《10》
勢いのある風に、どす黒い雨雲がどろどろと渦巻く。
「間違い無さそうね」
凄まじい悪天候の中。その長い髪をなびかせ、美神は目を細める。
季節外れの大型低気圧。そうして異常気象に紛れての襲来は、超弩級魔女ワルプルギスの夜の常套手段だ。
そして出現したカラフルなゾウやキリンといった様々な動物達のパレード。ワルプルギスの夜の先遣の使い魔達が通り過ぎる。こいつらは人を襲うでもなく、ただただ先陣を賑わす存在。ワルプルギスの夜はそんなものをも抱える存在なのだ。
「ちっ!どいつもこいつもいざって時に……」
美神は眉をよせた。
流石の大一番。助っ人として唐巣、エミ、冥子、カオス、雪之丞と、思うとこ全てあたったのだが、なぜだかだれとも連絡を取ることができず。
「折角だからワルプルギスの夜討伐報酬を貰いたかったのだけど……」
太古から各地を暴れまわっていたワルプルギスの夜の討伐報酬は、小国クラスの年間国家予算を上回る額。だがさすがに単独撃破は手に余る。
しかたなく。単独討伐を諦め美智恵に連絡をとり、オカルトGメンを利用することにしたのだった。
ワルプルギスの夜出現情報を高値で売りつけるという苦肉の策。
「ママったら……」
美神は、すでに魔法少女へ変身し、厳しい表情で風の先に視線を向けるマミとほむらを見つめた。
――魔女と戦うのは魔法少女の宿命。でしょ?
自分には二人を働かせるなと特大の釘を打ち付けたくせに、ちゃっかりと対ワルプルギスの夜への参戦を決定したのだった。
実際の戦闘指揮は西条が執るものの、できるだけのお膳立てをしているのだろうか?
我が母ではあるが、そのしたたかさには舌を巻く。
当然保証人として二人の分の戦闘協力報酬もガッツリ頂いているわけだったが、美神としては釈然としないところがあった。
《7》
「普通の魔女とワルプルギスの夜は、どう違うんですか?」
「んー」
美神のとなり。やはり長い黒髪と霊装である巫女装束を風に煽られながらのおキヌからの問いに、美神は声を出す。
「隠れる必要がないの」
魔女は隠匿性の高い結界を形成し、その奥に潜む。そこに人を呼び寄せ襲う。
だが、力のある異形でも居場所が割れてしまえばいずれ殲滅されてしまう。本能からそれを知っているからかもしれない。
「たとえば蜘蛛。巣を張りエサを待つわよね」
蜘蛛。昆虫世界で巣を張り獲物を待ち獲物を狩るのだが、さらなる進化を遂げる種が現れる。それらはアシダカグモといった俊敏性、タランチュラの毒といった様々な優位性を獲得し狩りを行う進化をとげる。
「ワルプルギスの夜の最大の強み。それは神出鬼没性なの」
ワルプルギスの夜は移動する。ふいに出現し暴れまわり、ふいと消える。後を追わせず、どこに出現するかもわからない。
「こんなやつ、対処しようがなかったのよ」
美神の説明におキヌは息を呑む。
「そうして数千年。暴れまわり力を付けたのがあれよ」
神出鬼没に暴れ、力をつけ続けた暴君。それがワルプルギスの夜なのだ。
渦巻く黒雲の向こう。強大な異形の存在に美神は目を細める。
《2》
「いよいよね。西条さんAポイントよ。よろしくね」
『わかった』
美神はトランシーバーの向こうの西条に合図する。
《1》
「でも。だからね?だから、ネタがばれてりゃどうってこともないのよ」
美神はにやりと笑い、指をパチリと打ち鳴らす!
《0》
轟音とともに空に幾つもの影が煙の尾を引きつつ、ワルプルギスの夜へと飛来し……。
ちゅどーーーん!
ワルプルギスの夜はいくつもの爆炎に包まれる!それは美神指示により発射された数十発の精霊石弾道ミサイル着弾によるもの!
ほむらの報告から出現位置・時間がいくつかに絞られていて。だからこそ実現できたワルプルギスの夜の持つアドバンテージを無効化する先制攻撃だった。
「おほほほほ!ネタのばれてる奇術ほどお粗末なものもないわね!極楽に行くといいわ!」
「えええ……」
奇襲攻撃に高笑う美神に、おキヌが顔を引きつらせる。
「なんか卑怯というか……」
「は?ヒキョウもラッキョウもないわよ!こちとらスイーパー!戦っているのではなく清掃しているのよ?こっちの都合でおかまいなく、やりたいように殲滅するだけなのよ!あー、圧倒的優位!いい気分!」
下種に満面の笑みを浮かべる美神に、おキヌはどん引き。
「大爆発してますねー!全弾命中!まぁ、あんだけ食らえばひとたまりもないっしょ!やったか?わはは!」
その横で当然のように横島が勝ち誇り、タリホー!などと奇声を発していた。
美神と西条の作戦はいたってシンプル。ほむらのやっていたのと同じように、出現のタイミングでの最大集中火力での
幾度もワルプルギスの夜に敗退したほむらから話は聞いていて。美神はその敗因を近代兵器の準備しかできなかったことと考えていた。
――ママ、やっぱり本気ね。
次々と着弾する精霊石弾道ミサイル。そのすさまじい数に美神は目を瞬かせた。
太古から暴れまわる伝説級の天災。ワルプルギスの夜。この機会に、美知恵は本気で討伐にかかっているのだろう。
巨大なワルプルギスの夜が盛大な爆炎の渦に飲み込まれる!その光景は空そのものが燃え上がっているようだった。
アハッ!アハハハッ!
だが。
響き渡るワルプルギスの夜の哄笑!
爆炎消える煙の中から、ゆっくりとその巨体は姿を現す。
空中に浮かぶごりごりと回る巨大な歯車。その下に逆さにぶら下がっているのは白い縁取りの青いドレスを纏ったような女性の姿。白い顔には、にまりとした紅い唇のみ。頭部には二本の角か帽子のようなモノが生え、そこに半透明のヴェールを着けていた。背後に虹色の魔法陣がゆっくりと回る。
「いいいっ!?む、無傷??」
これには流石に、美神は目を丸くした。
物理攻撃に対する絶対抵抗。ワルプルギスの夜はそれと同じレベルでの対魔力攻撃抵抗をも有しているようだった。
そしてワルプルギスの夜は健在!その周辺に、使い魔である多くの影魔法少女が出現し、一斉に空を舞う。
舞台装置の魔女により、こうして幕は開けられた。
その演目は『蹂躙』。
アハハハッ!アハハハッ!!
ワルプルギスの夜は哄笑を響かせ、ゆるゆると進撃を開始する。