本作はシフトアップネット様の作品「ねおきでクエスト」の世界観を基にした内容ですが、改変や独自の解釈が多く存在しています。
陽の光も届かないとある廃れた神殿。その大広間に、異様な光景が広がっていた。床に描かれているのは、古より魔族に伝わる「魔法陣」と呼ばれる紋様である。その陣の上には人の形をした、しかし人ならざる者が一人横にされていた。目は虚ろ、腕や足はだらんと寝かせ、元は肉付きが良かったと思われる身体は今や枯れ枝のように細く、その生命は今にも尽きようとしていた。その者は「魔族」と呼ばれ、この世界の人類を害する種族である。
そして広間にある生命はもう一つ。その世界の人間には「邪天使」と呼ばれる魔族、人ならざる存在である。彼こそがこの魔法陣を描き、贄を捧げている張本人であった。
彼は魔族から生気を吸い取る陣の様子を長い間ぼんやりと見ていた。彼にはそれが日常的な光景であった。
「まだ、なのか……」
何度も行った「儀式」に辟易してか、邪天使はそう独りごちた。本来ならこの地の主たる者が鎮座していたと思われる玉座の、その傍らに佇む彼は、この「儀式」をヒトならざるものでも気が狂いそうな年月の間繰り返していたのである。それこそ、人間が生を受けて寿命を迎えてもなお足りないほどの長い年月である。
しかし、その気の遠くなるような作業の日々はこの時を以って終わりを告げる。
贄として捧げられた魔族のその生が尽きるが早いか、突如魔法陣が紫色に強く光り輝いた。その光は広間を覆い尽くし、神殿の外からでも確認できる程であった。その光景を目の当たりにした邪天使は歓喜に打ち震えた。
「……!! 遂に…! 遂にやったぞ! 時は満ちた!!」
邪天使が長い年月をかけ、同族の命を奪ってまで望んでいたもの。それは、その強靭な肉体がもたらす破壊力、知能ある魔物を統べるカリスマ性、そしてその器に宿る大いなる「魔力」をもってしてかつての人類を苦しめた『魔王』と呼ばれる存在であった。邪天使は膨大な生命をこの魔法陣に捧げ、魔王を復活させようとしていたのだ。
今の人間たちは平穏な日々を過ごしており、かつての魔王を滅ぼした時より魔の力に対抗する力はない。この世界に魔王が復活すれば、人間たちは為す術がないだろう。そして魔王を復活当初から側近として援護するのは他でもなくこの魔族随一の知能を持つ邪天使である。まず間違いなく全ての人類は魔族の支配下に置くことができる。そして魔王が世界を支配した後、魔王に次ぐ№2の地位を獲得して、行く行くは次期魔王に……。
それが邪天使の企てていた計画の全容であった。しかし、成功するはずだった彼の計画は、その第一段階、魔王復活で失敗に終わることになる。
「私の計画が遂に始まる!! これで私はこの世界を……!?」
古より伝わる魔法陣には、莫大な生命エネルギーを必要とした。魔法陣の起動に百年にも渡ろうかという時間をかけたにも関わらず、その何倍もの力が無ければ復活を果たせないほどであった。復活の対象が強力すぎたのだ。そして魔王復活の儀式は伝承でその存在のみ記されていたため、その事実を知る者はこの世界にはいなかった。強烈な光は収まるどころか、ますます輝きを増して遂には周囲の物体の何もかもを吸収しだした。それは生命とて例外ではなく、邪天使の体は魔法陣に取り込まれ、その生は計画とともに呆気なく幕を閉じた。邪天使の生命エネルギーを吸収した後も、その光は神殿に巣食う魔族から小さな虫に至るまであらゆる生命を巻き込んだ。魔王復活の条件が揃ったとき、もう神殿やその周りには命あるものは何一ついなかった。
神殿の大半がまるで神隠しにでもあったかのように削り取られ、ポッカリと空いた窪みの中心に、この世ならざる異形の魔物が蠢いていた。その名は、魔神デスガイア。そして荒廃したこの神殿は、後に「悪魔殿」と呼ばれることになる。
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目覚めると、そこは森の中だった。
この事実は、現代日本のごく一般的な高校に通っていた勇斗には、到底理解しがたいことであった。夢うつつの頭で、何とか状況を把握しようと思ったが、どうにも体に力が入らない。金縛りかとも考えたが、それは現実で起こることであり、ここが夢の中ならばそれも違う。そういえば、体が思うように動かない時は何かを強制されてるようなときに見るんだっけ……。最近親も担任も試験の成績だの勉強だのってうるさいからなあと、受験を控える勇斗はそう思った。以前も勇斗は自分の体が動かなくなった夢を見たことがあり、それがどうにも気にかかって一度夢占いで調べたことがあったのだ。何やら今回もその手の夢を見ているらしい、自覚できる夢は明晰夢っていうんだよなと知識を思い起こしているうちに、意識が明快になっていく。
(この夢はいつ覚めるかわからないし、そもそも初めて明晰夢を見たかもしれない。こんなレアな体験、そうそう無いだろう。どうせだしこの非日常を楽しむことにしよう)
そう考えた勇斗はあくびを一つ漏らして、見知らぬ森の中を探索することにした。
「しかし、見れば見るほどおかしな森だな」
数分ほど歩いた頃だろうか、勇斗はふと何の気なしにそう呟いた。地面に生えてる草や花、遠くに見える木々、それらの間を動き回る小さな生き物たち。それらはどれも勇斗が初めて見るようなものばかりであった。
(こんな植物あるんだな……俺が自分で想像してんのか?)
勇人はしゃがみ込み、地面に生えた自分の知らない真っ赤な花を観察しながら考える。しかし、知らないとはいっても勇斗は都会の高校に都会の高校に通っており、アウトドアな趣味も持ち合わせていない。そのため、知らない植生や生き物が多く存在するのは当然のことではあった。それにしても、と勇斗は自分の足元に視線を移す。勇斗は今、裸足で森の中を歩き回っていた。服装は長袖のパジャマであり、ポケットには自分のスマホが入っている。どうやら勇斗は寝たときの格好のままこの世界に来てしまったらしく、明らかに今の勇斗は探索に向いていなかった。裸足では足に植物が当たって歩きづらく、パジャマが枝に引っかかってほつれてしまう。ポケットのスマホも充電はあったが電波は圏外だったことも、妙にリアルだと感じていた。
(まあ、何でもいいか。いくら考えても夢なら意味ないし…… ん?)
そう思考放棄気味に結論付けた勇斗の視界に、何やら人ほどの影が映った。勇斗の側には背を向けているようだが、ほかに仲間らしき者は見当たらないため、勇斗にはこの世界の第一村人としてはおあつらえ向きのように見えた。
(あれが夢の世界の住人達ってわけか?ちょっくら挨拶してくっか)
この世界を明晰夢であると踏んでからは好奇心のみで行動しているため、今回も勇斗はそう思い、呑気に近づいた。その影をてっきり人間と勘違いしていた勇斗は、何かを話しかけようとし、ついに何も口にすることはなかった。
まずその影には、足が無かった。全身を濃い緑が覆う巨体には、人間には持ちえない翼らしきもの。醜悪で巨大な腹。鋭利な手。こちらを振り返る顔に、虚ろな目と耳まで裂けた口。
濁った目にじっと見られ、勇斗の背中に冷や汗が流れる。ファンタジーな夢ならもうちょいマシな奴を出してくれよ、と内心で愚痴を垂れつつも、この状況をどうするか思考を巡らせる。
しかしその思考も目の前の緑の巨体によって停止させられる。緑の巨体がこちらを睨みつけながら、何やら呟きだすと、その手に熱をもった光が揺らめきだしたのだ。その光は段々大きく、揺らめきが強くなり、ついにはその巨体の腹と変わらないほどの大きさにまで膨れ上がる。熱量を持った光の陽炎は、怪物の顔の輪郭がぼやけるほどであった。
(これは……絶対にやばい!)
巨体が明らかに敵意を持ってその行動をしていることからも、勇斗はこの状況が自分の危機であることを確信した。しかしその場から離れようとしても、足が動かない。恐怖から腰が抜けているのかと一瞬思ったが、しかしそうではないことに気づく。自分の足が、何者かによって地面に磔にされているようだった。足元を見ると、地面から生えた口のようなものが足を噛みついて離さない。それは先ほど観察した、真っ赤な花だった。
(この花、動いて……ッ!!)
勇斗が足元に気を取られた刹那、巨体が放った炎が勇斗を覆った。体中を熱が襲う。たまらず勇斗は絶叫を上げ、その場に倒れこみ、熱さと痛みにのたうち回る。体が酸素を欲するが、満足に息ができず、次第に意識にもやがかかる。
薄れゆく意識の中、灼ける様な『痛み』を感じた勇斗はある一つの考えが浮かんだ。
(まさか、これ夢じゃない?)
勇斗は朧げな思考でこれが夢であることの整合性を判断する材料を引っ張り出そうとし、しかし頭は上手く働かずに視界が暗闇に支配されていく。奇妙な生命の叫び声、手や足を刺激する植物の感触、そうしたものがどんどん遠ざかる。ついには焼け焦げた匂いも感じられなくなり、もう何も考えられない――――そうして勇斗の意識は落ちた。
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「まったく、とんだ期待外れだったようね」
緑の怪物「デベソン」から炎の魔法「フォノ」を受け、地に沈んだ勇斗の姿を見て、妖精はそう呟いた。
彼女が勇斗の存在を気にかけたのは全くの偶然であった。彼女は森の奥地に棲み、無尽蔵の魔力で魔法を使い、その身を他の魔法から守る超常的な存在であり、自分と森の木々以外のことにはほとんど興味を示さない。そのため、人の前にはめったに姿を現さず、人間たちには半ば伝説としてその存在が伝わっていた。
そんな彼女は、昼寝から起きたとき、森の雰囲気がいつもとは違うことを感じ取っていた。奇妙な気配のする方向に向かうと、デベソンや「人食い花」と相対する勇斗を見つけた、ということである。
魔物に命を奪われかけている勇斗を見ても、妖精はその場から動くことはなかった。奇妙な魔物たちが現れてから何年もの時が経ち、森の姿はすっかり変貌してしまった。怪物たちが跋扈する、無力な生命は蹂躙される世界へと。そんな森へ、気まぐれに来る方が悪いのだ。森の姿が変わったとはいえ、自然界の掟が弱肉強食なのは変わりない。妖精としては、勇斗に同情はできない、と考えようとしていた。
しかし、妖精はどうにも立ち去れないでいた。ある一点が気になり、それが頭を離れないのだ。
(世界に悪が支配されるとき、平行世界から現れる伝承の「勇者」……まさかこんな奴がそうだっていうの?)
彼女は目の前で火だるまになりながら地を這う勇斗を見下ろしてそう思う。もしも勇斗がそうなら、彼を救う必要がある。妖精は、小さな動物たちと木漏れ日の中で昼寝をし、鳥たちと湖で遊ぶ、かつての日常を愛していた。しかし魔物には心がなく、妖精の愛した森を踏み荒らしてしまったのだ。しかし彼女には、自分がとても悪の根源を絶つことができるとは思っていなかった。彼女がこの世界に生を受けてからというもの、森から外に出たことが数えるほどしかないからというのもあるが、悪は平行世界から現れた「勇者」が滅ぼすという伝承があったからだ。しかしその「勇者」はいつ、どこに現れるかなどは伝承に無かったから、もしかしたら目の前の人間は町から吞気に森に入った愚か者かもしれない。実際、人間は魔物相手に何もできず、その命は今にも尽きかけようとしている。
もしこの人間が「勇者」だった場合、かつての森の姿はもう戻らないだろう。しかしただの人間を助けて、その姿を他の人間に見られるのは嫌だった。妖精は悩んだ末に、奇妙な機械を目当てに人間を助けることにした。
(これはあの人間を助けるんじゃなくて、あの人間が持っている機械が壊れたら困るからするだけ)
そう考えながら、彼女は緑の魔物の前に降り立った。彼女はまず自分の身体能力を魔法で向上させ、人間の足を噛みついている人食い花を蹴とばした。そして太めの枝を手にすると、緑の魔物を殴りつける。痛みに叫ぶ怪物の喉元に迫り、枝で突き刺し、デベソンを絶命させる。
一瞬のうちに二体の魔物を仕留めた妖精は、次に人間を魔法で治癒した。魔力を大きく費やすと、炎に灼かれていた部分や花に嚙まれた足の傷はすっかり元の状態に戻り、安定した寝息を立て始めた。
それを確認すると、妖精はほっと息をつく。内心では同情できない、森に来る方が悪いと言いつつも、久しぶりに見た人間が目の前で見殺しにしてしまうのは心が痛んだのだ。
落ち着いたところで、妖精は目の前の人間をじっと観察する。この世界の人間にはさほど珍しくもない黒髪、美形とも精悍ともいえない平凡な顔と体系、そして身に着けた衣服はどんな生地を使っているかは分からないが、およそ戦闘向きとは思えないような代物だった。今ちょうど、目の前で寝ている姿がしっくりくる。もしかしたら寝巻なのかもしれない。こうしてみると、本当に「勇者」なのかという疑問を抱く。
(まあ、どっちにしても後は他の人間に任せちゃえばいいか)
そう判断した面倒がりの妖精は、魔法で人間を浮かせて飛び立った。
町の外れまで運ぶと、人間がポケットに入れていた奇妙な機械を、迷惑料がわりに自分が貰っていくことにした。
「返してほしかったら、私のいるところまで来てみなさい『勇者』様!……なんてね」
冗談交じりにそう言うと、妖精はさっそく機械を弄るべく森の奥地へと飛び去っていった。
しかし、このとき彼女はまだ知らない。彼が本当に伝承の「勇者」と呼ばれる存在であることを。彼が再び、今度は自力で森の奥地まで到達することを。そして、彼が自分と共に魔神デスガイアを打倒することを―――。
ついでに自分が勇斗のスマホにあった一人用RPGのアプリを見つけて沼にはまり、それに登場する防御魔法を特訓し出すこともまだ知らない。
本作を読んで「ねおクエ」およびシフトアップネット様に興味を持っていただけたら光栄です。