Persona 5 / Your Friendly Neighborhood 作:あおい安室
ノーウェイホーム公開日までにギリギリ間に合わせるためになんとかしました。
近いうちに次回も更新しますので、お待ちください……!
「俺はよ、自分がどうしようもねぇ悪人だってことはわかってる」
男は暗闇の中で懺悔する。照明こそあるが、ここは地下に造られた罪人の罪を告白させる場所である。それ故か雰囲気そのものが暗いな、等と男の罪を聞く者は考えていた。
「既にあんたには話したけど、昔の俺はバカだったし、見た目も良くねぇし金もなかった。底辺も底辺、地の底にいるような虫みたいなものだった」
男の罪には覚えがあった。過去の経験から犯罪に走ってしまった人を何度も見てきた。
「何度もバカにされたことが嫌だった。そこから這い上がろうとしてもがきあがいた。同じ思いを抱いた仲間と一緒に生きていく内に、いつの間にか……今度は俺が人をバカにする奴になってた。笑っちまうだろ?」
笑わない。どうしても、どうしても。そうせざるを得なかった、それしか道がなくて歪んでしまったヴィランを何人も捕まえてきたから。
「そんな、俺でもよ……仲間の心配をするくらいは、別にいいだろ?捕まえてブタ箱に突っ込む形で問題ない、どうか、頼むよ。でなきゃ、あいつは……!」
「わかった。君の告白は聞いた、任せてくれ。やれるだけのことはやってみせる」
この親愛なる隣人、スパイダーマンの蜘蛛の糸で君の仲間を救いだして見せるとも。
その誓いを聞いた罪人金城潤矢の表情が僅かに晴れた。何故我らが親愛なる隣人スパイダーマンが彼の望みを聞き遂げたのか、そしてここはどこなのか?それを説明するには少し時計の針を巻き戻す必要がある――今回の物語はスパイダーマンらしく行くとしよう!!
20XX年9月17日夕方、霞が関某所
夕暮れ時、職員の帰宅時間を少し過ぎた頃。法の万人のお膝元とはいえ、この時間帯の警察署の駐車場は人影が少なく車や建物の物影で秘密の会談を行うには持ってこいな時間だった。
「……とはいえ、今のここはボクにとってかなり危険な場所だってことわかってる?スパイダーマスクが世間の敵である今、警備も厳しいこのエリアをスイングするだけでかなりヤバいことになるんだけど」
「でも、君は大きな騒ぎを起こすことなくここまで辿り着いた。ちょっとした実力テストみたいなものさ、あまり深く考えなくていい」
そう、例えばお互いに世間から注目の的であるマスクヒーローと高校生探偵が顔を会わせる場としては、持ってこい。
「ハイハイ。で、結果は?スパイディ堂々の金メダル!だと嬉しいね」
「そうだね……80点くらいかな?覆面ヒーロー引退したら僕の助手をやってみるのはどうだろう」
「うわっ、微妙に嬉しいレベルの評価。後その提案は遠慮しとくよ。有名人の相棒なんて柄じゃない。僕は市民の隣人くらいがちょうどいいのさ」
「ふむ、それは残念だね。冗談はここまでにして本題に入るとしよう」
「Yes sir.君がテレビで例の白い手袋を付けてたから電話、そしたら詳細話す前にここの住所指定して電話切ったんだっけな」
「大体そうだけど、なぜそんなことを今振り替えるんだい?」
「読者へ説明するための独り言……いや、変な目で見るなよ、冗談だから。本当はジェイムソンにボロクソにされてた君を労いたかった、って感じだよ」
「……あの老人は大変だった。君もよく向こうではヒーローをやれるものだと感心したね」
苦笑しながら明智吾郎はいつも持ち歩いているケースを開く。取り出したノートPCを近場にあったゴミ箱の上に載せるととある事件の捜査資料を表示した。
郊外にある倉庫で警察と犯罪者がドンパチやった末に犯罪者には逃げられた、という不甲斐ない事件。
問題はその犯罪者が恐らくミステリオである、という点であった。
「武装警官約10名が容疑者を逮捕すべくアジトへ突入、しかし直後に容疑者は緑色の煙幕を放ち警官の行動を妨害。容疑者は現在も逃走中……」
「別資料に警官のカルテもまとめているが皆軽度の幻覚症状を訴えてる。一応君の意見も聞いておこうか」
「ミステリオがよく使うタイプの幻覚剤の症状だと思う、免疫がない日本の警官が食らえば数日は後遺症が出るだろうね」
「やはりそうか……警察もこれはミステリオの仕業だと気づいたみたいで現在ニューヨーク市警に協力を要請してるらしい」
「懸命な判断だね。ニューヨーク市警はミステリオが用いる幻覚剤に聞く中和剤も持ってるんだよ、それを送ってくれたら被害にあった警官の現場復帰も早いかもね」
「君が作った中和剤、だろ?」
そこまで知ってたか、とマスクの下で笑う。過去に病院を舞台とした事件があったのだか、酷い幻覚でまともに動けなくなった経験がある。
そんな事態を打破するために貯蔵されていた薬物を元に即席の中和剤を作ったことがあるのだ。その際の余りをちゃんとした薬剤師が作り直して警察署等に販売してるらしいね……1割、5%でいいから売り上げ分けてくれないかな。ウェプフリュイド*1代も馬鹿にならないんだよ。
「資格もないマスクマンの作った薬っていうのは法的にアウトだと思うけどね」
デスヨネー。それくらいわかってるっての。
「そんな訳で手痛くやられた警察だけど、市民への混乱を防ぐためにまだこの情報は一般に公開するつもりはなさそうだ。今回の情報も僕の個人的なツテからもたらされたものになる」
「なるほどね……できれば事件現場を個人的に調べてみたいんだけどできるかな?」
「無茶を言わないでくれ、僕はあくまでも探偵。部外者に事件現場を見せる権限はないよ」
「……仕方ない、忍び込むか。ボクが潜入することは黙っていてくれたまえよ、探偵くん?」
「判断が早すぎるしトラブルになるだろうから控えてくれ。代わりに調査許可をもらった僕の方で現場の捜査をできる限りしておいたよ。詳細と僕の目から見て気になった部分についてのメモをこのUSBに入れてあるから後で確認するといい。ただ、一点だけ見せておきたい物があるんだ」
USBメモリーを受け取るとスーツに仕込んである小型ポケットに仕舞う。これくらいの小さい物なら入るさ。そして、探偵王子は事件現場で撮影した一枚の写真をPCに表示した。テーブルに転がされたタブレット状のお菓子らしきイラストが描かれた缶詰。
この缶詰は見覚えがある。それも、向こうで何度も。
「これは……ドラッグだよね?何度か向こうで取引されてるのを見たことがある」
「流石だ、向こうでの取引にも詳しいんだね。ミステリオのアジトから麻薬数種類と売人のリストが見つかった。恐らくこれを日本国内に流通させることで活動資金を得ていたと思われるんだけど、売人の中に面白い名前もあった。先日逮捕された――」
カネシロジュンヤ。
僕ら以外の声が答えを告げた。声がした方向にウェブを放とうとしたが、探偵王子が制した。
「大丈夫、この人は僕の協力者だ。紹介するよ、スパイダーマン。彼女は――」
「言わなくていいわよ、明智君。自己紹介くらい自分でできる。まさか本当にあなたの関係者が噂の蜘蛛人間だったとはね……ましてやこんなところで出会うとは思わなかったわ」
声の主は女性だった。ワタナベ警部と同い年くらいと思われる女性は灰色の長髪を直すとボクを睨みつける。おまえを疑っているぞ、と言わんかのような視線で射抜いてきた。
「新島冴。地検特捜部の検察官よ。スパイダーマン、金城潤矢があなたを呼んでいるわ」
ご同行願いましょうか。そう言って彼女は指を弾く。手首に硬い感触あり。
「……あのー。探偵王子?これ、手錠に見えるんだけど?」
「手錠だね。流石に何もなしで犯罪者に会わせることはできないから。」
「まだ会うと一言も言ってないんですけど!?」
「会ってももらわないと私が困るのよ。ほら、さっさと行くわよ」
そう言った女がもう片方の手に手錠をはめれば逮捕されたスパイダーマンの出来上がり。そして左には女検事、右には探偵王子。パパラッチにでも撮影されたら色々とデマ流されそうだな……
●
●
●
それから、ボクは女検事に連行される形で警察署を訪れることになった。
スパイダーマンの格好をした人物を偶然捕まえたからこれから尋問する、みたいな体で守衛や窓口に説明しているのは我ながらシュールな絵面でマスクの下で笑った。それが聞こえた彼女から厳しい視線を向けられたから、なるべくおとなしくしよう。
探偵王子?調査があるとか言って帰ったよ。後で文句の電話いれてやる。
「スパイダーマン。今のうちに聞いておくけど、金城潤矢についてどこまで知ってるの?」
「おっ、ようやく世間話をする気に――睨まない睨まない。美人が台無しだよ?」
「冗談はいらない。事実だけ早く言いなさい」
「わかりましたわかりました……7月頃まで渋谷全域を根城にしていたギャングで、ターゲットは主に高校生でドラッグ中毒にしたり運び屋まがいのことをさせてたと聞いてる」
「大まかに言えばその通りよ。そして、7月上旬に彼は警察へ出頭、これまでの罪を告白する形で自首した。恐らく鴨志田卓や斑目一流斎と同じく心の怪盗団に改心させられたと見ているわ」
知っている。ここまでは三島君や怪盗団のリーダーである雨宮君本人に聞いていることだ。
「で、その彼がボクを、スパイダーマンを呼んでいると。一体何事なのかな」
「それはこっちが聞きたいわよ。金城は逮捕後に逮捕後の彼は自分とつながりがある売人等の情報を全て明かしたというのに、ミステリオのことは一切口にしなかった」
「……へえ?それは奇妙な話だね。探偵王子の話ではミステリオのアジトを捜査したところ彼とのつながりが判明したらしいけど」
「ええ。だからずっとここの地下にある尋問室で詳しい事情を聞き出そうとしているんけど、黙秘を貫いている。ただ、一言。「スパイダーマンを呼べ。あいつになら言えることがある」とだけ」
女検事がエレベーターの前で足を止める。エレベーターに入ると僕たち二人は地下へと向かっていく。狭い部屋の中で女は告げる。
「いい?これからあなたと金城を尋問室で二人きりにするから、限り彼からミステリオの情報を聞き出しなさい。これはあなたがやっている法から外れた子供じみたヒーロー活動じゃないわ。我々の捜査の一環であることを肝に銘じておくことね」
「私たち検察と警察はその様子を監視カメラで確認しているわ……だろう?」
「よく知っているのね。下手な行動に出ればあなたはこの地下で死ぬまで閉じ込める覚悟がある。いいわね、スパイダーマン。あなたは私たちの監視下にあるのよ」
「……あっ、そ。わかりましたよ、氷の検事様」
チン、とエレベーターがチャイムの音が鳴らす。扉が開くとそこで待っていた刑事がボクを見て驚く。はいはい、いつものいつもの。女検事が彼らに説明をするのを聞き流しながら瞳を閉じる。
――スパイダーセンスが感知した人の数はおよそ6……7人くらいかな。
本来第六感の類であるスパイダーセンスで人の数を数えるというのは大まかにしかできないが、参考にはなる。これくらいなら万が一の時逃げるくらいはできるかな。
これまで歩いた道を思い返しながら脳内で脱出ルートを確立させていく。それを知ってか知らずか女検事は様々な手続きをボクに代わって進めると、通路の奥にある部屋へ入るように促した。部屋の中には無骨なテーブル一つと椅子二つ。そして、椅子の上にはくたびれた男が腰かけていた。
力なき瞳を伴った男がボクを見てクスリ、と笑った。
「――マジかよ、本当に来やがった。つか、逮捕されてるんだな」
「No problem.手錠くらいすぐに外せるさ。外していいかな検事さーん?」
「……ダメよ」
「じゃあ壊すけど」
「っ……わかった。少し待ちなさい」
女検事はポケットから小さなカギを取り出すと、ボクの手錠を外した。よし、これでいいだろう。コキコキと手首を鳴らすと練習がてらウェブを少し出して小さなボールを作った。
「これ、お近づきのしるしにウェブボール。ウェブ饅頭の方が良かったかな」
「はっ、蜘蛛の糸饅頭なんて誰も食わねぇよ。俺も売ろうとは思わない」
「それもそうか。じゃ、話を聞こうか……カネシロジュンヤさん?」
ギィィ、と背後から音が聞こえる。耳をすませばカチリとロックがかかる音も聞こえたし、検事が扉を閉めたのだろう。やれやれ、男と二人きりというのはちょっと気が進まないところはあるけれど、ミステリオへ迫る情報を得るチャンスだ、やるしかない――
そして時計の針が冒頭へと戻る。
金城はスパイダーマンに向かっていきなり頭を下げた。
「単刀直入に言う。俺の部下を――右腕だった男を助けてやってほしい」
突然の行為にスパイダーマンは困惑するが、それも金城はわかっていたのだろう。順を追って話さないとわからねぇよな、すまねぇ、と謝罪すると自分の過去を語り始めた。
かつての自分は周囲の人々から見下されていたこと、それを見返してやろうともがきあがいていく内に同じ意志を持つ連中とつるみ始めたこと、そいつらと成り上がるために金を求めて――ドラッグに手を出し、闇商売の世界へ弱者たちを落としていったことを懺悔するかのように語り。
「……俺は、あいつらのこともここに来た時に自白した。だけど、俺の右腕を務めていた男がまだ捕まってねぇらしい。まだシャバでヤクを売りさばいているとも聞いた」
「それを止めてほしい、と?」
「それも……ある。だけどよ、聞いた話じゃ……ミステリオが来たんだろ?」
「……ああ、そうだ。今ミステリオはボクの偽物をばらまいて東京を混乱の渦に巻き込もうとしている。大元を絶つしか止める方法はない、ってボクは考えてるんだ」
「なら……俺も知ってる限りの情報を話す。アイツのアジトや日本に来てからの計画もある程度わかっている。だからよ――ミステリオから俺の右腕を救ってくれ。あいつは俺が改心したのはミステリオの仕業だ、とか言ってたんだ。もしかしたら、奴の怒りを買って殺されてるかもしれねぇ」
金城は必死になってボクへと懇願する。だが、その前に一つ聞きたいことがあった。
「一つ、質問してもいいか。どうしてボクを頼るんだい?日本の警察は優秀だと聞いたけど」
「それは……っ、言っても構わねぇか。信用できねぇんだよ」
「信用できない?」
「俺が虐げられていた時代に大人たちは何もしてくれなかった。俺よりも上に立ってる連中は皆、俺たちを搾取するだけの存在だと……どうしても考えちまう。だから警察は信用できない気持ちが、心の奥でその根っこが変わらないんだ」
でもよ。何故だか信じれるものはある。胸に手を置くと、金城は語る。
「心の怪盗団だよ」
「周囲の連中は突然俺が罪に耐えきれず警察に出頭しようとするのを引き留めたし、警察の連中もそれを疑問に思った。心の怪盗団に改心させられたんじゃないか、って」
「確かに言われてみたらそうなのかもしれねぇ。だからといって……あいつらを恨む気にもなれないんだわ。どうしても、どうしようにもなく、変われなかった俺を怪盗団は変えてくれたってことだからよ。あんなガキみてぇなヒーローどもをどこか信じちまうんだよ」
「――スパイダーマン。俺はあんたにあいつらと同じものを感じちまうんだ。なんでだろうな?」
金城。金城潤矢。怪盗団曰く暴食のパレスを司っていた彼は悪人であったが、心の怪盗団の手で確かに改心していた。それが正しいことなのかどうなのか、語るのは野暮だろう。
だから、ボクはこう答える。僕の、言いなれたフレーズで。
「Your Friendly Neighborhood.意味はあなたの親愛なる隣人」
「ボクはこんなキャッチフレーズを言っているんだけど、これは心の怪盗団に通づる部分もあると思ってる。スパイダーマンも、心の怪盗団も人々の傍にいる。隣人なんだよ」
「だからこそ、ボクが、ボクらが伸ばす手は困っている人にとって手に取りやすい親しみがある手でもあるのさ。安心してくれ、金城。ボクらは――悪人であろうと救って見せる」
そんな言葉をきっと、雨宮蓮も、ジョーカーも言うのだろう。知り合って間もない関係だが、そんな気がした。金城はうつむきながらつぶやく。
「俺はよ、自分がどうしようにもねぇ悪人だってことはわかってる」
男は暗闇の中で懺悔する。照明こそあるが、ここは地下に造られた罪人の罪を告白させる場所である。それ故か雰囲気そのものが暗いな、等と男の罪を聞きながら考えていた。
「既にあんたには話したけど、昔の俺はバカだったし、見た目も良くねぇし金もなかった。底辺も底辺、地の底にいるような虫みたいなものだった」
男の罪には覚えがあった。過去の経験から犯罪に走ってしまった人を何度も見てきた。
「何度もバカにされたことが嫌だった。そこから這い上がろうとしてもがきあがいた。同じ思いを抱いた仲間と一緒に生きていく内に、いつの間にか……今度は俺が人をバカにする奴になってた。笑っちまうだろ?」
笑わない。どうしても、どうしても。そうせざるを得なかった、それしか道がなくて歪んでしまったヴィランを何人も捕まえてきたから。
「そんな、俺でもよ……仲間の心配をするくらいは、別にいいだろ?捕まえてブタ箱に突っ込む形で問題ない、どうか、頼むよ。でなきゃ、あいつは……!」
「わかった。君の告白は聞いた、任せてくれ。やれるだけのことはやってみせる」
この親愛なる隣人、スパイダーマンの蜘蛛の糸で君の仲間を救いだして見せるとも。
その誓いを聞いた罪人金城潤矢の表情が僅かに晴れた。金城はスパイダーマンが、親愛なる隣人が差し出した手を取って固く握手すると、ミステリオのアジトの場所、そして計画の片鱗について語り始める――その会話も、もちろん全て別室の警察及び検察が聞いているのだ、が。
「――なんですって!?もう一度言ってくれる!?」
『ですから!非常事態です、急いで避難してください!!』
彼らは既にミステリオの計画に呑まれつつあったことを、スパイダーマンはまだ知らない。
『警察署を過激派集団が襲撃しています、その数およそ――100人!スパイダーマスクです!』
『それを先導する謎のグライダー男も確認!発砲の許可が遅れて対処に手間取っています!』
『都内各所に応援を要請していますが間に合うかどうか……!んっ、なんだこれは!?』
『おい、迂闊に触るんじゃ――』
刹那。爆音が流れた後、新島冴のスマホから返事が返ってくることはなかった。