真・恋姫†有双……になるはずが(仮)   作:生甘蕉

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2話 頼み

 目が覚めた場所はベッドの上だった。

 ここ、どこ?

 知らない天井だ、って言っといた方がいいのかな? でもあの当時、知らないアマイってさんざんイジラれたしなあ。

 

 ここはカーテンで間仕切りされていて病院のベッドみたいだ。入院した隣の爺さんの見舞いにきたんだっけ?

 なんで俺が寝てるんだろう。

 ……あ!

 だんだんと思い出してきた。変なことになっているんだった。

 それははじめ、ドッキリかと思っていたけど違ったみたいなんだ。

 

 神の修行のための使徒、というよくわからないものになぜか俺が選ばれてアパートの部屋ごと召喚された。

 部屋は元の場所とは別のアパート、第49初期本拠地荘の一部となっている。

 俺の他にあと二人召喚されているらしい。

 その一人、201号室の涼酒剣士はちょっと怪しい。

 202号室の住人はもう出陣してしまった。

 スターターセットは赤箱だった。

 今いる場所はサイコロの中。

 

「……夢、だったのかな?」

 あんな馬鹿なことあるわけないしなあ。

 寝返りをうったら、枕元に人形があるのに気がついた。

 恋姫†無双のヒロインの一人、ロリ覇王こと華琳のぬいぐるみ。俺がクレーンゲームで入手したもの。

「夢じゃなかったのか……それともまだ夢を見ているのか?」

 確かめるのも怖い気がして、ぬいぐるみを抱きしめてまた寝ることにした。次に目覚めた時は自分のベッドだといいなぁ。

 

 

 

「……い……」

 ん? なんだか声が聞こえるような?

「……なさい」

 やっぱり。女の子の声が聞こえている。

 どこから?

 耳をすませてみると、布団の中からだった。

 もしかしてと思い、ぬいぐるみを布団から出す。

 

 出した瞬間、ディフォルメされたぬいぐるみの極端に短い足に俺の顔が踏まれていた。というか乗られていた。

 ぬいぐるみなので別に痛くはない。

「さっさと放しなさいと言ったでしょう!」

「喋った? ……というか、動いている!?」

 なにこれ? やっぱり夢?

 

「お前のような男と同衾するなど……まあ、私をあの箱から救い出したことに免じて特別に許してあげましょう」

 うわ。全然許してくれてる雰囲気じゃない。ぬいぐるみなので表情は変化してないけどまだどいてくれてないし。

 モデルになった恋姫†無双の華琳と同じ性格みたいだな。

「私の名は曹孟徳。あなたは天井ね?」

「なんで俺の名を」

「ぷれいやあしいとだったかしら。それに書くのを見たわ」

 ああ、そういえば記入する時テーブルの上に置いていたっけ。

 まさかぬいぐるみに自己紹介される羽目になるとはね。

 恋姫にはたしか真名って親しい人用の名前があるけど、教えてはくれないか。

 

「いつまで踏んでるのかな? ぬいぐるみ相手じゃなきゃ変な趣味に目覚めそうなんだけど」

 フィギュアならともかく、ぬいぐるみなんで微笑ましいだけだけどさ。

「ぬいぐるみ……そう、今の私はぬいぐるみなのね」

 ん? 今の、ってことは元は違うのかな。

 表情は相変わらずだけど、やっと足をどけてくれた彼女は……ぬいぐるみ相手に彼女ってのも変だけど、は、どこか落ち込んでいるように見えた。

 

「頼みがあるわ」

「頼み?」

 なんだろう?

 着替えの服を用意しろとかだったら無理なんだけど。服が替えられるタイプじゃなくて、しっかり接着されているぬいぐるみだからさ。

「他の娘たちもあの箱から助け出しなさい」

 頼みってわりに命令形でした。

「箱ってクレーンゲーム?」

「そう呼ぶの? 私が捕らえられていた箱よ」

 捕らえられていた、って……。

 君たちはクレーンゲーム専用のぬいぐるみだと思うんだけど。

「他の娘ってぬいぐるみ?」

「……ええ、そうよ」

 積み重ねられて押し込まれてるから居心地悪いのかな、あそこ。

 ゲームコーナーのメダルは使いきっていないはずだから、チャレンジできないことはないけど。

 

「難しいな」

「私を見事に救出したじゃない」

「煽てられてもね。人数が多すぎる」

 恋姫†無双はヒロイン数が多い。さらにクレーンゲームにあったのはそれ以上のヒロイン数の真・恋姫†無双の全ヒロインっぽかった。あと五十人ぐらいいるはずだ。

「手持ちのメダルが少なすぎる。魏の娘だけでも全員の救出を試すことすらできないよ」

 ましてや、一回で一個確実にゲットできる保障はない。

 

「そう……。箱を破壊することはできて?」

 ああ、そういう手段もあるのか。

 でも、たしかポイントが足りなければ持ち出せないとか言ってなかったっけ。

 ゲーム機が破壊できても駄目なんじゃない?

「どうなんだろう?」

「試しなさい」

「もし上手くいっても弁償しろなんて言われたら困るし……」

 ああいう機械ってけっこう高そうだ。

 普通にメダル買ってやったほうが安いなんてこともありえる。

 

「私の頼みが聞けないの?」

 うっ。なんか寒気がする。……もしかしてこれが殺気?

「だ、だいたい君は俺のアイテムじゃないか。それに脅されるってどんな状況なのさ?」

 キャラシートの所持アイテム欄にもしっかり記載されているはずだ。君はコンビニカードの表示も見ていたよね。

「ほう。この私があなたの所有物だと言うのね?」

 寒気が強くなった。ぬいぐるみ相手じゃなかったら瞬時に土下座して謝りそうなぐらい怖い。

 

「べ、別に俺のアイテムでいるのが嫌なら」

「わかったわ」

 急に寒気が止まった。

「え?」

「……皆を助けてくれるのなら、あなたを主と認めましょう。私を好きにしていいわ」

「はい?」

 好きにしていいって……ぬいぐるみを?

 

「なにか不満でも?」

 再び殺気。なんかさっきよりも怖いんですが。

「ぬ、ぬいぐるみになにをしろっていうのさ?」

「くっ」

 いくら悔しそうにされてもね、俺だってディフォルメ頭身のぬいぐるみ相手に欲情できるほど上級者じゃない。

 

 でもさ、ぬいぐるみとはいえ、女の子が俺とこんなに会話してくれるって何年ぶりだろう。

 小さい頃は普通だったはずなのに、呪いの顔面という体質が発症してからは嫌われる一方。

 俺に声をかけてくれる女の子はレジとモニターの向こう側にしかいなかったわけで。

 できればなんとかしてあげたい。

 

「……わかったよ。調べてみる」

 俺の承諾を聞いた彼女の、変わらないはずのぬいぐるみの顔が微笑んだ気がした。

 

 

 

「おっさん、いつまで寝ちょるんじゃ!」

 でかい声に起こされた。

 この声は涼酒君だな。

「あれ? さっきのは夢?」

 布団の中でぬいぐるみを抱きしめている感触がある。布団から出して会話したのは夢だったのか。

 なんであんな夢みたんだろう……恋姫ぬいぐるみをコンプしたい願望があんな形になったのかな?

「なぁにを寝ぼけちょる! いい加減に起きんかいっ!」

 強面の顔を寄せてきて耳元で怒鳴る。

 そのあまりの衝撃に、俺はさっきの夢のことがどこかへ行ってしまった。

 

「ふぁああ、ここどこ?」

「病院ぜよ。おっさんが急に倒れたから慌てて連れてきたんじゃ。心配したぜよ」

「心配したわりには強引な起こし方のような」

「大丈夫じゃ。病室で寝るとHPの急速回復だけじゃのうて、ステータス異常も治るんじゃ!」

 宿屋と教会がいっしょになったようなもんか。便利だねえ。

 んん?

 なにか口の中に異物感があったので、手の上に出してみた。

 

「歯?」

 虫歯を治療した歯が、被せたのだけじゃなくて、歯ごと抜けていた。それも二本。

 歯槽膿漏? ぐらついてなんかいなかったはずだけど。

 差し歯にするしかないのかな?

「なんじゃ虫歯か」

「まいったな」

「落ち込む必要はないぜよ。もう生えているはずじゃ」

 はい?

 俺、全部永久歯だったんだけど。

 

「あのね、サメじゃないんだからもう生えてはこな……」

 あれ?

 どの歯が抜けたんだろう?

 舌で探ってみてもわからない。親知らずはまだ残っていたけど、治療はしてなかったし……。

 

「ほれ、そこにも落ちてるぜよ」

 ぶっとい指が指した枕元には他にも数本、歯が抜け落ちていた。

「俺の? ……どうなってるの?」

「じゃから言ったろうが。治療されたんぜよ」

 マジで?

 寝ていただけで歯が治るとかありえないでしょ。

 

「もう半日も寝ちょったんじゃ。だいたいの異常は完治しとるじゃろ」

 半日も寝ちゃったのか。

 気絶したのは現状に頭が追いつかなくてパンクしちゃったのが原因だと思うけど今はなんか落ち着いているし、精神的なものにも効果あるのかな、ここ。

 あ、お礼言っとかなきゃ。

「運んでくれてありがとうね、涼酒君」

「なに、困った時はおたがいさまぜよ」

 うん。怪しいけどいいやつっぽい。仲良くしたいな。素顔は見られないように……。

 えっ?

 

 ……歯を吐き出せた?

 慌てて口元に触るとマスクがない。

 そしてさらには眼鏡までもが!

「ほれ? 目も治っちょるじゃろ?」

 と大きな手に奪われてしまった。

 なんてこった!

 せっかく友人になれそうだったのに。俺を恋愛対象として見るのは勘弁してくれ……。

 

「どうじゃ? くっきり見えるじゃろ?」

 ああ、近視だと思っていたのか。俺のは呪われた顔を隠すための伊達眼鏡なんだよね。

「眼鏡返して」

「せっかく顔がええんじゃからそのままの方がええじゃろうに」

 言いながらも涼酒君は眼鏡を返してくれた。

 あれ?

 

「顔がいい、ってそれだけ?」

「なんじゃ? 他になんかあるんか?」

 もしかして涼酒君は呪いの効果がないタイプなのかもしれない。ゴツイ顔してるし。

 俺に告白してきたやつらは美少年ばかりだった。そこら辺が関係してるのかも。

 

「よかった。涼酒君に襲われたらやばいとこだった」

 念のために眼鏡をかけておこう。マスクは……探して見ると丸めて屑籠の中に捨てられていた。あれじゃ使えないか。息苦しそうだから外してくれたのかな?

「なにを言うとるんじゃ? ……ん? お前までなにを言うんじゃ!」

 突然、涼酒君が横を向いて怒鳴った。びっくり。

 

「ど、どうしたの?」

「眼鏡は返さなくてよかったのに、って柔志郎が言うんじゃ」

「じゅうしろう?」

 誰?

「紹介がまだじゃったな。こいつが202の住人ぜよ」

 と、立てた親指で背後を示すけど、誰もいない。涼酒君の巨体に隠れているのか?

 

「どこにいるの?」

「どこって、ここに……おお、おっさんは心眼とか霊視とかのスキルとっておらんのじゃったか!」

「またスキル……あ、そういえば赤箱は?」

「ここにあるぜよ」

 ベッド脇にサイドテーブルにそれはあった。

 箱を開いてプレイヤーの書を出す。スキルの解説どこだろ?

 

「こいつはのう」

 検索中の俺を気にせずに紹介を続ける涼酒君。

「出陣先の世界で死んでしまったんぜよ」

「……死ん……だ?」

 思わずマニュアルを落としてしまう俺。

 死んだってどういうこと? もしかして幽霊を紹介しようとしているの?

 だから霊視か!

 

「プレイヤーが死んだらのう、本拠地でスピリットになるんぜよ。ほいでの、そのスピリットが自分の死体に触れると復活できるんじゃ」

「スピリットって幽霊?」

「似たようなもんかのう。死亡時に霊スキルをとって、レベルを上げれば普通のやつにも見えるようになるらしいんじゃ」

 幽霊にもスキルってあるの?

「そこにいるの?」

 震える手で涼酒君の後ろを指差す。

 

「いや、もうおっさんの隣にいるぜよ」

 ひっ。

 慌てて首を動かして見回すも、もちろんそんな人は見えない。

 だが、視線を彷徨わせている内にあるものが視界に入った。

 スターターセットのコンビニカードだ。それを手に取り念じる。

「そこにいるのは誰ですか?」

 思わず呟いていた。すると、名前が表示される。

 田斉柔志郎。それが彼の名か。やっぱりいるのか……。

 

「おお、考えたのう、おっさん」

「姿は……レベルが足りなくて表示できません?」

 カードの使用にもレベルがあったんだっけ。

 むう。顔はわからないのか。

 じゃあ、メール機能は? 筆談ならできないか?

『受け取ったメールはありません』

 できるみたいだ。高機能だな。

 いつのまにか俺はあまり怖くなくなっていた。恐怖もステータス異常扱いで、この病室にいるおかげですぐに治療されているのかもしれない。

 

「幽霊になっててもコンビニカードは持ってる?」

 幽霊君のかわりに涼酒君が答える。

「持っとるようじゃな。基本、死亡時に装備してたもんは死体回収するまで使えないんじゃが、スタートセットのは大丈夫のようぜよ」

「じゃあ、メール機能あるみたいだから、それを使って」

「メール?」

 涼酒君は首を捻ったが、すぐにコンビニカードにメールが届いた。

「はやっ」

『田斉柔志郎です。よろしくお願いします』

 おお、丁寧な子みたいだな。

 せっかくだからメールで返してみるか。……どうやって文字入力するんだろう。やっぱり念じればいいのかな?

 ……できた。すげえ。タッチパネルよりも便利だ。送信、と。

『こちらこそよろしく』

 

「それがメールか。便利じゃのう。ワシもやってみるぜよ」

『ワシが涼酒剣士ぜよ』

 いやそれもう知ってるから。

「おお、これで三人が揃ったのう」

「三人でフルメンバーってこと? もう召喚はされないの?」

「どうじゃろな。……ワシらの名前でなにか気づくことあるじゃろ?」

 名前、ねえ。

「一、二ときてなんで十四とか?」

「違うぜよ! どっかである組み合わせじゃろ?」

 なんだろう?

 

『ケンジ、ジュウシロウ、コウイチ、ぜよ』

「ごめん、わからない」

「そうか……」

 あからさまに落ち込む涼酒君。

 だが、それも一瞬。すぐに気を取り直したようでカードをチェックし始めた。

 

「ふむ。やはりのう。このメールいうんはMP使うようじゃ」

「MP?」

 マジックポイントとかマナポイントってやつ? 魔法扱いってことなの?

 コンビニカードで俺のMPを表示してみると確かに、現在値が最大値より少なくなっていた。でも、すぐにそれも回復して同じ数値になった。

「ここにいればすぐMPも回復するから問題ないみたいだね。アパートよりもここで暮らした方がいいんじゃない?」

「いや、この病室はベッドに寝てるやつが回復するんじゃ。ほいでの、プレイヤーの成長度と利用時間に応じた治療費を取られるんぜよ。じゃからの、普段は魔法で治すか、自然回復を待つんぜよ」

「えっ?」

 金とられるの? 保険利くかな? ……ああ、GPか。俺のGPって少ないんじゃなかったっけ?

「おっさんは大丈夫じゃ。基礎講習が終わるまでは無料で使えるんじゃ」

「初心者救済の措置か。でもそれなら基礎講習終えない方がいいのかな?」

 いや、そんなに驚いた顔しなくても。

「その考えはなかったぜよ」

 

『基礎講習を終えないとこの世界から出られない』

 メールでツッコミが入った。

 なるほど。無料回復は無理だということか。

 MP無駄に使わせるのも気が引けるので、気になっていることだけ聞いてみよう。

 

「田斉君はなんで使徒やるの?」

 使徒に選ばれたとか言われても、どうしていいか俺にはわからない。できればやりたくないと思っても不思議じゃないよね。

 聞いてないのに涼酒君がでしゃばる。

「使徒やるしかないんぜよ。それにかっこいいじゃろ!」

「やらないから帰してくれってのは無理なの?」

「無理ぜよ」

 即答かい。……涼酒君も聞いたり試したりしたのかな?

 

 少したってから、メールがきた。

『このなにもない世界から出られるから』

 なにもない? 誰もいないじゃなくて?

 まあ、こんな変なとこから出たいってのはわからないでもないか。

「死ぬほど危険なのにまたそこへ行くの?」

『もちろん』

 今度はすぐに返事がきた。

 いいとこなのかな?

 

「どんなとこだった?」

 その質問には予想外の答えがきた。

 期待したファンタジー風な世界というものではなくて、具体的な地名で。

『北綾瀬』

 

 


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