怪盗ラパンは大変なものを盗んでいきました   作:岸雨 三月

1 / 6
問題編①

 木組みの街の中でもちょっと小高いところに建っているこの学校の屋上に立つと、街の全景を眺めることが出来る。パステルカラーの家が並ぶヨーロッパ風の街並みが沈む夕日にきらきらと照らされる様子がとても綺麗だった。

 

「はぁ……」

 

 だけど、私――真手凛がため息をついているのは、決して綺麗な夕日に感動しているからではない。私の手元には一時間前と全く変わらない真っ白な原稿用紙があって、その原稿用紙に文字が刻まれる速度は、夕日がじわじわと落ちるスピード程度もないのだった。巷でお嬢様学校、などと呼ばれるこの学校に入学して一年目。その一年目の文化祭の日が、刻一刻と近づきつつあった。私はこの学校では文芸部に入部している。文化祭では文芸部は部誌を発行するのが恒例になっており、そこでは一年生も含め部員全員が短編を寄稿することになっているのだ。

 

 元々私は文章を書くのは好きだった。何と、書いた文章が金賞を貰ったこともあるのだ。まあそれは町内会の作文コンクールの小学校低学年の部、の話ではあったのだけれど。でもその後も自分なりに書くことは続けていた。中学校の頃、流行っているアニメのキャラを借りた二次創作小説をノートの切れはしに書いて友達に見せたりすると、隣のクラスまで回し読みされたりするくらいではあったので、決して下手なほうではないと思う。しかし今になって私は嫌というほど思い知っていた。町内会の作文コンクール小学校低学年の部や、ノートの切れはしに書いて友達に見せる小説と、町一番のお嬢様学校、その学校のちゃんとした文芸部の部誌に載せる原稿とでは訳が違う、と。今回部員たちには「大切なもの」というテーマの短編小説を書くことが課題として与えられていた。「大切なもの」――、大切なものは誰にだって一つや二つはあるだろう。私にだってある。テーマさえ守っていればジャンルは何でも、私小説でも恋愛小説でも、ホラーでもSFでもファンタジーでもミステリでも良いということになっていたので、課題としては易しい部類のように思えた。しかしいざ原稿用紙に向かい合ってみると、何となくもやもやと言いたいこと、表現したいことはあっても、それを具体的にどういう風にキャラクターとストーリーに落とし込んでいいのかが分からない。参考になれば、と思って部室にある部誌の既刊を見たりもしたのだけれど、いずれもレベルの高い先輩方の作品は真似しようがなく、むしろ自分の中のハードルを上げるだけの結果にしかならなかった。高校生でこんな作品、いったい何を食べてどういう人生を歩んでいれば書けるんだろう――。

 

「はぁ……」

 

 屋上のフェンスに寄りかかり景色を眺めながら、本日何度目か分からないため息をつく。その時、突然に隣から話しかけてくる人がいた。

 

「小説というのは、もっと自由なものであっていい……、そうは思いませんか?」

「自由、と言われても……。むしろ私は、自由に書けと言われるとかえって書けなくなるような気がします。与えられた自由をどう生かして良いのか……。突然に荒野に放り出されて、行きたいところに行けば良い、と言われたようなものです。私の行きたいところ、辿り着きたい目的地は、いったいどこなんだろう……」

「なるほど……。行きたいところが分からないのは、自分の心を無意識に縛っているものがあるからなのかもしれませんね。丘の上に立つように、少し高い視点、違う視点を持って、色々なものに触れれば、おのずと心がほぐれて、行きたいところが見えてくるかもしれません」

「丘の上……? って、!!!」

 

 私はその時になってようやく、フェンスの隣に立つ誰か分からない人と自然に会話してしまっていたことに気づいた。疲れていたのかもしれない。誰が隣に立っているのか確かめようと横を向くが、その時には既にその人は屋上を去っていた。まるで風のような素早さだ。ギィー、バタン。階段室のドアが閉まる瞬間、一瞬だけ見えたその人の後ろ姿には、黒いマントがはためいていた。

 

(いや、校内でマントって……見間違いかな?)

 

 多少の着崩しなら大目に見てもらえるかもしれないが、校内でマントを羽織ったら流石に校則違反だし、それ以前にファッションセンスとしてどうなんだろう。変な人に話しかけられてしまったかもしれない。いつの間にか夕日もほとんど沈みかかっていて、照明のない屋上で原稿を書ける時間は過ぎていた。いつまでもここにいてまた変な人に話しかけられても困るし、今日のところはこのへんにしておこう。階段を下りて文芸部の部室に引き返すことにした。文芸部はさほど人数が多いという訳ではないのになぜか部室が二つあって、私たちがメインで使っているのは第一部室の方だ。流石はお嬢様学校だけあって部室の使い方も贅沢ということなのか、単にスペースが余っているのか、過去に部員がもっと多かった時代の名残なのかは分からない。ちなみに校舎の片隅に目立たないようにある第二部室はほとんど物置と化している。一応両方の部室を確認したけれど、部員は誰もいなくて、私を含めて三人分の荷物だけが残されていた。他の部員はみんなもう帰ってしまったのだろう。残っている荷物は確か、この部を率いる三年生の部長のものと、青山さんという二年生のものだ。青山さんという人は自由な人だと聞くから、たぶん校内のどこかお気に入りの場所でアイデア出しや執筆に励んでいるのだろう。部長の方はトイレか何かだろうか。さて、あまり遅くなっても親を心配させるし、私はそろそろ帰らなくちゃ。誰もいない部室に向かって「お疲れさまです!」とだけ言い、一日一日と迫ってくる〆切のことからは目をつむってその日は家へと帰った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。