鉄格子越しに歌姫たちの歌声が響き渡る。
ド緊張してしまった俺をリラックスさせるための応援歌。
ああ、これがあればこないだの親御さんへの御挨拶ももう少し気楽だっただろうに。
……それはないか。
挨拶する親御さんの娘とは別の女性、それも嫁な美少女に応援されながらの挨拶なんて俺が血をはくな、きっと。
「すごいぞ美羽、今のステップは完璧だ」
「煌一が見てるからの。歌も踊りもぱーへくとな妾に惚れ直したであろう!」
「あー、残念ですけど煌一さんこっち見てないですねぇ」
「なんじゃとっ!?」
レーティアたちの歌がおわったらそんな声が聞こえてきた。
ごめん美羽ちゃん、クレーンゲームに集中してそっち見てられなかったよ。でも、歌はちゃんと聴いていたから!
「ふふん、ちぃたちなら煌一だって目が離せなくなるんだから!」
「ちぃ姉さん、それでクレーンゲームの失敗をこちらのせいにされても困る」
「ええーっ、わたしたちのすてーじを見ないなんてありえないよう!」
もしかして俺、アイドルたちに対してすごく失礼なお願いをしてしまったんじゃないだろうか?
こんなことなら他のリラックス方法を用いればよかったか。
元々マクロス大好きだからねえ、俺。光姫ちゃんに頼んだら
ふむ。中の人繋がりでゆり子にSV-51γってのもアリか。それでいくとヨーコにはVF-19E/MFだな。色もヨーコMタンクと同じピンクだし。
あ、でもあれってアイシャだったか。愛紗でもいいのかも。
……いかんいかん、今はクレーンゲームに集中しないと。
「シャオの魅惑の踊りなら!」
「たんぽぽだってすごいよー」
「バッチリ見ろー」
ううっ、気になるなあ。
ていうか、いつのまにかこの牢の外で歌合戦始まってない?
「煌一を振り向かせたら勝ちね」
なんか天岩戸みたいになってる? 太陽神そっちにいるでしょ。
審査員が俺ってのも勘弁してほしい。
逆に振り向けないよね、これって。
「ならば私はこれなのだ!」
クランまで……。ギターの音も聴こえるけど、ラブリーボンバーとキュアビート、いったいどっちなんだろう? 見たいけど見れないのがつらい。
しかも歌は小白竜ですか。わ、明命までそれに合わせて歌っているよ。みんなでマクロス観てた時、名前が同じだからって無茶苦茶応援してたもんなあ。ミンメイがフラレた時はすっごい落ち込んでたっけ。
かなり見たい。まさか衣装はミンメイのアイドルコスじゃないよね。
……逆に集中できなくなってきたかもしれない。
早いとこ終わらせてみんなの歌を堪能したい。
「ねばるねぇ。ま、次の僕の歌で一発さ」
ポロりんも歌うのか。伴奏だけじゃなかったのね。
で、なんで選曲が『チチをもげ』なのさ。
完璧に俺の集中力、殺しにかかっているよね。
貂蝉をぬいぐるみから復活させてないでよかった。この流れだと『ベリーメロン~私の心をつかんだ良いメロン~』がきてたとこだ。絶対に俺、耐えられないって。
「貴様、華琳さまの前でそんな歌を歌うとはどういうつもりだ。華琳さまがもぎたくなったらどうするのだ!」
春蘭からのクレームで歌は途中で止められてしまった。
「ポロりんちょっとくるッス。お姉さんたちとお話するッスよ」
柔志郎に連行されてったようだな。あの歌がお気に召さなかったらしい。男の娘と勘違いするようなプロポーションな彼女も貧乳党入りしてるからなあ。
む、そうか。ポロりんが誰かに似ていると思ったら、柔志郎か。
男の娘っぽい少女と男の娘。なんとなく顔も似てるな。
「もがないわよ……」
華琳の声が疲れてる気がする。次は華琳が歌うのだろうか?
どうしよう、見ちゃっていいかな。ちょっとだけなら……。
「あ!」
雑念に塗れていたら、クレーンのアームが周瑜ぬいぐるみをがっちりキャッチしていた。キャッチ、ぬいぐるみー!
「とったどー!」
周瑜ぬいぐるみを高く掲げる俺。
「これ、俺たちが貰っていいよね!」
瀬良さんに確認するために振り向けば、彼女もマイクを手にしていた。
牢の外にはカラオケセットが展開されているし……。
「は、はい。他の修行神たちに希望されているぬいぐるみ以外はこちらで自由にしてかまわないそうです」
「希望されて……」
「今のところ、自分のところのプレイヤーやファミリア以外のぬいぐるみを希望している方はいません」
そうか。ぬいぐるみだけ見たんじゃ、元の人物像がわからないからそれも当然なのかもしれない。
「とはいっても、うちでそんなに預かるのもなあ」
恋姫ぬいぐるみたちは確保するつもりだけど、他は見覚えのないぬいぐるみばかりに見える。よく見たら知ってるのもいるかもしれないけど。
「美しい子はほしいわ」
ぶれないね、華琳。
「私は男の子をもらうのですわ」
ワルテナ、いつの間にきてたの……。カラオケの歌本をしっかりと手にしてるし。
「ずるいなあ、僕もほしいのにぃ」
ポロりん無事だったのね。
まあ、神様相手じゃ貧乳党も強くは出れないか。
「あなたには捕まっている子たちだけで十分ですわ」
「冷たい妹だねぇ」
ふむ。ポロりんはワルテナの兄なのか。……そりゃそうか。アポロンとアテナだもん。
あれ? アテナの方が妹だったっけ?
「ちょっと見ない間にそんな姿になっている兄なんて、私にはいませんですわ」
「なら僕のことは昔みたいにお兄様じゃなくて、ポロりんって呼んでね」
きっと、その方が女の子と勘違いされやすくなるからだろう。にっこり微笑む顔がどう見ても美少女そのもので、そう確信させる。
俺にはそっちの属性ないからよくわからないけど、ポロりんみたいな肉食系男の娘ってありなのかな? 男の娘ってのは、無理矢理女装させられたり、女の娘に見えるのを恥ずかしがるのを見て楽しむもんだと勝手に思ってたんだけど。
……あ、ひばりくんがいたか。
「っと、時間がないから急がないと」
クレーンゲームへのチャレンジを再開する俺。筐体の癖もつかめたし、この台はなんとかなりそうだ。
だが台はまだ残っているんで油断はできない。メダルは余裕があってもタイムリミットがある。……何時までか聞いてないな。聞くと焦っちゃうという判断かも。
その後、2台のクレーンゲームを空にして休憩を取る。
牢屋の外はテーブルやソファーまで出されていて本当にカラオケボックスのようになっていた。テーブルの上には料理まで出されているし。
「圧力鍋って便利ですね」
豚バラ軟骨の煮込みをよそってくれながらやや興奮気味の流琉ちゃん。
ここのキッチンを借りてそこにあったのを使ったらしい。
圧力鍋か。実家にはあったけど俺は持ってなかったんだよな。煮物とか食べたくなったら時間かけてゆっくり煮ればいいだけ、って思ってて。
「この短時間で作ったの? コリコリした軟骨も好きだけど、ここまでトロッと柔らかいのも美味しいね」
あのコリコリはビールによく合うんだよなあ。でも、こんなに柔らかくできるなら圧力鍋が欲しくなる。うちの場合人数多いからでかいのをいくつも必要だろうなあ。それとも真桜に頼むか?
「そうね、歯応えよりもこの食感の方が上よ」
華琳も満足そうだ。……でもコリコリ、ゴリゴリ、ボリボリも捨てがたいんだよなあ。豚バラ軟骨ハム、美味いよね。
ううむ。ビール欲しくなってきた。なんでみんながカラオケで楽しんでる横で黙々とクレーンゲームしなきゃいけないんだろう?
……カラオケが始まったのは俺が原因だっけ。
「ほんま、酒が欲しくなる味やわ」
「ちょっとぐらいいいじゃない」
「酒は駄目だ。マーケットがおわった後の打ち上げまで飲むのは我慢してくれ。ペキンもまだ片付いてはいないのだぞ」
みんなもお酒は駄目だったのね。俺だけ我慢してたんじゃなくてちょっと嬉しくなった。
「ペキンの方はどうなっている?」
「……いまだニホン政府に要請も返答もなしだ」
早くしてくんないかな。こっちやマーケットがおわっても、ペキンの方が片付かないとゆっくり飲めそうにない。
「戦況は?」
「キョンシーの予備軍が続々と量産されているようじゃの」
他国のこととはいえ、たくさんの人が死んでいくのはやはりつらいのだろう、ビニフォンの操作で顔を伏せたまま告げる光姫ちゃん。
「あたしたちが行きゃ、すぐなのに!」
悔しそうに手を打ち鳴らす翠。そのアクションが微妙に感じるのは、たんぽぽちゃんとお揃いのフリフリでヒラヒラなアイドル衣装のせいだろう。2面で用意したのかな。
「それはどうかなぁ?」
「んだと?」
ギロリと睨む翠を気にもせずメロンソーダフロートをストローですするポロりん。アイスは後で食べる派のようだ。
「キミたちだけより、ワルちゃんとこの子の力を借りたほうがよさそうだねー」
「うちの子ですの?」
「うん。これから元に戻した子がいるんでしょ?」
グラスを置き、抱いていたぬいぐるみを指差す予言神。クレーンゲームから救出して自分のだと言うのでポロりんに渡したぬいぐるみだ。
「一刀君ですわね」
北郷一刀。恋姫シリーズの主人公である彼は今、ワルテナのとこで彼女のファミリアとなっている。
真・恋姫の漢ルートの一刀君なのでヒロインたちとは結ばれていないが、不安だった俺によってぬいぐるみからの復活時にちょっと設定改竄されて、現在は寝取られる心配はない。
ないんだけど、嫁さんたちが恋姫の家庭用をプレイしたからあんまり会わせたくはないんだよなあ。
「華佗じゃ駄目か?」
「うん。一刀君を連れてくれば、君のオモチャの弓がわかるからねぇ」
「ああ、そういうことですのね」
玩具の弓?
まさかエロースの弓のことだろうか。でもアポロンってその弓の獲物になってなかったっけ。
「そうだ、華佗ちゃん、うちにこない? ほら、僕って医術の神でもあるし」
あんたホントに権能多すぎですね。
「だ、駄目じゃ! やっと手に入れた人間のファミリアぜよ。絶対にわたさんぜよ!」
ポロりんと華佗の間に立ちふさがる剣士。ファミリアって契約しててもそんなに簡単に譲渡できるもんなのかな。
「なら貂蝉と卑弥呼あげればいいんじゃないかな? 音楽の神ってことで踊り子と神託を授けるから巫女はぴったりだよ」
剣士が買いなおしてくれたはいるけど、いまだに元に戻してないんだよね。色んな意味で怖くてさ。
「ふーん。じゃもらっちゃおうかな?」
「え? マジで?」
「ええんか? あいつらは強いんじゃろう?」
いや、そうなんだけどね。嫁を奪われる心配はなくても、あそこまで変態だと対応に困る。剣士では扱いきれないだろうし、俺も絶対に契約したくない。
ぬいぐるみから戻せば干吉たちの情報も手に入るかもしれないし、ポロりんがもらってくれるんなら、それがいいだろう。
「ただってわけにはいかないから、交換条件は剣士とよく話し合ってくれ。あと、2人はまだぬいぐるみのままだから、成現にかかるGPは出してもらうよ」
救出したぬいぐるみたちを戻すのもGPで行う予定だが、そのGPは保護先が出してくれる話になっている。うちで保護した場合はMPで時間制限付きになっちゃうけど……。
「それぐらいならよゆーだよ」
やっぱりお金持ちらしい。手数料多目に要求してもいいかな?
貂蝉、卑弥呼の受け渡しは後日ということになった。アパートは改装中でぬいぐるみを持ってこれないからだ。
剣士とポロりんが交換条件をつめている間に一刀君もやってきた。
「久しぶりー」
「久しぶりです」
服は2面の使徒やファミリアが着ている学生服なんだけど、雰囲気がちょっと変わったかな?
最近姿を見なかったから、その間に彼も鍛えられたのかもしれない。
「よお一刀、元気だったかー?」
「おかげ様でな。猪々子も元気そうだな」
漢ルートだから、この一刀君は麗羽たちと旅してたんだよな。
「一刀さんがくれば荷物持ちはばっちりですねー」
「うむ。よろしく頼むのじゃ」
いや、スタッシュがあるから荷物持ちはいらないって。七乃、わかってて言ってるよね。
「荷物持ちって、俺、ちょっとは戦えるようになってるぞ」
「でも、一刀さんですしねー」
「本当だって」
「そうか? なら、あたいが試してやるよ」
猪々子、こんなとこで剣を出さないで。その上、いきなり斬りかからないで!
「へえ」
大きな金属音の後に愉しそうな猪々子の声。
「たしかにちっとはやるようにはなったみてーだな」
「まあね」
返す一刀君の声も同じく軽い。彼の手には一振りの剣が握られていて、それで猪々子の大剣を受け止めたらしい。よく耐えたなあ、あの大剣。練習用の刃引きのでも質量だけで人が殺せるぞ。
まあ、一刀君が受け止めるかかわすって確信があったから猪々子もこんな行動に出たんだろうけど。
「文ちゃん! もし受け止められなかったらどうするつもりだったの? それ、真剣の方だよ」
「へ? あ、ほんとだ。いやー、間違えちまった」
頭をかいている猪々子。
……一刀君が死なない確信あったんだよね?
一刀君が持っている剣は、握りの付近が青と金色で装飾されている派手な剣だ。龍の顔の飾りが目立つけど、恋姫にこんなの出てきたっけ?
その剣を指差して剣士が叫ぶ。
「ゲキリュウケン! なんでおんしが持っているんじゃあ!」
一刀君の両肩に手をのせてゆすり始めた。かなり興奮してる。
止めた方がいいのかな?
『私を知っているのか?』
あ、飾りの龍の赤い目が光った。
もしかしてあの剣が喋ったの?