「……やあ、よく来たね。頼まれたものは出来ているよ」
その日、ゾマリ・ルル―は
「…手数をかけますね、ザエルアポロ」
少し申し訳なさそうに頭を下げるゾマリ。
「構わないよ。君のところの葬討部隊には世話になっているからね」
葬討部隊が狩った破面の多くはザエルアポロの要望により、彼の元へと実験の検体や材料として引き渡されている。ゾマリは目的のものを受け取ると、もう用は済んだとばかりにその場から立ち去らんとするが
「……またネリエルのところかい?」
ザエルアポロの問いかけに、足が止まる。
「…その鎮痛剤、今まで一度だって怪我を負ったことのない君に必要とは思えないな……彼女の頭はまだ痛むのかい?」
ザエルアポロはゾマリの手に握られた、彼女の依頼で作成した鎮痛剤を視界に捉えつつ、皮肉めいた笑みを浮かべながら続ける。
「隠さなくてもいいさ、君らは傍目から見ても仲が良さそうだったしね。……しかし、そんなに気になるならあの時ノイトラを止めていれば良かったろうに……今であれば難しいが、当時
ザエルアポロの言葉はゾマリの罪を、友を見捨てた彼女を、にも関わらず未練がましく追いすがる彼女を、容赦なく糾弾する。
ゾマリの体が少し震える。浅ましきその心根、それを暴き立てられたことで目を背けてきた卑小な己と否応なく対峙させられ
(………え?…コイツ何言ってんの?)
とかそんな複雑な思考をこいつが出来るわけもないか。
(……え?ネルと私が仲良し?え?マジで?……え?いや、会えば話すぐらいはしてたけどさ…そう見えてたの?…え?ネルのとこって何?どゆこと?これ、完全自分のための鎮痛剤なんだけど……え?)
自責の念だとか罪悪感だとかそれ以前に心当たりがなさ過ぎてゾマリは軽いパニック状態にあった。
(え?は?え?……と、とにかく、このまま狼狽していてはいつも一歩引いた視点で周りを見渡せる常に冷静沈着な私のキャラが危うい……何か言わなくては!)
自分でキャラとか言っちゃう痛々しい思考の末、何を言うかも考えつかないまま、顔を俯かせながら少し震えた声で彼女は呟く。
「……私…は…」
しかし、その先を続けることをザエルアポロは許さなかった。
「おっと、知らなかったとでも?それは無理があるよ、ゾマリ。あの日に限って君は虚夜宮を留守にした、それが偶然だなんて……悪い冗談だ」
ザエルアポロの鋭い追及にゾマリは
(え?……は?マジで何言ってんの、コイツ?…いや、知らねーよ、ネルいつの間にかいなくなってたし……たまたま虚夜宮出てるときにネルの頭かち割るイベントが重なってたんじゃねーの?……あーーーめんどくせええええーーー)
自分のキャラに照らし合わせた自然なセリフとやらを模索している最中に、またもや心当たりのまるでないことを言われ、いよいよ思考もドン詰まっていた。
ゾマリは顔を上げると、どこか諦めたような態度でザエルアポロへと告げる。
「…………いずれにせよ、格下に足元を掬われるようでは……十刃は務まりませんよ。No.3の座は…彼女には重すぎた」
言い終わるとゾマリは足早に立ち去った。その背を、ザエルアポロは心底愉快そうに見つめていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(……ザエルアポロに妙なこと言われたから、なんか気になって見に来ちまった……相変わらず、いっつも同じことしてて飽きねーのかなコイツら………度々見に来る私も私だけどな)
ゾマリは第8十刃の宮を出た後、以前たまたま虚圏内を散策していた際に発見したネル一行の、無限追跡ごっこを観察していた。
(……何で特に面白くもないのに見ちまうんだろうなあー……ん?)
ふと、ネル一行が突然立ち止まった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(!……またか………)
死の大地を駆ける、4つの影。
そのうち、蛇を思わせる長大な戦闘用霊蟲バワバワ、巨大な手足と頭部を持つ異形ドンドチャッカ・ビルスタン、似非特撮ヒーローペッシェ・ガティーシェの三体が懐かしい気配を近くに感じとり、立ち止まる。
(……ゾマリ・ルルー様)
ペッシェはかつての、虚夜宮での日々を思い出す。
……………………………………………………
「ゾマリ―!お昼一緒に食べよ?」
「…ネリエル………何度も言うようですが…私は食事は静かに一人で……」
「ほら、ペッシェもドンドチャッカも待ってるから、早く!」
「………はい」
明るく快活なネリエルと静かで常に落ち着いているゾマリ。
一見対照的にも映る二人だったが、その実、とてもよく似ていた。
どちらも任務とあれば妥協することはなく、無益な殺生を好まず、またペッシェ達従属官にも対等に接してくれていた。
虚らしからぬ理性的なその姿。
だからこそ惹かれ合ったのだろう。傍目から見てもあの二人は実に仲睦まじく見えた。
……………………………………………………
(……ああ、貴女はまだ………自分を許すことができないのでしょうね)
ゾマリがネリエルを見捨てたとも思えない。
その証拠に彼女はこうして度々、遠くからではあるが彼らの様子を見に訪れる。
(…葬討部隊ですか………恐らくはネル様のようなことを二度と起こさないように、でしょうね)
彼らが虚夜宮を去ってから出来たという葬討部隊の噂は彼らの耳にも届いていた。
曰く、規律の下に虐殺を繰り返す冷酷な殺戮機械。
しかし、彼らは確信していた。
その容赦のなさの裏には、ノイトラを止められなかった、かつての自分への後悔があるのだと。
「………ネル?どうした?」
ふと、ネリエル…いや、既に戦いの業から逃れた彼らの主、ネル・トゥが何処かあらぬ方向を見ていることに気づき、ペッシェは声をかけた。
「……何か、一人足りない気がスて………何でもないっス、それより何で急に止まるんスか!」
思わず言葉に詰まるペッシェ。
「…悪かったでヤンス!!ちょっと咽ちまってたでヤンス!」
代わりにドンドチャッカが矢継ぎ早に答える。
「え……汚っ………あんま近寄らないで欲しいっス」
そうとだけ呟くとまたペッシェ達から離れていくネル。その背を見つめながら、二人の従属官は静かに語り合う。
「…………ペッシェ」
「……ゾマリ様の存在はネル様の記憶を刺激しかねない……あの方もそれは理解しているのだろう…決してこちらに姿を見せることはないのだからな……その気遣い、無碍には出来まい?」
「………ああ」
彼らは駆ける、ただ只管に。無限追跡ごっこはいつまでも続く。
ここに争いはない。しかし彼らは満たされない。
その空白を埋めるように、誤魔化すように、彼らは駆けるのだ。
いつまでも。