。

 あれだけの超能力を持ちながら体術の方面に足を踏み入れるとは予想外だ。

 昨日一日接していたのだがそういった印象を抱くことが無かったのが、大きく影響していた。

 遠目から見れば分かるのだろうか、と思い、達也は遠くから深真を見学してみようかと考える。

 

「つまり………流石、お姉様!ということですか?」

 

 二人が一体何に対して頭を抱えているのか分からずにいた深雪がそう口に出した。

 結果として、達也と八雲の間に流れていた困惑のような苦悶の様な何とも言い難い空気は霧散した。

 

 

 


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