魔法科高校の禁書目録   作:何故か外れる音

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入学編 Ⅶ

 あの時、生徒会室を後にしたのは間違いだったか。

 

 そんな思いが深真の心を駆け巡っていた。

 あの件が尾を引いて、深雪との距離感がこれほどまでかという程に開いている様に思えて仕方ない。

 

「どうしたものでしょう……」

 

 未だに解かれていない荷物が三分の一を支配している部屋で深真は独り言ちた。

 空気を読んでか知らずか、いつもじゃれついてくる上海も大人しく棚の中で待機している。

 時折、そこから視線を感じるのは気のせいではないだろう。

 

 相手してあげるのは吝かではないが、今はそれどころではない。

 寝食を共にしたのは過去の話と言ってもいい位に開いてしまった距離感を縮める方法を考えなくてはならない。

 積み上げられた箱を可能な限り平にしてテーブル替わりにし一人で食事を取った今日を思い返せば、これからもこうなるのも予想できる。

 

 達也が出そうとした助け舟をものの見事に沈めてしまった以上、自力でどうにかするしかない。

 だが、それが上手く行く気がしない。

 

「カウンターの演算式を消去するのは自殺行為に等しいですし」

 

 事の発端となり、達也が出そうとした助け舟の骨格の一つでもあった自動防御システムの解体をする気はない。

 外的要因により死亡した経験がある人間が外を怖がらない理由はない。

 たとえ、それが転生に必要なプロセスであったとしても。

 

 一方通行(アクセラレータ)を常に展開しているのもそれが主要因だ。

 一つ一つ設定し直して、深雪や達也、その他大勢に怪我をさせない様に十二分に気を付けていると言っても、最終的な部分では全てを跳ね返してしまう。

 

「深雪に甘くし過ぎた……?」

 

 あの時、何故電撃が射出されてしまったのかを考えていた深真はその考えに至った。

 感情の発露と共に発された深雪の冷気が一方通行(アクセラレータ)をすり抜けられたのかと。

 

 いつも深真か達也に引っ付いて止まない深雪の為にいつ引っ付かれても問題ないようにと何度も設定し直したのが仇となり、一方通行(アクセラレータ)の反射膜をすり抜けたまではいいが、設定し直していない超電磁砲(レールガン)が反応したのだろうか。

 一方通行(アクセラレータ)の方が優先度が高く設定している事も踏まえると、それが一番可能性が高い。

 仮に、一方通行(アクセラレータ)が先に発動していれば、冷気を感じるまでも無かっただろう。

 

「………時間が解決するのを待ちましょうか」

 

 深真に自分が折れるという選択肢は存在していない。

 折れるという事は、安全を捨てて生身で外に出るという事で、それを行うだけの勇気を深真は持ち合わせていなかった。

 

 尚、まだ一日しか経過していない。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 新入生歓迎会とも呼べる新入部員争奪戦も終わりを告げ、いよいよ魔法科高校の授業が本格化し始めた。

 在校生、新入生共にクラブ活動の勧誘会に体力を消耗する事を見越しての調整というよりは、魔法科高校の授業に慣れ始めたから、と見るのが正しいかもしれない。

 

 基礎的な魔法教育は中等教育時代に受けてきているので、授業はそれを踏まえて行われる。

 二科生の特性上、授業に着いてこれない人が少なからず発生するのは当然といえるが、それを解決する気は学校側に存在しない。

 教員不足が故に仕方ないとも言える。

 

「一二〇六ms(ミリ秒)…」

 

 時間は昼休み。

 案の定というか、何で入学できたのか疑問に思う技量を深真は居残り組に披露していた。

 居残り組にエリカとレオが居る縁からか、達也と美月の姿も演習室に見えている。

 

 今日の実技は、基礎単一系魔法を制限時間以内に発動すること。

 起動式をCADから読み取り、魔法演算領域で魔法式を構築し発動する。

 ただそれだけ、なのだが、彼ら二科生にとっては制限時間以内に発動することすら難しい場合もある。

 

 設けられている制限時間は一〇〇〇ms。

 

 この時間の壁が超えられず、深真も一緒に居残りしているわけである。

 

「だぁーっ!!」

「あああああっ!!!」

 

 レオとエリカの悲鳴も聞こえてくるのを見れば分かるだろう。

 この一〇〇〇msの壁は地味に高いのだ。

 だが、深真と比べれば二人はまだ希望はある。

 レオが一〇六〇ms、エリカが一〇五二msで、深真より一五〇ms希望がある。

 

「一二一三ms……さっきより遅くなりましたね…フフフッ」

 

 終わりが更に遠のき、謎の笑いが漏れた。

 そんな深真を他所に達也のアドバイスを受けたレオとエリカが快進撃を見せる。

 

「一〇一〇ms!エリカちゃん、もう一息だよっ!!」

「一〇一六ms。迷うなレオ。的は固定されているんだ」

 

 そんな声が聞こえて焦りがないわけではない。

 今日家に帰れるだろうかと別の心配を始めた時、深真の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「お兄様、お邪魔してもよろしいですか…?」

 

 深雪の声だ。

 といってもそちらに反応している場合ではない。

 今もまた一二〇五msと終わりとは程遠い成績を出しているのだ。

 

 深雪たちと達也のやり取りに耳を遣りつつ何回か試行した所、エリカとレオの歓声が上がった。

 一〇〇〇msの壁を超えられたらしい。

 

 どうにか一〇〇〇msまで後一〇〇msに縮めた深真とは大違いである。

 

 焦る気持ちを追い出すため、深真は一度大きく深呼吸する。

 

「その、お姉様……」

 

 心を落ち着けてもう一度、試行しようとした深真の背中に声が掛けられた。

 振り向かずとも、声の主は分かっている。

 読み取ろうとした起動式を読み取らずに終わり、深真は振り向いた。

 機械が『ERROR』を表示しているが気に掛けることは無い。

 

「どうしましたか?深雪」

 

 振り向きながら用件を尋ねると、眼前にサンドイッチと飲み物を突き出された。

 

「………深雪?」

「お姉様がよろしければ、サンドイッチと飲み物如何ですか…?……購買で購入したモノになりますが」

 

 恐る恐るといった様子で、深雪がそう言葉を紡いだ。

 達也に視線を遣れば、頷きで返された。

 沈められた助け舟を見て、新しく船を造ったと見るべきか。

 それとも、深真と深雪の両方に別々で助け舟を出していたのだろう。

 

「ありがとうございます。ですが、その辺に置いといてください。……食べている時間も惜しいですので」

 

 そう言って、深真は再びCADに対峙する。

 後ろから、深雪よりも後方で見舞っていた面々からやるせない声が聞こえてきた。

 

(昨日の一件を聞きかじっているのなら、そういった反応が出てくるのも無理はないか)

 

 そう思いながら、再度計測する。

 

「「一二〇九ms………」」

 

 深真と深雪の声が重なった。

 また壁が遠のいたと、深真は落胆する。

 深雪が隣にいることもあってか、落胆具合が更に大きくなっていた。

 そんな深真を見て、深雪は本当に余裕がないのだと理解してしまう。

 

「なぁにー?深真ったら、まだ終わらないの?」

「何か言いましたか?」

 

 茶化しに来たエリカの頭をガッチリと捕まえる。

 

「いたたたたただだいッ!!!!!」

 

 思った以上に握力が出ていたらしく、エリカの悲鳴が上がった。

 そんなエリカの姿を見て、この場に居る面々が引いているは気のせいではないだろう。

 

「痛いよぉ……」

「大丈夫?エリカちゃん」

 

 深真の魔の手(握力)から解放されたエリカが美月に泣きついた。

 そんな二人から目を逸らすように達也たちの方を見遣ると、見知らぬ女子生徒が二名いることに気が付いた。

 

「こんにちは。深雪のお友達ですか?」

 

 胸に刺繍されたエンブレムを見て、深真はそう判断した。

 貴重な昼時間を消費して二科生の集まりに参加している以上、無関係ということはないだろう。

 

「は、はい!えぇっと…光井ほのかです。その、深雪とは仲良くさせて頂いています。あの……お姉さん」

「お姉様と呼んでもいいですよ?」

 

 お姉さん呼びされた深真は、反射的にそう返していた。

 昨日の一件を忘れているかのように振る舞った深真を見て背筋を凍らした者はどれくらいいただろうか。

 少なくとも、現場に居た達也は冷や汗をかいていた。

 

「……お姉様は私のお姉様です」

 

 深雪が深真の腕に抱き着いてほのかを威嚇してみせた。

 

 その光景に達也は安堵した。

 昨日の焼き直しがこの場で起きたらどうなっていたことか。

 考えるだけでも頭が痛くなる。

 

 達也と行っていたのであろう兄妹のじゃれ合いが、深真にとっては悪手だと深雪は考えたのだろう。

 というより、それ以外に考えられない。

 いつものようにじゃれ付いて、その勢いのまま姉に向かったら電撃が飛んできたのだ。

 深雪の対応が様変わりするのは当然の流れと言えよう。

 

 そして、今の変わった深雪の反応に、かわいいと思った面々が殆どだ。

 

「北山雫」

 

 自己紹介を簡潔に済ました華奢な少女にあずさの姿を幻視したのは昨日の事があったからだろう。

 

「司波深真です。そこの弟と深雪の姉になります。よろしくお願いしますね」

 

 面白半分で雫にも何か仕掛けようとしたところで腕の締まりが強くなった気がしたので、投げやり気味な自己紹介を行った。

 やんわりと微笑んでいるように見える表情がげんなりとしている様に感じるのは気のせいである。

 

「えと、お姉さん?はその、まだ終わりそうに…?」

 

 そんな表情を浮かべている事に気が付いたのだろうか、ほのかがそう切り出した。

 その問いかけで、まだ終わっていないことを思いだし、深真は固まり、そして頷いた。

 

「何か、アドバイスとかできたらいいんですけど…ごめんなさい」

「……気にしなくていいですよ」

 

 ほのかが申し訳なさそうにそう言葉にしたことに、深真はやんわりと返す。

 

「だったら達也にアドバイス貰えば良いんじゃないか?」

 

 そんな中、サンドイッチを食べ終わったレオが提案した。

 自分の経験に基づいての発言だからか、その言葉に自信が伺えた。

 達也に任せたら大丈夫だって。

 

「レオがこう言っているが……必要か?」

 

 一応心配してくれているのだろう、達也がレオの案に乗るように提案してくれた。

 

「大丈夫ですよ、達也。終わる目処が立っていないわけではないですので」

 

 達也がエリカとレオに教えた裏技の様なモノ。

 深真の場合、そちらが本職の様なモノ。

 

「……なら、さっさと終わらせちゃえばいいんじゃ」

「魔法の訓練ですから、そういう訳にはいかないのですよ」

「………????」

 

 深真のその答えに殆どの人が頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

 この場でその意味を理解したのは、達也と深雪、そしてビリビリを受けた経験のあるエリカぐらいだ。

 だが、この手段にも一応、欠点の様なものが存在する。

 

「そうですね……深雪、お手本見せてください」

 

 理解できていない人が大半なので、取り合えず、とでも言うように深雪に微笑みながらそう言った。

 ついでに、一科生のトップの実力も見せておきなさいという意図も含まれている様に聞こえた。

 

「分かりました」

 

 二つ返事で承諾した深雪がCADの前に移動する。

 その足取りがどこか軽やかなのは見間違いではないだろう。

 

 CADのパネルの上に深雪の指が触れた。

 

 余剰サイオン光が閃く。

 

 深真が計測機を確認する。

 

「二三五ms」

「えっ……?」

「すげっ……」

 

 人間の反応速度の限界に迫っているその記録に、感嘆の声が漏れる。

 それはA組の二人も同じようで、称賛していた。

 

「……まぁ、こんなものでしょう」

 

 その記録を見てそう呟いたのは深真である。

 まるで分かっていたかのようないい草だ。

 

「愚鈍な機械に、雑音だらけで洗練の欠片も感じられない起動式ではこれが限界です…」

 

 その言葉に、何故か申し訳なさそうにする深雪。

 理不尽な姉の言葉に萎縮してしまった妹の様な構図だ。

 

「そんな言い方は無いんじゃないですか…?」

 

 そんな言葉を発したのは誰だったか。

 女子生徒、美月かほのかか雫か。

 その言葉に返すことなく、深真は深雪と変わる様にしてCADの前に立った。

 

 確かに、素直に称賛したい気持ちはある。

 が、それは取っておく。

 

 深雪のお陰で、今期トップの実力が分かったのだから、それ込みで褒めてあげたい。

 そんな気持ちがあったのだ。

 

 

 計測器をセットしたのは深雪だった。

 深真がやらんとしている事を察したからこそ、より近い場所で観ようとしているのだろう。

 

「エリカ、レオ。それに、光井さんと北山さん」

 

 そんな二人を見守り続けていた達也が四人に語り掛けた。

 突然名前を列挙され、どうしたの?と達也に視線が集中する。

 

「よく見ていた方が良い。あれが、魔法師が目指すべき場所だ」

 

 深雪が試行する時には何も言わなかった達也がそう言った事で、深真に視線が集中する。

 

「それでは、お姉様。どうぞ」

 

 計測、開始。

 

 深真は起動式を読み取るべくCADに手を触れる。

 CADが反応するとほぼ同じくして、魔法が発動した。

 

 深雪の試行と異なるとすれば、余剰サイオン光の輝きが非常に少ない点だったか。

 

「『ERROR』………この計測器、お姉様がズルしたと主張しています」

 

 深雪が不満げに言葉にした。

 人間の反応速度の限界を超える結果を叩き出すには、予め魔法式を展開している事が条件とされているのだろう。

 

「……ズルして失敗したってこと?」

 

 深雪の声を聞いたエリカがそう呟いた。

 だが、その言葉の意味が分からないわけではない。

 何も知らない人間からすればそう見えてしまっても無理はない。

 

「いや、それは違う。姉上は超能力の様に魔法を扱って見せたんだ」

「それって、達也さんと同じことをしたってことですか?」

 

 達也の解説に、美月が反応する。

 それは、授業中、達也がやっていたことと同じことだと。

 授業中、達也は構築し掛けた魔法式を破棄して再度新しく自分で組み立てて、課題に合格して見せたのだ。

 

「それとは少し違う。俺はあくまでも意識して魔法式を構築したけど、姉上は念じただけで求められた魔法式を構築して見せたんだ」

「魔法なら何でも扱える、という訳ではないですよ。あれだけ同じ魔法式を構築すれば嫌でも覚えるというだけです」

 

 深真がそう口を挟んだことで、何となくでも理解できたことだろう。

 魔法演算領域で、超能力の様に魔法を扱えるポテンシャルを深真が持っていると。

 

「二科生なら九〇〇msあたりに収めておけば問題は無いでしょう」

 

 そう呟いて、再度計測し、九二八msを記録した。

 CADに触れただけで起動式を読み込まず時間の経過を待つ姿というのは、それはそれは奇妙なものであった。

 

 そこで終わるかと思えば、深真は再度起動式の読み取りから測定を開始する。

 そんな深真に声を掛けるとこう返ってくる。

 

「あくまで、魔法の訓練ですので」

 

 因みに、単一系統・単一工程の魔法では展開速度が500msを切れば、一人前の魔法師とされている。

 

 なお、深真が一〇〇〇msのラインを正規の方法で超えることは叶わなかった。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 深雪との仲直り会はその日の夜行われた。

 昼休みが残り少ない事と放課後は共にすぐ時間を取れない事が理由だ。

 深真はといえば、寝具の調達に出掛けなくて済んだと明後日の事を考えたりしたが。

 

 何はともあれ、仲直りできそうな空気が出来上がったのは確かだ。

 

 深雪との仲直りを上手く進める為、深真は深雪に何かしてあげられないかと考え始める。

 そこで、深雪の事をあまり知らないという事実に気が付いた。

 

 理由は知らないが、何故か慕ってくれている深雪の事を殆ど知らないのだ。

 その事実に気が付き、深真は仲直りするついでに深雪の事を知ろう、そう思った。

 

 




誤字報告いつもありがとうございます。

大変、助かっております。

誤字を完全になくせる、かは難しいですが、減らせる努力はしていきたいと思います。

これからもよろしくお願いします。

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