とりあえず気絶したヨハルの小柄な体を担いでキルクスタウンの病院に連れて行く。医者に寄れば過度なストレスから気絶しただけだったとのことで、目を覚ましたヨハルを連れて話を聞くためにホテルに泊まることにした。三人部屋のベッドに座ったヨハルが話し出すのを、二人して立って待つ。
「そういえば、私達と話すのは大丈夫なの?ヨハルの方は苦手っぽかったけど」
「………ダフネさんに負けたせいか、ヤユイが引き籠もってしまいました。あの子、負ける自分に価値がないと思ってるので…」
「うっ、なんかすみません…」
開口一番、ジュリさんの問いかけにそんなことを伝えてきたヨハルに居た堪れなくなる。確かに勝つことに、最強であることに異様にこだわっていた……存在意義だったのなら悪いことをしてしまった。
「ダフネさんは気にすることないよ。結局、私が弱かっただけのことだから…」
涙を目じりに溜めて目に見えて落ち込むヨハルに、なんて声をかければいいか迷っていると、怖いもの知らずのジュリさんが膝を曲げて顔を近づけると問いかけた。
「ねえ。やっぱりどう考えても二重人格が生まれるなんて普通じゃない。貴女に何が起きたのか、教えてくれないかな?」
「…3年ぐらい前、私はカロス地方に住んでいた。トレーナーになって、ジムリーダーを倒して四天王とチャンピオンに挑もう、そう考えて旅に出た子供だった」
トレーナーになりたての子はみんなそうじゃないかな、と思う。私はそうでもなかったけど。
「2つのジムをあっさり越えて、調子に乗っていた私は引っ込み思案な自分を変えるために勇気を出して当時ミアレシティで行われた大きな大会に出場したの。それが全ての間違いだった…」
さらっと言ってるけどあっさり2つのジムを越えているのは才能がある証だ。調子に乗って然るべきだ。この小柄な女の子は本当に才能があるんだな。
「準決勝まで勝ち上がって、ヴァイスと名乗った女のトレーナーと戦って。私よりも圧倒的に強いエリートトレーナー相手に、私は負けたくないと思って、なんとか耐え続けて……それに業を煮やしたヴァイスは、メガシンカを行使した。ただでさえ強かったオニゴーリがメガオニゴーリになって…」
「メガ、オニゴーリ…」
まさか、あの強さでまだ本気を出していなかったというのかあの女。しかもアブソル以外にメガシンカできるポケモンがいるとは。
「今でも忘れられない、氷漬けにされて身動きが取れないところに容赦なく降り注いだ氷柱で串刺しにされたブラッキーの姿……」
「ブラッキーって、あれ?今も貴方の手持ちに…」
ジュリさんが至極当たり前の疑問を言うと、回復したブラッキーが出されて心配そうにヨハルを見上げ、その頭を恐る恐る撫でようとして、止めてしまうヨハル。トラウマか何かだと見て取れる。
「この子は…前のブラッキーの子供。育成途中で、自分の母親の死を見せてしまったのに、ついてきてくれる優しい子で……潔く負けを認めていれば、死なずにすんだ。そう主張したヴァイスの心無い言葉に、私の心は壊れてしまった」
「ひどい…」
「ヴァイスって奴、私は知らないけど人の心がないのはよくわかった」
ジュリさんでさえ怒りに拳を握っている。悔しかっただろう、悲しかっただろう。なのに追い打ちした上にヨハルのせいだと言うなんて、ひどすぎる。
「ポケモンをまた死なせてしまうんじゃないかって、触れ合う事すらできなくなって……無気力に引き籠もって生きていた、そんな時、私の中にヤユイが生まれたの」
「そんなことが…」
「誰にも負けない、ポケモンも死なせない、最強の自分・・・でしたか」
確かに強かったし、自信に満ち溢れていた。ヨハルを大事にしていることが伝わってきた。それが落ち込んで、表に出てこないとヨハルは言う。
「ヤユイはヴァイスにも負けないと豪語していて……自分が負けるとは一切考えてなかった。勝ち続けることが存在意義だってあの子は言っていて…」
「ジムリーダーどころかただのトレーナーで、しかも格下だと思っていた私に負けたのがショックだと」
「そう言うこと…だと思う。でもどうしよう、ヤユイが出てこないと、私なにもできない…」
「それはまたどうして」
するとヨハルは私達を上目づかいでジッと見つめてから、深呼吸して続けた。
「…貴方たちは信用できるんだけど。私、引き籠もっていたから人と話すことが苦手で…受付と話すこともできないので、ジム戦もままならないと思います」
「でもマリィさんと話してませんでしたか?」
「ヤユイ、私の事を思ってなのかやることをやったらすぐ引っ込んでしまってしょうがなく私が…」
「ふむ」
なるほど。お節介で過保護な双子の姉みたいなものか。それは確かに、妹…つまりヨハルを幻滅させたと落ち込んでもしょうがない気もする。こう言っちゃなんだけどめんどくさい二重人格である。
「…ヨハルはもう、戦えないんです?」
「うん。死なせてしまうかもって恐怖で私はなにもできなくなる。ヤユイがいないと、ポケモンと触れ合う事すらできない」
そう落ち込むヨハルに、私はジュリさんと顔を見合わせ、心配そうにヨハルを見つめるブラッキーをジュリさんが抱え上げた。
「ほいっと」
「え。ひゃああ!?」
ベッドに座るヨハルにひょいっとブラッキーを乗せるジュリさん。その瞬間一瞬の間の後悲鳴を上げてブラッキーは投げ出され、くるくると宙を舞った後私の腕にスポンと収まった。うむ、蟲じゃないけど普通にかわいい。
「な、なにを!?」
「いやまあ、ほら。苦手意識で触れないだけなら触れれば解決するかなって」
「そんな無理やり…」
「でも、大丈夫だったでしょう?」
そう私が言うと、押し黙るヨハル。図星らしい。私がブラッキーを差し出すと、恐る恐ると手を伸ばし、ブラッキーの伸ばした前足と手が触れる。その瞬間、私の腕の中から飛び出しヨハルに飛び付くブラッキーを、涙ながらに受け止め抱きしめるヨハル。
「ごめんね、ごめんね…」
号泣するヨハルを、私達は顔を見合わせ静かに見守り、深夜も更けて行く。
泣き疲れてブラッキーを抱きしめながら眠ってしまったヨハルと、既に睡魔に負けて爆睡中のジュリさん。私は身支度を整えつつ、ぐっすり眠るヨハルに問いかけた。
「ヤユイ。起きてるなら出てきてください」
「………なに?」
ヨハルが目を開けると、赤色に染まっていて。明らかに拗ねてます、と言った顔で睨んできた。
「私に負けたのがそんなに悔しいですか?」
「違う。私は、負けちゃ駄目なんだ。勝ち続けないと駄目なんだ。ヨハルを守れるのは私だけだから…」
「そんなんじゃヴァイスに負けますよ」
「なに?」
禁句だったのか憤怒の表情で睨んでくるヤユイに物怖じせず、私は答える。
「私は先日ヴァイスと戦いました。今の彼女はトレーナーはトレーナーでも犯罪者のプラズマ団です。ジムリーダーみたいにルールありきの戦いじゃありません。容赦なくポケモン一体に対して二体を使ってくるような輩です。私の時はチャンピオンが乱入してきたから助かりましたが、貴女が負けた私が敗北するところだった相手です」
「ッ…!」
「私に負けるような今のままじゃ、勝てませんよ?」
そう言うと、立ち上がって掴みかかってくるヤユイ。私は何も言わずに黙って受け入れる。
「じゃあ、どうすればいいの!?勉強もした、自主練もした!あの子を守れる、ヴァイスに勝てる強さを手に入れるために頑張ったのに!なのに負けるなんて…じゃあ私は、なんのためにいるの!?」
ヤユイの悲痛の叫び。ムニャ、とジュリさんの寝言が合間に入り、私は一呼吸して続けた。
「では聞きますが、誰かを頼りましたか?」
「っ……他人はヨハルを傷つける。頼るなんて、するわけがない」
「少し事情は違いますが、私も手痛い敗北をして、ポケモンを失った人間です。弱い自分が嫌だから、私は人を頼りました。一人で強くなるのは限界があるんです。他人を信用できないのは分かります。でもならばせめて、私達を頼りませんか?ヨハルを、貴方を。既に友人だと思っている私達を、信用できませんか…?」
そう言って手を差し出すと、分かりやすく戸惑い迷うヤユイ。
「…最初に出会った時、幽霊から手紙を受け取って、それを取り返すために奔走する貴方達を見て、ヨハルは初めて自分から関わろうとしたんだ。手伝いたいって。それに、私でもできなかった、ヨハルとブラッキーをまた触れさせてくれた……信用、できると思う。お姉さんたちなら」
そう言ってヤユイは手を握ってくれた。力強く握り返す。その後ろでは、何時の間にか起きていたのかジュリさんが満面の笑みで見守っていた。………見ていたなら私だけに言わせないでください、恥ずかしい。
元ネタからして重い子たち。
・ダフネ
過去の経験(蟲ポケモンを忌避していた)から荒療治が一番だと考えてる主人公。蟲ポケモン以外もやっぱりかわいい。ヴァイスの末恐ろしさにプラズマ団の脅威を思い知る。
・ジュリ
睡魔に勝てなかったけどヤユイの怒鳴り声で目を覚ましたダフネの親友。ヴァイスの事は知らないけどとりあえず許さない。
・ヨハル
元々カロス地方に住んでいた少女。トレーナーになりたての頃に勇気を出してちょっとした大会に出た際にヴァイスと当たり、完膚なきまでに叩き潰された上に子供の頃からずっと一緒だったポケモンを事故と称されて殺されてしまい精神が崩壊。ポケモンと触れ合う事すらできないほどにトラウマになってしまった。
死なせてしまった母親ブラッキーと同じ姿に進化した子供であるブラッキーに恨まれてているものと考えていた。忘れちゃならないが、ブラッキーは懐いている状態で夜にレベルアップすることで進化するポケモンである。つまりそういうこと。
・ヤユイ
勝てない自分に存在意義はないと考えていたヨハルの別人格。ダフネ曰くお節介で過保護な双子の姉のような存在。ついでに言うと負けず嫌いで責任感が重い。ヨハル以外の誰にも心を開いてなかったが誰かを頼ることを知る。
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