事務所に駆け込んだはずの横島だったが、気づけば灰色の世界にいた。
「む?」
そばのほむらが横島の左手を握っていて。どうやらほむらが時間停止魔法を発動させたようだった。
「魔女の反応は複数よ?闇雲では駄目」
「おっと。すまん、助かる」
「……」
横島は不機嫌そうなほむらに頷く。ほむらは左手でタマモの右手を握っていた。
「わかっていると思うけど、私と接触していれば時間停止の影響は受けないわ」
「おう」
ほむらの警告に横島とタマモは頷く。
「さて」
「魔女の反応は地下よ」
「地下か……」
美神除霊事務所である旧渋鯖男爵邸は地上3階、地下1階。地下は主に物置きとして利用され、人が出入りするエリアではなかった。
「美神さんとおキヌちゃんが気になるが……」
(探)キイィン……。
横島はポケットから取り出した文珠を発動させ、事務所内に探りを入れる。
「おキヌちゃんは台所。美神さんは地下……。それに、どうなってんだ?」
「横島?」
「ああ。急ごう」
タマモとほむらからの怪訝な視線を受け、厳しい表情の横島は頷いた。
「タマモ」
ポンッ!
「はいっと」
すかさず幼女に化けたタマモが横島の背に張り付く。ほむらの左手をフリーにするためだ。
霊波刀を構えた横島を先頭に、地下へ階段をゆっくり下る。2人手つなぎ状態のため思うようには動けない。だが時間停止には効果時間があるため、できるだけ迅速に移動する。
「あそこだわ」
地下1階。薄暗い廊下の先、一番奥の部屋。扉は開いていて、室内の明かりが暗い廊下に漏れていた。
横島はそのまま扉の前まで進み、中を覗き込む。
「なんだこりゃ?」
続けてタマモ、ほむらが部屋の中に視線を向け、眉をよせる。
広めの何もない部屋の床に複雑な3つの魔法陣。その傍らで美神とマミ、シロが対峙していた。
「うーむ。やはり緊急ってわけでもなさそうだな。ほむら、魔法をといてくれ」
「……ええ」
かしゃん!
ほむらの盾が音をたて、時間停止が解除される。
「え!横島クン達、いつの間に?」
突如現れた横島一行に、美神達が驚きの表情を浮かべた。
「ほむらの魔法っすよ。それより魔女反応があるってことらしいんすけど……」
「うーん。魔法少女ってほんと優秀ね」
横島の言葉に美神は眉をよせ、こめかみに人差し指をあてる。
「今、マミちゃんに説明するところだったから丁度いいわ」
美神は肩を竦めた。
「まずはこれね」
「これは、魔女?」
床に光る複雑な魔法陣。その中心に蠢く影を見つめ、マミとほむらは呆然と呟く。
「いいえ、違うわ」
美神は二人を眺めつつ、口を開く。
「これは魔女が生んだ使い魔よ。これらは特殊な魔法陣で厳重に封印している状態だから、安心して」
「……」
固まる場に対しお構いなしの美神はゆっくりと言葉を続ける。
「ん-まず。魔法少女はソウルジェム浄化のためにグリーフシードが必要なのはわかるわよね?だから魔法少女はグリーフシードを得るために魔女を斃さなくてはならない。それしかグリーフシードを得る手段は無いわけだから。でも、そんなのじゃグリーフシードが尽きてしまう事も当然ありうるでしょう?」
インキュベーターの目的は魔法少女の魔女化。グリーフシード枯渇により、ソウルジェムを浄化することができず魔女となる状況は当然想定内だろう。
「ともかく魔法少女にはグリーフシードの安定供給が必須なの。とくに今回はワルプルギスとの決戦用に多くの備えが必要よ。ならどうする?」
「……」
沈黙する面々に美神は視線をむけた。
「魔法少女にとってグリーフシードは生命線。人類にとっての食料のようなものなのよ。人類はそれの安定供給のため、狩猟から牧畜へと進化した。それでこれはつまり……」
「……つまり、魔女を養殖してるんすか?」
横島の答えに大きく頷く美神を、周りは茫然と見る。
「魔法少女が変身した魔女は使い魔を産む。その使い魔は成長すると魔女になる。そうした魔女からグリーフシードを得るのよ」
魔女が魔法少女が変身したものだったら?自分達の身に置き換えるであろう二人に、美神はすかざす否定の言葉を投げた。
「そんなん、どうやって育てるんすか?」
ふと湧いた疑問を横島が呆然と呟く。
「いい質問ね。この魔女ってやつらは人間の負の感情を糧とするの。結界に取り込んで人間に行う行為は、あくまで負の感情エネルギーを絞り出すためのものなのよ。だからそれ」
美神の指さす先には魔法陣の中の吸魔護符。ボロボロの符からは悪霊が滲みだし、その悪意を使い魔が吸収していた。
「悪霊をエサに魔女を育てる寸法よ。ウチには悪霊を封印した吸魔護符が大量にある。廃棄に法外なお金がかかるからと渋って溜め込んでいたいたものがこうして消費され、その結果グリーフシードがゲットできるという一石二鳥なものなのよ!」
「…………!」
「そうして採取して浄化に使ったグリーフシードからも羽化させて、グリーフシードを採取するサイクルよ。つまりSDGs!」
「SDGsはとりあえずいってみただけっすね?」
横島はなんとかツッコミをいれるものの、周りは美神のプレゼンについていけず茫然としていた。
とくにおキヌは険しい表情になっていた。おキヌはネクロマンサーとして霊と心を通わせる。それは悪霊といえど同じなわけで、悪霊となるまで負の感情を蓄積させた魂にさらなる苦痛を与えることになるのではないかと思ったのだ。
「おキヌちゃん……。いいたいことはわかるけど、まずは生きてる人間優先。でしょ?それに……」
「それに?」
「女子中学生の役に立てるのだから、こいつらだって本望よ!」
「えええっ……!」
「こうしてカルマを減らせば極楽にいけるかもでしょ!」
「あんた、ほんと禄でもないな……」
よくわからない主張を力説する美神に、横島は苦虫を潰したような表情を浮かべるのだった。
「とにかく!こうしてグリーフシードの安定供給ができれば、あなたたちが無理する必要もなくなるってわけ。えーっと、だから……」
美神がおずおずときりだす。
「マミちゃん、ほむらちゃん。これの管理に協力してほしいのよ」
「えっ!?それって……」
「ここの事務所に下宿して頂戴。宿代食費グリーフシードはこっちでもつわ」
「?!」
美神の突然の宣言に、場は騒然となる!
「えっ、そんな急に……?」
驚き顔のマミが言葉を発した。
「無茶苦茶だっ!住み込みでこき使うつもりだっ!」
「そんなわけないでしょ!手伝ってくれるくらいでいいわよ!」
顔を歪ませ叫ぶ横島の言葉に、美神が反論する。
「意義ありでござる!拙者はコヤツと屋根裏相部屋なのに、待遇が違いすぎでござる!」
「居候が図々しいこといってんじゃないわよ!だいたいね、女子中学生の一人暮らしとかありえないのよ!保護者の許可ももらってるから、これは決定事項よ!」
シロの抗議はあえなく一蹴された。
「それと横島クン。この娘らにへんなことしたら、マジ殺すわよ?」
「いいいっ!や、やだなぁ美神さん!中学生は守備範囲外っすよ……」
しどろもどろに返答する横島に、美神は厳しい視線を向ける。
「ふーん?横島さん、マミちゃんに抱き着いてたりしましたよね?」
つんと、すまし顔のおキヌが特大の爆弾を投下した!
「なっ!!」
「よーこーしーまー!貴様っ!」
「ひっ!」
後ろ暗いところのあった横島を、怒髪天な怒りの美神が睨み付ける!
「待ってください!あれは事故なんです!私が魔女に油断して殺されそうだったところを助けてくれたんです!」
マミはすかさず美神との横島の間に入り、横島を庇うように両手を広げ必死に主張しだした。
「マ、マミちゃん……?」
事実とは真逆に、ここまで恩に着させているとは……。これにはさすがの横島も罪悪感に身悶えることとなった!後で土下座して謝ろう……。ぐっと手を握る。
「横島さんは命の恩人で……。それで、ええっと……」
命の恩人。それだけでも特別な存在なのだが……。
魔法少女になってからずっと、孤独に悩み、孤独に震え、孤独に嘆き、孤独に苦しんでいた。心の底から、繋がりを求めていた!
そんなマミにとって横島との協力した術式は、『繋がる力』によって相手の魂と繋がりを持つという忘れられない、特別な経験となっていたのだった!
「…………」
マミは頬を染め視線を下げる。
「……それで。なんで横島クンはほむらちゃんの手をこれみよがしにぎゅっと握ってるわけ?」
「ん?」
美神の言葉に、横島は握る手にへんな違和感に首を傾げた。
「ああっ!!」
時間停止の影響を受けないようにと、ほむらと手をつないでいたのだがあまりのことにそのままだったのだ!
「ええっと、違うんです!これは……」
その言葉にびくりと肩を震わせたほむらは、横島の手を振り払う!
「こ、これは!魔法の影響を受けないためよっ!」
わたわたと言い訳をしようとする横島にかぶせるように、ほむらが大声で説明した!
横島と繋げていた自分の右手を大事そうに左手で握り、やはり頬を染め不機嫌そうに俯く、らしくないほむらに周りは首を傾げる。
らしくなく庇ってくれたと思った横島は、じんときていた。ほむら……。おまえ、苦労してきただけあって、ほんとエエ娘やな……。あとでチョコモナカジャンボ奢っちゃるからな……。横島は優しい視線でほむらを見つめていた。
――な、なに?なんなの?
マミとほむらの反応に美神は首を傾げるが、その方面ではマミ・ほむらと同レベルの美神は気づくことができなかった。
「とにかく!急で悪いけどそういうことで。じゃあ今日は解散!」
美神はまくしたてるように、その場を終わらせたのだった。
*****
美神除霊事務所、所長室。
「そういうことでママ。ありがとうね」
一人残った美神は母である美智恵と画像通話中であった。
『どういたしまして。どのみちこんな無茶、あなたでなきゃ通らないわよ。それにしても保証人ねぇ』
「うん。とりあえずこれで、今まで通りの生活をさせてあげられるはず……」
『あなたのことだからどうせ、ろくに話してもないのでしょ?』
「……つまらないことをあの娘達が知る必要はないわよ」
美神の不機嫌そうな返答に、美智恵は溜息をついた。
通常、魔女になる可能性のある魔法少女は発見され次第危険因子として確保され、特別隔離施設に収監される。そこでバイタルチェックという名目の人体実験と、社会奉仕活動という名目での魔法行使の日々を送ることになるのだ。そうした日々に絶望し魔女となれば、不幸な事故として処分される……。
国は『人』から『魔法少女』となった彼女達に対し『人権』を保障しない。
それゆえの合法たる非道な扱い。
美神はそれを回避するため、二人を保護し問題が起これば全面の責任を負うという保証人という立場を美智恵の協力のもと国から勝ち取ったのだった。
襲来するワルプルギスの夜攻略にはあの娘達の参戦は絶対条件。隠蔽は不可能という判断もある。
ゆくゆくは文珠で人間に戻せるかもしれない。だが、それにはともかく時間が必要だ。それゆえの指し手であった。
『そこまで肩入れするなんて、らしくないわね?』
「あの娘達は優秀よ?存分に働いてもらうわよ!」
『だめよ?令子。中学生を働かせることは労働基準法的にも……』
「わ、わかってるわよ!将来的にってこと!これはそう、青田買いってやつ?」
『…………』
美智恵のじとりとした半眼に、美神は眉をしかめ視線を彷徨わせた。
「ええっと……」
『…………』
「……こうして知り合った娘達が不幸になるのをみすみす見過ごすとか、寝覚めが悪いでしょ?ああーもう!でも、必要以上に恩に着られるのも嫌なの!だから絶対秘密にしておいてよね?!」
ばつが悪そうにわたわたとする娘を見つつ、美智恵は目を瞬かせる。
以前のこの娘なら他人に対し、ここまでのことはしなかったはずだ。
現世利益最優先‼
様々な事情から幼いうちに独り立ちさせねばならないと美智恵が叩きこんだ教訓のせいで、歪んだ判断基準をもつ美神を美智恵は憂いていたのだったが……。
この変化はきっと横島とおキヌ、二人の影響なのだろう。
いい仲間と巡り会えたわね……。
美智恵は二人の存在に感謝するのだった。
☆おまけコーナー
横島「えーっと、美神さんがもったいつけてたことって……」
おキヌ「この魔女養殖……?」
美神「もう!これ、マギレコでやってたじゃないのー!」
横島「ええとヤツはー。マギレコちょっとしかやってないから知らなかったし?ネタ的にはマギレコ開始前に思いついてたからコッチが先だし?アニメ素晴らしかったし?などと供述してるそうですよ?」
美神「小学生か!」
おキヌ「ま、まあ!使用済み吸魔護符の処分代金をケチりたいってとこからの発想は、美神さんらしいですよ!マギレコのスケール大きいのと違ってセコい感じで!」
美神「!!!」
横島「おキヌちゃん、言い方……」
悪意なき天然系だからこその言葉の暴力が突き刺さり、白目になる美神を横島は苦笑いつつ見つめた。