真・恋姫†有双……になるはずが(仮)   作:生甘蕉

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1話 赤箱

 どんどん、どんどん。玄関のドアを叩く音が聞こえる。

 ドアホン壊れてたかな?

 困るな。あれがちゃんと動かないとドア開けないと相手が確認しづらい。

 俺は他人が苦手なのに。

 ……通販は頼んでいないはずだし、作りかけの痛ガンプラが完成しそうなとこなんだ。居留守使おっと。

 

 どんどん! どんどん! 音が大きくなってきた。

 なんだろう?

 セールスだったら嫌だなあ。

 受信料はちゃんと払ってるからくるはずないし、新聞なんていらない。

 うん。出る必要ないね。

 

 どんどんどんどん!! さらに音が大きくなった。玄関破壊するつもりなんだろうか。

「いるのはわかっとるんじゃ! 出てこんかい!」

 うわ、ガラ悪いなあ。そんな言い方されたら余計に出て行きにくくなるんだけど……。

 仕方ない。出るしかないか。このままだと隣の爺さんが出てきてもっとめんどくさいことになる。あの人、話長いんだよなあ。

 

 部屋着としている下着姿で出て行くわけにもいかないので、ジーンズとシャツを装着。

 眼鏡があるから大丈夫。眼鏡があるから大丈夫。いつものようにそう自分に言い聞かせる。それでもやっぱり不安なのでマスクも装備して、と。聞かれたら花粉症ってことにすればいい。顔見せたくないもんね。

 

 ヤの人だったらどうしよ。そう思いながら叩かれ続けるドアの向こうに声をかける。

「どちら様ですか?」

「ワシは同じ階のもんじゃ」

 あれ? こんな声の人、いたかなあ? 誰か引越したっけ?

 近所にどんな人がいるか知っておくのは大事なので、チェーンを掛けたままドアを少しだけ開けた。

 

「ワシゃ201のスズキケンジじゃ!」

「すずき……君?」

 でかっ。二メートルぐらいありそうな巨漢だ。けど、たぶん年下っぽいので君づけした。

 だって学生服着てるし。今時珍しい変形学生服、所謂長ランってやつだったけど。

「おう。涼しい酒で涼酒、剣士って書いてケンジって読むんぜよ。かっこええじゃろ!」

 しかも方言もなんか変。まさか二十八歳高校生とかじゃないよね? まあ、それでも年下だけどさ。

 でもまあ、名乗られた以上はこっちも名乗らなきゃまずいか。

 

「俺はアマイコウイチ。天井(てんじょう)に煌く数字の一」

「おお。キラさんじゃな」

「お願いだからそれは止めて」

 そんな呼び方は勘弁してほしい。

 なら君は剣士だから……ん? よく観察したら気づいたことがあった。

 

「剣士だからそれ?」

 彼の腰を指さす。そこには鞘に収められた剣らしきものが。左手には円形の盾っぽいの持ってるし。コスプレイヤーさん?

「うむ。やっぱ男の武器は剣じゃろ!」

 男なら拳一つで勝負しろ、とは言わんのか。

「おっさんは斧なんてどうじゃ? きっと似合うぜよ」

「斧? 俺が?」

 斧ってパワータイプの人用のイメージがある。どう考えても俺向きじゃないよね。

 って言うかさ。

 

「武器なんていらんでしょ。コスプレするつもりもないし」

「コスプレ?」

 首を捻る涼酒君。……スーさんじゃ年上っぽいから涼酒君のままでいいか。

「違うの? じゃあなんでそんな格好してるんだい?」

「戦うために決まっとるじゃろ」

「戦う?」

 今時の不良はそんなあからさまな武器まで使って喧嘩するの? 危ないなあ。さすがにそれじゃ警察に捕まるでしょ?

「そうぜよ。神の敵と戦うんじゃ!」

 やばい。別方向で危ない子だったみたいだ。

 それともそういうロール(なりきり)プレイ?

 どちらにせよ、関わり合いにならない方がよさそうだ。

 

「そ、そう。がんばってね。それじゃ……」

「なに言うちょる。おっさんも戦うんぜよ」

 閉めようとしたドアに盾を差し込まれて、避難失敗。

「俺が?」

「そうぜよ! おっさんも選ばれたんじゃきに」

 どうしよう。警察呼んだ方がいいのかな?

「え、選ばれたって何に?」

「使徒じゃ。神の戦士ぜ」

 ATフィールドとか使うアレ? ちょっと古いか。

「誰がそんなこと決めたんだよ」

「もちろん神さんに決まっちょるじゃろ」

 ……ごっこやドッキリじゃないとしたら、かなり電波きてるっぽい。

「そ、そういうのは間に合ってますんで……」

 逃げたい。

 今ばかりは捕まると延々と昔話をしてくれる隣の爺さんに出てきてほしい。

 そして、この電波君にも説教かましてもらいたい。

 ……あ、爺さん今入院中だったんだっけ。見舞いに行けばこいつに会わずにすんだのかな。

 

「ん? ……ああ、おっさんまだあれ読んでなかったんじゃな。ちょっと待っちょれ」

 パタパタとスリッパの音をさせながら剣士君は去っていった。

 ふう。助かったのか?

 

 あれ? スリッパ?

 もういなくなったみたいなので、チェーンを外してそっと玄関のドアを開けてみる。

 よかった。いないみたい……って!

「……なにこれ?」

 このアパート、いつの間に改築されたんだろうか?

 ドアの向こうの廊下は外に面していたはずなのに、まだ室内だ。

 

「どうなってるんだ?」

 なんか古い感じな建物の中っぽい。改築したにしては趣味が悪い。

 さらに確認しようとサンダルを履いて玄関から出ようとしたら止められた。

「そっちじゃない。これを履くんじゃ、おっさん」

 いつの間に戻ってきたのだろう、涼酒君が足元を指差していた。

 見ると、玄関先にスリッパが揃えて置かれていた。

「おっさんのじゃ」

「俺の?」

 もはや逃げられそうもなく、アパートの異変も気になったのもあって、言われるままにそれを履いて玄関を出る。

 

「漂う昭和臭……」

 元からボロかったアパートなんだけど、ボロさが増したっていうか。改築したって言うよりは俺の部屋を丸ごと昭和のボロアパートに押し込んだような印象だ。

「高かったのに」

 カメラ付きのドアホンもなくなっていた。

 その位置にはかわりに203という部屋番号が書かれていた。

 俺の部屋は違ったはずだけど。

 

「ほれ、まずはこれじゃ」

 涼酒君が赤い箱を取り出した。

「それがおっさんのスタートセットじゃ。スリッパはオマケぜよ」

「はい?」

「それ読みゃわかるぜよ」

 赤い箱を渡された。

 仕方なくそれを見てみる。

「オール&エンジェルズ? スターターセット?」

 大きさといい赤味といい、なんか昔そこそこ流行ったTRPGの入門編っぽい。タイトルは無理矢理感があるけど。エンジェルズはいいとしてオールって……。

 

「元のだとダンジョンのとこだから……全域ってこと?」

「なんじゃ? 知っとるんか?」

「ああ、テーブルトークってゲームにそっくりなのがある」

「テーブル遠く?」

 うーん、説明したいけど長くなるから簡単にしとくか。

「ごっこ遊びの凄いやつかな。一時期それなりに流行ったけどトレーディングカードゲームに人気を奪われて、ネットゲームに追い討ちをくらったから、もう若い子はそんなにプレイしてないんじゃないかな?」

 思わず昔を懐かしむ。当時いっしょにプレイした友人たちは元気だろうか?

 

「それにしても赤箱とか。……もしかして、戦うってTRPGで?」

「ごっこじゃないぜよ。とにかく、ここのことを説明するからついてくるんじゃ」

 俺の腕をとって涼酒君が歩き出す。読めと言っておきながらせっかちな。

「二階はワシらプレイヤーの部屋じゃ。さっきも言うたがワシは201。おっさんが203じゃな」

 今、プレイヤーって言わなかったか?

「で、ここにはあと一人、202にもプレイヤーがいるんじゃがもう出陣しちょる」

 涼酒君の大きい手が俺の腕を放して202号室を指差す。まだ他にもいたのか。

 出陣ってのも気になったけどさ。

「やっぱりプレイヤーって言った!」

「おう、プレイヤーじゃ。ワシらは神さんの修行のプレイヤーとなったんぜよ」

 神の修行プレイ?

 首を捻っていると、涼酒君が別の部屋を指差した。

 

「ここがトイレぜよ」

「え?」

「便所のことじゃ」

「いや、それぐらいはわかるけど……」

 俺のアパートはボロイとはいえ、バス、トイレ付きではある。今時共同トイレなんて……。

 中に入ってさらに驚いた。

「和式とか」

 それだけじゃない。上から細い鎖がぶら下がっている。先端には白いプラスチック。

 これが水洗のスイッチなのだ。紐式のトイレなんてまだあったんだ。

 確かめるために引いてみるとちゃんと水が流れる。

 

「どうなっちゃったんだ、このアパート」

 どう考えても改装したんじゃなさそうだ。工事の音とかもまったくなかったし。

「ここは初期本拠地荘ぜよ。ワシらは部屋ごとこの初期本拠地荘に召喚されたんじゃ」

「部屋ごと? でもさっきまでネット繋がってたけど」

「熱湯? ようわからんがたぶん神さんの不思議パワーでなんとかなってるんじゃ!」

 言いながらトイレを出て階段を降りていく涼酒君。

 階段も室内にある。……本当に俺のアパートとは違うのか。

 

 一階にあったのは管理人室と大きな部屋。

「一階には誰も住んじょらん」

「管理人は?」

「おらんみたいじゃ。会うたことないわい。そいでの、この大きな部屋はみんなで勝手に使っていいらしいぜよ」

 多目的ルームってとこか。

 ……管理人に会ったことがないのに、どうしてそんなことわかるんだろう。

 

「こっちが玄関じゃ。各部屋の靴箱と郵便受けがあっての、おっさんのそのスタート箱はここに入っとったんじゃ」

 なるほど。靴はここで履くからスリッパが必要なのか。

 昔のドラマに出てくるアパートみたいだなと思って見回したら、管理人室の扉の横に小さな台に乗った電話があった。やはりこれも古臭いダイヤル式の黒電話だ。

 ダイヤルの内側に電話番号が書かれている。ここの番号か?

「ああ、ここの電話番号はちゃんとメモっておいた方がええ。救援を呼ぶことができるからのう」

「救援?」

「おう。もしかしたら202のやつから救援要請の電話くるかと思って待っとったんじゃが、大丈夫そうじゃ。外も案内しちゃるぜよ」

「外? ちょっと待ってて」

 もうこうなったら外から確認するしかない。俺は靴を持ってくるために階段を上って自分の部屋に戻り、靴とついでに携帯電話を持って出る。

 玄関に鍵をかけてから、携帯のアンテナ表示を見ると圏外になっていたのでさらに不安になった。

 

「お待たせ」

 スリッパから靴に履き替える。やはりというべきか、涼酒君は大きな下駄だった。バンカラスタイルなのね。

 外に出てみると、そこは明らかに俺の住んでいたアパートではなかった。

 外観もまったく違うアパート。それを囲うブロック塀に付けられた『第49初期本拠地荘』という表札。

「四十九とか縁起悪いなあ。ってか、ここの他にも最低でもあと四十八も似たようなアパートあるのか?」

「いや、この面にはここだけじゃ。あとは他の面や他の開闢の間にあるそうじゃ」

 面とか他の開闢の間って? 聞こうとしたら、すたすた、いや、がらごろと歩いていってしまう涼酒君。慌ててそれを追っかける。

 

 町並みも違うな。どこだろここ。

 一応、日本らしいけどあまり大きな建物がない。建築物もどこか懐かしい昭和臭。

 車や人影は見当たらなく、それ以上になんだかよくわからないけど妙な違和感がある。

 これはやはり、ガスかなにかで俺を眠らせて、俺の部屋そっくりの部屋を入れたアパートに俺を運んできた、という線が濃いか。

 

 ……召喚? ふん、そんな話を鵜呑みにするほど若くはない。

 そんな話を聞いてその気になったところを笑うつもりなんだろう。素人相手に悪趣味なドッキリだ。

 この街はどこかの過疎地か廃村を利用しているのかな?

 

 しばらく歩いてから涼酒君が止まった。

「ここが訓練所じゃ」

 ……どう見ても学校です。それも小学校。だって砂場とか雲梯とかあるし。鉄棒も低い。せめてもうちょい場所を選んでくれ。

「あっちのでっかい建物は?」

 ならばと、目に入る中で一番大きな建造物を指差す。百貨店だ。どういう設定にしたのか気になるな。

高天屋(たかまがや)じゃ。デパートぜよ」

 百貨店はそのままなのか。ちょっとがっかり。

「ここで必要なもんはあそこでだいたい買える。出陣して入手したもんも売ることができるんじゃ。そうすっと、その商品の取り扱いを始めるんぜよ」

「へえ。ぼったくる商店みたいに倍額で売り出すとか?」

「ほうじゃ。よう知っちょるのう。売値は仕入れ値の倍じゃ。ワシがいくつか武器防具を納品しちょるから、買っていくとええ」

「その剣みたいの?」

「そうじゃ。かっこうええじゃろ」

 慣れた動作で剣を抜く涼酒君。目立った装飾はないけどロングソードかな? 両刃の刀身が輝く。よく出来ているな。本物かも知れない。

 

「おっさんの担当がどんな世界かはわからんが、武器はあった方がええじゃろ」

 物騒な話だ。入手してきたものってさっき言ってたし、神の使徒って強盗みたいな設定?

「担当って? 君たちと同じとこ行くんじゃないの?」

「いや、プレイヤー一人一人にそれぞれ担当があるんじゃ」

「ソロプレイ前提? 俺に荒事は無理でしょ」

 自慢じゃないが、腕っ節には自信がない。足も遅い。

 なにより最近ヒキコモリで運動不足だ。

 

「まあ、救援要請があればワシらも応援に行くから安心せえ」

 どうあっても、俺を出陣させたいようだ。ドッキリじゃなくてアトラクション系?

「だいたいなんで俺が?」

「神さんがおっさんを選んだのにはちゃんと理由があるはずじゃ。もっと自信を持つぜよ!」

「あれ? よくあるパターンの手違いって設定じゃないの?」

「神さんがそんな失敗するわけないわい。おっさんは厳選された使徒ぜよ」

 むう。厳選、ねえ。

 まあ、騙しやすそうだからなんだろうね。

 安いギャラで済ませそうとか。出演料が記念品だけとかだったら嫌だなあ。

 

 考え込んだ俺を落ち込んだと勘違いしたのか、涼酒君が百貨店を案内してくれるようだ。

 地下の食品売り場かレストランフロアでも行くんだろうか。

 食事することになったらマスク外さなきゃいけないから困る。

 

「やっぱり人がいないな」

 電気は点いているしエスカレーターも動いている。それなのに客はおろか、店員さえ見当たらない。

 無人の店内はどこか薄気味悪い。

 対人に問題を抱える俺としては有難いけどさ。

「お、おう。神さんもモブを用意するんは大変じゃったんじゃろなあ」

 モブって。そこで人件費抑えたのか。制作費、使う方向間違ってるんじゃない?

 

「ここじゃ」

 涼酒君が連れてきてくれたのは屋上だった。

 乗って遊ぶ動物型の遊具とかあって、やっぱり昔のデパートの屋上だ。

 涼酒君は屋上の一角を目指して歩いていく。

「ゲームコーナー?」

「おう。気晴らしに少し遊んでいくぜよ」

 いや、そう言われてもね。

 ゲームと言ったって、インベーダーやブロック崩しすらない。

 あるのはプライズゲーム機。景品が出てくるものばかりだ。あ、ガチャの台もある。

 

「オゴリぜよ」

 数枚渡されたメダルはゲーム用の普通のメダルっぽい。これでゲームしろってことか。

「ここで取れるんは役に立つものばっかりじゃぞ。例えばこれじゃと回復薬が取れるんじゃ」

 説明しながらメダルをゲーム機に投入、操作している。

「ほれ、成功じゃ!」

 ガッツポーズしてから景品を取り出した。

 回復薬? ラムネ菓子でしょ、それ。せめて瓶に入れてポーションっぽくしてればいいのに。

「こりゃあ、MPがわずかに回復するアイテムぜよ!」

 全回復とか言わないところがリアリティのつもりなんだろうか。

 今狙ってるキャラメルはなんに効くのかな?

 

 うーん、タダだし、やって見るかな。

 ゲームコーナーを見渡すと幾つかのクレーンゲームが。

「止めた方がええ、そりゃ取れんのじゃ」

 ゲームしながらも俺をちゃんと見ていたのか注意された。

「あっちのカードが出るやつがオススメじゃぞ。ちいと高いが必ず出てくる」

 カード出すもあるのか。けど、あれは駄目だ。コンプしたくなるから迂闊に手は出せない。

 それにね、荒事と違ってクレーンゲームには多少の自信があるのよ、俺。

 取れないかどうかは、景品の配置とアームの強さを見てからでも遅くはあるまい。

 

「オーブ? アミュレット?」

 クレーン機を確認してみると、こっちにはそれっぽいアイテムも混じっている。……でも、宝珠っぽいガラス球なんてクレーンでどうやって取るのさ。せめて箱に入れておいてくれ。

 お、あっちのはオーソドックスにぬいぐるみか。

「あれ? 恋姫†無双のぬいぐるみなんて出てたんだ」

 ギャルゲのプライズといったら今はフィギュアじゃないのかな? まあ、レトロっぽくしてるからいいのか。……作品はそこまでは古くない気もするけど。

 全ヒロイン制覇してそうなラインナップは褒めてもよさそうだが、安っぽいつくりのぬいぐるみだな。勝手に作ったパチもんかもしれない。

 けど、これなら取れそうだ。クレーン機を前と横から何度か見て目標を選ぶ。

 

「あとはアーム次第、っと」

 メダルを投入して、アームを操作する。

 目標は華琳のぬいぐるみ。お気に入りのキャラだし、ドリルなツインテールがちょうどアームに引っ掛かりそうだ。

「……ああっ、惜しいっ!」

 いつのまにかすぐ後ろにきていた涼酒君が残念がる。

 おかげでちょっとビクッとしてしまった。

 

「今のは調整だから!」

 ビビッたのを誤魔化そうと強がってみせる。もちろん一回目もマジに狙っていたんだけどね。

 言いわけ通りにさらに取りやすい位置にできたせいか、今度はあっさりと取れた。

 取り出し口からぬいぐるみを出して、誇らしげに見せつける。

「すげえぜよ! この機械、インチキじゃなかったんじゃな」

「うん。コツがあるんだよ」

 なんか気分がいい。もう少しやりたい気もするけど、取れなかったらカッコ悪いのでここでやめておくか。

 

 

 俺がもうゲームしないとわかったのかゲームコーナーから出て、ベンチに腰掛ける涼酒君。ここは軽食コーナーだろうか。テーブルもいっしょに設置されているし、ソフトクリームの幟が近い。

 向かい合う席に俺も座る。

「なんか食うか?」

「腹減ってない」

 無人なのにどうやって食事が出てくるのかはすごく気になるけど、マスク取りたくない。

 この呪われた顔面を晒したくはない。

 

 俺の顔は、自己評価では悪い方じゃないとは思うんだけど、女性には大不評らしい。それまで普通に相手してくれていても顔を見られた瞬間に毛虫のごとく嫌われる。

 逆に男受けはいい。女顔ってわけじゃないのに。

 今までに何度か、男から本気の告白をされたことがある。俺はノーマルなのに。

 電車に乗ると高確率で痴漢に会う。俺はもうおっさんなのに。

 顔を見せなければ多少はそれもおさまる。だから顔は見せたくない。俺の顔を見て平気なのは家族だけだ。

 

 涼酒君は怪しい。

 口調もとってつけた感があるし、バンカラも見た目だけっぽい。

 たぶんドッキリの被害者ではなく仕掛け側なんだろう。

 でも、ここ最近でこんなに他人と会話をしたのは隣の爺さん以来。久しぶりに人間らしいことしてるのに呪われた顔を見せて気まずい思いをするのは嫌だ。

 涼酒君強そうだから、力づくでこられたら逃げられないし。

 

「むう。買い物のことも教えんといけんのじゃがのう」

「人がいないんじゃ買い物はできないだろ? 全部自動販売機ってわけでもなさそうだし」

 設置されている自動販売機も古い。瓶ジュースの自販機なんて久しぶりに見た。栓抜きがくっついているんだよね。

「勝手に持っていってええんじゃ。ポイントが足りなければ持ち出せないようになってるぜよ」

「ポイント?」

「おう。スタートセットを開けてみるがええ」

 ぬいぐるみをテーブルにのせて、促されるままに赤箱のフィルム包装をペリペリと剥いていく。

 

 箱を開けると、予想通りに薄い本が二冊と紙が数枚。おや?

「ダイスは入ってないのか」

「大豆?」

「サイコロ」

 まあ、六面以外のもセットで入っているはずなんだけど。

 

「サイコロならここぜよ」

「え?」

 なんだ、涼酒君が持っていたのか。……包装フィルムついていたのにどうやって取ったんだろう?

「それは後回しじゃ、まずはポイントぜよ」

 懐から鉛筆を取り出して俺に渡した。その学ランに鉛筆挿してるとか、変じゃない?

 そして俺が箱から出した紙を太い指で指す。

「これに名前を書くぜよ」

「キャラクターシート?」

「プレイヤーシートじゃ」

 よく見るとプレイヤー名だけで、キャラクター名の記入欄がなかった。

 能力値もかなり細かく分類されている。右と左の視力とかまで別々にする必要あるの?

 

「これにサインしたら、中東で傭兵やらされるとかないよね?」

「似たようなもんじゃが、書こうが書くまいがもうおっさんは使徒じゃ。気にすることないぜよ」

 ちっ。若い子にはこのネタは通じないか。

 どう見てもキャラクターシートだし、素直に名前を書くか。

 

「えっ?」

 名前を記入し終えた瞬間だった。

 それまで空欄だった箇所のほとんどが一気に埋まった。

 凄い。どんなトリックだ、これ。

「それがおっさんのステータスぜよ」

 うん。身長とか年齢とか合ってる。細かすぎて一枚じゃ収まらないらしい。履歴書以上に詳しく書かれている。よく調べたなあ。……けどさ、童貞とかまで記入されてなくてもいいじゃないか!

 

「ここにGPってあるじゃろ。それがおっさんのポイントじゃ」

「GPってゴールド……ポイント?」

「ゴッドポイントぜよ。これで買い物したり、スキル習得したりいろいろするんじゃ」

 ゴッド……なんか間抜けな通貨単位な気がする。

「……ふむ。初期ポイントにしては少ないのう。おっさん、なにかに使うたんか?」

「使うもなにも今初めて知ったんだけど」

「そうか。まあ、基礎講習を受ければいくらか貰えるんで安心するぜよ」

 講習受けてお金も貰えるとか。職業訓練みたいなもんだろうか?

 しかし、スキルも金次第か。神の使徒ってわりに俗物的なシステムだな。そこは分けておけばいいのに。

 

「買い物のたびにこれ出すんじゃ邪魔じゃないか?」

 クリアファイルとか使うんでも不便だろう。

「おお、そんためにこっちにも名前を書くんじゃ」

 指差したのは一枚のカード。クレジットカードよりも少し大きいな。角は丸くなっており、隅の一つに穴が開いている。

「コンビニエンスカードぜよ」

「コンビニ?」

「便利カードってとこじゃな」

 ああ、そういう意味か。コンビニで使えるってわけじゃないのね。

 

「使うにはスキルが必要なんじゃが、使徒ならみんな1レベルは持っちょるはずじゃ」

 俺のキャラシートを見るとたしかに1レベル持っているらしいな。熟練度は0。

 熟練度が上がるとスキルレベルも上がるのかな?

「知りたい情報が表示されたりするんぜよ。スキルレベルに応じて詳しくなっていくんじゃ」

 ふむ。とりあえず名前を書いてみる。……ここでいいのかな?

「初期設定じゃとGPが表示されるはずじゃ」

「ほんとだ。表示変えられるの、これ?」

「試しにおっさんの所持品を見てみるぜよ。見たいと思えばいいんじゃ」

 思えばって……うわ、マジで表示が変わった。どんな仕組みなんだ?

 表示されたのは、着ている服や眼鏡。スターターセット。それに華琳ぬいぐるみ。

 これ、箱の中にあったカードだよね? すり返られてなんかいないよね? 俺がぬいぐるみをゲットするのがわかっていたってこと?

 ぞくり。……なんか怖くなってきた。

 

「失くすと今度は買わにゃならんが、それまで不便ぜよ。ワシはこうしちょる」

 首から提げた紐に通したコンビニカードを見せてくれた。

 お守り袋かと思ってたけど違うのね。

「これでもう失くさんのじゃ」

 既にもう失くしたことがあるのか。

 ガタイでかくて威圧感のある涼酒君が低学年の小学生のように思えて、なんかおかしくなったので恐怖感が少し落ち着いた。

 

 知りたいことが表示できるというなら試してみることにしよう。

 ここはどこかな、と。お、ちゃんと出てきた。

 現在地も表示されるのか。

「高天屋四の目店屋上、か。四の目ってここの地名?」

「この面のことぜよ」

「面?」

 そういえばさっきも言ってたね。それにしても四とかまた縁起悪いな。

 

「見るぜよ」

 上や四方を指差していく。それを目で追っていくと……やっぱりなんか違和感があるんだけどなんだろう?

 涼酒君が指差しているのはかなり遠くみたいだ。東西南北の果てと空の上の上……。

 なにか見えるような……。

 

「ああ、おっさんはまだ千里眼とか遠見系のスキルは持っちょらんのじゃな。ほれ」

 俺のキャラシートを覗きこんだ涼酒君は頷いてから、屋上の縁際に設置された双眼鏡を指差す。

「魔法で強化されちょる。これならギリギリわかるじゃろ」

 涼酒君が双眼鏡を操作する。GPとやらを入れたのだろうか?

 魔法? 双眼鏡を調べる。見た感じは観光地とかにある普通の双眼鏡っぽい。

 一応念のため、覗く部分に指で触れて異常がないか確認する。まあ、ここまで大掛かりな仕掛けを作っておいて、覗いた後目の周りが黒くなっているなんてイタズラはドッキリでもやるまい。

「どこを見ればいい?」

「そうじゃな、まずはあっち」

 涼酒君が指差した方向を双眼鏡で見てみる。途中で急に視野が変わったと思ったら涼酒君が倍率を操作したらしい。

 

「山……?」

 双眼鏡には山脈が写っている。けれど、なにかおかしい。頂上が見えない。双眼鏡を動かしてみてもだ。

 もしかして頂上かもと思える場所はあったが。

「なんか航空写真で山を上から見てるような……」

「次はあっちじゃ」

 涼酒君が強引に双眼鏡を動かす。慌てて立ってる位置を直しながら覗きなおす。

「今度は街か。この辺より発展してるっぽいな」

 けれどもやはり俯瞰視点。検索サイトの衛星写真みたいだ。

 双眼鏡は水平に構えている。なら、あの山と街は横向きに生えていることになるのか?

 

「ほいで上じゃ」

 いや、上は無理でしょ。そう思ったら涼酒君が台座ごと持って双眼鏡を上に向けてくれた。

 ……固定されていなかったのか。重そうだけど涼酒君は平気な顔をしている。その体格は見掛け倒しじゃないようだ。

「ありがと」

 礼を言って、太陽を見ないように注意しながら覗く。首がちょっと苦しい。

「青空……じゃない? もしかして海……」

 波があるみたいだし……。うわ、なにか浮かんできて潮吹いた!

「ほうじゃ。あっちの面は水棲のやつらの面なんじゃ」

 空の上が海って……バイストン・ウェル? いや、たぶん四方も涼酒君の言う『面』になっているっぽい。

「スペースコロニー? あれは円筒形じゃなかったっけ?」

 オタク脳が働いたことに自嘲する。非現実的な思考だ。

 でも、途轍もなく大きな箱の中にいるというのが正しい気がする。……やっぱり非現実的だな。各面に重力がないとおかしいし。

「すっぺえコロ? そうじゃ。ここはでぇっっけぇサイコロの中なんじゃ。ここは四の目の面ぜよ」

 サイコロ? 赤箱の中に入ってないと思ったら、俺たちがサイコロの中にいるとか。

 サイコロの中に入っているのはキャラメルだけでいいって。

「この開闢の間は神さんたちが修行の準備んために用意した世界なんぜよ。ここを初期本拠地として基礎を学んだら、それぞれの担当世界に旅立っていくんじゃ!」

「スタート地点……チュートリアル? なんでこんな妙な世界になってるんだ」

「そりゃあどんな世界に行っても対応できるようにぜよ」

「むう。使徒養成機関、賽の穴ってところか」

 サイコロの覆面とかしなきゃならないんだろうか。

 

 双眼鏡に仕掛けがあってCGを見せられているんだろうか?

 でも、そう思って眺めてみると、双眼鏡無しでも空の異常はわかる気がする。違和感の正体はこれだったのか。

 ……マジで異世界なの?

 あまりの状況に頭がパンクしそうだ。

 なんだか眩暈がしてきた。

「だっ、だいじょうぶか、おっさん?」

 支えてくれる涼酒君の大きな手を感じながら俺の意識は遠くなっていった。

 

 




USOくえの方で使いにくいネタでやろうとしたらこんなになってしまいました。
あっちの方はもうしばらくお待ち下さい。

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