大きなダンボール箱に入れられて、まるで冷蔵庫か洗濯機のようだった。
俺の勝手なイメージでは銀色か白色の、教会にあるような鐘だったんだけど梱包の中から出てきたのは、目を凝らさなければ見えないほどに透き通った無色透明の鐘だった。
お寺の釣鐘のような形で、それでいて撞木で
形はお寺っぽく構造は教会っぽい。
高さは2メートル弱といったところか。別のダンボール箱に梱包されていた台座を含めれば3メートルは超えるだろう。
「これはどうする? むこうの拠点攻略の前に使った方がいいのかな?」
「危険な武器を破壊しようと誘われてくれるか、それとも怯えて拠点に篭城するか……どちらを選ぶかはまだ情報が少なすぎて判断できません」
そりゃそうか。あいつらの性格なんてわからないもんなあ。
あの似非アメリカンな小メタボ吸血鬼を捕獲してれば少しはわかったかもしれないけど。
「篭城されると拠点破壊は面倒になるわ」
3倍の兵力が必要なんだっけ?
1兵の能力差が違いすぎて単純計算はできないなあ。
いくら弱くてもゾンビを大勢集められたら攻め難そうだ。
「相手は死者。兵糧攻めも意味がなかろう」
「やはり、聖鐘の使用は拠点破壊後、もしくは首なし騎士討伐後ですね」
軍師たちがいてくれてよかった。
俺と剣士だけだったら何も考えずにすぐに聖鐘を使っていた可能性が高い。
「
「今のところ、異世界魔族はポータルを使用していないのがせめてもの救いね」
たしかにせっかく誘い出せても転移して拠点に戻られたら困る。
確実にしとめないといけないな。そのためにも聖鐘で倒すとまではいかなくても、せめて弱体化させられればいいんだけど……ままならないな。
「聖鐘の取り扱い説明書によると、1度設置したら1年はその場所から動かせないようですね」
稟は家電のように保証書とともに入っていたマニュアルを確認していた。
保険のパンフのごとく小さい字で書かれている詳しい解説を読むと、この聖鐘はどうやらゾンビタウン対策用に特化した、戦時量産型のようなバージョンらしい。
ゾンビタウンを完全に浄化するのに1年ほどかかるので、そのために他の場所へ動かせなくなっている。
「他には?」
「設置場所や鳴らす時間の設定方法です」
設置場所は高い所がいいらしい。
さらに、人目につく場所、人々が存在を実感できる場所ほど効果が高くなる。EPが追加されていくということなんだろうか?
そして、1日に数回鳴らすことを1年続けると、ゾンビタウンとそれによって発生してしまった悪霊たちを完全に浄化できるとのこと。
その時に鳴らす時刻も設定できる。設置して1年も毎日鳴らすのは大変なので全自動なのは助かるな。
「どんな音がするか気になってるのに、まだ聞けないのかー」
残念そうな鈴々ちゃん。
「鈴々、このような儚い外見でよかったな。そうでなければお前はいきなり鳴らしただろう?」
愛紗が言うようにガラスっぽい見た目じゃなかったら、鳴らそうとした娘も多いだろうな。
「勝手に鳴ってくれるみたいでよかったよねー。撞くやつだったら、焔耶みたいな脳筋が壊しそうだもんねぇ」
「なんだとっ! ……完全に否定できんところが余計に腹が立つ!」
いや、俺でもこれを撞けって言われたら躊躇するよ。
「きっと綺麗な音よ。シャオも楽しみー」
「うむ。まさに勝利の鐘じゃな」
勝利の鐘か。本当にそうなるといいな。……いや、そうしてみせないと!
トウキョウ決戦開始を翌日に控えた夜。
まだなにか準備することが残っているんじゃないかと俺は落ち着かなかった。
「やっぱり武器を作ろう!」
「弾薬まで十分足りているわ」
ヨーコに止められてしまった。
「なら、誰か強い助っ人を用意しよう!」
「私たちでは不足だとでも言うのかしら?」
「まだ嫁さん増やすつもりかよ?」
華琳からは冷たい目、梓からはジト目で睨まれる。
……人数増やすイコール、嫁さん増やすってわけじゃないでしょ。
「魔法か剣の特訓を……」
「もう夜なんだぞ! 明日に疲れを残してどうする!」
「お前が倒れれば皆に迷惑がかかるぞ」
クランに怒鳴られた。
実際に過労で倒れたことのあるレーティアに宥められては、もうこれ以上なにかをしようとするのは気が引ける。
「なにかをしてないと不安なんだ」
強敵との戦いが怖いのか、それとも作戦に失敗して学園島に居辛くなるのが怖いのか、自分でもよくわからない。でも全然落ち着かない。
不安を誤魔化すためにじっとしていられない。
今夜の当番として集まってくれた嫁さんたち5人にそう、本心を明かした。
華琳、ヨーコ、クラン、レーティア、梓。
五嫁大将軍、嫁レンジャーと他の嫁さんたちから呼ばれ別格扱いを受けながらも彼女たちが5人とも揃って俺と寝てくれるのは初めてだった。
……今の俺の状態を見越してくれたのかもしれない。
「そんなことだと思ったよ」
俺を抱きしめて泣いた子をあやすように背中をぽんぽんと軽く叩く梓。
「ふふ。外見だけでなく、中身も子供になったのかしらね」
華琳は微笑んでいるけど、梓の豊満な美乳が押し付けられて別の意味で落ち着かなくなってるんですが。
子供とは思えない反応を下半身がしちゃってるんですが!
「軽く身体を動かせば寝れるでしょ」
「ご、5人も相手にしたらハードなんですが……」
軽くじゃないよね、どう考えてもさ。
「なにを言う。最近の煌一の持久力はすごいじゃないか」
……レーティアがそう判断してるってことは本当にそうなのかもしれない。そっち系の熟練度も貯まっちゃってレベルもアップしてるし。使徒の能力ってすごいなあ。
「だ、だが、我らなら受け止められよう!」
クランが拳を握りながら宣言した。
そんなに力むとこ?
俺を受け入れてくれた最初の5人。その彼女たちとのそれはやはり素晴らしかった。
……たとえ未だに本番じゃないとしても。
「最大MPは天文学的な数字になってるんだけどなあ」
「MPだけあっても駄目だろう。魔法を覚えやすいってのも重要だぞ」
そうなんだよなあ。『魔法使い』のスキルはMPの上昇率もそうだけど、魔法関係のスキルの入手率も高いんだよ。1度その魔法をかけてもらうだけで習得できるのはおいしい。
……だからこそまだ俺が魔法使いのままなんだけど。
「別に煌一としたくないわけじゃないの。だから落ち込むのはやめなさい」
「そうだよ。あたしが一番に煌一とするんだからさ!」
あ、華琳が梓を睨んでる。
俺の一番をとられて悔しがってるって自惚れていいんだろうか?
「みんなありがとう。なんとか眠れそうだよ。……おやすみ」
俺のことを気づかってくれる嫁さんたちのためにも、明日はがんばろう。新たに決意しながらも、心地よい疲労のおかげか俺は熟睡できたのだった。
トウキョウ決戦初日。
囮班の俺たちはカメアリ駅のマーキングからキタアヤセ駅跡を目指す。
異世界魔族との戦いは激戦が予想される。すでに酷いとこになっている場所なら建物への被害も気にしないでいいし、やつらへのリベンジにはいい舞台だろう。
……リベンジすべき剣士と柔志郎の小隊は都庁攻撃班になっているけどね。
囮班は俺、魏、呉、その他小隊。
俺の小隊のメンバーはクラン、梓、詠美ちゃん、真留ちゃん、朱金、ゆきかぜちゃん、凛子。
文と結真も戦えそうだけど学園島に留守番。璃々ちゃんを守る人員も必要だからね。真留ちゃんにも留守番してもらいたかったけど、朱金から目を離すわけにはいかないと押し切られてしまった。
トウキョウを解放できたとしたら、魔族だけじゃなくてこの世界の人間からも俺たちが狙われてもおかしくないと思う。
人質にされるとしたら璃々ちゃんだろう。だから護衛は絶対に必要だ。この作戦中はディスクロン部隊にも密かに護衛任務を与えている。
魏第1小隊は華琳、春蘭、秋蘭、桂花、季衣ちゃん、流琉ちゃん、霞。
魏第2小隊は稟、風、凪、真桜、沙和、天和、地和、人和。
第2小隊は歌担当だ。稟は状況次第で歌い手になる予定。
呉第1小隊は雪蓮、冥琳、祭、穏、美羽ちゃん、七乃、レーティア、マイン。
呉第2小隊は蓮華、思春、明命ちゃん、亞莎ちゃん、シャオちゃん。
呉は逆に第1小隊に歌担当が編成されている。大喬ちゃん、小喬ちゃんは留守番。
マインはちっちゃいけれど、ちゃんと基礎講習も受けたし、スキルも鍛えているので魔法も使える立派なレーティアの護衛だったりする。
その他小隊は白蓮、麗羽、猪々子、斗詩、恋、ねねちゃん、華雄。
月ちゃんと詠や南蛮勢は留守番組だ。危ないからね。
……麗羽も留守番してほしかったんだけど聞いてくれなかった。学園に残してきて騒ぎをおこされても困ると諦めるしかないか。
本命の敵拠点攻撃班は剣士と柔志郎に蜀の小隊だ。数はこっちよりも少ないけれど智子とゆり子、セイバーライオンもいるので戦力が低いわけではない。蜀の嫁さんたちも強いし!
剣士小隊は剣士、華佗、セイバーライオン、イナズマ。
貂蝉と卑弥呼は剣士が買いなおしてはいるが、悩んだあげく
柔志郎小隊は柔志郎、智子、ゆり子、ララミア、輝、カシオペア。
浄化の力を使える
輝もいるので、ヤマちゃんも召喚可能で遺体の処分もでき、隙のない小隊だね。
あ、ララミアにもちゃんと変身用のアイテムを渡してあるので彼女も巨大化できるよ。
蜀第1小隊は桃香、愛紗、鈴々ちゃん、翠、星、紫苑、朱里ちゃん、紫。
蜀第2小隊はヨーコ、雛里ちゃん、桔梗、焔耶、蒲公英ちゃん、光姫ちゃん、十兵衛。
焔耶と桔梗が
焔耶はドラムを特訓したけど、桔梗いわくまだ未熟、だそうで効果がなかったら歌うことになるらしい。
あ、2面からミシェルとカミナも救援にきてくれていて、今回の作戦に参加してくれている。ミシェル用に劇場版の飛び道具つきなギターを用意すればよかったかな?
戦いながら環状7号線をゆっくりと進む。
今までだったら隠れながら戦闘を避けていたんだけど、デュラハンたちをおびき寄せるのが目的なので派手にやる。
「詠美ちゃん、真留ちゃん、朱金、だいじょうぶ?」
「え、ええ……」
「南無……」
「成仏して下さい……」
辛そうな表情を見せながらも、ヤマちゃんを使って次々と倒されたゾンビたちを処理していく3人。
それを横目に武将たちがゾンビの頭部を破壊していく。
「さっさと黄泉路へ旅立ちなさい!」
南海覇王が振るわれるたびにゾンビが倒れていく。……南海覇王は俺が成現したもので蓮華のと合わせて2本あるから、完成した時は微妙な顔されたっけ。当主の証が2本だもんね。
「とばし過ぎだ雪蓮。異世界魔族と戦える体力はとっておけ」
「んー、それは凛子とゆきかぜちゃんに任せるわ。……それに今日はこない気がするのよ」
冥琳の注意され勘を口にする雪蓮。3日ほどキタアヤセで誘うつもりだからそれでもいいけどさ。
「うう、恋さんを見てるとあの時のことを思い出すわ……」
地和が青い顔で恋の活躍を眺めている。
黄巾党3万を恋1人で倒したってやつか。……方天画戟の1振りで何体ものゾンビの頭が破壊されていくのを見ているとそれも信じられそうな気がしてくるな。
「恋殿は無敵なのです!」
ねねの言葉は正しい。
俺の特訓につきあってくれた時、絶対命中のはずのマジックミサイルを方天画戟で払い落とされたぐらいだ。恋が苦戦するのは全く想像できない。
「春蘭さま、どうですか?」
「うむ。なかなかいいぞ。さすがわたしが教えただけのことはあるな!」
季衣ちゃんが持つのは七星餓狼。もちろん俺が成現した物だ。
――ヤマちゃんの使用目的を説明した時のこと。
「どうしよう……ボクの鉄球じゃ死体の判別なんてできないよ、兄ちゃん」
そう泣きそうになってしまった季衣ちゃん。
あの巨大鉄球でゾンビの頭部のみを破壊など、たしかにできるはずもなく、俺は気にすることないと慰めたのだが、悩んだ末に季衣ちゃんは春蘭に剣を習っていたのだった。……補習で出された課題もそこそこに。
俺は季衣ちゃんのお願いで、春蘭のと同じ七星餓狼を用意したのだ――。
「やるな、きょっちー。斗詩は武器変えないでいいのか?」
「へ……? 大槌でもゾンビくらいなら頭だけを破壊できるから……」
「おおっ、さすがあたいの斗詩だ!」
……猪々子が斗詩に大槌薦めたんだよな、たしか。
キタアヤセ駅跡についた俺たちは周辺に適当に結界符を張る。
「ふむ。ゾンビが入ってこないわね」
「みんなの巫女パワーとイカちゃんの墨のおかげかな」
結界符に囲まれた中にゾンビたちが寄ってこないのを確認すると、スタッシュからステージカーを取り出し、舞台を設置していく。
このステージカーは荷台がステージになるタイプのトラックで、さすがにプラモがなかったので対魔忍に頼んで用意してもらったものだ。
他にスピーカーを何台も設置して準備完了。
「まずはわたしたちからだね!」
サウンドエナジーシステムを背負ったシスターズが歌い始める。
スピーカーで増幅され、死者の街に響き渡る彼女たちの歌声。
「俺たち以外のギャラリーがゾンビたちだけってのはもったいないなあ」
マサムネたちを護衛に残してしまったため、録画は諦めた。録画機材を用意してってのも考えたけど、戦闘に集中できなくなりそうだから。
雪蓮の勘が当たり、その日は異世界魔族が釣れず、日が暮れる前に俺たちは撤収した。
わざわざむこうが強くなる時間までねばってもしょうがない。
翌日。昼をすぎ、3時近くなってもやつらはまだ現れなかった。
「疲れたのじゃ……」
ハチミツ水を摂取しながら愚痴る美羽ちゃん。
シスターズと交互に、それも休憩を何度も入れながら歌っていても疲れる。というか、反応の少ないお客さんにいい加減飽きたのかもしれない。
「仮設トイレの有難さが身にしみるな」
トイレから出てきた秋蘭。
開発部に頼んで追加で入手できていて本当によかった。
シンジュク組にも渡してあるので翠も喜んでいることだろう。
「きました!」
探知スキルの一番高い明命の声で、皆が気を引き締める。
ビニフォンでマップ表示をしてみると俺の生命探知スキルではまだ異世界魔族の反応はなかったが、結界の周りが無数のゾンビに囲まれていることがわかった。
アンデッドもわかる生命探知スキルは便利だけど、マイナスの反応ってやつなのかな? 今まで考えもしなかったけど。
「聖歌ソングや祝詞ソングで弱っているとはいえ、この数はすごいな」
「けっこー減らしたはずなんやけどなー。っと、きよったな」
霞の見つめる方向にゾンビとは違う反応が現れた。それも多数。
この感じはバンシーもいるな。
「歌う準備しといて!」
「任せろ!」
シスターズと交代してレーティアと美羽ちゃん、七乃がステージに立つ。
「どうやらデュラハンもしっかり釣れたようね。桂花、拠点攻撃班に連絡なさい」
「はいっ」
うん。俺でもわかる。それほど強い反応を持つ敵が近づいてきていた。
上空を飛ぶバンシーの下でゾンビたちがよろよろと移動し、道を開ける。
その先に見えるのは骸骨たち。その数も100や200じゃなかった。
「スケルトン……こんなにいたのか」
ゾンビが進化したというスケルトン。それがまさかここまで大量にいるとは思わなかった。
「くるで」
武器を持ったスケルトンの群れがこちらにむかって走り出す。ゾンビとは比べ物にならないスピードだ。
「まずは俺から」
マジックミサイルでの先制攻撃。狙うはやはり頭部。
ここ数日、特に気合を入れて鍛え上げたこの魔法は以前よりも速度、破壊力ともに向上している。
ミサイルの数は20。もっと多く作り出せるが、敵の強さがわからないので威力重視。1本1本に籠める魔力が大きいのよ。
数が多いと照準をつけるのにも時間がかかるしね。そのかわり、発射したら次の目標に照準をつけてすぐに発射。
それを10射ほど行って敵の様子を確認する。
「おお、かなり減ったな」
100近くは倒せたようだけど、それでもまだまだスケルトンの数が多い。
「やっぱりゾンビと同じく頭部を破壊しなきゃ駄目っぽいね」
「それだけわかれば十分よ。まずはスケルトンの撃破。泣き女に注意するのを忘れるな!」
華琳の指示で武将たちとスケルトンの戦いが始まる。
「首なし騎士は動かないようですねー」
「スケルトンでこちらの戦力を把握するつもりなのでしょう。凛子、ゆきかぜ、気持ちはわかりますが先走らないで下さい」
デュラハンとその馬車を睨んでいた2人にそう釘を刺す稟。
「……わかってるわ」
「任務を忘れてなどいない」
凛子とゆきかぜちゃんも結界から飛び出しスケルトンとの戦いにむかった。
「スケルトンといっても、そう強いわけではないようですね」
「兵士並といったところでしょうか」
みんなの戦いを見ながら穏と亞莎ちゃんがそう分析している。兵士並っていったら一般の人には勝ち目なんてまったくなさそうなんですけど。ゾンビと違って足も速いから逃げられそうもないし。
「おや。おかしいですねー」
「風?」
「倒されたスケルトンはカードになって消えると聞いているのですよ」
そういえば、剣士たちはそんなことを言っていたな。スケルトンも魔族のファミリアだったって。
だけど、倒されたスケルトンはカードになりもせず、その骸をさらしていた。
「あの数をファミリアにしてたら大変だろ?」
「でも、気になるわね。詠美、スケルトンの死骸をヤマで処理できる?」
「え、ええ」
ステージの護衛を頼んだため、結界から出ての戦闘に参加していなかった詠美がヤマちゃんをスケルトンの骸に向かわせる。
「……にょろ?」
いったんは骨を口に含むも、ぺっと吐き出し首を捻るヤマちゃん。
セーフティーが働いたのだろうか?
「まさか、まだ生きている? ……死んではいるんだろうけど……」
どういうことだ?
よく見れば、戦ってるみんなの足元に散らばる骨が揺れている。
戦いの振動? いや、なにかおかしい。
「みんな、倒した骨にも用心して!」
俺がそう叫んだタイミングでそれは起こった。
「な、なんだこれはっ!?」
驚愕する春蘭の声がここまで届く。
それはそうだろう。倒したはずのスケルトンの骨が宙に浮かび始めたのだから。
そしてその骨たちが再び人の形をとり始める。……ただし、その大きさはゆうに10メートルを軽く超える巨大な人骨だった。
「……がしゃどくろか!」
がしゃどくろは鬼太郎のゲームや映画でよくボス級にされる強大な妖怪だ。
まさかここにきて洋モノじゃなくて国産品が出てくるとは予想していなかった。
「異世界魔族はスケルトンではなく、こいつを狙っていたのか……」
冥琳の推理が当たっているかもしれないけど、今はがしゃどくろの相手の方が先だ。
「恋殿!」
がしゃどくろにむかっていく恋の姿に、ねねがあげたのは悲鳴だろうか?
恋が高く跳び上がり、斬りかかる。方天画戟の鋭い一撃が、がしゃどくろの右手首を落とした。
大きな音を立てて落下したそれは、だがすぐに再び浮き上がり、何事もなかったようにがしゃどくろにくっついた。
元に戻った手で恋たちを攻撃しはじめるがしゃどくろ。
巨体でありながら、そのスピードは速い。
やばい。こいつはやばい……。
スケルトンと同じなら頭部を破壊すれば倒せるとは思うが、相手の身長を考えると頭部への攻撃がそもそも難しい。
飛行アイテムをつければなんとかなるだろうが、装着する隙を与えてくれるだろうか?
ならばマジックミサイルだ!
頭部に照準を合わせ、20本のミサイルを再び10連射!
「……マジか……」
頭部には当たったが、完全に破壊することができなかったのか、やつは頭蓋骨が欠けながらも、平然と攻撃を続けていた。
「まだだ!」
ダメージがいってるのならば、治る前に壊し尽くせばいい。
マジックミサイルの連射を続け、1000発目あたりで、やっとがしゃどくろは崩れ去った。
なのにデュラハンもバンシーもまだ動かない。まさか……。
がしゃどくろが崩れたところとは別の骨が揺れ始める。それも数箇所。
先ほどと同じく、宙に浮かび上がる、骨、骨、骨。
見る見る間に10数体のがしゃどくろが現れたのだった。
「そろそろ私の出番のようだな!」
スタッシュホールを広げるクラン。巨大化の補助アイテムを出すつもりか。
クランの巨大化ならなんとかなるだろうか?
その時、前触れもなくいきなり、1体のがしゃどくろの肩が爆発する。派手な音を立てて落ちる巨大な腕骨。
えっ?
……ヨーコ? もう拠点破壊しちゃってこっちにきてくれたの?
だが、それはヨーコのスナイパーライフルによる攻撃ではなかった。
「困難な状況に差し伸べられる救いの手、人、それを……救援という!」
1週間待ってもいいような気にさせるその声はかなり高い場所、ビルの屋上から聞こえてきた。
間違いない、あの人だろう。
……異世界魔族の中に「何者だっ!」って聞いてくれる人、いるといいなあ。