やすらぎの入浴タイムに護衛の対魔忍2人に奇襲された俺。
「ほわぁぁぁぁぁ!」
驚きのあまり、変な叫びを上げてしまった。
いかん、ここは落ち着かないと!
「ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」
これでよし!
でもやっぱ、アイエエ……って驚けなかったのは痛恨のミスだよなあ。
……俺、まだ混乱してるのかもしれん。
っと、今さら遅いだろうけど眼鏡をかけないと。
手が眼鏡に届いた時、浴場の扉がガララッと勢いよく開けられた。
「なにがあった!」
その声に驚いて眼鏡を取り落としたばかりか、大きくすっ転んでしまう俺。シャンプーの泡がまだ流れ切っていなかったか。
「つつ……」
したたかに打ちつけて痛む後頭部をさする。
致命傷にはなってないだろうな? と不安になりつつ回復魔法をかけておく。
「そ、その顔はっ!?」
痛みのあまり忘れていたけど……忘れていたことにしたかったけど、そうはいかないらしい。
「ご無事ですか?」
風呂場にどんどんと人が集まってくる。
さて、どうしたもんかなあ……。
風呂場に乱入してきたのは嫁さんや娘たちだけではなかった。
その娘たちは俺の顔を見てしまい呪いにかかってしまっている。……銀次や他の男がいなくて本当によかった。
乱入者はみんな風呂場の床に正座させられている。……詠美ちゃんまで正座させちゃっていいのか?
「ハニトラを仕掛けようとした疑いのある対魔忍2人はともかく、俺の叫びで異常事態を察知して駆けつけてくれた数名には落ち度はないでしょ」
「ハニトラ!?」
驚いた声を上げるゆきかぜちゃん。タオル1枚しか身につけていない正座は目のやり場に困る。
隣の凛子なんて胸が大きいから、タオルがさらに危険な状態になってるし。
……俺もタオル1枚しか装備してないけどね。
「どんな理由であれ、殿方の入浴に乱入するなどというはしたないことをしたのです。反省の必要があります!」
愛紗が乱入者たちを睨む。それだけ聞くと、なんか痴女みたいなんですけど。
「この者たちは煌一の祝福を受けてしまった。どの道、正座でもしていないと煌一から離れたくて仕方なくなっているはずよ」
……しっかり見られちゃったみたいで、もう眼鏡をつけたというのに俺と目を合わせてくれてないもんなあ。
俺の呪いを受けた上に正座までさせられているのは、ゆきかぜちゃん、凛子の自業自得な対魔忍2人。後からきた詠美ちゃん、朱金、真留ちゃんと文。そのちょっと後にきた紫とはじめちゃん。
「詠美ちゃん、朱金、真留ちゃんは感知で近くにいたのがわかっていたんだけど、文は?」
「3人が騒がしかったので何ごとかと見にきたら、浴室から悲鳴が聞こえてきて……」
悲鳴か。まあ、そうなんだけど。俺の声もまだ女の子みたいだし……声変わりっていくつん時だったっけ?
「紫とはじめちゃんはなんでいるの?」
「同志なのです!」
その2人といっしょに風呂場に入ってきて、隣でやっぱり正座させられている明命が教えてくれる。
「紫殿とはじめさんは我が同志!」
「同志?」
「はい! お猫様好きの同志なのです!!」
テンション高いなあ。そういう繋がりか。
この学園島に猫はほとんどいないから、余計に仲良くなっているのかもしれないね。
まあ、紫は護衛の任務のためかもしれないけど。
でさ、気になってることはまだあって。
「はじめちゃん、その目隠ししてても俺の顔がわかっちゃったの?」
座頭市ポジだから居合い斬りもするけど盲目ではない。あがり性でその対策のため、他人の視線を意識しないようにいつも目隠しをしているだけなのだ。
「見えなくても、酷い顔だとなんとなくわかる」
酷いなんてあんまりだ……目視することで呪いが発動するんじゃなくて、俺を認識することが条件なんだろうか?
呪い封じのアイテムは別に眼鏡でなくてもいいのかもしれない。
……今さら別のをイメージするのも大変だからしばらくは眼鏡のままでいいか。
「そもそもの原因である凛子とゆきかぜの暴挙だけれど、これは対魔忍の、ニホン政府の意向として考えていいのかしら?」
「そんなことは……お前たち、なんでこんなことをした?」
たぶん上司であろう紫に問われて、やっと凛子が口を開いた。
「力を……手に入れるためです」
「力? そうかお前たち……」
「はい。魔族を倒す力の秘密を探り、これしかないという結論の元に行動しました。これは私たちの独断であり、政府は関係ありません。申し訳ありませんでした。責任は私にあります」
そのまま土下座する凛子。
うわ、お尻が見えちゃってるってば。
「凛子先輩! こんな魔族に謝ることなんて!」
俺を睨むがすぐに目線をそらすゆきかぜちゃん。
魔族ってもしかして俺のこと?
酷いの方がまだマシだった……。
「俺は魔族じゃないんだけど」
「そんな気持ち悪い顔の人間がいるわけない!」
呪いのかかった女の子には、俺の顔がいったいどんなグロ生命体に見えているんだろう?
「たとえ魔族だとしても、我々の協力者だ」
紫まで俺を魔族認定?
そうですか、そーですか。俺は人外フェイスですか。
「煌一……」
いきなり華琳に唇を奪われた。
正座陣に見せつけるように長い長い口づけ。いや、直視してないみたいだけどさ。
「私たちは煌一の顔を嫌ってはいないわ。安心なさい」
「ああ。スケベ面だけど、そんなに気持ち悪いもんかね」
華琳の慰めに梓も頷く。……スケベ面って、まだそう思っていたのね。
「今ではなぜあんなにと思うのだけれど、煌一さんの顔の呪いはそれほどまでに強力なのよ」
蓮華が俺の頭をなでている。
呪いにかかった娘たちにはどんな光景に見えているのだろう?
「さっきから言っている呪いってなんだよ?」
「正確には女神の加護だ。それにより、煌一は女性に嫌われる」
朱金の問いに、レーティアが簡潔に説明してくれた。
「煌一の姿が本能的に受け付けられないものに感じられたりするのだ」
「それのどこが加護なのですか?」
真留ちゃんもそう思うか。
どう考えたっておかしいよね。
「やっぱり呪いだよなあ」
早くこの呪いから解放されたい。
もう嫁さんたちがいるから、別に好かれなくてもいい。ただ、そんな目で見られないようになりたい。
「もういいよ凛子、顔を上げて」
いまだに土下座したままだった凛子に、そろそろいいかと土下座の解除を促す。
ゆっくりと頭を上げる斬鬼の対魔忍。
「魔族を倒す力がほしいってのはわかったけど、もっと他に方法があったんじゃないか? これしかないって、どうしてそんな考えになったのか理由を知りたい」
普通に相談してくれれば、ちゃんと説明したんだけどなあ。
「……集めた情報からそう判断したのよ」
と、ゆきかぜちゃん。
集めた情報ねえ。
「誰に聞いたの?」
「……春蘭さんと麗羽さんと……」
たしかにぽろっと秘密をもらしそうな人選ではあるけどさ、ぽろっと大事なことが抜けそうな人選でもある。
「春蘭、なにを聞かれたのかしら?」
「たしか……どうやって手に入れたの? だったような……前後の話は忘れました」
むう。この2人、戦闘力はともかくとして諜報活動、向いてないんじゃ?
対魔忍ユキカゼでもそうだった気もするし……。
「どう答えたのかしら?」
「はい、煌一の素顔を見たと教えました!」
……ああ、なるほど。
春蘭は異世界魔族を倒す力ではなく、俺のことだと思ったのか。
「それは煌一の嫁になる方法なのだ!」
いやクラン、見られたからって、必ず嫁にするわけじゃないからね。
「そんな……」
対魔忍たちがさらに青褪めた顔になっちゃった。
「わ、私たちがこの魔族の嫁? 冗談でしょ」
だから魔族じゃないっての。
「呪いがあるというなら、なぜ、平気なんだ?」
嫁さんたちに質問するのは紫。
「煌一さんの家族は呪いを受けないからだよ。わたしたちは煌一の奥さんだから呪われないんだって!」
ドヤ顔で解説する桃香。
もしかしてみんな浴場にきているのだろうか? ……いくらなんでもそれはないか。
「だから、煌一さんの顔を見るのが嫁になる方法なんですか……」
「ごめんね文、ちゃんと説明しておけばよかったよ」
文も一生懸命に家事を手伝ってくれていたのに。これでお別れか……。
「じゃ、理解してもらったとこで解散かな。凛子とゆきかぜちゃんは護衛はもういいよ」
「なっ!」
「俺といると辛いでしょ。俺にはみんながついてるしさ」
「はい! 隊長は我らが守ります!」
うん。頼りにしてるよ、凪。
「任務失敗ってこと?」
「そうなるな」
「教官っ」
ああ、紫は教官だったのね。そこら辺は対魔忍ユキカゼと同じなのか。
「これぐらい耐えられるから、護衛は続けさせて!」
俺を睨むゆきかぜちゃん。無理しなくていいのに。
「お願いします」
凛子まで。まさかまた土下座するんじゃないだろうな?
「ならば、これにサインなさい」
ってまた?
「駄目だって華琳、それ婚姻届でしょ」
「こ、婚姻届!?」
明命を除く正座組がでかい声で驚いている。
結真の時のようなだまし討ちはいけない。引っかかりそうな娘も多いし……。
だいたい、ゆきかぜちゃんには恋人がいるんだし。
「他に方法はないわ。嫌なら帰りなさい」
他に方法がないって華琳は言ったけど、義妹になるという手段もある。呪いにかかった後からじゃ無理だろうけどさ。
呪いにかかった娘が俺の近くにいるのって、本当に辛いみたいだもんなあ。そんな相手の義妹になんかなりたくはないだろう。
「わ、わかったわ」
えっ!?
俺が驚いてる間にゆきかぜちゃんが、華琳の差し出したビニフォンにサインしてしまった。
「ほら、煌一も」
「う、うん」
あれ?
ショックで呆然としていたら、俺もビニフォンにサインしていた。
「どう? まだ煌一を魔族と言い張るのかしら?」
「……嘘、幻術、よね?」
ぺたぺたと俺の顔に触ってくる新婦。
「呪いはとけたみたいだけど、いいの? 君には恋人がいるんじゃ……」
ううっ、胃が痛い。
「死んだわ……」
今なんて?
対魔忍ユキカゼの時期っぽいのに秋山達郎が死んでいる?
「弟はデュラハンに殺された」
凛子もサインしてしまったらしい。まっすぐに俺を見つめている。
「任務のためだ……」
紫まで?
対魔忍ムラサキの主人公とは恋人になってないのか?
対魔忍だからって、任務達成のために結婚までしなくてもいいだろうに。
「文たちは無理しなくていいからね。住むところは探してもらうから」
「いえ、お世話になりっぱなしというわけにはいきません。もうサインしてしまいましたし」
ああ、これで光臣が俺の義兄になってしまうのか……。
文は可愛いから問題はないんだけどさあ。
「真留、いいのか?」
サインしてしまった真留ちゃんに朱金が確認をとっている。
「はい。実は天井さんのことが気になってまして」
「嘘」
「嘘じゃないです! 私が吸血鬼に操られた時の映像を見てから、ずっとなのです!」
あの時の映像?
話によると録画していた嫁さんが数名いて、唯ちゃんが編集した映像をみんなで見たらしい。俺に内緒で。
それで、ずっと抱きしめられていたり、智子の浄化技をいっしょに受けたりしたのを見たのが大きかったようだ。
「んじゃ、オレもな」
朱金も?
「よろしく頼むぜ」
なんだろう、他の嫁さんが心配になってくるんだけど。
朱金の家も挨拶に行くのは大変そうなんだよな。
胃が……。
「わ、私も……お尻で?」
赤い顔でなにやら呟きながらサインしちゃった詠美ちゃん。
やっぱりあっぱれ主人公は吉音ルートだったか。でも君まできちゃったら……。
挨拶に行きたくないなあ。
うう、胃に穴が開きそう。回復魔法で治るだろうか?
「ボクはいい。これではサインするのは無理だしね」
目隠しを指差すはじめちゃん。
……授業やテストの時はどうしてるんだろう?
「ならとればよかろう」
ひょいっと、星が目隠しを外してしまう。ああ、俺も眼鏡を奪われたなあ。
強いはずのはじめちゃんが対応できなかったのは、正座させられていたせいだろう。
「……ひっ……」
「あら、なかなか可愛いじゃない」
雪蓮、やっぱりそういう趣味が……。
「い、いやあぁ……見ちゃ、だめぇ……!」
多くの視線を感じて、ガタガタと震えるはじめちゃん。
まずい、このままではいかん!
慌てた俺は、怯えるはじめちゃんを抱えて――触れた瞬間に契約空間入りしたけど、それは即座にキャンセル――そのままいっしょに浴槽へダイブする。
「星、やりすぎだ!」
間に合ったかな?
はじめちゃん、失禁の一歩手前だったもんな。誤魔化せてるといいけど。
入浴剤使ってるからばれないよね?
俺だけ湯船から出て、星から目隠しを受け取ったら華琳に渡した。
「華琳」
「ええ」
はじめちゃんに目隠しをつけてあげる華琳。華琳は俺と梓との予習の後もあっぱれをプレイして、すでに全クリ済み。はじめちゃんの状況も知っているから問題はあるまい。
「い、いったいどうなってるの?」
「詮索無用。はじめちゃんはそっとしておいてやってくれ」
そのまま、浴場から出て行く。華琳、はじめちゃんは任せたからね。
さあ、梓に土下座しないとなあ……。