Persona 5 / Your Friendly Neighborhood 作:あおい安室
「──っと──ちょっと!」
誰かが呼ぶ声が聞こえる。ぼんやりと霧に飲み込まれつつあった意識を覚醒させて目の前にいる厳しい目つきの女性へ焦点を合わせる。表情は厳しいままに女性は口を開いた。
「しっかりしなさい。あなたが何をされたのは知っているけれど、この状況でそれを考慮している余裕はないのよ」
だろうな。痛みでひきつる口元で小さく笑みを浮かべる。自分がいるのは薄暗い尋問室だ。ある事情から警察に捕らえられた俺は尋問とは名ばかりの拷問を受け、今はこの検察官に自らがこれまでに引き起こした事件について語っていた。
「あなたには真実を語る責任がある。わかっているわね?」
「……わかっているとも。責任、か」
ふとした言葉をきっかけに脳裏に一つの事件が蘇った。偶然その意図を察したのか、顎に手を当てて考え込んでいた彼女は手持ちのファイルを開くと一枚の写真を見せた。
「いいわ、少しだけ大筋から離れましょう。次の犯行に移る前に一つ聞いておきたい事件がある。時間も何とか余裕はあるしこれだけは聞いておきたいのよ」
「……9月のあの事件か?」
「察しがいいわね。この事件はこれまでの事件と比べると例外的な事件ではあるけれど、あなたもこの事件に関係していると見ているわ」
写真に写っているのはピンボケした赤と青の衣服をまとった人物。あの頃自分たちに負けず劣らず日本を騒がせていた彼の写真であることはわかった。
「この事件は怪盗団とは別の犯人が起こした集団暴行事件だった。けれど最終的に解決したのはこの写真の人物とあなたたち怪盗団だった。故に、聞かせてもらうわよ」
「あなたはこの写真の人物と事件解決のために協力関係にあった──どうなの?」
検事の言葉を皮切りに、奇妙な隣人と肩を並べて戦ったあの事件について語り始めた。
20XX年9月15日、日本。
俺は東京のとあるコンビニでレジ打ちのバイトをしていた。高校生である自分はつい最近まで修学旅行でハワイに行っていたのだが、その関係で財布の中身が非常に厳しい状態。帰国後すぐに馴染みのコンビニへバイトできないかと連絡した結果現在に至る。
「5円になります。ありがとうございました」
春頃にこの辺りに転校してからここのコンビニではそれなりにバイトしている。レジ打ちも商品渡しも完全に手慣れたものだ。この調子でテキパキと仕事をこなしていこう──そう思った時。
「いらっしゃいま──」
「おら、とっとと金を出せ!」
店に入ってきた覆面の男性にナイフを突きつけられる。コンビニ強盗であった。なんだこれは、冗談か? ドッキリか? 割とトラブルに巻き込まれる体質だとは思っていたがまさかコンビニ強盗に出くわすとは。内心やや呆れながらもどう切り抜けたものかと試行を巡らせていると。
口元に人差し指を当てて静かに、とジェスチャーしている人がコンビニ強盗の背後に立っていた。普段ならそのまま静かにしていたが、その人の容姿に思わず笑ってしまった。
「あ? なんだその顔は? 俺の顔がおかしいというのでもいうのか、おいっ!」
「「何年も使い古されたそのセリフを使ってるとかダサッ」って言いたいのさ。いい加減新しいセリフ仕入れなよ。サービス悪いと顧客満足度ダダ下がりだよ?」
背後から浴びせられた声にカチンときた男が振り向く。その瞬間、後ろにいた人が男の顔に強烈なアッパーを浴びせ、男は空中に舞い上がった。ガン、と天井に男は頭をぶつけた。
「もっとも、君の店の仕入れは悪くて当然なんだろうけどね!」
そのまま男は落下してカウンターに頭をぶつけて気絶。後ろにいた人が男が空中で手放したナイフも回収してカウンターに置き、男を手際よく拘束した。
「うちの定番商品不意打ちパンチ&危険物回収サービス、ってね! 大丈夫かい店員くん?」
「大丈夫だ。それよりも、どうして俺を助けたんだ?」
コンビニ強盗を拘束した人──奇妙な全身タイツの男は苦笑い混じりの声で答える。
「簡単なことだよ。僕があなたの親愛なる隣人だからさ。最近は悪評の方が多くて大変だけどね……おっと、また事件だ。それじゃ、通報よろしく!」
俺の問いかけに答えると、奇妙な男はコンビニを出ていった。この時、彼は俺の背後にある窓から観察していた存在には気づいていなかった。全身タイツの男を見送った俺はスマホから警察への通報を済ませると、窓の外にいた存在と会話を始めた。
『危なかったなー、まさかコンビニ強盗に出くわすとは。あの変なヤロウのおかげで助かったけど、お前だけでもどうにかなったんじゃないか?』
「だろうな。懐にひそめた銃で脅し返せばどうにかなったと思う」
『ちょっ、銃持ってたのかよっ! 模擬銃とはいえバレたら補導されちまうんじゃないか!?』
「正直焦っている。こっそり外へ出すから処理を頼む」
『仕方ねぇなぁ……後で寿司おごれよ』
任せろ、賞味期限間近の処分品を持って帰れるように交渉する。若干抗議しながらも模擬銃を処理してくれたようだ。相棒の手際に感心していると通報を受けた警察官が入ってきた。
「警察だ。通報を受けてきたんだが、最近流行りのアイツらと……ん? これは蜘蛛の糸か?」
警察官は白い糸で拘束された男とナイフを見て何があったかを察した。個人的には彼の行いには感謝しているが、同意しては目を付けられるかもしれない。保護観察中の身である自分にとってはそれは非常に不味い。警察官の愚痴に適当に同意しながら状況を説明した。
「突然覆面をかぶった男がナイフを突きつけて金を出せと脅迫されたところに、もう一人覆面の男が入ってきて助けてくれました。その男は赤と青の全身タイツの男──」
スパイダーマンです。
スパイダーマン。日本から遠く離れた大国、アメリカのニューヨークで一年前から活動している謎の覆面男。名前通り蜘蛛をモチーフとした赤と青のスーツを纏い、超人的な力と腕から放つ蜘蛛糸を武器に戦うニューヨーク1のお騒がせ者。日本でもたまにニュースが流れるほどである。
そして、20XX年9月15日。日本は彼に関係している騒ぎで悪い意味で盛り上がっていた。ネットを見れば先程の事件に関するつぶやきが噴水のように湧き出てている。
[スパイダーマン、コンビニ強盗のスパイダーマスクを御用! だってさ]
[ただのデマ乙。あいつの評判知らないのかよ、ニューヨーク1の悪党だ]
[あいつを真似する連中のせいで日本、というか東京は大混乱だよ]
[町中にあふれるスパイダーマスクはスパイダーマンが洗脳した部下に決まってる! ]
スパイダーマスク。スパイダーマンのマスクをかぶった人々の略称で、彼らは東京の各地で強盗や家事など様々な犯罪を起こしている犯罪集団であった。数日前に突如現れたスパイダーマスクは正しく民衆の敵と言っても過言ではない状況であった。
[大体今の日本騒がせてるのはスパイダーマンが大本に決まってんだろ]
[俺はそう思えないけどなぁ。スパイダーマンはいくつも事件を解決したって聞いたぞ]
[そいつが仕込んだマッチポンプに決まってるww無視で安定]
スパイダーマスクから発展して大元であるスパイダーマンへの批判的な声は非常に多く、いくつかの声はとある場所へと収束している。
[いや……無視しなくていいんじゃね? 俺らにもやれることあんだろ]
[だな。俺、すぐにチャンネルに書き込んでくるわ]
[チャンネル? なんだそれ]
[知らねーの? ほら、ここ見てみろ https://kaitoch.jp]
[あー、あれか! 俺ももう書き込んでるぜ! ]
[本当に人気だよな、それ。私もちょいちょいチェックしてる]
https://kaitoch.jp。最近誕生したそのサイトには人々が悩みを書き込んでいるのだ。
コンビニ強盗から数時間後。青年は自宅、といっても保護観察者が経営する店の屋根裏にいた。
彼はとある事情から前科持ちで、保護観察者からの扱いも悪く薄暗い屋根裏に放り込まれているのが何よりの証拠だ。人柄を理解した今ではそれなりに親しい付き合いではあるが。話がそれた。
そこで彼は友人──いや、それさえも超えた特別な関係である仲間たちと集まり、菓子をつつきながら雑談している。話題はもちろん先程起きたコンビニ強盗。
「で、全身コスプレのスパイダーマスクに出会った感想はどうだったよ?」
「パンサーと同じ路線でなかなかいいスーツだった」
「どこ見てるのよ。あっちは男、こっちは女! 比較しないで!」
「写真は撮っていないのか? 一度スケッチしてみたいんだが……」
「突然のことだから撮影なんてできてねぇっての。いいから話進めるぞー」
「そうよ。今日集まったのは今後について大事な話し合いをするためなんだから」
「ほらほら、騒いでないで皆ちゅーもーく」
男性三人に、女性三人、そして猫一匹。その中の一人、オレンジ色が特徴な長髪の少女は皆に声をかけると手にしたノートパソコンをいじって『https://kaitoch.jp』を表示した。
サイトのタイトルは『怪盗お願いチャンネル』。
「民衆からの改心ターゲットのランキング、お前らが修学旅行でハワイに行ってた頃は一位が大企業オクムラフーズの社長である奥村邦和でほぼ固定だった。ところが、だ」
キーを押す音と共に画面が大手新聞会社の記事へ変わる。
見出しは『スパイダーマスク、増加傾向』。
スパイダーマンのマスクをかぶった人々が暴れている写真が掲載されており、数日前に彼らが修学旅行から帰ってきたタイミングでスパイダーマスクの犯罪活動が始まったのだ。
「私たちの帰国とタイミングを合わせるかのようにこれが起きた。これがきっかけで怪盗お願いチャンネルにはスパイダーマンの改心を望む声が高まっているのは知っての通りよ」
「この騒ぎでロシナンテ*1で働いてる同級生がめっちゃ困ってるって聞いたぜ。どうもあそこで売られてたコスプレ用マスクが犯行に使われてるらしい。おかげで批難が殺到してるとか」
「で、コスプレ元のスパイダーマンを改心してくれって意見が多いんだっけ。事件を起こしたスパイダーマスクについても改心してくれっていう意見があるんだけど……リーダー、どうする?」
金髪の少女にリーダーと呼ばれた青年、コンビニでバイトしていた彼は首を横に振った。
「どちらも無理だ。本名がわからなければどうしようにもない。覆面と物量でこっちの手段を潰してくるとはな……流石の心の怪盗団とはいえ、はっきり言ってお手上げだ」
メガネをかけた青年の意図を察してパソコンの画面が切り替わった。映し出されたのは赤いマスクに白い瞳、全身を赤と青のタイツで覆ったアニメか漫画から飛び出してきたかのような男──
「スパイダーマン、か。俺たち心の怪盗団にとって最大の敵かもしれない」
青年、雨宮連の言葉に仲間たちは──心の怪盗団は、頷いた。
心の怪盗団。
スパイダーマンがアメリカで活動するお騒がせ者であるように、こちらも日本を騒がせている集団。半年程、東京にある秀尽学園で起きた事件をきっかけに怪盗団は人々の注目の的となり、今では怪盗団マスクやチョコなど様々な怪盗団グッズが売れていたりとブームを引き起こしている。
そんな彼らの特徴は『心を盗むこと』であり、彼らは『改心』と呼んでいる。
彼らの最初のターゲットとなった鴨志田卓という体育教師を例に挙げよう。彼はかつてオリンピックで金メダルを獲得したほど抜群な身体能力を持っており、顧問を務めるバレー部を全国大会出場レベルまで育て上げるなど、一見優秀な教師であった。
しかし、実態は自らへの名声を傘に生徒への虐待や嫌がらせを頻繁に行う最悪な教師だった。生徒が真実を突きつけても逆に脅し返し退学をちらつかせるといったように、普通の手段では罪を告白させることは不可能である。そう、普通の手段では。
「そのゆがんだ欲望、我々心の怪盗団が頂戴する!」
裏を返せば、普通ではない手段なら罪を告白させることができる。その力を持つ者たちこそ、心の怪盗団である。彼らは悪人のゆがんだ欲望を盗み出し、罪を犯した罪悪感へ対抗する手段を奪うことができる。罪悪感へ対抗する手段を奪われると、悪人は──
「私は傲慢で、浅はかで、恥ずべき人間、いや、人間以下だ……死んでお詫びします……!」
自らが犯した罪を告白し、普通の手段では暴けない罪を白昼の下に晒しだすことで悪人を裁くことができる。これが心の怪盗団の手法である。
この様な特殊な力を持つ心の怪盗団は『世直し』するために活動しており、彼らを慕うとある少年が開設した『怪盗お願いチャンネル』に書き込まれた人々の救いを求める声に応えている。そんな彼らだからこそ、人々にとって注目の的となっているのだ。
そんな彼らに人々がスパイダーマスクの解決をお願いするのはある意味当然のことだったが──心の怪盗団が心を盗むためには、最低でもターゲットの本名が必要。覆面を被っている彼らの本名を怪盗団は探り出すことができず、現状では詰みに近い状況であった。
予想外の方向から窮地を迎えつつある怪盗団には7人のメンバーがいる。
「だけど今日の事件は状況を打開するきっかけになるかもしれないぜ。犯罪行為を犯すんじゃなくて、逆に取り締まるスパイダーマスク。そいつに接触できれば何かわかるかもしれないぞ」
モルガナ。コードネーム:モナ。
人の言葉を喋っているが、どう見ても黒い猫である。本人はかたくなに否定しているが。また、怪盗団だけ彼が話す言葉が聞こえており、それ以外の人には猫が鳴いているようにしか聞こえない。彼は怪盗が行う『改心』に関する情報を持っており怪盗団発足に貢献したねk……人物。
「だとしてもどうやって探すよ? スパイダーマンのマスクを被ったやつはたくさんいるんだぜ。ロシナンテはコスプレセットを販売停止してるからそうそう増えないとは思うけど」
坂本竜司。コードネーム:スカル。
秀尽学園二年生で、元陸上部のエース。金色に染めた髪と見た目同様というべきか、性格はいかにもヤンキーといった雰囲気で義理堅くいざという時には頼れる仲間として怪盗団の要である。そして、決めるべき時は決める怪盗団の切り込み隊長。
「竜司、そんなこともわからないの? 今日リーダーを助けた方は全身タイツで完全にスパイダーマンのコスプレをしていたんだよ。犯罪起こしてる方はマスクだけだから見分けるのは簡単よ」
高巻杏。コードネーム:パンサー。
竜司と同じく秀尽学園二年生で、金色の髪を持つが彼女の場合は地毛。アメリカ系のクォーターで読者モデルを務めるほどの美貌を持つ。持ち前の明るさで皆を引っ張るムードメーカーとして怪盗団に欠かせない存在。
「もしかすると……アメリカにいるはずの本物なのかもな。この状況にアメリカから日本へ駆けつけたのかもしれん」
喜多川祐介。コードネーム:フォックス。 洸星高校の美術科に特待生で通う高校2年生。独特の感性と天才的な美術センスを持っており、怪盗団に彼ならではの着眼点をもたらしている。心を盗むために必要な道具の作成など怪盗団には欠かせない存在。
「そうだとしても問題がある。スパイダーマンの活動範囲は本来であればニューヨーク。東京全体を活動範囲にしていてもおかしくないわ。本物を探したところで見つけるのは困難よ」
新島真。コードネーム:クイーン。
秀尽学園三年生で怪盗団の最年長でもある。頭脳明晰品行方正、学校では生徒会長とまさに絵に描いたかのような真面目な優等生だが、怪盗団では一二を争うといってもいい実力者。持ち前の頭脳を生かして怪盗団の作戦参謀を務めている。
「こっちでもどの辺りを活動しているか絞り込んでみる。それならまだ探しやすいはずだ。生で見てみたいところだけど、探すのは面倒だから任せた。ヨロー」
佐倉双葉。コードネーム:ナビ。
年齢は高校一年生だがある事情で学校には通っていない。彼女はずば抜けた計算能力とプログラミング能力を持つ天才ハッカーであり、怪盗団でもどうしようにもない状況を電子面のサポートで切り抜けたりと一番新しいメンバーでありながら活躍は折り紙付きだ。
そして、最後に──
「任せてくれ。怪盗団の掟は全員一致だ。まずはそれぞれ全身タイツのスパイダーマン、恐らくは本物のスパイダーマンを見つけて事情を聴きだすことで異論はないか?」
雨宮蓮の言葉に怪盗団の一同は頷いた。
そう、雨宮蓮は心の怪盗団をまとめるリーダー。コードネーム:ジョーカー。
心の怪盗団誕生のきっかけとなった特別な力を手にした秀尽学園二年生であり、前科持ちとして周囲の人々には警戒されがちな青年である。もっともその前科も冤罪であり、己が信じる正義のために信念を曲げることなく突き進む素質を持つ。怪盗団にとってはまさしく切り札である。
彼の判断に同意した怪盗団のメンバーはセントラル街や浅草、あるいは同級生やネットといったそれぞれが持つコネクションを生かして情報取集を開始した。
「よし、こっちも行動開始と行こうぜ」
「そうだな。この時間ならちょうど取引先にあてがある」
モルガナは普段通りにバッグに入り込み──蓮と行動を共にしているモルガナが日常生活で同行する手段──蓮はそれを肩にかけると保護観察者の「あまり遅くなるなよ」という言葉を背に夜が近づく街へと繰り出していく。目的地は歓楽街、新宿。そこで怪盗団の協力者が待っている。
心の怪盗団の活動は厳密に言えば怪盗団の力だけで成り立っているわけではない。例えば怪盗団のファンが立ち上げた怪盗お願いチャンネルでターゲットの情報を得る。例えば担任から授業のサボりを見逃してもらうことで活動準備を整える。他にも様々な人物と同盟を組むことで活動を盤石なものにしているのだ。リーダーである雨宮蓮は協力者との交渉もこなしている。
「やっほー、待ってたよ。珍しいね、キミの方から連絡してくるなんて」
新宿の歓楽街にあるバー、にゅうカマー。名前通り風変わりなこのバーには一人のゴシップ記者が入り浸っている。黒髪のショートヘアにサングラスを乗せていた特徴的な女性、大宅一子。
彼女には怪盗団の情報をある程度提供することで怪盗団関する前向きな記事を執筆してもらうことでイメージアップに貢献してもらっている怪盗団の協力者だ。
「すみません、突然連絡して……もう飲んでます?」
「モチ! キミも一杯飲む?」
「……オイ。ごめんね、すぐに水飲ませるから待ってて」
マスターがドスの利いた声で大宅にストップをかけた。苦笑いしながらマスターが差し出した水をグイっと飲みほした。酔っている状態では情報も聞き出しにくいし助かる。
「おいおい……相変わらず酒くせーけど大丈夫かよ……」
「問題ない、酔っている時もある程度はちゃんと話を聞いてもらえる」
「それ全部は聞いてもらえないってことじゃねぇか!」
「んんー? なーんかうるさいと思ったら猫連れてきてんだ。珍しいね」
「たまには散歩させないとな……モナ、しばらく静かにしていてくれ」
「……了解」
モルガナの言葉は一般人には聞こえない。適当にはぐらかして席につく。
「で、今日は何かな? 怪盗団の新しい情報でも見つかった?」
「怪盗団の情報はストックはいくらかある。だが今日来たのは逆に情報提供を頼みに来た」
「ふむ、情報提供……あー、わかった。スパイダーマスクについてでしょ」
「わかるか?」
「これでもジャーナリストのはしくれだしね。巷じゃ怪盗団と人気を二分するくらいに大騒ぎ。『正義の怪盗団に対するは悪のスパイダーマスク! 』なんて感じでさ。上からもそいつらの情報を集めろって命じられたし。クソ上司め、アタシを色物担当と勘違いしていないか?」
「知らない人から見ればそういう扱いなんだろうな。だが、それなら力になれるかも知れない。実は、本物かもしれないスパイダーマンにコンビニで出会ったんだ。その時の情報を提供できる」
「えっ、マジ!? それって昼にあったコンビニ強盗かな。これまでの事件とはだいぶ方向性が違ってたから気になってたんだ、詳しく聞かせてもらえるかな」
「もちろんだ。その代わりについて掴んでいる情報があれば教えてほしい」
「OK。実はさ、本物のスパイダーマンが日本にいるっていうのは前から分かってたんだ。ちょっと見てほしいんだけどさ」
大宅は手持ちのバッグから一冊のノートを取り出した。そこにはスパイダーマンが解決した事件に関する様々なメモが記されていた。今日のコンビニ強盗はもちろん、交通事故が起きた現場からけが人の救出、子供が壊したおもちゃの修理、はたまたラーメンの出前など。大なり小なり規模は違えど人のためになる活動を行っているのは確かだった。
「どうよこれ。アメリカでの悪評はそれなりにあるけど、正義の味方としての評判も大きい。
だから、スパイダーマスクが起こしてる犯罪とは逆に善行に注目情報集めてたのさ。そしたらそのスパイダーマスクはちゃんとスーツを着てる完璧なコスプレで、蜘蛛糸を使っていたという報告も多い。全身タイツと蜘蛛糸の有無がスパイダーマスクとスパイダーマンの見分け方かな」
「……ラーメンの出前に関しては中身ぐちゃぐちゃだったってあるんだが」
「いや、それは悪い要素ではあるんだけど、スパイダーマンって蜘蛛糸を建物に貼り付けて振り子みたいに動いてるから仕方ないんじゃないかなー、って」
言われてみればそうだ。あの動きは通称ウェブスイングと呼ばれているとニュースで見たことはあるが、なんでそんな奴にラーメンの出前頼んだんだ依頼者。
「だから『本物のスパイダーマン、来日!』って記事を書こうとしたら上から止められたんだよ。スパイダーマンのコスプレ集団が事件起こしまくってるから不味いって」
「悪事を働いた人物の弁護になるような記事を出したら叩かれかねないからか」
「その通り。この件に関しては上司も珍しく申し訳なさそうにしてたから折れてやったけど。で、ここで一つ問題。そのノートを見て何か気付くことはないかな?」
ノートを改めて見直してみる。全体を軽く見たところ、ノートの中にはスパイダーマンの善行ばかりでスパイダーマスクの事件は全く乗っていない。スパイダーマンの事件が掲載されていないことだろうか? あるいは単純にスパイダーマスクの事件がないことか?
様々な選択肢を脳裏に浮かべながら見ていて──各ページに記載された善行のタイトルの横に記載されていた数字に気付く。20XX 09 10。日付を表しているそれに違和感を感じた。
9月10日。その日はまだ修学旅行中で俺はハワイにいた。だが、スパイダーマスクは修学旅行後に姿を現している。
「スパイダーマンはスパイダーマスクの暴動以前から日本に滞在していたことか?」
「当たり! だからスパイダーマスクはスパイダーマンの名声を落としたい何者かの犯行だとアタシは考えてるんだよ。日本でもいい顔するなよ、的なことを考えた連中とかね」
陰謀説か。考えてみる価値はありそうだ。バッグの中のモルガナに視線を向けると「ワガハイも同じ考えだ」と目で訴えてきた。後でチャットで皆に話してみるか。
「上も面白い説とは言ってるんだけど、その証拠がなければ記事にはできないってさ。だからその手掛かりになるような情報を探してるところなんだ……あっ」
「どうかしたのか」
「な、なんでもない。ちょっとミスったことがあった気がしたんだけど……大丈夫だよ、うん」
「……ぜんっぜん大丈夫じゃなかったんですけど?」
入口の方から声が聞こえた。肩で息をしている茶髪の外国人らしき青年が立っていた。俺と同い年くらいだろうか、と考えているとマスターが同じことを考えたのか止めに行った。
「いらっしゃい。外国の方みたいだけど坊や、いくつ? あなたにはまだここは早いわよ」
「ああ、気にしないで。そこにいる彼女に呼ばれた口だから」
「……アンタ、また未成年ひっかけたの?」
「違う違う! そういうんじゃないって。彼は日本へ怪盗団の取材に来た子で、アメリカの新聞会社で働いてるからスパイダーマンについて詳しいんだよ。お互いに求める情報が一致してるから情報交換しようってことでここに呼んだの」
「そういうこと。まあ、彼女には今日の待ち合わせを二時間ほどすっぽかされたんだけどね」
マスター共々冷たい視線を向けた。大宅は目をそらした。
「おかげでひげ生やしと筋肉質の変な人ダブル*2に絡まれて逃げ回る羽目になったんだけど。初めて来た町で初めて会う人の聞き込みやって行きつけの店を見つけるのがどれだけ大変だったことか」
「あはは……ホントにごめん。実はさ、怪盗団の方の情報提供者とここで待ち合わせしててさ」
ポン、と背中を叩かれた。「合わせてほしい」と目で言っている。怪盗団の協力者ではあるのは聞いていたが外人と会うことは聞いてないんだが。仕方ない、合わせるしかないか。
「雨宮蓮です。怪盗団のファンで、大宅さんに怪盗団の情報を提供しています」
「へえ、君みたいな若い子が怪盗団のファンか。って僕も年齢のことを言えないか」
「そうですね。見たところあなたも高校生くらいですか?」
「あたり。学校がたまたま休みだったんだけど、人手が足りないからって上司に無理やり日本に送り込まれたんだ。ボーナス弾んでくれたとはいえ酷い上司だと思わない?」
苦笑する彼につられて笑みを浮かべると、手を差し出してきた。そして、彼は名乗った。
「ボクはピーター・パーカー。アメリカのデイリービューグルって会社でカメラマンのバイトをしてる高校二年生さ。専門はスパイダーマンの写真。これからよろしく、雨宮君」
彼の手を取った時、誰かと同盟関係を結んだ時に聞こえる不思議な声は聞こえなかったが、似たような感触を覚えた。その感覚が間違いでなかったと気付くのは、もう少し先の話である。
怪盗団のチャットより抜粋
<スパイダーマスクは陰謀説ではないか、という意見がある
<スパイダーマスク出現以前にスパイダーマンが日本で活動した形跡を掴んだ
<スパイダーマンの評判を落とすためにスパイダーマスクが現れた可能性がある
<その件に関してだが、専門家の協力を取り付けた
<ピーター・パーカーというニューヨークでスパイダーマンの写真を撮っている学生だ
<スパイダーマンに関しては誰よりも詳しい自信がある、とのこと
<もうねたぞばいもな
<おまえらもきょうはもうねようぜ