怪盗ラパンは大変なものを盗んでいきました   作:岸雨 三月

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解決編

「怪盗ラパン、華麗に参上! 私に盗めないものはないのよ!」

 

 翌々日の放課後。私――真手凛は、怪盗ラパンの姿をして、テニス部室の屋上でポーズを取っていた(テニス部室はテニスコートの脇に立つ小さな直方体の小屋のような建物で、建物まるまる一つが部室になっているのだ)。もちろん私は怪盗ラパンではないので、決めポーズは聞き込みの際に教えてもらった情報から本家のものを再現している。服装も、中学の卒業パーティで着たコスプレを急ごしらえでアレンジして、なるべく怪盗っぽく見えるものを着ているだけだ。髪は、青山さんの人脈を使って演劇部から適当な金髪のかつらを借りて被っている。予告状も一応それっぽいものを出しているので、テニスコートにはラパンファンの生徒たちが集まってきてくれているのだった。しかし流石に本家との違いは遠目からでも隠し切れないのか、集まったファンは「ラパン……?」みたいな微妙な表情になっている。私の両隣では、青山さんがわくわくした表情で、文芸部長が不安そうな表情で成り行きを見守っている。なぜ私がラパンごっこ、というかラパンの偽物をやっているのか――、それは本物のラパンを捕まえるための作戦だった。

 

「怪盗ラパンの偽物を仕立て上げることで、本物をおびき寄せるんです! 怪盗ラパンはきっと自分なりの美学があって怪盗をやっているはず……。勝手にラパンを名乗る者が出てくれば、耐え切れずに偽物を止めようとして出てくるはずです。そこを捕まえます」

「なるほど。良いアイデアだと思います! ヒーローモノの小説なら偽ヒーローが出てくる展開は王道中の王道……とても興奮しますね! で、誰が偽ラパンになるのですか?」

「わたしです!」

 

 青山さんにはこのように事前に説明していた。もちろんこの作戦は私と青山さんだけで勝手にやる訳にはいかない。今までは怪盗ラパンが校内で出没しても、ただのいたずらだろうとこの学校の先生たちは黙殺・黙認していたが、前回文芸部では実際にラパンに物を盗まれて被害が出てしまっている。今回ラパンが現れたら先生たちも捕まえようと集まってきて大騒ぎになる可能性が高かった。なので先生にも話は通してある(文芸部の顧問の先生が話の通じる先生で助かった。ぶっきらぼうな感じの若い女の先生で、一年生がこんな話を持って行くのはとても緊張したのだけれど、「今校内で流行っている怪盗ラパンの偽物を……? 面白いじゃねぇか。どんどんやれ。学校側には文芸部誌のプロモーション活動ってことにして届け出ておいてやるから」とあっさり認めてくれたのだ。たぶん、教師としての普通の活動にはやる気を出さないが、生徒の面白そうな活動には積極的に乗っかってくるタイプの先生だ、と直感した)。先生に協力を依頼したのは、万一にも本当に本物の怪盗ラパンが現れたら捕まえる要員になって欲しいという意味もある。しかし私の仮説が正しければ、本物の怪盗ラパンはこの場には絶対に現れないはずだ。

 

「だいぶギャラリーも集まってきましたけど、次はどうするんですか?」

 

 青山さんからそう質問される。私はこう答える。

 

「そうですね……。目的の品はこの部室の中にあるということになっているので、屋上を下りて窓に入ろうとして失敗した振りをして逃走します。今日は本物のラパンが来なくても、こういうことを繰り返していくうちに噂が広まって、いつか本人の耳にも入るでしょうから、今日はこれくらいで良いでしょう。……って、うわわ!」

 

 私は屋上の縁でよろめく。体のバランスを崩して、あわや落下する――、というところで、青山さんが左手を伸ばして私の手を取り、抱きとめてくれた。

 

「危ないですよ! こんなところで怪我をしてしまってはたまりません。十分注意しましょう」

 

 青山さんはいつも通りのクールな対応だったが、文芸部長の方は今のハプニングで心底びっくりしたのか、青い顔になっていた。

 

「ねぇ、青山さん、真手さん、この作戦は今回で終わりにしない……? やっぱり危険だし、そんな相手を挑発するようなことをするのが良いこととは思えないよ」

「そうですね……。私も今回で終わりにしてしまって良いと思います。今この瞬間、私の中では真犯人が誰なのか、決定的に揺るぎないものになりましたから。真犯人が自白して、どうしてこんなことをしたのか、きちんと明らかになるのならば、これで終わりにして良いのではないかと。……ねぇ、そう思いませんか? 青山さん。いえ、怪盗ラパン」

 

 そう言うと私は青山さんの目をまっすぐ見据えた。びゅう、と一陣の風が屋上に吹いた。文芸部長は「ええっ! ど、どういうこと!? だ、だって盗まれたのは青山さんの原稿で……。えっ!? えっ!?」と狼狽えている。一方の青山さんは冷静そのもので、不敵に微笑みながらこう言った。

 

「なるほど。真手さんは怪盗ラパンの正体を私と考えた、と。怪盗ラパンを巡る謎と物語、その解決編のスタートという訳ですね。考えてみれば屋上というこの場所も、二時間サスペンスのクライマックスにありがちな崖の上みたいで、雰囲気があるような気がします。当然、私を犯人と指摘する理由をお聞かせいただけますよね?」

 

 私はすぅ、と息を吸って喋り始めた。さぁ、ここが正念場だ。

 

「……まず、私は怪盗ラパンは文芸部内の人間なのではないかと、最初から疑っていました。他では盗みに成功していないのに、文芸部でだけ実際の被害が出ているというのは違和感がありすぎます。犯人が文芸部内の人間で内情に精通していたから文芸部でだけは成功した、あるいは文芸部内で何かの恨みなどがあって最初から青山さんの原稿だけを狙う動機があった、という可能性を考えました。単に文芸部だけガードが甘かったという可能性を否定はし切れませんでしたが……」

「決定的なのは予告状の記載でした。予告状では『文芸部第一部室』に盗みに行くと書かれていました。確かに文芸部には二つ部室があり、犯行場所を特定するにはこういう書き方をするしかなかったのでしょうが、部外の人間がそういう書き方をするでしょうか? 第一部室にかけられていたプレートは古くなっていて第一部室とは読み取れない状態でした。第二部室は目立たないところにあってほとんど物置状態です。部外者はそもそも二つ部室があるなんて知らないくらいではないでしょうか。なので、あの予告状を書いたのは文芸部員だと考えました」

「次に『文芸部員の中で犯行が可能だったのは誰か?』です。つまりアリバイですね。文芸部に盗みに入った前日にも、吹き矢部に怪盗ラパンが現れていたのが確認できています。そして怪盗ラパンの犯行時間は日暮れ時か暮れた後です。私はその日たまたま遅くまで残っていて、日が暮れると同時に帰りましたが、部室の荷物から、その時点で残っているのは私、青山さん、部長だけだと分かりました。もちろんこれは私の証言だけですが、私の一つ前に帰った部員を探して聞き取り調査をすれば同じ結果になるでしょう。わざわざ荷物をどこかに隠してまで潜伏していた第三者がいる可能性を否定はし切れませんが、基本的には犯行可能だったのはこの三人です」

「私は自分がラパンではないのを知っているので除くとして、青山さんか部長かどちらかがラパンなのだと思いました。では、どちらなのか……悩みましたが、最終的に決め手となったのは『ラパンは左手でトランプを投げていた』という吹き矢部長の証言です。ではラパンは左利きなのでしょうか? 私はそうは思いません。ラパンの決めポーズは右手を高く上げてから仮面に添える動作です。そして私のクラスメイトは、ラパンが右手を振り返してきたと証言しました。最初から左利きの人がそんな決めポーズを作ったり、とっさに右手を振り返したりするとは考えにくいです。本来右利きだけれども、何らかの事情で右手をあまり使えない、使いたくない。右手を振ったり上げたりは出来るが物を握るには支障がある……そういう状態の人なのではないかと思いました」

「……青山さん、ペンだこ、かなり辛いのではないですか? 文芸部のエースと言われるほどに書いているのに、一貫してパソコンは使わずペンと原稿用紙派……きっと手はペンだこまみれでしょう。先ほど私が屋上から落ちる演技をした時に左手を出して来られたことで確信しました。痛む右手では私の体重を支え切れないかもしれないと思ったんですよね。ちなみに部長はパソコン派ですし、先日握手した時の右手も柔らかくてペンだこなんて一つもないことを確認済みです」

「言うまでもなく、怪盗ラパンが青山さんだとすれば自分の原稿を盗み出すのはとても簡単です。ラパンの姿で誰もいない文芸部室に入った後、急いで着替えて、ラパンの服と自分の原稿を私用ロッカーだとかカバンだとか適当なところに隠せば良いだけなのですから。『ラパンが文芸部の窓から逃げた』という目撃証言が青山さん以外から無かったこととも整合しています。金髪のかつらも演劇部にならたくさんありますし、演劇部とも人脈のある青山さんであれば借りてくるのは容易かったでしょう。どうですか、青山さん。この推理、当たっていますか?」

 

 一瞬の間があって、青山さんはにっこりと笑ってこう言った。

 

「グレート。パーフェクト。素晴らしい推理ですね、真手さん。こんな優秀な後輩を持てて、私は嬉しいです。三問中、二問目まで、完璧な正解です。では、最後の三問目はどうでしょう」

「三問目……というと?」

「フーダニット。ハウダニット。ホワイダニット。つまり、ミステリにおいて、『犯人は誰か』『どうやって犯行を成し遂げたのか』『なぜ犯行に至ったのか』が作品作りの重要な要素です。このうちフーダニットとハウダニットについては既に明らかになりました。ではホワイダニットはどうでしょう? 私が犯人だとすれば、私は自分の原稿が盗まれた、と狂言を行ったことになります。怪盗ラパンなんていう手の込んだものを創り出してまで私がそれをしなければならなかった理由……なぜなんでしょう?」

 

 犯行動機。一番自信のないところを突かれてしまった。青山さん、自分が犯人だと指摘されて、それを認めつつもなお落ち着いて推理の穴を指摘してくる胆力はやはり只者ではない感じがする。とはいえ、自信が無いなりに答えはある。せっかくここまで来たんだ、最後まで自分の考えをぶつけ切ろう――、そう思って私は再び喋り始めた。

 

「あの、もしかしてこれはただの自意識過剰なのかもしれませんが……。青山さん、ひょっとして私を助けてくれようとしたのではないですか……? 怪盗ラパンが吹き矢部に盗みに入った日、私は屋上で原稿が進まないことを悩んでいました。その時にアドバイスをしてくれた人がいたんです。『色々なものに触れれば、おのずと心がほぐれて、行きたいところが見えてくるかもしれません』って。その人が去る時に黒いマントが見えた気がしたんです。あれは青山さんだったのでは……? そして、今回の怪盗ラパン探しを通じて、私は色んな部活に触れて色んな新しい体験をしました。この学校そのもののまだ知らない魅力に気づいてしまう程に。もしかして、先輩として私を心配して、色々な体験をさせたくて、怪盗ラパンに原稿が盗まれたなんてことにしてくれたのでは……」

 

 それに、青山さんの原稿が盗まれている間は部誌を出すことが出来ないから、私の〆切もつられて確実に伸びますし、と言い添えた。正解だっただろうか、どうだろうか――、おそるおそる青山さんの方を窺う。するとそこには(どういう訳なのか)まるで地面にめりこむような形で横倒しに倒れこんでいる青山さんの姿があった。有名な少年漫画でこういうシーンがあったような気がする。敵の自爆攻撃にやられた味方キャラが爆風で地面にめりこんでいる、一歩間違えればシュールなギャグにも見えかねないようなシーン。

 

「い、いや、どうしたんですかその反応!? 大丈夫なんですか!? 青山さーん!?」

「あ、あの……、あまりにピュアな後輩の視線と私に対する期待の大きさに耐えかねて思わず倒れこんでしまいまして……。私の動機、そんなに素晴らしいものでは全くないんです……。私の原稿用紙、実は真っ白でして……。原稿が完成したというのは部長の催促を逃れるためのウソで……。私はただ、自分の〆切を伸ばしたかっただけなんですーっ!!」

 

 青山さんの叫びが屋上にこだました。今度は私の方が「ええーっ!」となる番だった。

 

「そんなまさか! 自分の〆切を伸ばすためだけに怪盗ラパンという存在を創造して……!?」

 

 思わず部長の方を見ると、部長は「あー確かにそういうことする奴だよ、こいつは」という顔をしている。青山さんが予告状で自分の原稿のことを「白く輝く珠玉の物語」と表現したのはどういう意味なのか、ちょっと引っかかっていたのだけれど、もしかして原稿用紙が真っ白だから「白く輝く」としたとかそういうことなのだろうか。あまりにもしょうもなさすぎる結末に全身の力が抜けた。と同時に、私のために狂言を打ってくれた、と思った自分の自意識過剰さが急に恥ずかしくなってきた。顔に熱い血が上っているのが自分でも分かる。私は恥ずかしさと照れ隠しのために、目をぐるぐるさせながら思わずこんなことを言ってしまうのだった。

 

「そそそそそれでしたら早く原稿を完成させないと! すぐにここを下りてカンヅメ! カンヅメです! 早く行きましょう! 翠ちゃん!」

「「み、翠ちゃん!?」」

 

 青山さんと部長の声が綺麗にハモッた。

 

「そうです! 翠ちゃんです! 先輩のくせに自分の〆切伸ばしを画策して、挙句に私を振り回すなんて……残念ですけど先輩失格! 失格です! ですから資格を取り戻すまで、原稿が完成するまでは『翠ちゃん』と呼ばせていただきます!」

 

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