Persona 5 / Your Friendly Neighborhood 作:あおい安室
20XX年9月17日:ミステリオパレス:南エリア路地裏
街を歩く人々すら作り物の幻想の劇場において一般人の反応を見せた不審な老人。彼を尾行していたジョーカーとモナは路地裏に入り込んでいた。老人が周囲を見渡すと、何かから隠れるように突然路地裏に入ったのだ。尾行している一人と一匹も警戒しながらついて行く。
「明らかに怪しいぜ……ここまで来ると素人にも見えるが油断は禁物だな」
「俺たちはこのパレスに入り込んだ招かれざる客だ、一瞬の油断が命取りとなることはわかっている。時に慎重に、かつ大胆にやって見せるさ」
モナはその回答に「その通りだ」と言葉はなくとも称賛していた。老人は路地裏を歩き続ける。ナイフやたばこをちらつかせるチープなギャング姿の人々──市民と同じくこちらを気にしてこない──をすり抜けて、奥へ奥へ。突然敵意を向けてこないかと注意しながら尾行を続ける。
そして、老人の歩みは路地裏の突き当りで止まる。ゴミやフェンス、建物に囲まれたちょっとした広場となっているそこで立ち尽くすと建物の壁を見上げていた。
「何もないな。こういう場所には落書きや誰かの愚痴なんかがよく書き記されているものだが」
老人が呟いた言葉をジョーカーは聞き逃さない。そして、老人は告げる。
「だが無地のキャンパスだからこそ描けるものがある。そう思わないか、怪盗よ」
気付かれていたか。だが相手のハッタリという可能性もある。ここで姿を見せるのは悪手であると考えてモナを手で静止しつつ様子を見る。
「出てこないか。スパイダーマンであれば文句の一つでも言いながら出てくるのだがな。まあそれも演出としては面白い。ならば貴様の代わりに私が名乗るとしよう──」
老人が手を広げる。同時にどこからか煙が立ち込めてきた。咄嗟に口元を抑えるが少しは吸い込んでしまい、体の力が抜けてしまう。歯を食いしばって何とか耐えたが、物陰から姿を現してしまった。老人がニヤリと笑みを浮かべてジョーカーを見つめる。
「さぁ、仮面の奥に隠した瞳を刮目するがいい! 我こそは世界最高の幻術師!!」
ミステリオ!!
煙に包まれた老人が姿を変える。緑のスーツに紫のマント、顔をすっぽりと隠す水晶玉のようなヘルメット。何もなかった壁にミステリオの姿が描かれると共にパレスの主が臨戦態勢で現れた。
「マジかよ、もう主のお出ましか! ジョーカー、行けるな!?」
「やれなくはない……だがこの状況で挑むのは無謀だ。隙を見て撤退するぞ……!」
懐に隠したモデルガンをミステリオに向かって構える。思い込みが力を持つこの世界においてはモデルガンは本物と同様の力を持つ。足元を崩すダウンショットを放とうとしたその時。
鉄球がモデルガンを弾き飛ばした。
「──モナ?」
モナはパチンコをジョーカーに向かって構えていた。戸惑うジョーカーに向かってモナはそのまま数射する。手首、足首、膝。弱点を撃ち抜かれたジョーカーは膝をつく。
「ハハハ、おいおい、いつからオレがあのにゃんこだと勘違いしていた?」
モナ──否、偽モナは声色を変えてジョーカーをあざ笑う。
「私は心の怪盗団が来ることを予想していた。故に存分に情報収集してから貴様らの到着を待ちわびていたのでね。まずは頭を落とすことから始めることにしたのだよ」
「精巧な偽物と仲間を進入時にすり替えてやる。加えて警戒せずに貴様らを迎え入れてやれば油断する隙が生まれるだろう、とな」
「上手く誘い出して窮地を迎えたその時! リーダーは仲間の凶弾に倒れるのであった……これぞまさに最高のショーだ! 人々のヒーローが信じるべき仲間の真偽を見抜けなかったことで命を落とす。私好みの演目だな。スパイダーマンとの対決前の余興としては面白かったぞ」
「ッ、貴様……!」
歯を食いしばりながらミステリオと偽モナを睨みつける。ミステリオはジョーカーが落としたモデルガンを拾うとまじまじと見つめた。
「ほほう。なかなかに出来がいい銃だな。小道具としての出来は最高ではないか。コソ泥にはもったいない一品だな。貴様にはもっとおもちゃらしい拳銃の方が似合っているのではないか?」
水晶玉の中でニヤニヤ笑っているであろうミステリオがモデルガンをジョーカーの頭に向けて狙いを定める。そして、躊躇なく引き金を引いた。広場に破裂音が響く。
倒れたのは──ミステリオ。
「な、あっ……!?」
「おもちゃの拳銃がふさわしいといったか? お前は一つ勘違いしている」
おもちゃの拳銃にも使い道はあるのさ。そう笑うジョーカーの袖からおもちゃの拳銃の銃口が覗いていた。それは空気砲。怪盗団が扱う簡易的な武器で、威力は低いが取り回しやすく緊急時用に仕込んでいるのだ。認知によって低い威力が強化されて相手を吹き飛ばすくらいの威力はある。
「ペルソナッ……!」
立ち上がり、体勢を立て直したジョーカーが仮面に手を触れて反逆の力を奮い立たせる。
「アラミタマ、ミラクルパンチ!」
出現したのは怒りの表情を浮かべた赤い勾玉のような物体。高速で回転しながら突撃し、戸惑っていた偽モナをぶっ飛ばして体勢を崩した。わずかに生じた隙にジョーカーは再び叫ぶ。
「アヌビス、デクンダ!」
叫びとともに現れたのは天秤を構えた黒い犬の顔をした人型。傾いていた天秤が平衡になるとジョーカーの体が淡く輝き、ガスの効果がジョーカーの体から抜けて健康状態に戻った。
アラミタマとアヌビス。本来ペルソナは一人一体しか持たないが、ジョーカーにはワイルドという特性を持っており、複数のペルソナを宿している。これによって様々な状況に対応できる彼は例えるならワイルドカード。これが彼が心の怪盗団のジョーカーである理由の一つだ。
吹き飛ばされたミステリオが落とした拳銃を取り戻し、ミステリオに向かって構える。
「なるほど、これがペルソナか。たかが精神力と侮ったのは間違いだったな……!」
「甘いな、ミステリオ。俺たち心の怪盗団をその程度で倒せる訳がないだろう。加えて大切な仲間を詐称した罪、そう簡単に許してやると思うな!」
ジョーカーは戸惑いなく引き金を引く。ミステリオがマントを翻すと、銃弾が弾かれた。
「フハハハハ、そう焦るな怪盗。私の演目は精々上映前の舞台挨拶が終わったところだ。これから始まるショーを是非とも楽しんでもらいたいものだな。近いうちにまたお目にかかろう」
笑い声と共にミステリオは煙の中へと消えていく。マガジンが尽きるまで発砲を続けるが当たった感触はなく、残されたのは偽モナとジョーカーのみ。だが、偽モナは体勢を整えていた。勝負は互角に戻ったのは、わずかな間だけ。
「そういうことだ、ジョーカー。ここからただで逃がすと思うなよ?」
偽モナが指をはじくと、煙が渦巻きシャドウが出現した。空を切り裂いて現れた鷲の体に獅子の頭を持つアンズー。ゴミ箱から這い出てきたどこか体が崩れている化け物、ピシャーチャ。各種二体現れたことによって数は五体。流石に一人では厳しい状況──だが。
ジョーカーはまだ諦めていない。何故なら。
『伏せろ、ジョーカー! 広範囲攻撃行くぞ!』
窮地に仲間が駆けつけてくれると信じていたから。伏せると同時に、上空から風が吹き荒れた。
「覚悟しやがれ! マハガル!!」
空から聞こえる相棒の声と共に風が煙を吹き飛ばすと共にシャドウ達を切り裂く。ただし、アンズーは風攻撃を反射する特性を持っているため無傷どころか攻撃が跳ね返った、が。
「甘い甘い! フタバのパレスでどれだけ反射されて苦戦したと思ってんだ?」
相棒はわずかに体をひねって反射された風を回避してジョーカーの傍に着地した。
「遅かったじゃないか、モナ」
「わりぃ、ちょっと手間取った……で、こいつがワガハイの偽物か?」
「ああそうとも。待ってたぜ、本物さんよ」
偽モナがニヤニヤ笑いながら本物のモナを見つめている。一触即発の状況で通信が聞こえる。
『待たせたな、ジョーカー! 無事みたいだけど、状況はどうなってる?』
「ナビか。偽モナにおびき出されて罠に嵌められて2対5と行ったところだ。しかしそっちもよくモナが偽物であることに気付けたな」
『気付いたのはついさっきだ。突然通信がつながらなくなったから慌ててジョーカーのところへ急行してたら本物のモナとばったり会って、それで状況を把握したんだ』
「そういうことだ。全く、ワガハイが最初から入れ替わっていることにくらい気付けっての!」
「すまない。後で寿司をおごる。ちゃんと箱入りだ」
「ニャハッ!? 約束だぜ、忘れんなよ!」
『現金だなー。気付けなかった私が言うことじゃないけど』
「……おい、テメェら! 真面目にやる気あんのか!?」
偽モナがキレて地団駄を踏む。ペースを完全に乱された彼は──仕込まれた伏兵に気付かない。
「やる気のあるなしを問う前に君は警戒心が足りないね!」
背後から放たれた白い糸が覆面に貼り付いた。偽モナが気付いた時にはすでに時遅し、白い糸が偽モナの覆面を剥がしてその正体を暴いた。露わになったその正体の顔は白いヒヒ。覆面が奪われたせいか変装が解けて現れたのは心の怪盗団がトートと呼んでいる小型のシャドウだった。
「よっと! 偽モナの覆面ゲット! ボクの新しいマスクに改造しようかなー」
壁に貼り付きながら手首から蜘蛛糸を放ち、偽モナの正体を暴いた赤と青の全身タイツの男。彼の登場に偽モナ、もといトートだけでなくジョーカーも驚きその名を呼ぶ。
「「スパイダーマン……!?」」
「そう、ボクの名前はスパイダーマン! あなたの親愛なる隣人さ!」
名乗りを上げたスパイダーマンは壁を蹴って空中で一回転。モナと同じようにジョーカーの隣に降り立つと手を差し出してきた。
「はじめまして、キミがジョーカーだね。モナから事情は聴いてる。今は敵に囲まれてちょっとピンチってわけだ。詳しい事情は後で話すとして、蜘蛛糸の助けは必要かい?」
「ふっ……そうだな、遠慮なく力を借りるとしよう」
『夢のタッグキター!』等とナビが叫ぶ声を聴きながら、ジョーカーは差し出された手を握り返す。そして、ジョーカー、モナ、スパイダーマンの3人で戦闘態勢をとった。
「先に言っておくけど、ボクはペルソナとか言うのは持ってない。代わりに物理的にボッコボコにすることとウェブを使った妨害は得意だから足止めは任せてくれ」
『それとジョーカー、1個注意な。ミステリオに潜入がバレたせいか周囲のシャドウの反応が増えててこのままだと脱出できなくなる。周囲にクイーンたちを配置して増援をそっちに通さないようにはするから、急いでそいつらをぶっ飛ばすんだ。なるはやで頼むぞ!』
「了解した。だが、この十全なメンバーなら不安もあるまい。スパイダーマン、一つ聞くが──」
懐から小さくあるものを見せてスパイダーマンに視線を向けた。言葉がなくとも考えていることが分かった彼が頷くのを確認してからシャドウ達に視線を向けると、待ちくたびれたトートがどこかから取り出した本を振り回していた。
「散開!」
トートが唱えたフレイラという魔法がジョーカーたちに向かって炸裂する。スパイダーマンは咄嗟に上空へ飛び上がり、モナは小柄な体を生かしてシャドウの足元を潜り抜け、ジョーカーは転がって回避と、三者三様にかわした。
「モナ、こちらの攻撃後にアンズーを撃ち崩せ! スパイダーマン、ひるんだ敵をウェブで拘束して足止めしろ!」
「了解した!」「yes sir!」
仮面に手を触れてアヌビスを呼び出す。連続使用は疲労が凄まじいが、この程度は問題ない!
「光に焼かれるがいい──マハコウガ!」
アヌビスが手をふるう。5体のシャドウが祝福の光に撃ち抜かれ、特にピシャーチャは弱点ということもあってひるんで倒れこむ。
「ハッ、そんなの効くわけないだろ、馬鹿か!?」
祝福の攻撃が効かないトートが笑っているが、その間にスパイダーマンは空中に蜘蛛の巣を作り、ひるんだピシャーチャを空中に蹴り上げて蜘蛛の巣に貼り付けていく。
「Hey モナ! もっと獲物をよこしなよ!」
「わかってるっての、受け取りな!」
モナはパチンコを引き絞り、蜘蛛の巣から逃れようと上昇するアンズーの翼を撃ち抜く。姿勢を崩したアンズーは蜘蛛の巣へ落下、そこへスパイダーマンがウェブを放って強固に拘束する。
「予想以上にちょっと暴れてるね。そんなに長くはもたないよ、ジョーカー!」
「ほんの少し持てばいい! それが作戦だ」
ジョーカーは懐にしまっていた武器を取り出す。ニヤリと笑いながらモナも同じ武器を取り出し、蜘蛛の巣に向かって放り投げた。燃料が入った小さな瓶。いわゆる──火炎瓶である。蜘蛛の巣に貼り付いたそれをジョーカーは即座にモデルガンで撃ち抜き、蜘蛛の巣を大炎上させた。
「「GYAAAAAA──!?」」
「うわっ、凄い悲鳴だね。今使ってるウェブってすごく強度は高い代わりに耐火性に難があって割と燃えやすいんだけど、まさかここまで燃えるとは。火炎属性を弱点にしちゃったとか?」
「ただの火炎瓶でも割と燃えるんだ。お前の蜘蛛糸が合わさったらこうもなるだろうよ」
「──さて、残るはお前一人だな?」
「クソがぁ! こんなめちゃくちゃな連中とまともにやってられるか!!」
残り一体となったトートが背を向けて逃げ出す。逃がすものか。ジョーカーとモナが互いの武器を構えて追いかけようとする。その横を蜘蛛糸を飛ばして加速したスパイダーマンが駆け抜ける。
「待ちなよ、モンキー。怪盗団との顔合わせなんだ、最後は派手に行こうじゃないか!」
スパイダーマンがウェブを放ちながらトートに殴り掛かる。勢いそのままに壁に貼り付くと壁を蹴って跳躍。再びトートへ殴り掛かって壁に貼り付く。跳ぶ。殴る。貼り付く。跳ぶ。殴る。貼り付く。跳ぶ。殴る。貼り付く──見失ってしまいそうな速さで飛び回る。
彼の姿が見えなくなった時、トートは壁や地面をに貼り付けられていくつものウェブで拘束されていた。さながら、巨大な蜘蛛の巣に囚われた獲物の様で。
「Get ready !? マキシマムスパイダー!!」
スパイダーマンの叫び声が空から聞こえた。勢いそのままに落下するスパイダーマンがトートを蹴りつける。ブチブチと切れながらも蜘蛛糸が弾力を発揮し、地面まで蹴りつけられたトートが空中に放り出される。そして、スパイダーマンはからかうような声で──
「Havin' fun ?」
楽しんでもらえたかい? そう、問いかけた。同時にトートは空ではじけて、闇へと還る。
「──ほう。あれは総攻撃か?」
「だな。間違いないぜ」
心の怪盗団は認知を利用して悪人の心を改心させているが、イセカイの戦闘においても認知を利用している部分は多い。シャドウを窮地に追い込んで「負けてしまう」「もうどうしようにもない」と言った心理状態に持ち込んで、シャドウから見た心の怪盗団を強大な存在と認知させる。
これによって一時的に増した力で一気にシャドウを始末する攻撃を総攻撃と呼称している。スパイダーマンが先程放ったマキシマムスパイダーという攻撃もその類と見ていい。
仲間になってくれるのなら期待できるな。などと考えていると──
『──あ、あわわわわ! ヤバイヤバイ!! 強力なシャドウ接近中、ジョーカー急げ!!』
ナビの悲鳴交じりの警告が聞こえた。
「わかった、逃走ルートは!」
『北方向から接近中、タイムズスクエアまで戻る余裕はない! 一か八か大通りからこのまま南方向に突っ走ってイセカイと現実世界の境目から脱出するぞ!』
「了解した。スパイダーマン、北から敵が接近中だがお前はどうする?」
「逃げるっていうなら付き合うよ。一度色々と情報を整理したいところだしね。親愛なる隣人警備キャンペーン中だし、護衛はお任せあれ」
ウインクしながら敬礼する蜘蛛男が心強い。大通りに向かって三人で急いで駆け出す道中で、周囲に散らばって敵を食い止めていた仲間たちと合流する。
「うぉっ、本物のスパイダーマンじゃん! やっぱこう、迫力? みたいなのが違うな!」
「お褒めの言葉ドーモ、Mr.スカルヘッド。君も結構イカしてるぜ」
「後で一枚絵を描きたいのだが、いいだろうか」
「ああもう興奮すんな男共! 今は逃げるのが先でしょうが!」
スパイダーマンに歓喜した男性陣にパンサーがキレたり、ナビが息絶え絶えになりながらついてきたりとと俺たちらしい場面を挟みながら、大通りに出た。北の方を向くと緑色の煙が迫ってきている。恐らくあれはシャドウに関係する何かだろう。巻き込まれるのは不味い。
「モルガナ!」
「わかってるっての! 仕方ねぇなぁ!!」
モルガナが車の姿へ変身する。急いで乗り込む心の怪盗団たちを横目にボクは、スパイダーマンは車の屋根に飛び乗った。
「スパイディ、何やってんだ!? 早くワガハイの中へ入れ!」
「どう見ても追い付かれる方が先だ! ボクが屋根の上で迎撃する、フルスロットルで飛ばせ!」
「そうさせてもらおう。振り落とされるなよ、スパイダーマン!」
ジョーカーの忠告と同時に車が勢いよく発進した。おおー、加速力はいい感じだ。それなりに速度出てるしスーパーヒーローの車並みのスペックはあるんじゃないかな。頭の中で軽口をたたきながら屋根の上にしっかりと手足を貼り付けて体を固定した。
「ニャフッ!? く、くすぐってぇ……」
「集中しろモナー! 変な反応したら座席が揺れるんだっての! スパイダーマン、聞きたいことがあるからなるはやで答えろ! NYCWallCrawlerっていうのはお前が使ってる端末か!?」
車内から叫び声が聞こえる。確かモナと一緒にウェブスイングしてたらバイクに乗って追いかけてきた怪盗団の女の子。コードネームは確か……
「そうだけど、それがどうしたのさナビ!?」
「ちょいと端末ハッキングさせてもらうぞー! 失敗したら勘弁な!」
「なっ、それ本気で言ってんの!?」
端末というかレンズに仕込んだコンピューターの名前は確かに正解だ。だけどハッキング対策でセキュリティ強化してるから簡単には──とか考えてたら、レンズのシステムが落ちた。そして勝手に再起動すると、この奇妙な世界に来てから不調だった機能が正常に機能していた……ワーォ。
『とりま、イセカイに対応できるようにシステム調整と通信機能で私達怪盗団とつないだ! わたしのペルソナの探知能力とリンクさせてるが、レーダー機能はちょい時間かかるから待ってろ!』
「そこまでしてくれるとか君すごいね。怪盗団の椅子の人*1、ってやつかな?」
『ニヒヒ、そうともいう……敵シャドウ急速接近、来るぞ!』
迫りくる緑の煙の中をレンズの動体検知機能で覗くといくつかの飛行物体の影が見えた。グライダーのようなものに乗ったシルエットには見覚えがある……そして嫌な予感がすっごく。
煙を切り裂いて小さなブーメランのようなものが飛んできた。
「甘いっての!」
ウェブを発射してブーメランをからめとってぶん回し、煙の中へ放り込んだ。直後、ブーメランが爆発。煙が晴れると共に飛行物体が現れる。飛行物体達が現れる。
「HAHAHAHAHA!! 」「HAHAHAHAHA!! 」「HAHAHAHAHA!! 」
「やかましい! 普段僕も軽口でうるさいけど笑い声重ねまくるとかただの不協和音だっての!」
「それはどうかな?」「それはどうかな?」「それはどうかな?」
「……人の話聞く気ないな、こいつら。ああ、そうか。元々君らって──ゴブリンだもんね」
頭を抱えるボクの周りをグルグルと飛び回りながら笑い声を浴びせるのはグリーンゴブリン。
グリーンのゴブリンスーツを身に纏ったヴィランで高い身体能力だけでなく爆弾付きブーメランとジェットエンジン付きグライダーで火力と機動力を合わせもつボクの宿敵──なんだけど。
明らかに数が多すぎる。一人や二人どころじゃないぞこれは!
「Hey navi! ゴブリン何人いるか教えて?」
『無茶ぶりだな!? 一応数えてはいたけど……探知出来た範囲で約100人、だ』
「……冗談だろ?」
「ギャハハハッ! 冗談じゃないだなこれが!」
ゴブリンの一人が掛け声をかけると空にゴブリンが集結していく。一人二人十人三十人。レンズの機能で捉えた数はちょうど100人。すごーい、100匹ゴブリンの編隊飛行だ! まさにアメーイジング! ……とか言ってふざけて笑ってる場合じゃないぞこれは……!
「聞け、賊ども! 我らはこのニューヨークを支配するゴブリンレギオンなり!!」
「この街へよくぞ侵入したな? そこだけは褒めてやろう!」
「貴様らには特別に我々から贈り物をしてやるとしよう」
「贈り物ねぇ……美味しいパンプキンパイなら大歓迎!」
『甘い味付けならレヴューは星5にしてやってもいいぞ!』
ボクの軽口に乗っかるナビ。ヤケになってると見た。その気持ちよくわかるとも。
「HAHAHAHAHA!! よかろう、では特別にパンプキンボム増量提供と行こうじゃないか? ゴブリンレギオンアルファチーム、攻撃開始せよ! 30秒後にブラボー、チャーリーと続くのだ!」
「「「「Yeeeehaaaaw!」」」」
「Oh my god……ゴブリン共の空爆だ……!!」
無数のゴブリンが隊列を組んでハロウィンのカボチャを模した球体の爆弾を投下し始めた。ウェブで撃ち落とす、あるいは掴んで放り投げるなど力一杯迎撃するが如何せん数が多すぎる! ナビの通信を通して聞こえる車内も大混乱の様子だ。
『お、おいおいおい! 空爆とかかわせんのかよモナ!!』
『ワガハイに言われてもどうしようにもないっての! ニャータリーエンジンは全開で回してる、爆弾を交わす分は運転するジョーカーに任せるしかねぇ!!』
『いくらジョーカーの運転センスが高いとは言っても限界があるわよ! この状況じゃ私が運転を変わるのは無理だし、いっそ私が囮に……!』
「その声はバイクの女の子、クイーンだろ!? 君がバイクで囮になろうにも──うわっ、あぶなっ!! この状況じゃかえってモナの進路の妨害になりかねない、やめてくれ!」
『だが、今明らかに爆音が近かったぞ! そっちは大丈夫か!?』
「ギリギリだけど、通信に混ざる余裕はある! けどこの状況何時まで続くのさ……!」
『もうちょっと、もうちょっとでイセカイを抜けるはずだ! それまで頑張れ!』
「『簡単に言ってくれる……!』」
ジョーカーと愚痴の内容、タイミングが一致する。マスクの下で思わず笑みを浮かべた。
そうさ、下手な冗談で相手をからかいながらマスクの下で笑って勇気を絞り出して戦うのがボクのやり方なのだ。まだ笑えてるうちはやれるさ、もうひと踏ん張りだ。小癪な連中め、とゴブリン達が苦々しい表情でこちらを見ているのが見えた。再び空爆が始まるが──
『スパイダーマン。派手に揺れるぞ?』
通信越しにジョーカーの声が聞こえた。きっと、彼も同じような笑みを浮かべているのだろう。
「揺らすぞじゃなくて確定事項ね……わかった、落ちないよう気を付けるけどサポートは切らさないとも。安心してドライブを楽しんでくれ」
ウェブを足元へ飛ばし、車と自分をしっかりと固定した。運命共同体ってやつ?
『頼もしいな。モナ、後ひと踏ん張り行くぞ』
『ったく、しょうがねぇなぁ……! エンジン120%だ、ぶっ壊れたら承知しねぇぞ!!』
車がスピードを上げる。空爆の着弾点がズレてボクが手を出すまでもなく見事にかわした。さらに右へ左、左へ右と車を蛇行させて相手が狙いにくい軌道を描きながら通りを駆け抜ける。空爆がわずかに乱れて隙が生まれたところで──ジョーカーがもう一手、行動を起こす。
『パンサー。この辺りで右は行けるか?』
『この辺りは……大丈夫、行ける! 右に曲がってもすぐ別の通りに出るよ!』
「──なるほどね。ウェブでサポートする、速度気持ち高めでOKさ!」
ジョーカーが返事代わりに大きくハンドルを切り、車体が大きく揺れる。かなりの速度でハンドルを切ったため横転しかねないほどに傾きそうだが……!
「ウェブドリフト、なんてね! うーん、語感はいいけどイマイチ」
ウェブを建物に向かって飛ばし、手元でがっしりと掴む。急に曲がって不安定になる挙動を力づくで安定させた。そして、同じように曲がって隣の通りに出ると再びモナが南へ加速する。
ゴブリン達は急な軌道変更に対応できず、空爆の雨が一時的に止んだ。ジョーカーの作戦成功、ってね。
『ナイス、スパイダーマン。もうすぐ出口……あっ』
『ナビ、どうしたの? ……何か嫌な予感する声なんだけど』
『や、ヤバいっ! この速度で現実世界に出たら壁とかに激突して死ねる! ジョーカーブレーキブレーキ!!』
「ちょっ、このスピードで!?」
恐らくジョーカーが慌ててブレーキを踏んだ。車が前のめりになるどころかそのまま前転しかける。そして、突然視界が光に包まれた。
ウェブで足を固定していたボクは対衝撃体勢を取ることが出来ず──
「ぐぇっ!!」
突然出現したビルの壁へ頭から激突した。
「ちぃっ!」「ニャァッ!」「うわっ!」「きゃぁっ!」「むうっ!」「っと!」「ぬわーっ!」
何が起きたのか戸惑っていると怪盗団の面々の悲鳴が聞こえる。多分同じように着地失敗したと見た。本当ならここで軽口の一つや二つ飛ばすところなんだけど。
……あたりどころ、不味かったのか。意識が遠のく中で電子音声が聞こえた──
『現実世界に帰還しました。お疲れ様でした』
パレスから脱出する際に侵入時とは別の場所から出ると、現実世界に戻った時は侵入時とは別の場所に出ることになる。現実世界とリンクした欲望の迷宮であるが故の特徴だ。
「皆、無事か?」
俺たちがいたのはどこかの路地裏。侵入した渋谷の駅前広場でないのは確かだった。
「いきなり放り出されたのもあるけど、なんとかね」
「日頃の経験から咄嗟に受け身を取れたのもあるがな。だが、スパイダーマンは……」
起き上がって体の状態を確認する怪盗団の面々と違って床に大の字で転がっているスパイダーマンは微動だにしない。真が恐る恐る手やマスクの口元に手を当てて状態を確認する。
「……大丈夫。脈はあるし息もある。本来なら目の状態も確認したいところだけどマスクを剥がしていいのかしら」
「変身ヒーローの素顔を暴くのは禁止だぞ! それに目なんて見ればわかるだろ」
「まあ確かに見ればわかるな……つーかなんでモナじゃないのに現実でも目が自由に動いてるんだけど。あんなに大きな目なのに普通に目を閉じてるとかどんな構造になってんだ?」
確かに謎である。アニメのように自由自在に動くその目はどうなっているんだ。
「お前ら何やってんだ……? ここがどこなのか確認してきたワガハイを見習えっての」
「助かる、モナ。それでここはどこなんだ?」
「聞いて驚け、四軒茶屋だ。すぐそこにルブランがあるぜ」
ルブラン。ジョーカーこと雨宮連の保護者である佐倉惣治郎が経営する小さな喫茶店で、雨宮はそこの屋根裏部屋に住んでいるのだ。最近は怪盗団のアジトとしても使っているためかなりの人数が部屋に入ることが多くそのうち床が抜けるのではないか、と少し不安だったりする。
「マジかよ!? ってことはアジトから直でパレスに入ることもできんのか?」
「条件であるスパイダーマンがいる場所を満たせるのならな。付近をスパイダーマンに飛び回ってもらえれば条件を満たすのはたやすいだろうが、俺たちに警察等の目が向く可能性もある」
「渋谷の方が人目も多いしそっちでやるべきね。何はともあれ移動しましょうか。それに意識がないスパイダーマンを放置するわけにはいかないし、何とかして運ばないと」
「安心しろ、今日はそうじろーは古い知り合いに会いに行くとか言ってて店にはいない。目立つスパイダーマンも気を付けながらなら運べるだろ」
なるほどな。怪盗団の男性陣がスパイダーマンを抱え、女性陣が周囲の様子を観察する。言葉を交わすことなくテキパキ行動する仲間たちを見て──ジョーカーは一つ、思いつく。
「皆待ってくれ。竜司、俺の部屋の段ボールから取ってきてほしいものがある」
竜司に取りに行かせたのは自分の私服。それを相変わらず意識がないスパイダーマンに着せて一見気分が悪い男性に見せかけると竜司と二人でとある建物に連れ込んだ。
「じゃ、俺はアジトに戻るかね。皆で待ってるぞ」
「ワガハイも席を外すか。また後でな、ジョーカー」
「ああ」
モナ入りバッグを竜司に託して建物に入りスパイダーマンを連れ込んだ部屋の前に立つ。事前に決めた通りの回数ドアをノックする。
「待って、モルモット君。すぐ開ける」
ドアを開けたのはくたびれた雰囲気──最近はよく笑うようになった──のパンクロッカーな女性、武見妙。女性がいた部屋はどこか消毒液の匂いがする診察室。
彼女は四軒茶屋で診療所を経営する医者であり、雨宮は彼女が開発した薬の治験に参加する代わりに彼女が調合した特別な薬を販売してもらっている。購入した薬は怪盗団のパレスにおける活動で負傷した際の治療に役立てており、言わば彼女は心の怪盗団の取引相手であった。
「全く。突然見てほしい患者がいる、それも秘密で、なんて言って人を連れてきたと思ったらまさか噂のスパイダーマンとはね。あなたの交友関係どうなってるのよ」
「すまない。近くの路地裏で倒れていたから放っておけなかった」
「犬か猫を拾う感覚で連れてくるもんじゃないでしょ、全く。そもそも彼全身タイツで財布は持ってないみたいだけど治療費どうするのかしら」
「え、っと……俺が払います」
「……まあ、いいわ。君には普段からお世話になってるし。半額でサービスしてあげる」
その代わり次の治験はとびっきりの薬だから。耳元で囁かれた言葉に背筋が冷えるのを感じたがもともとそういう取引だ。次の治験に備えてしっかり度胸を鍛えておこう。そう決意して診察室に入ると──ベッドに腰掛け黄昏ている上半身裸のスパイダーマンの姿が。なんだこれは?
「……ん? ああー、もしかして君ジョ──―」
「無事だったか、スパイダーマン」
コードネームで呼ばれかけたので咄嗟にさえぎる。取引相手である彼女がいるこの状況で自分が心の怪盗団、並びにその関係者と疑われるのは不味い。
「無事かどうかでいうと無事かな、うん。さっき飲まされた薬が凄く苦かったんだけど何アレ?」
「シャキットカプセル。目まいや物忘れ、眠気に効く気付け薬よ。気分はどうかしら?」
「最悪。効果は認めるけど味はどうにかならないのドクターレディ?」
「良薬は口に苦し、って言葉知ってる? 第一味が良くても効果がない薬は基本的には役に立たないから。味が悪い代償に効果がある薬の方がずっとマシよ」
「……君、このドクターとどういう関係なの?」
「……主治医?」
「ええそうね。可愛いモルモット君の主治医よ」
本当にどういう関係なんだ? 細くなった瞳からスパイダーマンの困惑が伝わってきた。楽しんでないか、この医者。笑ったのが聞こえたぞ。ジョーカーとしては短い間だが会話も交わしたが、雨宮蓮として会うのはこれが最初。頼むから変な印象を植え付けないでくれ……!
「とりあえず軽く見た限り深刻な怪我はしてないみたいね。胸と肩を強打しつつ、頭にも強い衝撃受けたみたいでこぶができてる。ひとまずハンゲン軟膏塗ったから痛みはすぐにひくはずよ」
「……ハンゲン軟膏?」
半額でも3200円と地味に高い薬では。
「脳に悪影響があるかもしれないからしばらくは睡眠薬等は避けるように。どうせ再診には来ないんでしょ、マスクヒーローさん?」
「まあね。パスポートを見せるわけにはいかないし、手持ちも心もとないし」
「そんなことだと思った……となると他の医薬品も持たせた方がいいか。大治癒促進パッチ……は支払い担当のモルモット君の顔が青くなったしやめておこっか?」
勘弁してください。半額でも45000円の医薬品は本当に財布にダメージがデカい。
「それじゃ、ハンゲン軟膏と小治癒促進パッチを処方するからしばらく待ってて。起床時と就寝前に強打した部分に軟膏を塗って特に痛む部分には小治癒促進パッチを貼ること。いいわね?」
「ラジャー、ドクター」
指を二本伸ばし、目元にあててシュッと飛ばす。いかにもチャラい動作に武見さんは苦笑しつつ医薬品が置いてある部屋に向かった。そして、二人だけになった部屋で互いに向き直る。
「……で、君が心の怪盗団のジョーカー、でいいんだよね?」
「さて、な。偶然スパイダーマンが倒れているのを見かけた一般人と言えば通らなくはないが、否定する時間が惜しい状況だ。ああそうとも、俺が心の怪盗団のリーダー、ジョーカーだ」
「だろうね、髪型と声がまんまだし。ボクは親愛なる隣人、スパイダーマン。改めてよろしく」
「よろしく頼む。彼女がすぐに薬を持って戻ってくるだろうから単刀直入に言う。俺たち心の怪盗団に力を貸してほしい、スパイダーマン」
「その目的はミステリオを倒すため……いや、改心させるためってことでいいのかな」
「ああそうだ。モナからパレスについて聞いているか?」
「ミステリオの心の中の世界、つまりさっきまでいた世界だろ? それを出現させるためには奴が執着しているスパイダーマンがいる場所という条件が必要だと聞いてる。そのためにそっちの指示で市民の前に姿を現せってことかい?」
「鋭いな。本来ならミステリオのパレスに存在するであろう認知上のスパイダーマンに接触し、現実世界のスパイダーマンにつながる情報を得るつもりだったが……目論見が外れた」
「ミステリオの心の中にいるボクからスパイダーマンに連絡を取る手段を探そうとしてたの?」
「ああ。そうだ。ネットからスパイダーマンはマスクに電話を仕込んでいる可能性がある、という情報を掴んだ。ヴィランならその電話番号に関する情報を知っているかもしれないと思ってな」
「なんと無茶な……上手くいかなかったらどうするつもりだったんだい?」
「怪盗チャンネル経由で予告状を出しておびき出す」
派手にやるつもりだね! ほんと、漫画のスーパーヒーローみたいだよ。マスクの下で笑っているスパイダーマンに不敵な笑みを浮かべて返す。悪人っぽい? そっとしておけ。
「まああんな世界を見た以上手を貸すのはいいとも。だけど一つ条件がある」
「条件?」
「ああ。こっちが手を貸すだけじゃない。お互いに協力しないか? 具体的にいうと──」
ボクをパレスに連れて行ってほしい。
「……そういうと思ったよ」
「ダメかい?」
「難しいところだ。スパイダーマンはペルソナを持っていないが十分パレスで戦えるだろう。だが今回の一件は状況が状況だったが、正直まだ信用が置けないのが一番の理由だな」
スパイダーマンの評判は善人悪人で半々。怪盗団は彼を信用するには値するが、完全に信頼するかどうかで言えば否だった。評判では善人、中身は悪人。怪盗団が改心させてきた悪人はそういう連中で、スパイダーマンもその可能性がゼロではない。
理解が足りないヒーローに背中を任せるには不安が残る──そう考えていた時。
「──なら、これが理由になるかな」
スパイダーマンがマスクを脱いだ。
突然の行動に驚きつつ、マスクの下の見知った素顔に戸惑う。彼は言葉を続ける。
「ボクは普段マスクで顔を隠している。それは正体がバレて周囲の人間が危険にさらされるのを防ぐためだ。君たちが正体を明かさないのも似たようなものだと考えてるけどどう?」
「……沈黙は肯定として捉えるよ。これでお互いの正体を握ったことになる。元々知り合いでもあるし、互いに重要な秘密を握ったとなれば信頼できるだろう?」
「パレスが危険な場所なのは知ってるとも。だけどミステリオはボクの相手だ。心の怪盗団にとって敵であるだろうけど、スパイダーマンが戦うべきヴィランなんだ」
覚悟を決めるように。スパイダーマンがマスクの下に隠していた鋭い目と共に口を開く。
「大いなる力には大いなる責任が伴う」
「ボクがスパイダーマンでいる責任を果たすために、この力を君たちに貸す。代わりに怪盗団の力を、ボクに貸してくれ。君たちみたいにかっこよく言うのなら取引だ。どうかな?」
彼が手を差し出した。その手を俺は迷うことなく取った。
彼が俺に伝えたのはただの言葉でしかない。だが、言葉と共に表れた信念を俺は信じられる。
瞳の奥に輝く信念の形は違えど、俺たちと同じところを目指しているトリックスターであると確信を持てる。
スパイダーマンとの取引が成立した。どこかから、少女の声が聞こえる――
「取引成立。世が裁けぬ悪を改心させる心の怪盗団の手腕に期待しているよ――」
「無論だ。大いなる責任を果たそうとする親愛なる隣人の力に期待しているとも――」
「雨宮連」「ピーター・パーカー」
互いの真なる名前を呼びあい、ニヤリと笑いあった。
反逆の意思を育てる人間関係『吊し人』コープが解禁された。
そして、心の怪盗団と親愛なる隣人が手を組み共に戦う時が、チームアップする時が来た。
トリックスターたちの物語は幻想の劇場へと誘われてゆく――
<ミステリオ、お前に話がある
<本来ならおまえが事件を起こして怪盗団をおびき寄せて罠にかける予定だった
<ところが現実はどうだ? おまえが起こした騒ぎが大きすぎて逆に怪盗団も動かない状況だ
<なんだと? わざわざ日本に呼んでやったと言うのにこの私に逆らうというのか?
<ふん、戯言を……役目は果たすのだろうな?
<いいだろう。だが貴様の命は私が握っていることを忘れるなよ
<……ほう? まさか逃げられるとでも?
<貴様の動向は私の配下である特捜部が常に追っていることを忘れたか
<貴様……!口を慎め!私を誰だと思っている!!
「この私には遠く及ばない三流だがな!」
貸し与えられた端末が罵声を聞き取って雇い主とのチャットに自動入力される。それを見届けると端末を破棄。スーツに着替えた老人はアジトを出た。
「動くな!!」
雇い主が感情に任せて自分を処分する指示を出したのか、すぐに武装した警官達に囲まれてしまう。だが、この程度あの軽口がやかましい蜘蛛男に比べれば大したことない。
「が、ウォーミングアップとしては悪くない獲物だ」
スーツが緑色の煙を放出し、戸惑う警官達を幻想の世界へと誘い込む。自らが得意とする幻想の世界で彼らを翻弄しながら、老人は付けなれた顔を覆う球体のマスクの中で呟く。
「私はここにいるぞ。私はここで待っているぞ。早く来い――」
スパイダーマン、そして心の怪盗団よ! この私、ミステリオが貴様らを始末してやろう!!
老人の叫び声に警官の悲鳴が混じる。阿鼻叫喚の喧騒が通りを満たす光景をミステリオは満足そうに眺め、誰の物とも知れぬ笑い声を最後に、いつしか――アジトがあった場所は静寂へ還った。