風譜バッテリー   作:群武

6 / 6
6球目

「え?」

 

快音と共に消えた打球はライトポールの外側を通る。

結果はファールだが初見で完璧に捉えられた。

 

(危なー。もうちょっと甘かったら初球で終わるところだった)

 

1打席勝負となれば初球から手を出すのはリスキーな為、心のどこかで見送ると決めつけていたのかも。

先程まで余裕綽々だった私はスイッチを切り替える。

 

(今のスイングといいこの人のレベルは全国クラスで間違いない。さっきの威圧感も勘違いじゃなさそうだし)

 

半信半疑だった実力が確信に変わり、改めて向き直す。

先程のカーブを活かすために2球目はアウトコースにストレート。

左対左のアウトコースは打者から1番遠くクロスファイヤーになるので初球インコースのカーブの後だとかなり効果的に投げ込める。

単純ではあるが効果的な配球で自信のあったストレートも快音を残しスタンドに突き刺さる。

この打球もポールの少し外。

3球目は高めに1番力のあるストレートを投げ込むも見送られる。

 

(これで決める!)

 

4球目はストレートと同じフォームから球速差30キロで低めに制球されたチェンジアップ。

空振り、もしくは引っ掛けた凡打を期待したが

 

(片手打ち!?)

 

日向先輩は届かないと感じるや否や左手を離しバットを遅らせる

ただ遅らせるだけなら凡打になるだけだがバットとボールが当たる直前に体を逆回転させ、一時的にバットスピードを上げる。

 

(そこからツイスト!?)

 

プロでは主流になりつつあるツイスト打法たが、片手打ちと合わせて使う人は見たことがない。

 

(嘘でしょ…投げるコースないじゃん)

 

インコース、アウトコース、高め、低め、ストレート、カーブ、チェンジアップと自分の持っている球種とコースをほぼフル活用しても打ち取る所か空振りすら取れない。

その後はアウトコースのカーブとチェンジアップが外れ2-2と並行カウントになる。

 

(ここまで来たら腹を括るしかないか)

 

私は決め球以外の球種でも充分打ち取れると思っていたがそこまで余裕はなかったらしい。

少し息を吐いてボールの縫い目をズラす。

先程と変わりないフォームからリリースの瞬間左腕を利き手方向へ捻じる。

投げた瞬間ボールは真ん中より少し内側のかなり甘いコースへ行く。

それに対して日向先輩がスイングを始めた瞬間、ボールは急激に変化を始める。

変化の方向は私から見て左、日向先輩の懐を抉るような角度で切り込む。

私が最後に選んだ球種は「シュート」。一般的に投げられるシュートよりもキレも変化量も比較にならないくらい大きい「カミソリシュート」と呼ばれるものである。

中学ではこの球種にかなり助けられた。

それほどピンチの時に選んだ球種であり自信のある球種でもある。

(打ち取った!)

 

そう思った瞬間聞こえてこないと思っていた快音が聞こえボールは一塁ベースの内側を通過する。

 

「…打たれた?」

 

確かに今までシュートを打たれたことはあるが、初見であそこまで完璧に打たれたことは記憶にない。

それに途中までインコースを捌けるようなスイングの軌道ではなかったはず。

 

「捉えはしたけどヒットとは言えない所だね」

 

打たれたことへショックを受けていた私に日向先輩は話しかけてくる。

負け惜しみを言うなら一塁手の正面ではあるが、あれほど完璧に捉えられたなら負けたも同然だろう。

 

「いえ、あれはヒットですよ。ヒットじゃなくてもあれだけ捉えられたら言い訳の言いようがありません」

 

私は潔く負けを認めようとするが

 

「ううん。私が守ってたら絶対捕ってた」

 

そういう先輩の瞳は力強く自信が見て取れる。

ここで変に意地を張るとややこしくなりそうなので私は直ぐに折れる。

 

「なら今回は引き分けですかね?」

 

「そうだね。」

 

「では守ってもらった時は期待してますね」

 

「その期待に答えられるように頑張るわ。でもいいの?それだと私の条件だけ叶えて貰う事になっちゃうけど」

 

少し申し訳なさそうに聞いてくるが、本気でやるかは別として一緒にプレーしたいと思ったのは違いないので問題ない。

まーあんな事を言った手前今更私から一緒にやりたいとは言い出せなかったので日向先輩の案に便乗させて貰うことにする。

 

「特に問題ないですよ。強いていえば試合の時に苦しくなったら助けて下さいね」

 

「ってことは!?」

 

私の発言の意味を汲み取った愛李ちゃんが駆け寄ってくる。

断られたらどうしよう?

そんな不安も相まって緊張した面持ちになる。

少し息を吐いて緊張を和らげてから覚悟を決める。

 

「祇園ボーイズ出身!涼風鈴音!ポジションは投手!よろしくお願いします!」

 

腹の底から声を出してこれから一緒にプレーするチームメイトに自己紹介を行う。

私の不安を消し飛ばすくらいの拍手に自然と笑みが浮ぶ。


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