真・恋姫†有双……になるはずが(仮)   作:生甘蕉

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10話 茶柱

「厠はどこ?」

 それが華琳ちゃんのお願いというか質問だった。

 どうやらトイレに行きたいらしい。

 そりゃ食事をしたら当然かもしれない。

 

 早く寝たおかげかは朝目覚めた時にはMPがフル回復していた。昨夜見つけたチャット機能ではあまりMPを消費しなかったせいで、熟練度が貯まらずに増えなかったので現在の最大MPは61万ちょい。

 顔を洗ってから着替える。

 食事は……そういえば涼酒君が1階の大部屋のキッチン使っていいって言ってたっけ。

 見てこよう。食材傷んじゃうともったいないし。

 

 行ってみると、結構立派なキッチンがそこにはあった。

 型は古いけどオーブンもある。

「これなら問題ないな」

 電子レンジはなかったけれど、大きな炊飯器もあった。しかもガス!

 ガス炊飯器って電気のよりも美味しく炊けるんだよね。ご飯はこっちで炊いた方がいいな。

 業務用かな、大きい炊飯器だ。涼酒君たちけっこうご飯食べるのかな? そりゃ食うか。若い男だもんね。

「冷蔵庫もでかいし……」

 こっちも業務用っぽい。中身を確認すると色々入っている。

 2日もほっといたにしては青野菜の活きもよさそう。見た目は古い型だけど、保存の魔法あたりがかかっているのかもしれない。

 

「なにつくろっかな?」

 迷いながらも米を研ぎ、炊飯器をセット。

 ここにはなかったのでいったん自宅に戻ってキッチン鋏を持ってくる。

 キッチン鋏で昆布を細く刻み、水を張った鍋に投入。煮立たないように火力を調整する。

 俺の味噌汁は昆布出汁。本当は煮立つ前に昆布を取り出す方がいいんだけど、栄養あるから具として食べやすく刻むことにしている。

 味噌汁に粉末の出汁はあまり使うことはないな。味が強すぎて不自然になるから苦手。基本、薄味が好きなのよ、俺。

 っと、そろそろ華琳ちゃんを成現するか。

 

「ここがトイレ。厠のことね」

 成現した華琳ちゃんを自宅のトイレに案内する。

 華琳ちゃんは裸ワイシャツのままで。しかも、はいてない。

 目のやり場に困るというか、視線が釘付けになるというか。

「ふむ。ここに座ってするのね」

「用を足したら、この紙で拭いてこのレバーを動かせば水が流れるから。紙も水に溶けるから気にしないでいいよ」

 残念ながらうちにはウォシュレットはない。あったら驚いてくれたかな。

「水で流すの? 衛生的だけど……無駄にできるほど水があるというのね」

 なんか感心してるな。日本のトイレって節水型なんじゃなかったっけ?

 音を聞かれるのが嫌で、水を流しながら用を足す女の子もいるってのは教えない方がいいかな? いや、別に音を聞きたいわけじゃないけどさ。

 

「じゃ、じゃあ、俺は下で朝食を用意してるから」

 サウンドを堪能するという誘惑を断って俺は1階へと戻ろう。

 あ、スリッパがいるな。

 華琳ちゃんにはトイレ用の予備を使ってもらおう。トイレ用だけどまだ使ってないから問題なかろう。

 三和土におろし立てのスリッパを置いておいて声をかける。

「華琳ちゃん、くる時はこのスリッパ……履き物使ってね。玄関に置いてあるから」

「わかったわ」

 トイレから返事が聞こえてきたのでこれでよし、と。

 もうちょい体力あればスリッパなんて使わずに、俺が直接運んであげるんだけどな。もちろんお姫様抱っこでさ。

 

 キッチンに戻って、冷蔵庫から出した塩鮭をグリルで、卵を玉子焼き器で焼く。この玉子焼き器、テフロン加工とかされてなさそうだから、ちゃんと油を使ってからじゃないと焦げ付きそう。

 卵も黄身がこんもりとしていて新鮮そのものだった。やはりこの冷蔵庫、なにかあるな。

 ……うん。できた。ちょっと砂糖を多めで普段よりも甘めに作った玉子焼き。好みに合うといいけど。

 

 ペタペタとスリッパの音をさせながら華琳ちゃんがキッチンに現れた。

 石鹸を渡して手を洗ってもらう。ここにあったのは固形石鹸だった。液体のハンドソープの方が楽なんだけどなあ。

「いい匂いがしてるわね」

「そう?」

 そう言われると、次の作業がしにくくなる。

 俺が冷蔵庫から取り出したものを見て、華琳ちゃんが悩んだ。

「稲わら?」

 俺が出したのは両端が縛られた藁苞。

 その藁苞の中心付近を開いていく。

「豆?」

「これは納豆」

 そう。これは納豆。パックじゃない藁入りの納豆なんて俺も土産物屋以外で見たのは初めてだ。

 

「大豆を発酵させた食品だよ。匂いはキツイかもしれないけど、美味しいし身体にもいい」

「……たしかに匂うわね」

 納豆を器に出し、かき混ぜる。辛子は使わない方がいいか。華琳ちゃん辛いの苦手だし。

 醤油と刻んだ葱を加えて。

「やってみる?」

 華琳ちゃんに器と箸を渡した。

「ずいぶんと糸を引いてるけど大丈夫なの?」

「うん。そういうものだから。よくかき混ぜた方がいいって俺の国で有名な食通も言ってたはずだよ」

 ロサ・なんとかって食通。クイズ番組で見た気がする。

 

 華琳ちゃんに納豆をまかせて、できた料理を大部屋のテーブルにならべる。

 焼き魚、卵焼き、お新香、ご飯と味噌汁。味噌汁の具は豆腐とほうれん草。これに納豆と小さなプラ瓶に入った乳酸菌飲料と味付け海苔。

 うん。完璧だ!

 合宿所、もしくは安い旅館の朝御飯。日本の朝食って感じでしょ。

「さあ、召し上がれ」

 裸ワイシャツの美少女と向かい合って朝食。

 これで昨夜はなにもなかったって信じられる?

 

 

「ごちそうさま」

「お粗末様でした」

 やっぱりガス釜で炊いたごはんは美味かったなあ。ここのキッチンにあったお米を使ったんだけど、いいお米だったのかもしれない。

「玉子焼きの甘い味付けは悪くなかったわ。焼き加減はもう少し改善の余地があるけれど」

 けっこうふわふわにできたと思ったけど、これでも駄目か。さすが食通。

「ごめんね。今度は上手く作るよ」

 湯飲みを2つ並べてお茶を淹れながら謝った。

 お、茶柱が立った。

 最近の急須って中の茶漉しの目が細かいから茶柱も越されちゃうんだよね。すごい久しぶりに見た気がする。

 

「はい、お茶」

 粗茶ですが、って言って怒らすようなベタなことはしない。

 ……あれ? 俺さっき、ごちそうさまにお粗末様って返しちゃったっけ。むう。

「これは?」

「緑茶。標準的な日本茶じゃないかな? あ、華琳ちゃんのに茶柱が立ってるよ」

「茎が入っているなんて安いお茶ね」

 そりゃそうなんだろうけど。

「安物だけどね、その立ってる茶柱って縁起物なんだよ。茶柱なんて滅多に立たないんだから。きっといいことあるよ華琳ちゃん」

「いいことねえ」

 しばらくその茶柱を眺めてから、華琳ちゃんはお茶を口にした。

 次は俺のとこから玄米茶持ってくるかな。

 

 美味しいご飯を無駄にしないよう、残った分は当然おにぎりにする。具は同じく残ったシャケと梅干し。

 スタッシュに放り込めば傷まないし……1個目を握ったところであることに気づいた。

「スタッシュいっぱいだったっけ」

 中の空気を抜けばいいんだけど、室内でそれをやったらまずいな。

 外に行くか。

「もう出かけるの?」

「いや、ちょっと風をおこしてくる」

 その風で華琳ちゃんのシャツをまくりたい気はするけど、嫌われたくないし。

 

 外に出てアパートを眺めてみる。

 2階のある部屋の窓の外に洗濯物が干されていた。あそこが俺の部屋か。

 ふと、風で下着が飛んじゃったら、華琳ちゃんずっとはいてないのかな? って試したくなった。

 ……もちろん我慢する。

 涼酒君たちが帰ってくるというのに、そんな格好をさせるわけにはいかない。

 アパートとは逆方向にスタッシュの出口を向けて、中の空気を全部放出。

 やっぱりかなりの風が吹く。室内で出さないでよかった。

 ……全部一気にじゃなくて、少しづつ小分けに出していたら、そんなに風が吹かなかったかも。おにぎり1個分の空気ぐらいなら室内でも平気だったかもしれない。

 

「もう用は済んだの?」

 キッチンに戻ると華琳ちゃんがおにぎりを作り終えていた。

 さっきの俺の作業と前回食べたのから、どうすればいいかはすぐにわかったらしい。

「この前のは紫蘇を混ぜ込んでいたけれど、今回は塩のみで、代わりに中に具を包むのでしょう」

「うん。あとはこの海苔を」

 華琳ちゃんが握ってくれた真っ白いおにぎりに海苔を巻く。

「ふむ。この海苔という紙のようなものはそう使うのね」

「海苔って海藻を紙漉きみたいにして作るらしいよ」

「海藻?」

 ああ、萌将伝でも昆布の入手に苦労してたような。

「さっきの味噌汁の出汁も昆布って海藻だし。身体にいいんだよ」

 説明しながらラップで包んでスタッシュに入れていく。

 華琳ちゃんの手で握られたこのおにぎりは売ったりせずにちゃんと味わうことにしよう。

 

「スタッシュに入れておくとね、時間経過で傷むことはないんだって」

「それは便利ね。私も使いたいぐらい」

 ファミリアはプレイヤーとほぼ同じだという。

 夢で、いや、契約空間で見せてもらった華琳ちゃんのキャラシートにも初期スキルはあったはず。もちろんスタッシュエリアスキルも。

「華琳ちゃんは俺のファミリアになったから使えるかもしれない。試してみよう。スタッシュエリアって念じてみて」

「すたっしゅえりあ?」

 華琳ちゃんが呟くと同時に、その前方に直径1メートルぐらいの大きな黒い穴が出現する。

「できたわ……」

「ちょっと穴が大きいかも……」

「そ、そうね。念じれば小さくなるかしら?」

 華琳ちゃんの調整が上手くいったのか、穴は小さくなった。

 俺はおにぎりを1つ、華琳ちゃんに渡す。

「入れてみて」

「ええ」

 恐れもせずにその穴へおにぎりを持った手を突っ込む。俺はわかっててもかなりビビったのに……。

 

「上手くいったのかしら?」

 穴から出した手を見つめる裸ワイシャツの美少女。

「別のとこに穴を開けて試してみたら?」

「ふむ」

 いったん出入り口となる黒穴が閉じ、別の場所に再び穴が開いた。そこへ手を入れ、おにぎりを取り出して俺に見せる。

「こう、ね」

「残りのおにぎりも入れておこう。一杯に詰め込んでいた方がスキルレベルが上がるみたいだから」

「すきるれべる? それが上がるとどうなるの?」

「ええと……難易度……じゃおかしいか。……うん、級とか段みたいなもんかな? スタッシュエリアの場合はレベルが上がると、収納できる量が増えるみたい」

「臍繰り領域が広がるのね。なるほど。慣らしながら徐々に広げていくわけね」

 ……なんだろう。微妙にいやらしく聞こえてしまうのは俺が汚れているせい?

 

「問題はぬいぐるみになった時にスタッシュエリアがどうなるかなんだけど」

「そうね。もうすぐわかるでしょうけど」

「多分だいじょうぶなんじゃないかな? 着替えた服もぬいぐるみになったけど、ちゃんと戻ったし」

 華琳ちゃんが脱いだ服はぬいぐるみ用のにならなかったし。

「修行もなしに私が妖術を使うことになるとはね」

「中身の確認はコンカがあれば便利なんだけど……」

 赤箱には1枚しか入ってなかったし、失くしたら買うとか涼酒君が言ってた。安いといいなあ。

「大丈夫よ。入れた物ぐらい覚えられるわ」

 華琳ちゃんは頭いいからそう言うけどさ。

 コンカはあると便利だし、用意してあげたい。

 

 

 干していた華琳ちゃんの洗濯物を取り込む。

 うん、ちゃんと乾いているな。雨が降らなくてよかった。……このサイコロ世界にも雨ふるのかな? 街路樹もあるから、降るよね、多分。

 その服を俺がアイロンがけしているのを眺めている内に、華琳ちゃんがぬいぐるみに戻ってしまった。ギリギリで間に合わなかった。下着だけでも着けてもらえばよかったか。

 華琳ちゃんのスタッシュからおにぎりがこぼれてくることもないようだ。

 アイロンがけが終わったらそれを俺のスタッシュに入れておく。下着も忘れずにね。

 

 荷物もスタッシュに入れて準備ができたら、コンバットさんにいってきますして病院へ向かう。

 アパートを出たら忘れずに空気も入れてスタッシュエリアの熟練度稼ぎ。さっきコンカで熟練度を確認したらもう少しでレベルが上がりそうだった。

 途中で奮起して、病院まで全力疾走。スタミナと走りのスキル上げに挑戦。

 走る前は途中で断念するかと思ったけど、そうではなかった。息切れしてるけどなんとか完走できてしまった。

 ぜぇぜぇ……俺ってこんなに持久力あったっけ?

 

 不思議に思って、コンカで能力値を確認したらスタミナの数値の後ろに、さらにプラスの数値が表示されている。

 病室についてベッドで寝ながらマニュアルで確認したらHPのシナジーらしい。

 HPって筋力、スタミナ等と相互に相乗効果があるみたい。

 生命力が高ければ筋力、スタミナも高いってのはなんとなく納得がいく。痛い思いをしたのがこんなところでも活きてくるとは。予想外だけどありがたい。

 

 MPがフル回復したら華琳ちゃんを成現。

 使う前のMPが110万ちょいだったから……もう3時間以上成現していられるはず。

 っと、服を渡しておこう。

「温かいわ」

「まだアイロンの熱が残っているんだね。やっぱりスタッシュの中は時間が止まっているみたいだ」

「……そうみたいね」

 自分のスタッシュからおにぎりを取り出して、その温度を確認する華琳ちゃん。そっちもまだ温かかったみたい。

 

 つい、横目でチラチラと華琳ちゃんの着替えを見てしまった。

 身体の一部に血液が集中していくのがわかる。ベッドの効果ですぐにおさまったけどさ。

「まずは煌一の生命力を鍛えましょう」

 って、華琳ちゃんなに持ってるのさ?

「これ? ないよりはましだと思って、すたっしゅに入れておいたのよ」

 華琳ちゃんが持っているのは傘。俺の自宅の玄関の傘立にささってた物。

 そりゃ傘の説明した時にあげるって言ったけど。まさか武器にするつもりだったなんて……。

 

 

 最大HPが上昇。それだけじゃなくて、耐性・痛みスキルと耐性・打撃スキルがレベル2になりました。

 つまりそれぐらい痛くて、傷ついたってこと。

 達人の手にかかれば、傘も立派な凶器になるのね。壊れちゃったけどさ。

「まだ傷は癒えてないようね」

「でもMPは満タンになったから」

「どうするの? 私はまだ二時間ぐらいはこの姿でいられるはずよ」

 疑問に思う華琳ちゃんにスタッシュから取り出したフィギュアを見せる。

 

「人形? ……まさか」

「うん。やっぱりMPを一気に全部使った方が伸びがいいはずだから、成現の対象を増やす。成功したら力になってくれるはずだし」

「そう……」

「べ、別に華琳ちゃんが力にならないって言ってるわけじゃなくてね、彼女は先生もやったくらいだから、助かると思うんだ。銃火器にも慣れてるから、涼酒君たちが入手してくる予定の拳銃の使い方も教えてくれるはず」

 華琳ちゃんの反応に慌ててフォローする俺。やっぱり1つだけでも恋姫ぬいぐるみを追加入手して、それを成現する方がよかったのかな?

 でも、銃の使い方はプロに聞きたいし。

 

「なにをしてるの? 早くなさい。その人形の娘なら会いたいわ」

 あれ? 怒っていたんじゃないの?

 華琳ちゃんに急かされるまま、俺はそのフィギュアに成現を試す。

 ちゃんと俺のEPが籠っていたようで、無事に成現が成功した。

「……ここはどこ?」

 きょろきょろと病室を見回す彼女。その動作で揺れる。

 赤毛のポニーテールと大きな胸が!

 

「美しい……煌一の言った通り、茶柱がいいことを運んできたくれたようね。素晴らしいわ!」

 華琳ちゃんは彼女、ヨーコ・リットナーを前に上機嫌になったのだった。

 

 




 10話到達したのに、出陣どころか基礎訓練すら開始してません……。

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