魔法科高校の禁書目録 作:何故か外れる音
「いらっしゃい、遠慮しないで入って」
時間が経つのも早いもので、もう昼休み。
泣き落としを覚えた深雪にもの悲しさに似た感情を抱く中、深雪と達也に続く形で生徒会室に入る。
招待された深雪、付き添いの達也、巻き添えの深真の順。
深真が勝手に心の中で定めたポジションだが、あながち間違いではないだろう。
深雪の威嚇染みた
お辞儀一つで上級生を飲み込んでみせた深雪に感心する。
司波深夜に仕込まれたのだと分かる礼儀作法を見て、深真の教育方針で揉めていた二人を思い出す。
「どうぞ掛けて。お話はお食事をしながらにしましょう」
真由美の言葉に従って、指し示された長机に座る。
深雪が上座、達也を間に挟んで深真は下座に座る。
一番下に座ろうとした達也に、仕方なく着いて来たのだとでも言いたげな目線を送ることで、達也の抗議を封じて見せた形だ。
「お肉とお魚と精進、どれがいいですか?」
上座と下座の位置を勘違いしているのか分からないが、兄妹ともに深真のオーダーを待つように深真の方を見る。
悩んでも仕方ないと考え直し、深真が三種類全部、達也と深雪が精進料理をお願いする。
深真が注文した際、全員から信じられないモノを見る様な視線を頂いたのは言うまでもない。
「んんっ……入学式でも紹介しましたが、今一度紹介しますね。私の隣が会計の市原鈴音、通称リンちゃん」
「……私の事をそう呼ぶのは会長だけです」
深真の暴食宣言によって崩された雰囲気を取り戻すべく、真由美が生徒会役員を紹介し始めた。
顔のパーツからキツめの印象を与える美人の先輩に目を向ければ、目礼された。
同類だとでも思われたのだろうか。
深真の眼には鈴音が暴食するようには見えないのだが、見た目で人は分からないということか。
リンちゃんの抗議は聞こえていないように、真由美は鈴音の隣に座っている女子生徒に目を向ける。
「その隣は……深雪さんと達也くんは知っていますよね?風紀委員長の渡辺摩利」
この兄妹はどこで風紀委員長と知り合ったのだろうか。
そんな疑問を抱いた深真に、真由美が簡単に説明してくれた。
深真がさっさと帰った後の事。
深雪と一緒に帰りたい一科生徒と達也一派の間で、魔法使用未遂を含むいざこざがあったらしい。
何をやっているのかと視線で問いかければ、家に帰ってから教えてくれる事になった。
「それから……中居…じゃなくて、書記の中条あずさ、通称あーちゃん」
「会長…!!?」
昨日の一件を簡単に説明した結果、少しだけ生徒会室の空気が重くなったが、私にも立場というモノがあるんですと抗議する小さめの先輩の姿に空気が弛緩した。
「もう一人、副会長のはんぞーくんを加えたメンバーが今期の生徒会のメンバーです」
「私は風紀委員会だから違うぞ」
「摩利はそうね……準備ができたみたいよ」
お腹が空いているからか、料理にありつけるからか、真由美の言葉遣いが最後に崩れた。
それは兎も角として、ダイニングサーバーのパネルが開き、トレーに綺麗に盛られた料理が出てきた。
合計八つ。
深真のせいで分かりにくいが、一つ足りていない。
絶食でもしている人がいるのだろうかと思うとほぼ同じタイミングで、摩利が弁当箱を取り出した。
納得した深真は、あずさと深雪に続く形で、自分の料理を取りに行く。
あずさが真由美と鈴音の分を先に運び、最後に自分の分を手にして席に座る。
深雪は、自分と達也の分を運び、深真は自分のものだけを運ぶ。
頭の上も器用に使い料理を運ぶ深真に、皆が目を丸くした。
まるで、暴食になれているとでも見れるような器用さだ。
トレイが三つも並ぶ為に、達也との距離が自然と開く。
無関係ですとでも言っている様な距離感であり、誰もそのことに触れようとしない。
深真の奇行もあり、奇妙な雰囲気に包まれた会食が始まった。
当たり障りのない会話から始まるも、入学間もない新入生と上級生、知り合って間もないということもあり共通の話題は少ない。
だが、そんな環境でも一石を投じて見せるのが深雪である。
手作り弁当を食べる摩利を見て、自炊の話題を提供したのだ。
三食を黙々と食べ進めるように、食の話題に食いついてこない辺りでいくつか視線を深真は頂いたが、達也と深雪の恋人の様なやり取りが全てを掻っ攫っていった。
「そろそろ本題に入りましょうか。あぁ、深真さんはそのまま食べ進めて頂いて大丈夫ですよ」
高校の昼休みに時間的な余裕はあまりない。
深真が食べ終わるのを待つと時間切れとなってしまう。
本題に入った真由美の判断は間違いではないだろう。
変わらず箸を進める深真を許容して見せる辺り、流石生徒会長と評価すべき部分なのだろう。
第一高校の生徒会の立ち位置の話から始まった。
昨今の情勢が加味されて、自治を重視する社会的傾向が強い。
例にもれず、第一高校もまた生徒の自治を重視され、生徒会では生徒会長に権限が集中しているのが現状らしい。
それで学業は大丈夫なのかという疑問は野暮である。
一極集中型と聞いて、四葉家の在り方を思い出したのは深真だけではないだろう。
生徒会の話を聞き流しながら、深真はただひたすらモグモグと口を動かす。
(三食頼んだのは間違いでした………)
カロリー的な問題は考慮しなくていいとはいえ、胃に入る量を考慮するのを忘れてしまっていたようだ。
「深雪さん、私は貴女の生徒会に入っていただくことを希望します。引き受けていただけますか?」
「会長は兄の入試の成績をご存知ですか?」
「み……」
昼食という巨悪を退治する事に必死になっている深真を他所に、話が変な方向に進んでいた。
深真もまた口を動かす事をやめ、事の成り行きを見守る。
「えぇ、知っていますよ。凄いですよねぇ……」
「成績優秀者、それも有能な人材を迎え入れるのなら、わたしよりもお兄様の方が相応しいと思います」
「おい、み……」
「デスクワークなら 」
「深雪」
達也に言葉を発させない様に被せ続ける深雪の快進撃は深真の一声で止まった。
確かに、デスクワークなら実技試験の成績は度外視しても問題はないだろう。
そう言った意味で、達也が生徒会に入ることは賛成できる。
だが、これだけは深真は譲るつもりはない。
「筆記試験の結果は私の方が上です」
深雪の暴走を諫めた深真の健闘は、その残念な指摘で台無しとなった。
残念な空気感が漂う中、鈴音が「二科生は生徒会に入れない」ことを丁寧に説明してくれた。
結果として、深雪が生徒会に入るということで話は丸く収まったのだった。
「ちょっといいか?風紀委員の生徒会推薦枠のうち、あと一枠が埋まっていない」
深真が食べ終えたら解散となる空気が流れる中、摩利が唐突にそう切り出した。
残りの量をトレイで表すと大体、一つと三分の一程度。
深真は着々と箸を進めていく。
「それは今、人選中だって言っているじゃない」
「確か、生徒会役員の選任規定は、生徒会長以外の役員は一科生から選任しなければならない、だったよな?」
「そうね」
「役員は、副会長・会計・書記で構成されるんだよな」
「えぇそうよ。それがどうかしたの?」
「つまり、風紀委員の生徒会選任枠に二科生を選んでも規定違反にはならないわけだ」
摩利が出した結論は寝耳に水だったようで、真由美はポカンと口を開けて固まり、鈴音とあずさもまた同じような感じで固まっている。
トレイの三分の一を腹に収めて、残り一トレイになったことに気合を入れる深真の内心とは大違いの様相が広がっている。
「ナイスよっ!!」
「…はぁ?」
「摩利、生徒会は司波達也くんを風紀委員に指名します!」
(もう、食事に八つ当たりするのは止めよう……)
食事のペースが若干落ちた事で深真が反省する中、達也は達也で動転し間抜けな声を漏らしていた。
だが、深真の箸の進み具合より、達也の復帰速度は速い。
達也が抗議の声を上げ、風紀委員の説明を要求する。
気の弱さが祟ったか、達也の視線に屈したあずさが説明を始める。
若干涙目になっているのをおかずにして、深真の食事速度が上がった。
達也が風紀委員に推薦されている要因に、先程聞いた昨日の放課後の騒動が関わっているのだと予想できる。
自分が出る幕はない、そう結論を出して残りの食事を片付ける事に集中する。
因みに、風紀委員の主な任務は、魔法の不適切使用による校則違反者の摘発と魔法使用により騒乱取り締まりである。
要は、魔法師の卵を実力で鎮圧するということである。
「あのですね、俺は実技の成績が悪かったから二科生なんですが!!」
遂に、達也は大声を出して抗議して見せた。
勢いあまって立ち上がっている辺り、よっぽど不満なのだろう。
達也の言う通り、実技の能力が低い人間を風紀委員に指名するのは不適切である。
だが、それは普通の一般的な二科生の話だ。
「たかだか高校生のお遊びも相手に出来ないと言うのですか?」
いつの間にか食べ終えていた深真が、
その言葉の裏側に、四葉の匂いを嗅ぎ取った達也の威勢は弱まった。
「いや、そういうわけでは…」
不満はあるが、深真の言葉に異論は唱える事はできず、達也は沈黙するほかない。
四葉の都合を知らない面々にとって、首を傾げざるを得ない光景である。
三食片付けた事に気が緩み、達也の声を封殺してしまった事を一人反省している者がいるが、そのことに気が付く人はいない。
「因みになんだが、深真くんは起動式を読めたりするのかい?」
話題の転換をと、摩利の期待に満ちた目と共に投げかけられた問いかけで、達也が何をやったのかを深真は察した。
確かに、それができるなら風紀委員に欲しくて仕方ない人材だろう。
「いいえ、その様な特異な技能は持ち合わせていませんよ」
魔法式への干渉はできますが、とは口にせず、深真は柔らかい笑みを浮かべながら答えを返した。
◇ ◇
達也と同様に風紀委員会に誘われることはなかった。
風紀委員会の任命権の関係上達也と深真の二人を指名することは叶わなず、起動式を読める人間と読めない人間、どちらを優先して任命するかと言われれば誰もが前者を選ぶだろう。
風紀委員に入りたいわけではないが、「
そもそも呼び方が違うのだから、それを言う機会は訪れる事はないだろうと気持ちを切り替えて、意識もまた午後の実習授業に集中するよう切り替える。
二科の魔法実技実習に、講師はついていない。
一科と二科の大きくて唯一の差異を承知で入学した以上、そのことに文句をつける人はいないだろう。
あくまでも推測でしかないので、はっきりと言葉にすることはない。
それに、深真のように講師が居ない事を歓迎する奇特な生徒もいるはずである。
魔法師として成長することに意欲があるとは思えない意識姿勢だが、深真の特異性を考えれば仕方ない部分が大きいだろう。
「次、深真さんの番ですね」
達也の風紀委員入りを称賛していた美月がそう教えてくれた。
礼を言ってから、深真は鎮座する据え置き型のCADの前に立った。
CADを使うのは入学試験以来の事で、少しだけ緊張している。
今日の実習内容は基礎中の基礎のモノだ。
講師が居ないため、提示された課題をクリアすることが授業の目標となっている。
今回出された課題は、三十センチ程の台車をレールの上を三往復させるというモノだ。
レールの中央まで加速させ、そこから減速させて停止。
その動作を行う為の起動式が、このCADに登録されているのだ。
CADの高さ調整を行い、CADの半透明のパネルに手を当てる。
そして、サイオンを流した。
(やっぱり…なれない)
CADから返されてきた起動式に、眉を顰める。
不機嫌になったからか、サイオンが漏れた気がする。
事実、魔法師には見えるサイオン光を、深真を見守っていた面々が確認していた。
「…………チッ」
取り込んだ起動式を元に、魔法式を構築する際、思わず舌打ちしてしまう。
周りには聞こえることはなかったが、現状が相当ストレスとなっているのだろう。
演算領域で全てが完結していることに慣れている深真にとって、これは苦行の類である。
無事に組み上げられた魔法式はちゃんと機能して見せた。
ただ、起動式を用いた魔法式の構築という普段しない経路を辿った結果、E組の中でも最低の成績を叩き出していた。
台車が動き出すまでの時間が、傍から見ても分かるくらいに遅かった。
それ以外の部分は見劣りすることはない。
(一ヶ月も経たないうちに、ここまで落ちますか)
その結果に、深真はその様な感想を抱いた。
目を細めて深真は自分の成績と、今の立ち位置を確認する。
小さくふぅっと息を吐いて、深真は順番待ちの列に再度並ぶ。
(焦る必要も慌てる必要もない。入学できなかった人達よりは魔法を使えただけで、魔法力自体は赤子同然)
そう自分に言い聞かせて、授業時間中、深真はCADと何度も対峙した。
だが、CADから起動式を取り出す、その工程だけは慣れることはなかった。
尚、起動式の読み取りで時間が掛かっているだけであり、また、干渉の仕方が異なりなれていないだけである。
慣れる事があったとしても、深真が超能力を使うことに変わりはなく、深真の魔法力が高まるのはまだまだ時間が掛かるのである。