Persona 5 / Your Friendly Neighborhood   作:あおい安室

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Prologue / 契約

 ひどく、まどろんだ闇の中でお前は目覚めた。呼吸することは出来る。足は地面を確かに踏みしめている。胸に手を当てれば心が奏でる鼓動を感じることができた。お前は生きている。

 

 ここはどこだろうか。

 

 意識が疑問を持った時、世界は闇に包まれた青い監獄となった。トイレとベッドしかない独房に閉じ込められていることに気付いたお前は鎖が絡まる鉄格子を掴んで揺さぶる。鉄格子が外れそうになく、振り返ってもそこには闇しかなく帰る手段はなかった。

 

 誰かいないのか。

 

 お前がそう口にすると、鉄格子にバシンと警棒が打ち付けられた。

 

「うるさいぞ、囚人――招待状を受け取って来たのなら客人と呼ぶべきか?」

 

 招待状。そんな名前のものを見た記憶を掘り起こしていると、警棒の持ち主が鉄格子越しに正面に立った。青い制服を身に纏い、右目に眼帯をしている少女。

 

 その姿を見た瞬間不思議な感覚を覚えた。どこかで会ったような――あるいは、初めて会ったかのような。相反する感情に戸惑っていると声が聞こえる。

 

「どちらでも構いません。ここにいるお前はどちらでもありえるのですから」

 

 書類を持った少女がどこかこちらを見下した笑みを浮かべる。青い制服を身に纏い、左目に眼帯をしている少女。彼女を見た時、また同じ感覚が襲ってきた。額を抑えながら戸惑っていると警棒の少女が再び鉄格子を叩き、口を開く。

 

 

「主の御前だ、姿勢を正せ!」

 

 

 奇妙な感情に翻弄されながらも視線を前に向けると、鉄格子の外に広がる広場がライトで照らされた。照らし出されたのは椅子に腰かけながらテーブルに乗せた腕を組んでいる――鼻が長く、目がぎょろりとした老人。人でないはずのそれを見た時、またしても頭の中がかき混ぜられる。

 

「ようこそ、わたくしのベルベットルームへ。お初にお目にかかる――いや、既に会ったことがあるかもしれないが説明させていただく。ここは、夢と現実、精神と物質の狭間にある場所。何かの形で契約を結んだ者のみが訪れる部屋。私は、主を務めているイゴール。覚えてくれたまえ」

 

 イゴール。その名前を聞くとようやく意識が鮮明になってきた。そうだ、あの老人はイゴール。

 

「そして彼女がカロリーヌで」「こいつがジョスティーヌだ。私たちは囚人を導く看守だ、覚えておけよ」

 

 二人の少女が互いを紹介する。右目に眼帯を付けてどこか厳しい雰囲気の少女がカロリーヌ。左目に眼帯を付けてどこか冷たい雰囲気の少女がジョスティーヌ。名前を知る度に心が落ち着く。

 

「先程も述べた通りこの部屋を訪れる者は何かの形で契約を結んだ者のみが訪れる場所だ。ベルベットルームも本来であれば契約者ごとに形を変えるのだが、お前は例外的な形でこのベルベットルームを訪れている。故に今回ベルベットルームはトリックスターのための形をとっている」

 

「だが、お前はこれを疑問に思うだろうな。お前はトリックスターだったのだから」

 

「だが、お前はこれを疑問に思うでしょう。お前はトリックスターを知らないのだから」

 

「「そのどちらも正しくあり、間違いである。ここにいるお前はこの物語を観測するために訪れた客人であるのだから。故に私たちのことを知っている感情と知らない感情が相反している」」

 

「故に先程までのお前の意識がはっきりしていなかったが、名前を知ったことで感情を『知っている』に統一し、相反する感情をまとめたということだ。感謝してほしいものだな、客人?」

 

「困惑している客人を見てしょうがない奴だな、と天使のような笑みを浮かべていたにも関わらず悪魔のように可愛らしい取引を持ち掛けるカロリーヌでした。変わりませんね、本当に」

 

「う、うるさいうるさい! というか悪魔らしいとか言っている割には例えが全然悪魔らしくないのはどういうことだ! 変わっていないのはジョスティーヌもだろうに、全く……」

 

 怒りと呆れ交じりにため息を吐くカロリーヌとくすくす笑うジョスティーヌ。その姿がどうも懐かしいような、そうでないような。思わずクスリと笑うとカロリーヌが鉄格子を叩く。私を笑う余裕があるのならちゃんと話を聞け、とお怒りの様子であった。

 

 

「話を戻すぞ。お前がここに客人として招かれたのは特別な物語を観測するためだ」

 

「そう、特別な物語です。お前はこんな選択をしたことはありませんか? 任務が始まった日に目的を果たすためのルートを確保したか。あるいはその前準備として同盟者との関係を深めたか。はたまた己の実力を高めるための自分磨きに使ったか。あるいは、何もせず時間を潰したか」

 

「何のことかわからないか? 安心しろ、これはわかる奴にだけわかればいい。お前がAという選択肢を選んだ日、別の世界ではBという選択肢を選んだお前が存在するということだ」

 

 カロリーヌが指を鳴らすと彼女がライトで照らされて影が現れる。一筋の影がカロリーヌを起点にいくつもの影に分かれている。選択肢によって分かれた世界を表現しているかのように。

 

「カロリーヌの意見は極端な物ですが、世界はいくつもの選択によって分岐するということです。ですが今回私たちがお見せする特別な物語は極めて異常な分岐の果てに生まれたものです」

 

 ジョスティーヌがカロリーヌと背中を合わせる。ジョスティーヌの影はいくつもの分岐したカロリーヌの影の中に紛れ――ない。異常であることを示すかのように赤く輝いていた

 

「この分岐はお前がどれほどの旅を繰り返したとしても到達することのない分岐です。故にこの世界で起きる物語はお前にとってはとっても特別なものになります」

 

「どんな分岐か、だと? いいだろう、事前にヒントをくれてやる」

 

 空を駆ける乗り物を用いて異国への旅行から帰ってきたトリックスターが最初に直面した事件はなんだ? ああそうだ、強欲の番人を討つために宇宙へと赴いたな。そこでもし、強欲の番人を討つきっかけが起きる前に別の事件が起きたとしたら? それがこの物語の分岐点だ。

 

「カロリーヌはまたトリックスターであった者にしかわからない回答を……とにかく、起きるはずのない事件が起きたことが分岐点ということです。それで理解しなさい」

 

「そういうことだ。今回お前をここに招いたのはこの分岐点から生まれた特別な物語を見せてやるため。通常の手段では絶対に見られない、ここでしか見られない物語だ。これは特別待遇だぞ?」

 

「もっとも、それに当たっては今一度、お前は契約する必要があるのですがね」

 

 二人が広場の中心に佇むイゴールに向き直る。顔を落としていた老人が顔を上げると独特な瞳でこちらを見つめ、一枚の書類を取り出した。ジョスティーヌがそれを受け取って持ってくる。こちらが書類を読み始めると同時にイゴールが内容を読み上げ始めた。

 

 

 

この物語はフィクションである。

 

 作中の如何なる人物、思想、事象も、全て紛れもなく、

 貴君の現実に存在する人物、思想、事象とは無関係である。

 

 同時に貴君がかつて参加、あるいは観測したゲームとはズレた物語である。

 

 以上のことに同意した者にのみ、この物語を見届ける権利がある。

 

 

 

 

 

 

「……観測の継続を肯定とみなしましょう。こちらの書類にサインを」

 

 どこかぼやけた声を聴いて呆けているとジョスティーヌがペンと書類を差し出した。そこにお前は自らの名前を記して返そうとすると、カロリーヌがひったくってニヤリと笑った。

 

「ほう、面白い名前だな。名前は人を現すというがこの名前は実に興味深い」

 

「カロリーヌ、気持ちはわかりますが今は行動が先です。手伝ってください」

 

「わかっているとも。では客人。主からトリックスターの名前を聞くがいい」

 

 双子の看守がどこかへ歩いて行くのに合わせてこちらを見つめ続けるイゴールが口を開き指を鳴らす。ガタン、という音と共にイゴールの背後に巨大なスクリーンが降ろされた。

 

「いま世界は、あるべき姿にあらず。歪みに満ち、もはや「破滅」は免れない……定めに抗い、変革を望む者……それは時に、トリックスターとも呼ばれた」

 

 イゴールが右手を広げる。合わせるようにスクリーンの右側に映像が映し出される。視線を向ければどこかで見たことがあるような、ないような映写機をカロリーヌが操作していた。

 

 映し出されたのは一人の人間。タキシード風の黒いロングコートと赤い手袋を身に着け、ピエロのような仮面の下で不敵に笑みを浮かべる青年。

 

「彼はトリックスターの一人。破滅へ抗うために自らを更生すべく、賊に身を落とした者」

 

 名を、雨宮蓮。またの名を、ジョーカー

 

「そして、この物語にはもう一人トリックスターがいる」

 

 イゴールが左手を広げる。合わせるようにスクリーンの左側がライトで照らし出される。視線を向ければどこかで見たことがあるような、ないような映写機をジョスティーヌが操作していた。

 

 映し出されたのは一人の人間。赤いマスクに白い瞳、全身を赤と青のタイツで覆い、蜘蛛をトレードマークとしたアニメか漫画から飛び出してきたかのような青年。

 

「もう一人のトリックスター。大いなる力に伴う責任を果たさんとするために一人抗う者」

 

 名を、ピーター・パーカー。またの名を、スパイダーマン

 

「これは交わるはずのなかったトリックスターたちが紡ぐ物語。彼らが一つのゆがみに立ち向かった果てに何を得るのか……実に興味深いと思わんかね? ……では、私は席を外すとしよう」

 

 ゆっくり楽しんでくれたまえ。そういうとイゴールは自らが腰かけていた椅子やテーブルごと姿を消した。突然の出来事に戸惑っていると双子の看守はカラカラ、とフィルムを回し始めて――

 

 スクリーンの中のジョーカーとスパイダーマンが動き始める。

 

「大変長らくお待たせした。だが、この物語にはそれだけの価値があると約束しよう」

 

「ワーオ、怪盗団のリーダーは自信満々だ。そのポジティブ思考ボクにも分けてほしいね」

 

「その割にはいつも通りの軽口じゃないか。それだけ言えるなら問題はないのだろう?」

 

「もちろん、軽口はスパイダーマンの持ち味だからね。それじゃ、あの言葉で幕を開けようか!」

 

 互いに頷いた二人の映像を双子の看守がスクリーンの中央へ動かす。二人の姿が交わった瞬間、スクリーンは赤く染まる。赤い世界に突如黒い闇が侵蝕してきたかと思うと、それは螺旋となりいくつもの文字を引き寄せる。バラバラの文字を蜘蛛糸が繋げることで言葉へ変わり――

 

Persona 5 / Your Friendly Neighborhood

 

「「さぁ――Show Timeだ!!」」

 

 トリックスター/親愛なる隣人の、物語の幕が上がる。

 

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