怪盗ラパンは大変なものを盗んでいきました   作:岸雨 三月

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問題編③

 青山さんの原稿が怪盗ラパンに盗まれたという情報はあっという間に校内中に広まり、当然真っ先に文芸部長の耳にも入った。もしも青山さんがパソコンで書く派だったらデータのバックアップから復元すれば良いだけなので何の問題も無かったのだろうけど、あいにくと青山さんはペンと原稿用紙という昔ながらのスタイルで執筆することで有名なのだった。奪われた手書き原稿を取り戻さないと、このままでは部誌の原稿を落としてしまうことになりかねない。普段おっとりした態度の部長に似合わず、部長の決断は素早かった。「怪盗ラパンが何者なのか突き止め、原稿を奪還せよ」。それが部長の命令だった。そのための捜査メンバーには、今回の事件の被害者であり、唯一文芸部内で直に怪盗ラパンを目撃している青山さんと、――そしてこの私、真手凛が選ばれることになった。

 

「一応、今回の事件に関しては先生たちも動いてくれているみたいではあるけれどね。しかし窃盗事件として扱おうにも、盗まれたモノは青山さんが完成させたばかりの原稿で、青山さんしかその存在を証明できないものだから証拠としては弱い。しかもこの学校、学生自治の気風が強くて、学生間のトラブルは学生間で解決ってのが暗黙のルールだから、あまり先生たちの働きに期待は出来ないかな。この学校の中で犯行が行われている時点で、大前提としてこの学校の生徒約三百人のうちの誰かが犯人なのはほぼ間違いないだろうし。と、いうことで我ら文芸部で原稿を取り戻すんだ! 青山さんは当然にメンバーに入るとして、真手さんも乗りかかった船だ、彼女をぜひサポートしてあげて欲しいな」

 

 部長がよろしく、と言わんばかりに右手を私に差し出してくる。柔らかく暖かみのあるその手を握り返しながらも、私の内心は不安だらけだった。

 

(サ、サポートしてあげて欲しいって言われても……)

 

 不出来な一年生の私が、神出鬼没で謎めいたところのある先輩とタッグを組んで怪盗ラパンの正体を突き止めるなんて。しかもその先輩は文芸部のエースと言われている人なのだ。我が子と言っても過言ではない原稿を奪われて、内心では激怒しているかもしれない。めちゃめちゃ厳しいタイプの人だったらどうしよう。いや逆に、天才肌過ぎてコミュニケーションが成り立たないような人だったらどうしよう――。青山さんという人について、色んな心配事がぐるぐると頭の中を駆け巡った。

 

 でも、実際にタッグを組んで捜査を進めていくうちに、それらは杞憂だったと分かった。確かに青山さんはコミュニケーションに独特のテンポはあるけれども、決して話が通じない人ではないし怖い人でもない。むしろ、その独特の雰囲気で自然と人の心の中に入り込む才能を持っているのか、妙に校内で顔が広く、その人脈は聞き込み捜査をするのにとても役に立った。たとえば、青山さんが原稿を盗まれた時は部室の窓から怪盗ラパンは逃走したとのことだったけれど、青山さんは運動部にも人脈が広かったので、当日外で練習していて逃走ルートを目撃できたと思われる運動部員にすぐにたどり着くことが出来た(実際には残念ながら何も見ていないとのことだったけれど)。また、何日に××部の部室に出没していたらしい、という情報があると、その××部に必ず一人は知り合いがいて聞きに行くことが出来るのだった。

 

 むしろ捜査に当たって障害になったのは、各部の部員が誰も彼も曲者揃いだったことの方だったりした。

 

「怪盗ラパンの情報? タダで教えても面白くないわね……。どちらが翠さんにふさわしい服をコーディネート出来るか、勝負よ!」

「怪盗ラパンの話? 吹き矢勝負に勝ったら教えようかな~」

「みなさん勝負お好きですね!!??」

 

 と、万事このような調子で情報を聞き出そうにも一筋縄ではいかない。コーディネート勝負に吹き矢勝負、乗馬勝負に社交ダンス勝負に庶民研究勝負。どれも真剣に勝負したが勝ったり負けたりだった(まあ、最終的には青山さんの原稿が懸かっているという事情を知ると勝ち負けにかかわらず情報を教えてくれる人ばかりではあったけれど)。真剣勝負は初めはプレッシャーがあったけれど、繰り返すうちに私の中では不思議な感情が芽生えていた。自分の知らない世界の競技に挑戦してみること、そして何かに真剣になるということは、何だか、とても「楽しい」。青山さんもそう思っているのか、勝負に負けるとまるで子供のような表情で「もう一回! もう一回やらせてください~!」と駄々をこねていることもあった。だけど、真剣に吹き矢で的を狙ったり、初めて見る生きている馬にびっくりしながらおそるおそる手を伸ばそうとしていたりする私の表情も、負けず劣らず子供のようだったに違いない。

 

(この学校がこんなおかしな学校だなんて、数か月前は想像もしてなかったな……。私、特待生としてこの学校に入ったから、本物のお嬢様っていう訳じゃない。どこか、この学校の人たちは自分とは違う人たちだと線を引いて、堅苦しいものだと思い込んで、自分から壁を作りにいっていたのかもしれない。まだまだこの学校には私の知らない楽しさがあるのかも。そのことに気づくきっかけを作ってくれた青山さんと、あとひょっとすると怪盗ラパンにも、感謝しなくちゃいけない……かも)

 

 各部との真剣勝負を経て、怪盗ラパンに関する情報はかなり集まった。怪盗ラパンは金色のカールした髪をしている。ピンク色の衣装に外が黒で中がピンクのマントをつけていて、仮面舞踏会で被るような目のところだけにつける仮面がトレードマーク。「盗み」は、校内の掲示板に事前に予告状を貼り付けるというスタイルで行われる。「盗み」予告の対象とされるのは、各部活において先輩から後輩へ代々受け継がれているような、神器とでも言うべき重要アイテムであることが多いらしい。今までに青山さんの原稿以外でターゲットにされたのは、社交ダンス部の「後に伝説のダンサーとなるOGの履いていたダンスシューズ」、演劇部の「被ると人格が変わったようになり上手く演じられるご利益のあるかつら」、吹き矢部の「まるで飛んでくる吹き矢を避けるかのようにジグザグに動き、時々消える的(真偽不明)」の三つだ。こうやって並べていくと、文芸部からは青山さんの原稿が選ばれたというのは妥当なのかもしれない。文芸部というのはペンと原稿用紙(あるいは、パソコン)さえあればどこででも出来る活動だ。部にこれといった備品や物理的な成果はなく、宝物と言えるのは生み出した物語そのものだからだ。ちなみに、予告状は「明日、社交ダンス部室に『シンデレラの履いた靴』を頂戴しに参ります」「明日、演劇部室に『神の舞い降りる金色の糸』を頂戴しに参ります」「明日、吹き矢部室に『踊り消えるソーサー』を頂戴しに参ります」「明日、文芸部第一部室に『白く輝く珠玉の物語』を頂戴しに参ります」のように、日付と場所を指定しつつ、盗もうとする対象については独自の二つ名をつけて呼び表しているのだった。予告状の文字は新聞かチラシのようなものの切り抜きで出来ているので、筆跡はヒントには出来ない。それぞれ盗みに入った日付は、最初の社交ダンス部を一日目として数えると、演劇部が三日目、吹き矢部が六日目、文芸部が七日目。数日間が空くこともあれば、二日連続で行われることもある、ということのようだ。ラパンが出没する時間帯は、放課後の遅い時間、日が暮れかかっている時間か暮れた後だという。

 

 もっとも、これだけの情報を集めても肝心の怪盗ラパンの正体について決定的なところは分からなかった。目撃者に「ズバリ、怪盗ラパンはこの学校の生徒の誰だと思いますか?」と聞いても、心当たりがないと言う。これは変装が効果を発揮しているせいかもしれない。ただ、有力な情報も得られたのは確かだ。それは吹き矢部長のこの証言だ。

 

「ラパンって子、多分だけど左利きだと思うよー。パフォーマンスのつもりなのかな? 追っ手に向かってトランプを投げたりしていたんだけれど、投げるのに左手しか使ってなかったからね。これは結構参考になるんじゃないかなー?」

 

 吹き矢部長はトランプそのものも拾って保管していたが、それ自体は一般的な市販のもので、残念ながら手掛かりになりそうなものは無かった。怪盗ラパンは手袋をしているとのことなので指紋は残っていないだろうし、そもそも警察でも何でもない私たちが指紋を調べる方法なんてない。しかし、左利きというのが本当なら、これでかなり犯人を絞り込むことが出来る。この国では左利きの人の割合は一割くらいと言われている。この学校の生徒約三百人が犯人候補だとしても、一気に三十人くらいにまで絞られることになる。本当であれば、の話だけれど。

 

「良かったですね、真手さん。私たち二人とも右利きですから、犯人候補から外れました」

「って青山さん、私のことも疑ってたんですか!?」

「そういう訳ではありませんが、探偵役が犯人、というのはミステリ小説でしたらよくある手法ですからね」

 

 うふふふふ、と青山さんは謎めいた笑みを浮かべる。怪盗ラパン探しを通じて以前よりは仲良くなれた気はするけれど、それでもやっぱり謎の多い人だ、と私は思う。

 

 部活巡りをしてもこれ以上の情報は得られなさそうなので、私たちは文芸部に戻ってきた。私は部室のパソコンの前に座りながら、今まで得られた情報を頭の中で整理していく。

 

(決定的な証言こそなかったとは言え、確かに怪盗ラパンの正体に一歩一歩近づいている気はする。というより、得られた情報を組み合わせて推理すれば、ラパンは『あの人』しかない気がする……)

 

 情報をもとに推理して、私の中ではある仮説が出来上がっていた。この仮説を直接本人にぶつけてみるのも一つの手だとは思う。でも現実はミステリ小説ではないのだから、関係者を集めて机上の空論を並べ立てても「はい私がやりました」と素直に犯人が自白してくれるとも限らない。仮説の中で曖昧な部分について、もっと決定的な証拠が必要だと思う。どういう状況があれば「決定的な証拠」を手に入れることが出来るか――

 

 考え込んでいると、ふと私の頭に突拍子もないアイデアが降ってきた。とあるシチュエーションを作り出せれば、決定的な証拠を手に入れ、「その人」を自白させるのに十分なインパクトがあるのではないかという気がする。ただ、それは結構大掛かりな仕掛けになるので、するにはそれなりに準備も必要だし、学校側、顧問の先生などの承認も要ると思われた。果たしてそんなことが本当に出来るのか――、私は自分で自分の思いついたアイデアに若干呆れながらも、ちょっとワクワクしている自分も発見していた。青山さんと一緒に部活巡りをした経験を通じて、私自身も少し変化して大胆になっているのかもしれない。やれるかどうか分からないけれど、やるのであれば早速準備やら何やらに動かなければ――、そう思いながら私は勢いよく部室の席を立った。

 

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