Persona 5 / Your Friendly Neighborhood 作:あおい安室
次回の更新はすぐにできるかわかりませんが、なるべく急ぎます。
20XX年9月17日、早朝の渋谷。
セントラル街を始めとした渋谷のスポットをつなぐ駅前広場は土曜日とはいえ早朝であるためか駅前広場はやや人が少なめ。そんな広場の片隅で心の怪盗団は全員集合していた。
「ううう……引きこもり脱出したとはいえ、この人混みはつらいぞ……」
「大丈夫よ、双葉。前に渋谷からパレスに侵入したことがあったけど特に目を引かれなかったから。ここはあくまでも人が集まる場所であって他人に干渉するかどうかは別の話よ」
「だな。で、スパイダーマスク集団の犯人はミステリオって奴で確定なのか?」
「少なくともパレスがあるのは確定だ。真偽はそこで確かめるとしよう」
俺は仲間たちにスマホを見せる。表示されているのは『イセカイナビ』。
イセカイナビは異世界へ人を導く機能を持ち、導くのは『認知世界』と呼ばれる人々の認識が生み出した世界。わかりやすく言えば人の心の世界であり、心の怪盗団はそこへ潜入して欲望の根源『オタカラ』を盗み出すことでゆがんだ欲望を消し去り、ターゲットを改心させるのだ。
そんな認知世界には『パレス』と呼ばれる特別な世界が存在する。とてつもなくゆがんだ欲望を持つ人間だけが持つ世界であり、心の怪盗団が挑んできた大罪人は皆パレスを持っていた。裏を返せば、パレスの存在はターゲットが極悪人であるということを裏付けているのだ。
「ミステリオの本名は、クエンティン・ベック」
『ヒットしました』
蓮がミステリオの本名を呟くと、アプリが反応した。
「本当だ。それじゃあ後は「執着している場所」と「そこを何と認識しているか」だよね」
杏が述べたのはイセカイナビでパレスへ潜入するために必要な情報。本名を加えた3つの情報がそろって初めて心の怪盗団はパレスへ忍び込み、心を盗むことができるのだ。例えば鴨志田卓は『学校』を『自らが支配する城』と認識していた。
「執着している場所によっては今度こそ詰むかもしれないわね。ミステリオについて調べてみたけど、やっぱりアメリカで暴れてるヴィランだから場所がアメリカにある可能性もある」
「そうなったらまず俺は現地に行けないな」
「それはおイナリが貧乏なだけだろ」
「つーか、それ以前にこの中で国外旅行ができそうなのって両親が常にいないアン殿だけだぜ」
「い、いくらなんでも私一人でパレス攻略はきついって……」
「大丈夫だ、その点については確証がある」
スパイダーマンの専門家からしっかり助言を受けている。きっと大丈夫だ。
昨晩、ビックリぼーいで別れた後俺はふと気になったことがあってピーターに電話をかけた。
『やあ雨宮君。何かあったのかい?』
数コール後に出た彼の声と共に何やらキーボードをたたく音が聞こえる。双葉がカタカタとPCを叩きまくっている光景を連想した。
「少し聞きたいことがあって連絡した。今は大丈夫か?」
『ホテルで新聞会社に送る写真とレポートをまとめてたとこ。作業しながらでいいのなら聞くよ』
「助かる。ミステリオについてもう少し詳しいことを聞きたいんだがいいか?」
『ミステリオについて、か。ちょうど個人的にも色々と記憶を整理していたから話せることは多いと思うよ。それで何を聞きたいのかな』
「やったな。なるべくパレス特定につながりそうなことを聞き出そうぜ」
猫の鳴き声? 電話越しに首をかしげるピーターの声を聴きながら試行を巡らせる。これまでのターゲットは基本的には身近な人物やであった時の印象などからヒントを得ることができた。今回は相手のことを全く知らない状況から始まるから──
「ミステリオの性格について教えてもらえないか」
まずは、敵を知ることから始めていこう。
『ミステリオの性格か……個人的な意見だけど、執着心が高くて自分を曲げられない奴、かな』
「いかにもヴィランらしい性格だな」
『彼の場合はそれが顕著な節がある。彼は最初、『正義のヒーローミステリオ』として世間へ売り出そうとしたんだ。意外かもしれないけど、これは本当だよ。そして初陣に選んだのは当時デイリービューグルが悪評をばらまいてたスパイダーマンだった』
「だが、実際のスパイダーマンは悪党ではなかった。倒したところでデイリービューグル以外は喜ばなかっただろうな」
『その通り。ここで普通なら他のヴィランを狙えばいいのに、ミステリオはスパイダーマンへ挑むことにこだわり、偽物を使うことでスパイダーマンを悪に仕立て上げようとした。ターゲットを変えることをプライドが許さなかったんじゃないかって思ってる。あくまでも推測だよ?』
「なるほどな……十分ゆがんだ欲望を持ってるぜ。こりゃあ間違いなくパレスがあると見ていい」
『また猫の鳴き声が聞こえたんだけど……雨宮君、猫飼ってるの?』
「モルガナだ」
名前は聞いてないんだけどなぁ。でも、いい名前だ。小さく笑いながらピーターは話を続ける。
『そして、偽物を使ったことがバレて犯罪者行き。その後はスパイダーマンを逆恨みしてて何度も彼へ挑んでる。毎回スパイダーマンが倒してるけど、相性が悪くて逃げられてるんだよね……』
その後、特殊効果を応用した幻影と幻覚使いのため逃げる力はトップクラスかつ、スパイダーマンを憎むヴィランが結成するグループ『シニスターシックス』への参加回数も多いと聞いた。スパイダーマンへの並々ならぬ執着心を秘めたヴィラン。ならば──
「そういえば一つ聞きたいんだけど、どうしてこんな早朝に集合してんだ? 昼でもよかったんじゃね?」
「確かに。おかげで朝食をとる時間もなかったぞ」
「お前のそれはネタなのかガチなのかわからんぞ……ええい、じゃがりこでもつまんでろ」
恩に着る! 祐介が双葉のじゃがりこで腹を満たしていると、小さな騒ぎが起きた。
「おい、あれを見ろ!」
「見えねぇって、なんだよあれ」
騒ぎの方向へと怪盗団は注目する。周囲の誰もが指さしている空には、赤と青の全身タイツ男。スパイダーマンが蜘蛛糸を放ちながら空中散歩していた。
「マジかよ! 本物のスパイダーマンあっさり見つかったじゃん!」
「双葉が集めた情報を一緒に分析したのよ。そこから彼のパトロールコースを計算したら、この時間は高確率で渋谷の駅前広場に出現してるって予測したんだけど、当たりだったみたいね」
「そんなことできるんだ……真も双葉もやるね」
「感心するのは後だ、時間がない。キーワード、『スパイダーマンがいる場所』」
『ヒットしました』
ミステリオが執着する場所。それはアメリカでも日本でもどこでもいい。そこに復讐すべき相手、スパイダーマンがいるのならどこだっていいのだ。今の駅前広場は歩行者の皆がスパイダーマンについて騒いでいる。これで条件が一つ揃った。
次に、ミステリオが認識している場所は──
ピーターの言葉が蘇る。
『ミステリオは犯罪者だから大分記事が消されてるけど、元々映像制作のスペシャリストだった』
『古典的な煙幕を始めとしてCG等近代技術も含めた特殊効果演出に長けていて、それでいてスタントマンもこなしたけれど、地味な裏方作業に飽来てしまったんだよ』
『だから裏方から表舞台へ立とうと考えた。スーパーヒーローになることで有名になろうとして、犯罪に手を染めてしまった。だから、それを叩き潰したスパイダーマンに執着しているんだ』
これまでのパレスは持ち主の境遇に関係がある世界を構築していた。
自らが王であるから世界を城だと認識していた者。
自らが天才であるから世界を美術館だと思い込んでいた者。
自らが強者であるから世界を銀行だと認識していた者。
自らが罪人であるから世界を墓場だと思い込んでいた者。
ならば、ミステリオは『ヒーロー』であるから、世界を──
「キーワードは、『劇場』」
自らが望む演目が行われている劇場だと思い込んでいるはずだ。
『ヒットしました。ナビゲーションを開始します』
イセカイナビが最後のキーワードを受け取り、異世界への扉を開いた。周囲の人々の喧騒が静かになり、世界が人々の認識で塗りつぶされていく。わずかにめまいを感じて抑えた目元から冷たい感触が伝わる。それはピエロのような仮面であり──自らに宿る反逆の意思。
わずかな熱が体を覆い、タキシード風の黒いロングコートと赤い手袋を、反逆の意思を身に纏う。自らが怪盗となったことを確かめるように手袋を引き締めた。仲間たちもそれぞれの反逆の意思を、仮面を身に着けてただの学生から怪盗へと姿を変える。心の怪盗団がそこにいた。
「なるほどな。スパイダーマンがいる場所となれば潜入できるタイミングは限られる。早朝に集めたのはそういうことか」
「嘘、スカルが賢い……何か変なもの食べたの?」
「うっせぇ! つーかここ、どこなんだ?」
スカル──心の怪盗団として活動する時はコードネームで呼び合っている──の疑問はごもっとも。以前とあるターゲットのパレスへ潜入する際もここ、駅前広場から潜入した。その時は歩いている人の姿がパレスの持ち主の欲望に由来する姿となっていたが、街はほぼそのままだった。
が、しかし。今回同じように潜入したミステリオのパレスは暗い雰囲気は共通しているが全く違う様子の街並み。少なくとも渋谷ではないということは確かだろう。
「あんなにたくさんの電光掲示板なんか渋谷にねぇだろ。しかも全部電源が切れててつまんねぇし。ミステリオとかいうやつはどんな頭してんだよ」
「駅前広場の名残が何一つ残っていないわね……モナ、何かわかる?」
「そうだな。以前渋谷をパレスとして認識していた奴は自分のいる場所以外はほとんどそのままに認識していたから、街は変わらなかった。今度のやつはどんな街だろうと自分にとっては都合のいい『劇場』にしかすぎねぇって認識してるから、街がガラッと雰囲気を変えてるんだと思うぜ」
「一理あるな。だってさ、ここ……」
ナビが広場に出現している赤い階段を指さしたのを見て気付く。そうだ、あの階段とこの電光掲示板の並びはテレビで見た記憶がある。パンサーがハッと気づいてここの名前を口にした。
「思い出した! ここ、ニューヨークの『タイムズ・スクエア』だ!」
「マジかよ、スパイダーマンの活動拠点はニューヨークだから、それとやりあってる奴のパレスはニューヨークがらみじゃないかと思っていたけど……まさかここまでやるとはなぁ」
「だが細部には違いがあるようだ。撮影用のセットということか? なかなかいい出来だ」
「因縁深い存在と決着を付けるための劇場、か。電光掲示板に電源が通っていないことから考えると恐らくは撮影か公演前っていうことでしょうね。ジョーカー、今のうちに情報を集めましょう」
クイーンの提案に頷いて返す。
「それじゃ、私が案内しようか? 昔アメリカに旅行で来た時にこの辺りはある程度うろついたことがあるから観光案内はともかく道案内ならできるよ」
「頼んだ、パンサー。ナビ、このパレスの形状はどうなってる?」
問いかけるとナビが持ち込んだノートPCを操作して情報を引き出した。ナビは他のメンバーとは違って戦闘能力を持たないが、パレスを始めとしたイセカイに対する解析能力を持っているのだ。
「ニューヨークを再現してる……みたいなんだけど、流石に全域じゃなさそうだ。タイムズスクエアがあることと感知できた範囲から考えるにマンハッタン島のミッドタウン地区だと推測」
「それってどんくらい広いんだ?」
「そうね。東京で例えると千代田区の半分くらいかしら」
「マジかよ……歩きで目的地探すのはきついぜ」
「一応現状の測定範囲から推測してるだけだからな。正確に調べるには実地での調査が必要だ」
ナビの予測を聞いた俺は詳しいデータを見せてもらい、その上で相談して一つのプランを実行することにした。普段はとらない方法だがイレギュラーな傾向のパレスだ、少しでも情報が欲しい。
「Excuse me , May I ask you something about this ?」
ナビの分析によるとタイムズスクエアから見て西側を除いた方向にパレスが広範囲に広がっており、現状は相手が警戒していないこともあってかパレスをうろつく怪物──シャドウの姿は非常に少ない。
「ソ、ソーリー。俺が悪かったです、はい」
そこで怪盗団を何人かのチームに分けて探索を行うことにした。北エリアをスカル、パンサー、フォックス。東エリアをクイーン、ナビ。そして南エリアをジョーカーとモナが探索している。
北エリアを探索している三人は街を歩いている人に話しかけていた。イセカイであるパレスにはシャドウだけでなくパレスの持ち主が認識している人物、つまり認知上の人物が存在する。認知上の人物はパレスの持ち主の認識から生み出されているため何らかの情報を握っていることが多い。これまでの経験からそう考えた彼らは情報を聞き出そうとするが……
「ダーメだ。やっぱ俺じゃ会話になんね。英語はほんっとうに苦手なんだよな」
英語の成績があまり良くないスカルはそもそも会話が始まらない。
「私もダメな感じ。話しかけても返事はするけど会話にならない。ちょっといいですか、って聞いても今日はいい天気だねとか株価の上がりは……とか論点がズレてる」
クォーターだから、というわけではないが怪盗団ではかなり英語がうまいパンサーでも相手が会話に応じてくれない以上どうにもならなかった。
「フォックス、そっちはどうだ?」
「英語の成績は悪くはないがパンサー程じゃないぞ。パンサーが無理な物は俺でも無理だ」
「だよねぇ……適当にパンフレットとか持って帰る? よっぽど複雑な文章じゃなかったら解読できるし。あっ、そうだ。街頭広告も見ておこうよ。斑目の時みたいにヒントがあるかも」
「ふむ……そうだな」
パンサーの提案にフォックスは班目のパレスを思い出す。
斑目。斑目一流斎。彼はフォックスこと喜多川祐介の元保護者で、表の顔は天才日本画家だが盗作や転売に手を染めて自らの弟子を潰した極悪人。そんな斑目を改心させるために怪盗団はパレスに潜入したことがあり、パレスの形状は大きな美術館だった。
館内の広告には『現代美術の神』や『生ける伝説の大成』等の彼の自尊心の表した多数の斑目を称賛する言葉が刻まれていた。この様にパレスには持ち主の性格等が反映されることがある。
ふと、そのことを思い出してフォックスは視点を変えることにした。
「ん? 何か気付いたのか?」
指をピンと伸ばして即席のファインダーを作る。人の心が現れているイセカイ、並びにパレスは絵を描くことを生業としているフォックスにとって興味深いものが多い。
これまでにもよくこうしてパレスを観察していることが多かったが、大抵は建築物や家具などの無機物を中心に見ている。無機物から視点を変えて街を歩く人々、生きている者達へと視点を変えて意識を集中する。ファインダーには一般市民とパンサーが収まった。
「パンサー、すまないが何かポーズを取ってくれ。俺の考えが確かならこれで何かが見えそうだ」
「はぁ? この状況で絵のモデルになってくれってこと? 何考えてんのさ」
「そうじゃない。君とこの街にいる人を見比べたい。どうも違和感があるんだ」
「……そういうことなら、いいけどさ」
パンサーが足をクロスさせて、腕を頭上で組む。上半身をやや前かがみにして強調しつつ、舌をチロりと出して少しだけかわいさを混ぜる。モデル経験は伊達ではないということか。スカルが小さく口笛を吹いて称賛するのを聞き流しながらフォックスは集中して──気付いた。
「やはりな。パンサー、もう大丈夫だ。やはり君は生き生きとしている姿がいい」
「了解。で、何かわかったの?」
「ああ。む、ちょうど一人歩いてきたな。性別的な差もあるが……やはり、ここにいる人は違う」
どこにでもいるようなスーツ姿の男性にフォックスは近づき、突然肩を掴んだ!
「What!?」
男性がじたばたと暴れ始め、仲間たちも驚愕して止めようとする。
「ちょおっ!? お、お前何やってんだ!?」
「これでわかるはずだ。フンッ!!」
イセカイに侵入したことで身体能力は上がっている。フォックスは力任せに無理やり掴んだスーツを下に引きずりおろす。ビリビリと服が破れて露わになった男性の上半身は──
白いプラスチックでできていた。
男性は悲鳴を上げてどこかへと走り去っていく。その悲鳴を聞いた他の人々も逃げ惑い始めた。
「やはりな。奴ら、人間じゃない」
「人間じゃない、って言ってる場合じゃないってば! 騒ぎを起こすとか何考えてんのよ!」
「いいからこっちこい、こういうのはここにいたら面倒になるやつだ、逃げるぞ!!」
パンサーが先導し、うんうん頷くフォックスをスカルが無理やり引きずって路地裏へと隠れる。騒ぎが収まる気配はなく、北エリアでの情報収集はこれ以上は無理だろうと判断。三人は仲間へと連絡を入れながら他のチームへ合流するため行動を開始した。
東エリア担当のクイーンとナビはかつてニューヨークで最も高いビルとして名をはせていたエンパイア・ステート・ビル付近で調査していた。ビルを見上げながらPCをいじるナビに問いかける。
「どう、ナビ。ここから先に違和感があるってことだけど」
「まあな。怪盗団ではわたしが一番新人だから情報不足なのもあるんだけど、メメントス──怪盗団がほどほどな欲望の持ち主の改心に使ってる大衆のパレスだっけ。あそこを解析してた時のデータから判断するに多分これ以上東に行ったら現実世界に出るぞ」
「なるほど。ってことはここから先は調査の必要はないってことね。ちょっとがっかりかも」
「むしろわたしからしてみればバンバンザイだぞ……クイーン、お前わたしを殺す気か」
「……か、帰りは安全運転するから」
「それ絶対安全運転の圏内で飛ばすってことだろ!?」
暗視ゴーグル風な仮面の奥で表情を引きつらせるナビ。クイーンはイセカイで使える特殊な力として、バイクに搭乗することができる。そこで調査する範囲が広いと推測していた東エリアは機動力と探知力に長けたコンビで調査していたのだが……
某スカルから世紀末覇者先輩と呼ばれたこともあるクイーン。生徒会長やそれに関連する評価に反して結構派手にやるタイプ。バイクも全力でかっ飛ばすので後ろに乗っていたナビは疲労状態。
「合流したらジョーカーから怪盗ウエハースチョコ奪い取ってやる……」
「ああ、あのチョコ。怪盗団人気のおかげかほぼ全部の状態異常治療してくれるのよね」
ある意味怪盗団自身が一番人気の恩恵を受け取っているわね、とクイーンはクスリと笑う。
イセカイ、認知世界は思い込みが力になる世界である。例えばこの世界にモデルガンを持ち込んだとしよう。現実世界での主な用途は観賞用であり、エアガンと違って発砲機能は全くない。
しかし、思い込みが力になる世界なら、本物と見間違うほどの銃を向けられたらどうだろう? それがモデルガンと知っていれば心配ないが、何も知らずにいきなり向けられたら「撃たれる」と思い込んでしまう。その思い込みが玩具に本物の力を与えてくれる。
現実世界では怪盗団がなんでも解決してくれるという思い込みが広がっており、人気にあやかって販売された怪盗ウエハースチョコにも同様の力が備わっているのだ。
「それで、さっきスカルから報告があったここの人は人間じゃないってことだけどどう考える?」
「ジョーカーから事前に聞いたパレスの持ち主に関する情報から推測はしてる。彼らはいわゆるモブキャラなんじゃないかしら。背景にいるにぎやかしってことね」
「把握。怪人に爆破されたりヒーローに助けられる市民Aってことか」
「そういうこと。演出家にとって主役たちを引き立てるのには欠かせない存在であるけれど、重要な役割は担っていない。だから彼らは外から見える部分だけが人間で、本質はマネキンなのよ」
「なるほどなー。よし、それすぐにチャットに上げとく。情報共有は大事だしなー」
会話が成り立たないのも当然である。彼らと舞台に上がる役者が会話する必要は基本的にない。ピンチが起きた時に騒いだり、普段の日常を送っていればそれでいいのだから。
「……しかし、なんか合点がいったかも。わたしさ、まだ渋谷みたいな人通り多いところは本当に怖い。ひとりだと動けなくてうずくまっちゃうし、ジョーカーや皆といても背筋のあたりがゾクゾクする感じの軽い恐怖を感じることがある。でも、ここはそれがない……」
作り物の世界だから、誰も生きていないから。私が恐れる物が何もないんだ。
「でも、今の状態で普通のパレスに放り込まれたらマジで身動き取れないな! あはは……はぁ。せっかく怪盗団に入ったのにわたし、何も変わってない気がしてきた」
肩を落としたナビの背中をクイーンはそっと叩く。
「大丈夫。人にはそれぞれ強みと弱みがあるものよ。ナビのその意見は結構貴重よ。今はただの想像に過ぎないけれどジョーカーと意見を突き合わせれば何かが見えてくる気がしてるから」
「そ、そうか?」
「そうよ。それに私たちは怪盗であり、怪盗団なのよ。皆の長所と短所を互いに活かしあい、補い合うためにみんなで戦うのが怪盗団……そういう考え方もあると思うな」
「……そう、か。そう、だな。クイーンも雷は苦手だしな、うん」
「雷? 強いとは言えないけれど、弱くはないつもりだけど」
首をかしげるクイーン。話がズレていることに気付いたナビはポン、と手を叩く。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい助けてお姉ちゃん助けて」
「ちょ、それどうして知ってるの!?」
「私の部屋に置きっぱなしにしてた盗聴器が偶然拾ってた」
消しなさい、消すのよ、消して!! 諸事情で双葉の家を訪れた際に、雷+突然現れた双葉に驚いて晒した自らの恥ずかしい場面のリプレイに仮面の下を赤めながらクイーンはナビに迫る。ニヒヒ、どうしよっかなー、とニヤニヤ笑うナビの心に恐怖心はなかった。
南エリア担当のジョーカーとモナは徒歩でそのまま南下しながら周辺の構造を確認していた。
「んー、どいつもこいつも英語ばっかりだな。ワガハイも多少はわかるが大丈夫か?」
「問題ない、俺の知識は知恵の泉だ」
仮面の奥で瞳を輝かせながらニヤリと笑った。その例えはよくわからんが心配なさそうだな、とモナは納得する。とはいえここの性質上パレスの住民から情報は聞き出せそうにないので北エリア担当同様に街の様子から情報収集するしかないが――ジョーカーの場合は一味違う。
「――研ぎ澄ませ」
ジョーカーが仮面の額を抑えて呟く。すると、ジョーカーに見える世界がわずかに暗転し、この世界に隠された物が視界に浮かんできた。これはジョーカーが持つサードアイという能力で、闇に隠された獲物を見透かす『賊』の技。この能力で彼はパレスに隠された様々な謎を解き明かしてきたのだ。
南エリアの探索を開始してから何度かサードアイで周囲を確認しているが、見たところ特に隠されたものは見つかっていない。だが、ここでようやく視界に引っかかるものを見つけた。
「モナ。あいつが何か反応しているがどう思う」
街を歩いている一般市民の中の一人。特に特徴がなく人ごみに紛れている私服の老人にサードアイが反応していた。サードアイが危険度合いに合わせて映し出す色は黄色。現在の怪盗団と同格レベルの脅威であると告げている。
「あいつか? 特に怪しいところはないが……尾行してみるか。行くぞ、ジョーカー」
「ああ。いつも通り隠れながらいこう」
怪盗姿の俺たちは普段なら目立っているがこの街の住民は彼らにかまうことなく普段通りの生活を送っている。住民に紛れることはたやすく、距離を取りながら尾行を開始した。
怪盗団として活動する際は様々な障害がある。物理的なトラップやスイッチなどの仕掛け、そしてパレスを徘徊するシャドウ。特にシャドウは厄介で、見つかるとパレスの持ち主が警戒心を抱き、潜入活動が困難になる。だからこそ、俺たちにはシャドウに見つからないための術がある。
「ジョーカー、あそこ行けるぜ。いい具合の物陰だ」
ゴミ箱の影に素早く移動し、深呼吸。影と自らの波長を合わせて存在を隠す――カバーする。これによって俺たちはシャドウの視界から消えることができる。
「……気のせいか。ばかばかしい」
尾行対象が行動を再開したのを見届けると、影から出て再び歩き出す。これまでの怪盗団活動で磨いてきた腕の見せ所だ、肩慣らしにもちょうどいい。
「今のところ一般人としては妙なそぶりはねぇな。もっとも、この世界の住人としては怪しすぎるが。なんで誰も興味を持たない怪盗団に気付いてんだ、アイツ?」
「普通の世界ならそれが正常な反応だが、このおかしな世界においては異常な反応だ。なんらかの鍵を握っているに違いない」
「同感だ。このまま後を付けて何か怪しいことを始めたらワガハイ達だけでひっとらえようぜ」
モナのその言葉に俺は頷いて追跡を再開した。
この時、俺は違和感を覚えるべきだった。
このまま後を付けて何か怪しいことを始めたらワガハイ達だけでひっとらえようぜ。
モルガナはそんなことを言い出す奴だったか? 普段のモルガナなら慎重に準備するか、仲間の到着を待つように言うはずだ。それを言いださないということは――まさか?