Persona 5 / Your Friendly Neighborhood 作:あおい安室
次回もまた時間かかりそうですが、ゆっくりお待ちいただけると幸いです。
20XX年9月17日、怪盗団がパレスに侵入する少し前。
スパイダーマン、もといピーター・パーカー、つまりボクの朝は早い。夜明け前に宿泊しているホテルを出ると、適当な路地裏に入り込んで準備運動を始めた。
「イッチニー、サンシー、ニーニー、サンシー、だっけ。なんでイチ飛ばすんだろ」
マスクはなくとも軽口の質は変わらないってね。既に取材開始から一週間ほど経っていることもあって時差ボケはだいぶ直ってきた。とはいえ取材期間も残り一週間切ってるから多分ニューヨークに帰った後はまた時差ボケに苦しむ羽目になるんだろうけど。
苦笑しつつ体中の曲げ伸ばし運動を終わらせると、周囲の人眼を確認しつつ着替えを始める。上着やズボンを脱いで持参したリュックサックに収めてスパイダーマンのスーツ姿に。
マスクを被ってレンズのスイッチを入れれば、準備完了!
「Your friendly neighborhood SPIDER-MAN at your service ! 」
親愛なる隣人、スパイダーマン参上! ってね。スパイダとマンの間のハイフン、忘れないでよ。近場のビルの壁を駆けあがり、物置場らしきところにリュックを隠す。ここを掃除に来る人がいないことは確認済み、後でピーター・パーカーに戻る時は忘れずに回収しよう。
一応レンズに仕込んだカメラ機能で隠し場所を一枚パシャリ。レンズに表示されるスーツの状態を確認しつつ移動を開始した。持ち込んだメンテナンスキットでは簡易的なメンテナンスしかできないけれど、日本にはスーパーヴィランはいないから今のところ特に損傷無し。
とはいっても、これから戦うことになりそうなんだけど。
雨宮君との会話で捜査線上に上がったヴィラン、ミステリオ。彼は緑のスーツと紫のマントを身に着けたい古典的なヒーローっぽい奴。そして、最大の特徴は水晶玉みたいなヘルメットだ。
彼はボクの感覚を惑わせるほどに強力な幻覚作用がある煙幕使いで、それを自らが吸い込まないためにヘルメットを装着しているのだ。この煙幕にはボクも何度苦しめられたことか。おかげでまともに捕まえるのが難しくてボクにとってはかなり苦手な相手なんだよ、全く。
もちろん対策をしてないわけじゃない。出来る限りのことはした、後はお手並み拝見ってね。
マスクの下でニヤリと笑ったタイミングで電話がかかってきた。着信相手は──これはアタリ!
「やぁ、ハリー。久しぶりだね」
『よぉ、ピーター。日本での生活はどうだ?』
通話相手はハリー・オズボーン。高校の同級生で、友達が少ないボクにとって大切な親友の一人だ。ただ、彼の父親にはちょっと問題があるんだけどこれはまたどこかで語るとしよう。
「ボチボチかな。少なくともご飯は美味しいよ」
『そうなのか。日本食はうまいって評判だし俺も一度どこかで食べてみようかな。しかし、しばらく見ない間に日本に行っているとか聞いてないぞ。ビューグルのブラントさんに問い合わせて初めて知ったぞ』
「ああー、ゴメンゴメン。急に決まったから連絡する余裕がなかったんだよ」
『お前はいつもそういう面倒ごとに巻き込まれるよな。不運体質極まれりだ』
「笑いたいけど笑えないな、それは」
『アハハ、なら俺が笑ってやるよ……本題に入るぞ。グウェンの葬式の日程が決まった』
グウェン。好きだった女の子の名前を聞いて一瞬意識が呆ける。ウェブを飛ばすタイミングが遅れて落下しかけたけど急ぎ修正して間に合った。
『明日だ。ブラントさんから聞いた予定だとお前が帰ってくる頃には彼女の墓も完成するそうだけど、一度こっちに戻ってくるか? ブラントさん曰くお前が昨日送った記事にジェイムソンは満足してたみたいだから取材を切り上げて帰国しても怒られないだろうって』
ジェイムソンは満足。ブラントさんのお墨付きもある。だけど。
「……ゴメン、ハリー。ボクは帰れそうにない」
だって、ボクにはまだやることが──
『そうか、そうだよな。いくら何でも恋人の葬式に立ち会うのはきついよな』
スパイダーマンとして、ミステリオを止めなければならない。
『お前の分もちゃんとグウェンに伝えておくよ。大丈夫、グウェンならきっと許してくれるさ』
それをハリーに伝えることは出来ないけれど、彼の言葉を聞いて一つの疑問が浮かんだ。
『またな、ピーター。日本でも元気でやれよ。土産話楽しみにしてる』
「うん、またね、ハリー」
電話が切れる。目的地である渋谷の駅前広場を見下ろすビルの屋上にたどり着いたボクはうつむくと大きく息を吸い込んだ。胸に居座る重苦しい感情が軽くなる気はしなかった。大いなる力には大いなる責任が伴う。
その言葉通りボクはスパイダーマンとして活動しているけれど、それは──逃げではないのか?
大いなる力には伴うのは大いなる責任だけじゃない。周りの人を巻き込んでしまう罪も伴う。
ベン叔父さんやグウェンだけじゃない。スパイダーマンとして戦う中で多くの人が事件に巻き込まれ、命を落とす場面をこの目で見てきた。そのことを夢に見る日は決して少なくない。その度に次はもっと上手くやろうと誓っていたけれど、それは逃げているだけではないのか。
スパイダーマンの蜘蛛糸では、救えない者がいることに目をそらしているだけではないのか。
瞳を隠すように手を当てる。無性にグウェンの声が聴きたくなった。ボクよりもずっと賢くて物事を見据えることができる彼女の意見を聞きたかった。もう、この世界にはいない。
「驚いた。スーパーヒーローでも悩むことってあるんだね」
その代わり。ボクよりもずっと賢くて物事を見据えることができるであろう人がここに現れた。事前に連絡してこの場所で話をすることになっていた現地の探偵。グレーのスーツが特徴的な学生服に身を包み、茶色の髪と瞳がチャームポイントな甘いマスクを持った少年。
「当たり前さ。ヒーローだって人間、悩むことだってある。君もそうだろ、探偵王子?」
「まあね。僕にも他人に言えない悩みや秘密は結構あるから」
人を食ったかのような笑顔を浮かべながら語り掛けてきたのは明智吾郎。かつて日本に存在していた探偵王子と呼ばれた人物の再来と言われる彼は、これまでいくつもの難事件を解決してきた。
彼は心の怪盗団に関して捜査しており、結構ネットでは怪盗団信者に叩かれ気味だとか。そんな彼にピーター・パーカーとして一応怪盗団に関する取材を申し込んだけれど、格の差がありすぎて全然取り合ってもらえなかった。だけど、スパイダーマンとしてなら交渉の余地はある。
なぜなら彼は現在スパイダーマスクについて調査をしている。テレビや雑誌でそういった情報が出回っており、スパイダーマンとして接触を申し込めば何らかの動きがあると思った。
「それにしてもとんでもない方法で接触してくるね。怪盗団のポストカードを依頼書として僕の家に送り付けるとか一週回ってセンスあるよ。コメディアンに転職したらどうだい?」
明智吾郎が取り出したのは怪盗団のトレードマークであるシルクハットを被った燃え盛る仮面が描かれているカード。その裏にはボクが書いたメッセージが記されている。
ボクは巷で話題の親愛なる隣人ことスパイダーマンだ。
日本で暴れているスパイダーマスクに関する情報を掴んだが、情報が少ない。
キミの捜査に協力させてくれないか? 明日の早朝渋谷○○ビル屋上で待っている。
日本での活動はボクはほんの1週間くらいだが、彼はボクよりもずっと長く独自の捜査網を持っているだろう。協力してもらえればかなりの力になるだろうと考えたのだ。
「実は初期の頃はそれも考えてた。だけど正体を明かせないから講座は教えられないし、給料もらう時にスパイダーマン名義の小切手だったら交換できないだろ?」
「だろうね。それはコメディアンとして致命的だ」
「給料休日ともにゼロのスーパーヒーローなら問題はないよ」
「思いっきりブラック企業だね。日本の悪い意味での名物だ。もし良かったらいい転職先紹介しようか? 給料はともかく食事つきで業務内容もそこそこ、応募資格も緩いよ」
「マジでそんなとこあるの? 日本ってすごいね」
「ああ。日本の刑務所っていうんだけど。紹介状書こうか?」
「うわぁ、さらっと逮捕進めるとかこの探偵王子凄く腹黒っ!!」
「あははは。どんな人には裏があるものだよ」
明智吾郎はカラカラと笑うが、その表情の下で何を考えているのか表情を隠すマスクマンとして気になるところだ。意外とブラック方面とはいえユーモアのセンスもあるし闇が深いのかもしれない。だが、細かい追及は後回しだ。ここに呼んだのはこんな会話をするためではない。
「程よく場も温まったところで本題に入ろうか。ここに来てくれたっていうことはボクと取引する準備があるってことだろう?」
「ああ。僕は心の怪盗団やスパイダーマンは捕まえなければいけない存在であると考えている。法の下ではなく自らの思想の元に悪人を裁いている君たちは危険な存在だからね」
「手厳しい意見、どーも」
「だけど、今の優先順位はスパイダーマスクの方が上だ。キミも怪盗団も自分なりの正義に従って行動を起こしているが、あいつらの相手を選ばない暴力には正義があるとは思えない」
「ならば認めたくない存在と手を組んででも正義でない存在、いわば悪を倒す方が先決だと?」
「その通りだ。考えには反するけど手を貸してくれるなら心強い。昨日のキミは事件を解決するだけでなく子供が手放した風船を取ってあげてたそうだし、ある程度は信頼できるからね」
「えっ、もしかしてそれ見てたの?」
「まさか、その時はテレビの収録中だよ。これでも仕事上いろんなところに目があるから君がスパイダーマスク発生以前から活動してたことも知ってるし、悪事を働いてないことは確認済みだ。もっとも僕の目が届く範囲での話だから、隠れて犯罪を行っている可能性はゼロじゃないけど」
「これは侮れないな……恐れ入ったよ、探偵王子。ニューヨークでもやっていけるんじゃない?」
「誉め言葉として受け取っておくよ。それじゃあ情報共有と行こうか」
手に持ったスーツケースからいくつかのファイルを取り出す明智吾郎。ボクは何も持ってないからレンズにPDFファイル表示して台本を読む役者のように情報を語るしかない。あるいは暗記。
こういうのがスーパーヒーローのつらいところだよ。やれやれ、車の一台でも欲しいところだ。
「スパイダーマンをはめる陰謀説。そしてスパイダーマスクは本物に対する予告状、と。陰謀説については僕も考えていたけどスパイダーマスクを予告状として考えるのは面白い手法だね」
「ああ。ボクは犯人がミステリオじゃないかと考えてる。探偵王子の意見を聞かせてほしい」
雨宮君や三島君の意見を基に組み立てた情報、そしてミステリオと戦った経験を補足して明智吾郎にミステリオ犯人説を語った。ミステリオの幻覚はある程度他人を操る力があり、操られた一般人を暴徒化させた実績もある。だが、それを聞いた上での明智吾郎の表情はどこか暗かった。
「確かにいい線行ってるとは思うよ。だけど、君の言う通り仮説を出ないがスパイダーマスクを予告状として考えるのなら心の怪盗団も犯人候補として挙げるべきだね」
「心の怪盗団を? 彼らはヒーローだって聞いた。悪人を改心させて罪を自白させるって。おっと、これはキミの前で言うべき発言じゃなかったか」
「そう、そこだよ。心の怪盗団は悪人を改心させて罪を自白させるとされている。裏を返せば彼らには心を操る手段があるということだ。その上でこれを見てほしい」
そう言って手渡してきたのは名前と顔写真、そして容態が記された多くの人々のリストだった。
「これは……カルテかな?」
「僕なりにまとめたものだけどね。これはスパイダーマスクとして犯罪を働いた人々のリストだ」
「えっ、こんなに? 明らかに僕が捕まえた量より多いじゃないか」
「日本の警察は優秀だよ。報道されない事件が多いっていうだけでこれまでに30人以上逮捕してる。ただ、ここまで来ると混乱を治めるために警察が報道を規制している可能性もありそうだ」
「……報道規制か。心当たりがなくはないね」
脳裏に浮かぶのは取材協力した記者の大宅さん。彼女がスパイダーマンに関する記事を出せなかった理由がこれなのではないか。
「話を戻そう。彼らの容態だが診断した病院は精神暴走事件の被害者と同一であると判断した」
「精神暴走事件?」
「日本で起きてる不可解な事件だよ。人が突然暴れ始めたり意識がなくなる事件で、4月には地下鉄脱線事故を起こして多くの被害者が出てる。容疑者にはその間の記憶がないという厄介な事件で、スパイダーマスクとして逮捕された人にも同様の特徴が見られてる」
「なるほど、スパイダーマスクはまさにマスクを被った精神暴走事件というわけか。探偵王子はその犯人として心の怪盗団を疑っているわけかい?」
「ああ。悪人が罪を自白する、いうならば善人に改心させられるのならその逆で善人が罪を行う方向へ改心させることもできると僕は考えている。彼らが犯人という可能性も考えたい」
「……個人的にはそうじゃないと考えたいね」
「その心は?」
「ただの勘だよ。ボクの勘って結構精度は高いからね」
同じ正体を隠すヒーローとして信頼したい。というのもあるけど。
「なるほどね。あくまでもこの意見は僕の考えだ。僕が考えている怪盗団なら逆に事件を解決しようとしているだろうし、最低限は犯人の可能性を疑っているだけだよ。むしろ君を犯人と考えて予告状を送り付けて改心する可能性もありそうだ、警戒しておいてくれ」
「Wow、住所不定のスーパーヒーローに予告状を叩きつけに来るのか。それは面白そうだ」
「見物になりそうだね。もし届いたらこの番号に連絡してくれ。僕のスマホにつながる番号だ」
明智吾郎は手帳にサラサラと番号を記すとページを破って手渡してきた。
「OK、怪盗団に出会ったら電話するよ……ってこの流れで渡してくるということはフェイク?」
「本物さ。スパイダーマスク事件解決まで共同戦線と行こう」
「了解。履歴が残らない公衆電話からかけるよ」
「手慣れてるね。うっかり自分のスマホからかけるようなら逆探知して正体を暴いてやろうかと考えたんだけど、そうはいかないみたいだ」
「あらら、気が抜けない取引相手だね。ま、仲良くやろうよ。こっちは心の怪盗団の方に何とかして接触できないかやってみる。後は普段通りスパイダーマスクの悪事阻止だね」
「なら僕はミステリオについて調べてみる。そもそも彼がこの国にいるのかどうか、いるのならどんな活動をしていたか調査するよ。見つけたら……よし、テレビで合図する。しばらく夕方の生放送番組にゲスト出演するんだ。見つけたら白い手袋を付けるからそれがサインだ、連絡してくれ」
「人気者ならではの連絡手段だ、羨ましーい」
「これも一種の役得さ。それじゃ、また会おう」
明智吾郎はひらひらと手を振ると屋上から立ち去った。それじゃ、ボクもパトロールの続きと行こう。ビルの縁に立って足元に広がる駅前広場の喧騒を見下ろしたその時──
突然、視界が暗転した。
「なっ──?」
異常があるのは視界だけで、スパイダーセンスは危険を感知していない。しかし、突然周囲の音が減った。駅前広場を歩いていた人々の会話や車の音が消え、呼吸音と風の音だけが残った。
「探偵王子、まだいるかい!?」
呼びかけてみるが彼の反応はない。既に声が聞こえる範囲にはいないのだろうか。顔に触れるとマスクのざらついた感触があって頬を引っ張れば痛みもある。触覚や痛覚に異常はなくどうやら視覚にだけ異常があるようだ。まさか、ミステリオの幻覚に巻き込まれているのか?
それにしてはぼやけた感覚がしない。となるとこれは……レンズに仕込んだカメラの異常かな?
「レンズの縁に触れて強制手動モードに切り替えて……っと」
ウェブシューターやスーツの状態を表示する機能は生きている。外部を映す機能だけが故障しているようだ。やむを得ず昔ながらの目視確認に切り替えた。
「よし、これでちゃんと見えるようになった! ……いやいや」
ちゃんと見えるようになっただって、これで? 自らの発言を疑わざるを得ない光景が足元に広がっている。自らが立つビルも含めて周囲のビルには電光掲示板が大量に設置されており、駅前広場には見覚えがあるRuby-Red Stairs、赤い階段が存在していた。
「気が付くとそこは懐かしのタイムズスクエア……なわけないだろ、日本とどれだけ離れてると思ってるんだ。これミステリオの幻覚だよね?」
細部が本物のタイムズスクエアと異なっているけど、感覚としてはかなり現実に近い。マスクを奴が用いる幻覚作用がある煙を吸い込まないように改良したのにこの有様だ。ミステリオを見つけてとっちめるか煙が巻かれているであろう範囲から離れるかしないと。
思考を巡らせていると、地上の方で突然轟音が鳴り響いた。
今度はなんだ? 目視だから望遠機能は使えないが赤い階段が破壊されているのが見えた。円状に抉り取られた階段の中央には黒い大男が立っている。幻覚かもしれないけど何かありそうだし見に行ってみるか。ビルから飛び降りつつウェブをひっかけて落下速度を落として着地っ、と。
「やあ、ミスタージャイアント。こんなところで何してるんだい?」
ゆらり、とこちらを向いた大男はまるでライノ*1を思わせるかのような図体で、鋭い黄色の瞳でこちらを睨んできた。大男が階段を破壊して起きた土煙が晴れ、全身が露わになる。
「──ぷっ。上半身ムキムキマッチョなのに下半身は普通よりも小さいのか。いろんなヴィランと戦ってきたボクだけどこんなに愉快な外見の奴は初めて見たよ」
「うるせぇ! 全身タイツの蜘蛛男がそれを言う資格ねぇだろ!!」
軽口に大男が反応した。が、口元が動いた様子が全くない。
「下だ、コンニャロウ!」
下? 大男の足元を見つめて声の主を探そうとしたその時、肌を覆うかのようなざわつく感覚が生じた。蜘蛛の第六感、スパイダーセンスが危険を察知している。スパイダーセンスに従って首を小さくそらす。顔の横を小さな鉄球がすり抜けていった。
「ほぉ、流石はスパイダーマン。向こうでの活躍は本物ってわけか」
声の主は黒猫をマスコット化したかのような小さな生物。その手には装飾が施されたパチンコ。
「……ミステリオ、幻覚の精度高くなったとちょっとだけ見直したけどこれはないだろ。街が結構リアルなのに敵が巨大な蛇やゴーストなんかじゃなくて童話のネコちゃんとか手抜きすぎるって」
「幻覚でもねぇしネコじゃねぇ! 認知上の存在とはいえ軽口まで本物そっくりかよ!」
「認知上の存在? それってどういうこと──ッ!!」
スパイダーセンスが再びざわつく。今度は体をねじるかのように大きく跳躍しその場を離れる。あの猫もそれを見て咄嗟に距離を取ると、先程までボクらがいた場所に雷が降り注いだ。
「外したか……! 賊にしてはなかなかやるようだな」
「ミステリオ様の脚本にあなたたちはいません。ご退場願いましょうか」
「Huh! 下半身が蛇のヴィラン共の登場か! そうこなくっちゃね!」
「おいおい、囲まれてんのにそんなこと言ってる場合かよ!」
雷がバチバチいってる槍を持った蛇男に怪しい瞳でこちらをみつめる蛇女。それが軽く見た限りで合わせて10体ほどがボクらを包囲している。絶対に逃がさないぞ、と言葉はなくとも言ってくる奴らに慌てるネコ。カオスな状況がニューヨークらしくなってきたな、とマスクの下で笑った。
「囲まれているからこそ、さ。軽口叩いて勇気を絞り出して悪に挑む。ボクはいつもそうやってきたからね。それで、君はどうするんだいテーマパークのマスコット?」
「まともな名前で呼べねーのかお前は! ったく、仕方ねぇ……!」
大男ともにネコはボクに背を向けて蛇人共に向かって戦闘態勢を取った。
「あいつらはシャドウと言ってワガハイにとっても敵である存在だ。一時的だが共闘してやるよ。終わったらワガハイの話に付き合ってもらう、いいな?」
「シャドウ? しゃれた名前だね、ちょっとうらやましいかも」
同様に猫に背を向け、手をパキパキと鳴らす。
「ボクはスパイダーマン。スパイディでもウェブヘッドでも呼び方はなんでもOK。君は?」
「モナだ。こっちのでっけぇのはゾロ。それじゃ、行くぞスパイディ。へばんじゃねぇぞ!!」
「よぉし、いっちょやってやろうか!」
蛇男が槍をふるう。放たれた電撃をかわしながらボクらは互いに敵へ突入する。ウェブを建物にひっかけ、粘着力を生かして高速で跳躍。勢いそのままに蛇男の顎を蹴り飛ばす。ひるんだ隙に手首からウェブを放ち、相手を掴むとグルグルとハンマー投げの要領でぶん回して壁へぶつける。
「やぁやぁ蛇人間の諸君! ここからは親愛なる隣人が送る蜘蛛男ショーの時間だ! みんなまとめて冬眠の時間だよ!」
回した蛇男をかわそうとした蛇人間たちが体勢を立て直してそれぞれの武器を構える。
「黙れ、スパイダーマン! この数をどうにかできると思うなよ!」
「ならそれを今から証明して見せるさ!」
「面白い……その言葉、後悔しないことね!」
蛇女たちが奇声を上げて突撃してくる。芸がないね。ニヤリと笑みを浮かべながら腰を低く落とし──足に込めた力を解き放つ。蜘蛛の身体能力が一瞬で空中へと運んでくれる。突撃してきた蛇女たちは勢いそのままにぶつかり合ってもみくちゃになる。蛇男たちが飛び上がったボクに向かって槍を向け、叫ぶ──
「ジオンガ!!」
その言葉と共に槍が電気を帯び、槍を振るうと電撃が放たれた。
「へぇー、電気の魔法でも使えるのかい、君たち?」
残念だったね?
咄嗟にスーツの一部をウェブで覆う。そして、放たれた電撃をはじいた!
「なっ……ジオンガが効かないのか!?」
「こっちがどれだけエレクトロ*2と戦ってきたと思ってるんだ! スーツには絶縁体仕込んでるし、ウェブの耐電性もバッチリさ! さしずめ電撃耐性持ちってところかな!」
驚愕する蛇男たち、もみくちゃになっている蛇女たち。もう一手差し込む! 両手を蛇人間たちへ向けながら回転しつつ──ウェブを思いっきりぶちまける!
「ウェブ・ブロッサム!!」
「くぅっ! み、身動きがぁ!!」
何人かはまだ動けるようだが、ほとんどの身動きを封じることに成功した。ここからどう料理してやろうか。周囲の使えそうなものを探していると、モナの声が聞こえた。
「よし、続いて行くぞ! どきなスパイディ!!」
大男の姿が何故か消えているのが気になったが、ナイフ片手に切り込んできたモナが煙に包まれる。すると現れたのはモナカラーのワゴン車。
「Amazing! 車に変身できるとは恐れ入ったよ!」
ほめたたえる声に答えるかのように車へ変化したモナが加速して蛇人間たちをひき潰し追い打ちをかける。蛇人間たちは黒い体液を吹き出すと、体が崩れてチリとなって闇へと還った。なるほど、故にシャドウか。
「油断してんじゃねぇ、まだ残ってるぜ!」
ドリフトするかのようにボクの傍で急停車するとモナは再び猫の姿へ戻った。
「こいつらは人間じゃねぇ。手加減する必要は一切ないぞ!」
「それもっと早く言ってよ! 全力なら一撃必殺なのに!」
「ほんとかねぇ……おあつらえ向きに残ってるのはナーガ共か。手本を見せてやるよ!」
威を示せ! ゾロ!
モナの叫びと共に先程の黒い大男が姿を現す。手にした剣をふるうと辺りに風が吹き荒れた。蛇男の電撃みたいなものか? 吹き飛ばされないように踏ん張っていると、蛇男がみな風で体を切り裂かれているのが見えた。
「こいつら、シャドウには弱点の攻撃ってのがある。それをうまく突けば戦いやすいぜ?」
「殴る蹴るしかできないボクには関係ない言葉だね」
「蜘蛛糸があるじゃねぇか。さて、もう身動き取れる奴はいねぇ。フィナーレと行こうぜ!」
掛け声とともに突然体中に力がみなぎった。全力で相手を叩きのめせる、その力でとどめを刺すのだ。そんな暗示がかかっているかのように。好都合だ、利用してやる!
「我らの恐ろしさを味わえ!」「Eat this!」
蜘蛛男と猫。奇妙な二人はシャドウたちへ総攻撃を仕掛ける──!! 殴る蹴る切る叩く投げる、持てる力の全てを使った猛攻にシャドウたちは命を吹き出し、闇へ還った。
「──Phew」
「ジ・エンドだ」
「……ふむ、大体は理解した。お前の状況から察するにワガハイのパレス侵入に巻き込まれたんだろうな。それに急な状況だったから気付かなかったが、お前は認知上の存在とは違うしな」
「認知上の存在? 一体どういうことだい?」
「言ったろ? ここはイセカイのパレス。人が持つ欲望が具現化した世界であってな──」
戦いが終わるとボクらはモナが破壊したRuby-Red Stairsに腰かけながらお互いに情報交換を始めた。
モナ曰く、ここは人々の認識が生み出した世界でイセカイと呼んでいる。簡単に言うと人の心の世界であり、この奇妙なニューヨークもどきの町はミステリオの心の中の世界らしい。モナがパレスと呼ぶこの場所にはミステリオが認識している他の人もいて、それが認知上の存在らしい。
そして、ミステリオのパレスはスパイダーマンがいる場所に出現するらしくモナがパレスに侵入する際に条件でもあるボクが巻き込まれたんじゃないかとのこと。
「ということはボクがミステリオの認識上のスパイダーマンじゃないかって疑ってたのか?」
「最初はな。だが、こうして近くで見てみれば匂いが違うから気付いた」
「匂いでわかるとか猫じゃなくて犬の方がふさわしくないかな」
「犬じゃねぇし猫でもねぇ!!」
「わかったわかった。それじゃあ僕からも質問。あのゾロとか言うでっかいやつはなんだい? 君の意思に従って動いてるように見えるけど」
「あれはペルソナ。誰もが心に秘めているもう一人の自分がこの欲望に満ちた世界に対する反逆の意思として具現化した存在だ。さっき戦ったシャドウに対抗する手段でもある」
「なるほどね。でもボクにはそんな力はないから羨ましいよ」
「なんだと!? それなりにやるようだとは思っていたがペルソナ抜きとはな……てっきりどこかで覚醒させてきたのかと思ったぜ」
全くだよ。そんな不思議な力があるのならボクも欲しい……いや、面倒なことになる気がする。シンビオート*3と言いボクが新しい力を得ると大抵代償がついてくるんだよね、悔しい。
「ところで、モナはこんなところで何をしてたんだい?」
もしかして、ミステリオを改心させようとか?
直球で聞くとモナは鋭い目つきで睨んできた。
「怖い顔しないでよ。実はちょっと前までとある名探偵とスパイダーマスク談義しててね。あの偽スパイダーマン軍団をどうにかするために、真犯人捜査の協力を取り付けてたんだ」
「名探偵……ああ、噂の明智吾郎か」
「批判してくる人物のことは流石に知ってるか。彼は「心の怪盗団は一般人の心を操作してスパイダーマスクを作り出している可能性がある、ただし彼らの正義に背く活動であり可能性は低い」と言ってたんだ。心の中の世界とか聞いたら疑わざるを得ないだろ」
「ほぉ。あの明智吾郎がねぇ。お前も明智も見る目はあるじゃねぇか」
「お褒めの言葉ありがとう。それで、君はミステリオがスパイダーマスク事件の真犯人とみてこの世界にやってきたでOK?」
「そういうことだ。本来なら仲間がいるんだがどうも別の場所に飛ばされたみたいで、気がついたらあの赤い階段の中にいたんだ。なあ、スパイディ。目的が同じなら協力しないか?」
ふむ。口元を抑えて少し考え込む。この奇妙な状況は正直言ってミステリオの幻覚ではないかと疑っている部分はある。あいつの幻覚はスパイダーセンスを麻痺させるレベルで、マスクのフィルター機能を強化したとはいえ完璧に防ぎきれるとは思えない。
探偵王子から心の怪盗団犯人説を聞いた直後に心の怪盗団と出会うとは、正直言って何者かに踊らされているのではないかと疑いたくはなる。自分が不幸体質であるという点も含めて。
だが不慣れな東京で裏社会方面込みで捜査するには正直言って時間がかかりすぎるし、帰国のタイムリミットを迎える可能性が高い。ミステリオを現実世界からのアプローチで探せないのなら。
「──よし、手を組むのもありだね。Let's shake on it?」
「は?」
「取引成立、記念に握手しようってことさ。英語が苦手とか女の子にモテないよ」
「そ、そんなわけあるかー! いや、でも英語ができればパンサーと……」
「パンサー。雌猫の名前とみた」
「ちげーよ! 怪盗団のメンバーだ。お前もあってみればその美貌に驚くぜ」
「Huh、それは楽しみだ。期待してるよ」
気になる人物が出てきたところでモナと握手を交わし、心の怪盗団との取引成立。それじゃ、ミステリオの心を探索開始っと! オタカラとか出てくるといいなぁ。
「しかし噂の心の怪盗団のメンバーがこんな猫とは。やるね」
「だーかーらー! ワガハイはネコじゃねぇ!」
スパイダーマン、スパイディとの取引成立させたワガハイ、モルガナはスパイダーマンの背中にしがみついていた。そして、肝心のスパイダーマンはというと。
「Yeeeehaaaaw!」
「バ、バカ野郎! 早すぎるっての!!」
「えー、これくらい普通だよ?」
「お前の普通はワガハイにとって普通じゃねぇ……!」
蜘蛛糸、本人曰くウェブを駆使して街を南に向かって進んでいた。このパレスはとても広大で改心に必要なオタカラの気配がよくわからない。なんとなく南の方に何かある気がしたのでスパイディにしがみついて移動している。
車になればいいだろって?
スパイダーマンは「免許持ってないし荒い運転しかできないよ?」とのことなので逆に断ってきたが、それに内心ほっとしている自分がいる。今の自分は力不足なんじゃないか、と不安だから。
心の怪盗団にクイーンという頼れるブレーン、そしてナビという強力なサポーターが加わったことで自分が怪盗団においてこなせる役目が減ってきた自覚がある。せいぜいメメントスで皆を運ぶ足役くらいだ。戦闘においても役に立てる機会が減ってきた気がしなくもない。
モルガナは心の怪盗団に必要とされていないのではないか?
そんな考えが頭から離れず、スパイダーマスクの一件で心の怪盗団が足踏みせざるを得ない状況でなければ逃げ出していたかもしれない。偶然とはいえ足としての役目をスパイダーマンに求められなかったことに安堵している。もしも、このままこいつが改心に協力してくれるのなら……
移り気な思考がまとまらない。だからワガハイだけ皆とは別の場所に出たのかもしれない。
当初の作戦ではミステリオのパレスに潜入後、認知上のスパイダーマンもターゲットの一つだった。スパイダーマンと敵対している相手の認識上の存在とはいえ、何か本物につながる情報が出ると考えていたのだ。そこから本物に接触を図ろうと考えていたが思わぬ形で出会ってしまった。
思考の揺れはまだ収まりそうにない。
スパイディ・アイテム・コレクション
・レンズ
スパイディメモ
スパイダーマン超科学ガジェット! って名前で売り出せば子供だけでなく大人も買いそうなくらいに高性能なレンズ。小型スクリーンとして情報を映し出したり、カメラや望遠機能もあったりとまさにハイテクな一品。ホライズンラボっていうところの協力がなかったら完成しなかったよ。
心の怪盗団メモ:フォックス
瞳部分は仮面のデザインにおいて重要な部分だ。俺たち心の怪盗団の仮面は基本的に瞳周りに装飾を施しつつ骸骨や豹といったトレードマークを押し出したデザインとなっている。スパイダーマンの場合は蜘蛛の巣の覆面に着けた瞳を全面的に押し出しつつ、表情に合わせて自由に動く目がトレードマークと言ってもいい。ある意味モルガナに通じる部分があるかもしれんな。
・怪盗団ポストカード
スパイディメモ
心の怪盗団の存在は予告状で広く知られている。で、その予告状に描かれていたカッコいいロゴマークと『TAKE YOuR hEaRT』の一文をあしらったポストカードがこれだ。探偵王子への予告状ならぬ協力要請状として使ったけど、入手が大変だったなぁ。プレミアもついてるとか。
心の怪盗団メモ:ジョーカー
俺たちが使っている予告状のデザインをそのまま使ったシンプルなポストカードだ。店では赤い封筒にカードが入っている状態で売られていて、噂によると通常版に紛れてスカルが書いたロゴ版のシークレットがあるとか。確かに鴨志田事件にしか使わなかったからレア物ではあるが。
取引相手に送れば……少なくともスカルには好評だろうな。時々ロシナンテで探してみよう。
・ウェブ
スパイディメモ
ボクが改良しているのはスーツやウェブシューターだけじゃない。ウェブそのものも改良しているんだ。エレクトロ対策に耐電性、強度や伸縮性に粘着力等改良している部分は多岐にわたっている。ただ……調合代も馬鹿にならないのがね。日本では貴重な薬品を使っているから現地調合しようとしたら金欠確定。持ち込んだ量も多くないし残量に気を付けながら使わないと。
心の怪盗団メモ:パンサー
街をビュンビュン飛び回るあの姿にはちょっと憧れがあるのよね。誰も見てないときに鞭で同じことができないか練習したことがあるんだけど、やっぱり鞭じゃ再現できないかぁ。でも、その練習もあってスパイダーマンがどれだけウェブの扱いに長けているか分かった。彼と同じみんなのヒーロー、心の怪盗団として私ももっと頑張らなきゃね。