柔志郎のファミリアのカシオペア。凛子の弟でゆきかぜちゃんの恋人だった達郎君。それ以外にも対魔忍や自衛隊員たちを多数殺害しているという
その仇敵をやっと倒せた時、あたりはすでに暗くなっていた。
付近にはゾンビの姿もなくなっている。倒しまくったもんなあ。
「お疲れさま」
「……あいつ、最後に急に弱くなった」
たしかに
「それにカードにもなっていないわ」
え?
ゆきかぜちゃんの雷撃が眩しすぎて俺にはよく見えなかったんだけど。
がしゃどくろは倒した後も骨が残っているので、異世界魔族の使い魔じゃなかったのかもしれない。
そしてデュラハンは死体もなく消えている。
「まさか逃げられた?」
「倒したわ。……聴こえないの? この音が」
音? 華琳に言われて耳をすますも、とくに変わった音は聴こえない。
歌班のしすたーずやレーティアたちも今は休んでいるし。
あ、美羽ちゃんとレーティアが目を閉じてうっとりと聞き入っている。
「綺麗な音色なのじゃ!」
「うん。これが
……聖鐘?
聖鐘の音色? 俺にはなんにも聴こえないんだけど。
「なんか聞こえんの?」
雪蓮も聞こえてないのね。
見渡せば、怪訝な顔をしている娘と、聞き入っている娘が半々ぐらいってとこか。
「……わかったのです。この音色は霊的な音なのですよ。聴こえている人たちは巫女レベルが高い人たちなのですねー」
風の解説でやっとわかった。
聖鐘の音を聞くには霊聴スキルが必要なんだろう。聖水や神墨汁の作成で巫女スキルのレベルが上がった娘たちは、霊聴スキルも入手していて聴こえている、と。
その綺麗な音色が聴こえないのが悔しいので、無駄とわかりつつ霊視スキルをONにしたらものすごい光景を目にすることになった。
都民だったであろう霊たちがうっすらと輝きながらゆっくりと天へと上っていくのだ。
目に入る範囲、そこら中から光る霊が上昇していくのは壮観だった。
「安らかに成仏なさってください」
詠美ちゃんたちこっち出身の娘たちが手を合わせていた。
俺もそれにならって黙祷する。
「……デュラハンが弱くなったのも、カードにならなかったのも聖鐘のおかげってこと?」
聖鐘はアンデッドを浄化する強力なアイテム。デュラハンがアンデッドなら影響を受けてもおかしくはないだろう。
「カードになって逃げられて復活される心配はないのか……」
あんな硬いやつと何度も戦いたくはないから助かる。
「達郎の仇を討てたのね!」
凛子とゆきかぜちゃんは成仏していく霊たちを疲れた顔ながらも微笑んで見送るのだった。
「あ、聖鐘の設置が済んだってメールが届いてた」
智子からのメールだった。
「聖鐘が鳴っているということは、敵拠点の破壊にも成功したのね」
聖鐘の設置は敵拠点の破壊後の予定だったから、蓮華の言うとおりなのだろう。
「私たちがデュラハンにてこずっている間に、あっちも頑張ってくれたみたいだな」
「私たちが敵をひきつけていたおかげですわ! つまり、私の美貌の勝利! なのですわ!」
おーっほっほっほと高笑いする麗羽に苦笑する白蓮。
「美ぼーじゃデュラハンは釣れないっすよ、姫……」
「文ちゃんしっ、説明すると長くなるから」
猪々子の口に手を当てて黙らせる斗詩も意外と酷いかもしれない。
メールには続きがあった。
拠点にいた魔人の処分に困っているので、都庁に向かってほしいとのこと。
今日はまだ帰れないらしい。
「魔人? とにかく行ってみよう」
都庁に残っているという剣士に電話し、マーキングしてもらってポータルで跳ぶ。
戦いのせいか、タワーの片方が崩れ落ちている都庁の前で待っていた剣士。
満月の戦いの時のように対魔忍たちも多くいて、照明や通信機を設置していた。
簡易的な陣になっているようだ。
「対魔忍たちはヘリできたのよ」
ヨーコが教えてくれた。
ヘリで上空からパラシュート降下したらしい。
バンシーが残っていたらどうするのさ、と聞いたら紫が連絡を取っていたようだ。
それならそれで、あらかじめ言っておいてほしかった。俺はまだ、紫に信用されてないのだろうか?
「こいつぜよ」
剣士が見せてくれたのはバケツ。
金属製の大きなバケツで中身は茶色く濁った液体だった。魔法光球で照明を追加しても液体の中はよく見えない。
「これが魔人?」
「そうぜよ。少し下がるんじゃ」
俺たちが離れるのを待って、剣士はバケツの中身を地面にぶちまけた。
「っ!」
バケツの中身は液体だけではなかった。ごろん、と転がって出てきたのは人の頭部。
やはり茶色くて、液体に浸かっていたというのに干からびた首だった。
「リッチぜよ。こいつがここをゾンビタウンにした犯人ぜよ」
リッチだという干し首を足で転がし、その顔がわかるように上に向ける剣士。大きく口を開けたその表情は嗤っているようにも泣いているようにも見える。
「智子とゆり子の合体技でここまでやったんじゃが、これ以上倒せんのぜよ。傷もつかんのじゃ」
キュアムーンライトとダークプリキュアの合体技か。おそらくはフォルティシモだろう。見たかったなあ。というか録画したかった。
でもその合体浄化技でも浄化できなかったってこと?
魔人。異世界魔族のプレイヤー。
使徒とは違い、倒されると復活はあまりしない。復活にかかるコストが莫大なのが理由らしい。
だから、倒せるなら多少無理してでも倒した方がいい。
バリアがあるというのなら、また
……駄目でした。
「華琳さまの炎も効かぬとは……」
「恋殿が斬れないなんて、おかしいのです!」
嫁さんたちの技や魔法でも効果なし。なんという硬さだ。
原因を調べることから始めた方がよさそうだね。
「どれ……アマタニエイジ……日本人だったのか」
リッチ首の鑑定結果に驚く。
残念ながら俺の鑑定スキルではそれ以上わからなかったからステータスは高いのかもしれない。名前もフリガナしかビニフォンには表示されなかったし。
「生きてはいるようね。……それにしても臭いわ」
鼻をおさえる華琳。悪臭耐性のスキルを持ってる彼女がここまで嫌がるのは、慣れてない臭いのせいだろう。
「この臭いのせいでヤマちゃん、口に入れようともせんかったぜよ」
「ああ、蛇だからヤニは苦手なのか。ここまで強い臭いじゃなあ」
リッチの首は異常にヤニ臭かった。バケツの液体を染めたのはリッチ汁ではなく、タバコのヤニのようだった。
「倒せないからと、置いていくわけにはいかんし、かといってポータルやゲートでは運べん。どしたらええじゃろ?」
ポータルやゲートは小隊員やフレンド登録した相手しか運べない。
……その制限がなくてもこれを
ワルテナがいればどうしたらいいか聞いたんだけど、アーチャーの撮影があるとかで帰ってしまった。ロム兄さんもいっしょだ。
あの2人とはもっと話したかったんだけどなあ。
「臭いのをなんとかしようと聖水に漬けといたんじゃが、あまり効果もないぜよ」
「あれ、聖水だったのか。……バケツはもしかして現地調達?」
「そうぜよ」
なんというイジメだ。どこにあったバケツかは聞くまい。
「ヤニの汚れ落とすんならさ、これだよ」
スタッシュから台所用洗剤を取り出す。中古のフィギュアについたヤニを落とした時に調べた方法だ。
直接触るのはなんか嫌だったので、スタッシュからゴム手袋を取り出して装着。リッチ首をバケツに入れなおす。
ずいぶん、がちゃっ歯だな。生前からそうだったのかな? そう思いながら洗剤を首にかけ、さらに聖水も投入。
しばらく待っている間に付近のゾンビの遺体をヤマちゃんに処理してもらう。
ゾンビのほかはリッチだけだったらしい。よほど自信があったのか、それとも囮の俺たちを確実に仕留めようとしていたのか。
「やっとトウキョウを取り戻せそうだ」
「あの者たちも喜んでおった」
光姫ちゃんも十兵衛も嬉しそうだな。聖鐘での成仏集団を見たのだろう。
「あの人たち、どうなっちゃうのかな?」
「そりゃ、あの世に行くんぜよ」
「あの世?」
神様が見捨てたこの世界にそんなものあるの?
俺の疑問に気づいたのか、剣士が笑う。
「あの世はのう、修行する神さんが準備しておくんぜよ」
「準備?」
「まあワシはGMなかったんで基本仕様のままじゃがのう。……この魔人を倒せればGMもかなり貯まるじゃろ。魂のストック可能数増やすのもええかもしれんのう」
課金して拡張って……なんだろう、あの世ってソシャゲのプレゼントボックスのような気がしてきた。もしくは倉庫とか。
神様は人間をアイテム扱いしてるっぽいから、魂もそうなのかもしれない。
「あの世に魂集めてどうするのさ?」
「質の高い魂の数が多いほど、神としての評価が上がるんぜよ!」
むう。コレクターとしての自慢? でも、評価が上がるとGMも増えるんだったよな。……神様のシステムはよくわからん。
あの世が狭くてあぶれちゃったら、その魂はどうなるんだろう?
怖くて聞けやしない。死んだ人たちのためになんとしてでも、リッチを倒さなければいけなさそうだ。
「そろそろいいかな?」
一度外したゴム手袋を再び装着して、バケツからリッチの首を取り出すと、綺麗にとはさすがにいかないが多少はヤニが落ちていた。あとは振動させるなり、聖水の温度を上げるなりすれば落ちもよくなるだろう。
「おや?」
リッチのがちゃっ歯に違和感を感じる。
スタッシュから掃除用の古歯ブラシを取り出して、バケツの洗剤入り聖水に漬けながら磨いていく。
「……なにか彫っているな」
リッチの歯に文字らしきものが彫られていた。読めないけど意味がありそうではある。
「もしかして……華佗、この歯どれか抜けないか?」
人体に詳しい華佗ならなんとかしてくれるかもしれない。
「治療が効けばあるいは……」
地面に置かれたリッチヘッドに向かって取り出した鍼を構える華佗。その鍼が光り出す。
「我が身、我が鍼と一つなり! 一鍼同体! 全力全開っ! 輝け金鍼……!」
これは、技? 治療って言ってなかった?
鍼治療にもCPチャージできるの?
華佗の持つ鍼がどんどん輝きを増していく。
そしておもむろにリッチヘッドに突き刺した。
「うおおおおお……」
あまりにやかましいので、ゴム手袋を外し両手で耳を塞ぐ俺。
光が収まると、華佗はリッチヘッドから鍼を抜いた。やっと静かになったとリッチヘッドと華佗に近寄る俺たち。
リッチヘッドのそばに文字が彫られた歯が落ちている。
「嘘……」
華佗のことを知らない嫁さんたちが驚く。
「どうなっているの?」
「回復ベッドといっしょ。俺さ、あれのおかげで虫歯が治ったんだよね。永久歯だったはずなのにまた新しく生えてきてさ」
「つまり、攻撃ではなく回復だったから通ったということか」
リッチヘッドの口を指差すと、そこには新しい歯が生えていた。それだけは綺麗に白いので妙に目立つ。
「アンデッドでも治療が通じるとはのう。さすがは聖者様ぜよ」
「これで攻撃が通じるようになってるといいけど……」
俺が言っている途中で、鈴々ちゃんがリッチヘッドに斬りかかる。
「……やったのだ?」
あっさりと蛇矛がリッチヘッドを真っ二つにしていた。
そして、リッチヘッドはサラサラとまるで砂時計の砂のように崩れていき、あとにはなにも残らなかった。
「やっぱりあの歯が原因でしたか……」
「あわわ、結界符のようなものだったんでしょうか?」
「障壁魔法、研究してみるのもいいかもしれませんですね」
軍師たちはあの文字を覚えているのかな? あの抜けた歯も消えてなくなっちゃったんで、俺としては再現できそうにない。メモか写真をとっておけばよかった。
あの文字を隠すためにタバコ吸いまくってヤニでコーティングしてたのだろう。ただのヘビースモーカーだった可能性もあるけど。
その後、都庁の後始末は対魔忍にまかせて俺たちは帰宅。剣士たちも屋敷の外には出ないという約束で、いっしょにきていた。
「ずいぶんとでかい屋敷じゃのう。時代劇みたいぜよ」
珍しく剣士の意見が当たっている。
「お疲れさまッス!」
柔志郎小隊は先に帰っていたようで、留守番組といっしょに出迎えてくれた。
「柔志郎もお疲れさま。スカイツリー、どうだった?」
「電車が動くようになったらまた行きたいッス」
聖鐘はせっかくだからと、スカイツリーの展望台に設置した。高い所だし、人目にもつく。条件には合っている。現に鳴らした時の効果もバッチリだった。……俺には聴こえなかったけどさ。
「浅草からみんなで飛んで行ったッス」
「ゆり子お姉ちゃんもとべるの?」
「もちろんだ」
得意げに答えたゆり子に目を輝かせる璃々ちゃん。うん。ゾンビや骨たちとの戦いで荒んだ心が癒されるなあ。
「璃々もとびたい!」
「そうだな。今度私の箒に乗せてやろう」
「わぁ」
璃々ちゃん用の飛行装備が必要になる日がくるのかな。
魔法少女っぽい服を用意してあげるのもいいかもしれないって、考えていたら智子と目が合った。
「そん時は私がチェック入れたる」
うん。さすが俺の娘。しっかり考えが読まれているみたい。
夕食後、剣士たちはトウキョウ駅のゲート経由で帰っていった。
トウキョウが解放された後のゲートの確保が問題なのだが、知らぬ間に柔志郎がトウキョウ駅の拠点をずっと使えるよう交渉していて、しかも許可をもらっていた。
「だってゲートが使えないと、サイコロ世界や他の担当世界に行けないッス」
そりゃそうだけどさ、なんでトウキョウ駅? もっと利用客の少なさそうな駅でもいいのに。
「小さい駅だと邪魔になるッスよ」
ゲートである魔方陣を一般人立ち入り禁止の部屋にしてしまうらしい。
そりゃ邪魔な部屋ができるわけだけどさ……。
「他の拠点も使えなくなるわけじゃないッスけど、駅員さんやお客さんの迷惑になるッスから、気を使わないと駄目ッス」
……トウキョウが復旧するのにどれぐらいかかるかな?
建物はそれなりに残っているけど、失われた人間が多すぎるんだよなあ。
「明日からしばらくは死体の処理だ。何日かかるかな……」
ヤマちゃんに分離機能あってよかった。できればもっと数がほしいけどこればっかりはしかたがない。
「大変だろうけど、がんばろうね」
「うむ。魂は成仏したとはいえ、墓は早くたててやりたい」
そこらへんは政府にまかせたい。
「それが終わったら、海に行こうね!」
桃香の発言に頷く者多数。
もちろん俺もだ。みんなの水着姿が楽しみすぎる。
「その前に、ゾンビタウンの残る他国への対応も考えなければならないでしょう?」
自国のゾンビタウンもなんとかしてほしいって思うのは当然だろう。聖鐘が納入され次第、俺たちも行かなきゃいけないから協力してもらえるようにしておかないと。
「ニホン政府に頼んで、各国に連絡してもらわないといけないか」
「会議を行う必要があるじゃろうな」
各国のお偉いさんが集まる会議か。俺、出なくていいんだよね?
そんなのに出席することになったら胃に穴開くよ……。
せっかくトウキョウを解放したというのに、この先がものすごく不安になるのだった。
その夜。
俺の部屋に現れたのはゆきかぜちゃんと凛子。
引率の嫁レンジャーはいなかった。
「あなたたちのおかげで達郎の仇が討てた。礼を言うわ」
頭を下げる2人の少女。
「夫婦なんだからそんなに気にしなくても」
「でも……」
「それとも、仇が討てたから夫婦でいるのはもう嫌になった?」
2人が嫁になってくれたのって、達郎君の仇を討つためにって、先走っちゃった結果なんだよね。
「……別れるつもりはないのでしょう?」
「うん。他の娘も別れたいって言い出しかねない」
「そんなことはないと思うけど」
どうだろう? 最近はそんなに嫌われてはいないって思っているけど……。
「なら、さっさとすればいいでしょ」
「ゆきかぜちゃん……」
「覚悟はできている」
「凛子まで……」
うーん。なんかまだ俺が対魔忍ユキカゼの悪役になっている気分がするんだけど、そんな理由で断ったって納得してはくれないだろう。
そう自分に言いわけをして、俺は2人との初夜を迎えた。
いつも通り、後ろのみだけどね……。