女子高生ですが、大妖怪に間違えられて式神になりました。   作:バケツJK

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チェリーハント

 お札の家の怪異を無事に攻略した私は、薄汚れていても美人な東根(ひがしね)先生と、アンコちゃんとバッケちゃんという女四人組で、今夜泊まる旅館の温泉大浴場にやって来た。

 もう深夜の三時だし眠たかったが、さすがに廃墟を探検してきてお風呂にも入らずに寝るのは女子として抵抗がある。

 一日に二度ある清掃の時間を除けばいつでも入ることができる大浴場だが、この時間ともなると他の入浴客の姿はなく、実質私たちの貸し切りだった。

 私は木製の風呂椅子に腰を下ろして、シャワーのスイッチを押してお湯を浴びる。

 

「ふわあ……♡ 冷えた体にお湯が効きますね~。ちょっとぬるいですし、水圧は弱いですし、三十秒くらいでお湯が止まっちゃいますけど……」

 

 節水のためなのだろうけど、こうした旅館なんかにある大浴場のシャワーってすぐに止まっちゃうタイプが多い気がするな。しかし、三十秒じゃシャンプーも流しきれないし、さすがに短すぎると思うぞ。

 シャワーがこの感じだとドライヤーの風量も期待できそうにないな、きっと永遠に髪が乾かないやつだろう。

 

「はい、手を上げてくださいねー」

 

「ん」

 

 私の隣の風呂椅子にちょこんと座ったバッケちゃんのぷくぷくとした小さな体を、その後ろに膝立ちになったアンコちゃんがわしゃわしゃと洗ってあげている。

 そんな二人の様子を横目で見つつ、いつもはドジなアンコちゃんだけどこういうところでは手際が良いなあと思う。普段からバッケちゃんを洗ってあげているらしいので、当たり前といえば当たり前なのだけど。

 

 早く露天風呂に行きたいし私も急いで体を洗ってしまおうと思った矢先に、私たちから少し離れたところの風呂椅子に座っていた東根先生が「うっ……!」と、思わずといった風に小さな悲鳴を上げた。

 

(いた)たたた……何日も長持(ながもち)の中で寝ていたせいか、色々なところが痛くて思うように体を洗えない。困ったな、どうしたものか……」

 

 東根先生がそんなことを言って、悲しそうな顔をしてこちらをちらちらと見てくるので、私は仕方なしに立ち上がり東根先生を手伝いに行く。

 

「どこが洗えないんですか?」

 

「ほとんど全部だ、むしろ洗えるところの方が少ないくらいだよ」

 

「ええっ!? もうちょっとくらい頑張れないですか?」

 

「いや、無理だ。ほら、あまりの痛みに涙が出てきてしまった」

 

「いやいや、シャワー頭からかぶっちゃってるじゃないですか、ほらって言われてもわかんないですよ」

 

「すまないが洗ってくれないか? 自分では洗えないから、もしもヤマコに洗ってもらえなければ、何日も風呂に入っていない汚れた体で湯に()かるのも躊躇(ためら)われるし、私はずっとここに座っているしかなくなってしまうのだが……」

 

「ええ、だって恥ずかしいですよ、なんか……えっと、東根先生って凄くエッチな体してますし、なんか、だって恥ずかしいですもん!」

 

「女同士じゃないか、恥ずかしがることなんて何もないだろう?」

 

「ア、アンコちゃんに洗ってもらえばいいじゃないですか。アンコちゃんなら手慣れていますから、私なんかよりも器用に洗ってくれるはずです!」

 

「彼女は彼女で忙しそうじゃないか、頼むよ」

 

「ええ……や、だって、やですよ、やっぱり恥ずかしいです」

 

「ふうん、そうか……黒いタウ型十字、311(ページ)が破り取られた新約聖書、(つる)薔薇に呑まれた五芒星、廃材に刻まれた(うた)――」

 

「えっ、えっ、えっ!? なんですか!? どうしたんですか!?」

 

拙著(せっちょ)の愛読者でありながら、私の体を洗ってもくれない釣れない君に、もうすぐ発売される新作のネタバレをしているのだよ。ふふ、これらすべてが重要なキーワードになっているのさ。ちなみに廃材に刻まれた詩だが、『私は太陽を見たことがない――」

 

「やめっ、やめてください! ネタバレはダメです! キーワードだけでも色々と考えちゃいますから! ひ、ひどすぎますよっ、これがファンに対する仕打ちですか!?」

 

「君こそ、本当に私のファンならば私の体を洗ってくれるはずだぞ?」

 

「ええっ!?」

 

 そ、そうなのだろうか? いや、確かにそうかもしれないけど、だって、なんか恥ずかしいぞ!?

 でも、私が気にしすぎなのかな……?

 そういえばねるこちゃんが、寄宿舎のお風呂が凄く広いから、もなかちゃんや仲の良い子たちと洗いっこしたりするとか言っていたっけ。

 

「ふむ。仕方ない、こうなったら犯人の名前を出すしか――」

 

「わー! わかりました、わかりましたから! あ、洗いますから、勘弁してください!」

 

「うむ、わかればいいんだ」

 

「もうっ……私だって階段から落ちてぶつけた背中が痛くて、ほんとはあんまり右手動かしたくないんですからね? 感謝してくださいよ、ほんとに!」

 

 そう言って私がハンドタオルにボディソープを垂らして泡立て始めると、東根先生が慌てた様子で「すまないが、タオルはやめてくれ」と言い出す。

 

「え、でも、これしかありませんし……」

 

「私は肌が敏感なんだ。タオルでごしごしと擦られたら赤くなってしまうから、素手で頼む」

 

「えっ!?」

 

 そんな話は聞いていないぞ!?

 素手で東根先生の体に触らないといけないなんて、そんなの私には荷が重すぎる!

 

「さ、早くしてくれたまえ。このままずっと湯に浸かれないでいたら、寒くなってしまうよ」

 

「で、でも、素手は……」

 

「おいおい、ついさっき洗ってくれると言ったばかりじゃないか。やると言ったこともやらないやつは誰からも信頼されないぞ?」

 

「え、う……」

 

「えうとはなんだ、えうとは。一度やると言ったんだ、自分で言ったことの責任くらいは取ってもらわなければな。ところで、今度出る新作の犯人だが――」

 

「ああっ!? 待って! 待ってください! あら、洗います! やります!」

 

 っていうか、犯人が存在するってだけでもかなりのネタバレだぞ……。東根先生の作品はホラーミステリーという独特のジャンルなので、ミステリー要素があっても犯人が存在するケースは案外少ないのである。

 

「ふふ、ではよろしく頼むよ。さて、まずはどこを洗ってくれるのかな?」

 

「あっ、あっ……う、腕、腕です、腕!」

 

 そう言って、私は手のひらでボディソープを泡立てて、東根先生の右肩から手首までを擦る。

 うう、体を洗うのを手伝うにしても、せいぜい背中くらいだと思っていたんだけどな……他の部位に進むのが怖くて、腕ばかりを何度も何度も往復してしまう。

 

「ああ、そうだ。ほら、私は乳房が大きいだろう? だから、乳房の下に汗が溜まってしまうんだ。(わき)やVIOなんかも含め、汗をかきやすいところは入念に洗ってくれたまえ」

 

「え、えっと、ブイアイオー? って、なんですか?」

 

「ああ、デリケートゾーンといえばわかるかな? 股の辺りのことだ」

 

「あ、えっ、あっ!? ……わ、わかりました…………ツルツルだ……」

 

「閉じ込められている間、暇だからといって毛を抜いていたわけではないぞ? 若い時にレーザーで体毛はすべて焼き払ったから、いちいち処理をしなくても生えてこないのさ」

 

「そういうのって、風の噂でめちゃくちゃ痛いって聞きましたけど……」

 

「痛いと言う人もいるが、私の場合は痛いとよく言われるVIOも大して痛く感じなかったから、おそらく個人差があるのだろうな。まあ、何度か通うだけでその後体毛を処理する必要がなくなるのだからおすすめだぞ。もし興味があるのなら、私が金を出してやろう」

 

「やっ、いいです、大丈夫です!」

 

「そうか? 残念だな、ツルツルになったら見せてもらおうと思ったのだが……おや、手が止まっているぞ? ほら、続けてくれ、早く湯に浸かりたいんだ」

 

「あ、はい! はいです!」

 

 いつの間に体を洗い終わったのか、気づけばアンコちゃんたちは内湯に浸かっていた。背の低いバッケちゃんは、アンコちゃんママのお膝の上に載せられている。

 いいな、羨ましいな……私も早くお湯に浸かりたい。

 

「ん、そこはもっと優しく触れてくれ」

 

「あ、ひゃい! んご、ごめんなさい!」

 

「ふむ……ヤマコはAアンダー70というところかな、どうだろうか?」

 

「な、なんでわかるんですか!?」

 

「ふふ、顔が真っ赤だぞ。湯に浸かる前にのぼせてしまったのかい?」

 

「なんまんだぶなんまんだぶ!」(※もうおかしくなってる。)

 

 そんなこんなで。

 かなり時間はかかったものの、頭がおかしくなりそうになりながらもどうにか私は仕事を終えた。

 すると、それと同時にアンコちゃんが「すみませんけど、白髪毛(しらばっけ)ちゃんがおねむなので私たちは先に上がっちゃいますね」と言って、バッケちゃんの手を引いて大浴場から立ち去る。

 何となく東根先生と二人きりになるのが怖くて、急いで立ち上がって私は言う。

 

「よし、じゃあ、私は自分の体を洗わないとならないので、先生は先にお風呂に浸かっていてください!」

 

「待ちたまえ」

 

 がしっと、東根先生に手首をつかまれた。

 

「え、え……? まだ何かあるんですか? 頭も洗いましたし、全部洗い終わりましたよ?」

 

「いや、ヤマコが丁寧に体を洗ってくれたから、血の巡りが良くなったのだろうな。急に体が動くようになったから、洗ってもらったお礼に次は私がヤマコの体を洗ってあげよう」

 

「えっ!? い、いいです、結構です! いりません!」

 

「遠慮しすぎるのも失礼だぞ? 私もファンは大事にしたいんだ、恩返しをさせてくれ」

 

「ええっ!? さっきまで新作の犯人を言おうとしていたじゃないですか!? っていうか、動けないって言ってたのもまさか嘘だったんですか!?」

 

「本当に動けなかったんだよ、さっきまではね。だが、今は動けるようになったというだけのことさ」

 

「そんなバカなっ!?」

 

 私は逃げようとするが、東根先生の手が外れない。

 東根先生がすっくと立ち上がり、素早く背後に回って私の肩の関節を()めながら言う。

 

「いいから、遠慮なんてせずに座りたまえ」

 

「痛い痛いっ、痛いです! たすっ、助けてください! アンコちゃん! バッケ先輩! 誰かー!」

 

「ほら、肩を外されたくなかったら素直に座りたまえ。脱臼(だっきゅう)したら凄く痛いぞ?」

 

「あ、あうっ……」

 

 何がなんだかわからないまま、私は今まで東根先生が座っていた風呂椅子に座らせられる。

 つかまれていた腕を解放されたが、ここで逃げようとしてもすぐに捕まるのは目に見えているので、とりあえずおとなしくしておく。

 私の後ろで膝立ちになった東根先生のおっぱいが、背中に当たってフニャンと潰れる。

 

「君ほどの妖力(ようりょく)を持った大妖(おおあやかし)ならば、当然ながら長い年月を生きているのだろうが、君からは甘酸っぱいさくらんぼの香りがする……それも、未成熟な。これが擬態ならば大したものだが、私は自分の鼻に自信があってね」

 

「え? え? 私、さくらんぼの匂いなんてしますか? いつも使っているシャンプーがちょっと甘い香りなので、それですかね?」

 

「ああ、その反応……本気でわからないって顔をしているのが、なんというか、たまらないな。はっきり言って君はとても私好みのさくらんぼだ、今すぐにでも食べてしまいたいくらいだが――冷光(れいこう)の式神に手を出したら、いよいよご当主サマに殺されてしまいかねないな。しかし、見逃すにはあまりに惜しい。ふむ、どうしたものかな……」

 

「えと、えと、さっきからさくらんぼって何のことですか? 私がさくらんぼって、よく意味がわからないですけど」

 

「何って、処女のことだよ」

 

「しょ――え?」

 

俗語(ぞくご)だがね、英語圏ではチェリーは処女や処女(まく)を意味するんだ。初めての時に流れる血の色と、チェリーの色を重ねているのだとか言われているが……」

 

「え、えう、え……しょ?」

 

「まあ、ご当主サマに殺されるかもしれないが、その時はその時だな。案外まったく気にしない可能性もあるし、怒るにしても必死で謝ればもしかしたら許してもらえる可能性もある――ぱくん」

 

 東根先生が、後ろから私の耳たぶを噛んだ。

 意味がわからないが、目の前にある鏡に映っているので間違いない。現実に起きている、実際の出来事だ。

 ぺろりと、東根先生の舌が耳の中に入ってきて、思わず変な声が()れる。

 

「ふあっぁ!?」

 

 もう限界だった。

 今でもおかしい東根先生の頭がさらにおかしくなってしまうかもしれないと思ったが、鏡越しに東根先生の目を見て、強く(にら)みつける。

 私は初めて、人間を相手に邪視(じゃし)を放った。

 てっきり怯え出すか苦しみ出すか暴れ出すかするかと思ったが、私に睨まれた東根先生はぽかんとした顔をして、ただ黙っていた。

 あんまりずっと睨み続けていたらヤバいことになるかもしれないと思い、私は目つきを(ゆる)めると、念のために東根先生から視線を()らす。

 

 それからしばらくして、東根先生が(たず)ねてくる。

 

「今、私に何をした?」

 

「えっと、ごめんなさい。私の目、ちょっと特殊でして……睨むと、妖怪とかでもおかしくなっちゃうんです。今まで人に使ったことはないんですけど、その、大丈夫ですか?」

 

「ヤマコに睨まれた途端(とたん)に、さっきまで確かに感じていた『情熱』が、急に冷めた……こんなことはこれまでにない、初めてのことだ。まさか、初体験を奪おうとして、逆に初体験することになるとはな」

 

「えっと、もう一度睨みますか?」

 

「やめてくれ、冗談だ。しかし、しばらく時間が経ったら元に戻るのか? もしも元に戻らなかったら、『情熱』を失った私など、もはや生ける(しかばね)だぞ……」

 

「わからないですけど、元に戻らなかったとしても謝りませんから。む、無理やり私に変なことしようとしたのが悪いんですから」

 

「ああ、それはそうだな。すまなかった。とりあえず、冷えてしまうし露天風呂にでも入ってこようかな」

 

 そう言っておもむろに立ち上がり、歩いていく東根先生の背中には元気がなかった。

 なんだか気まずくて、本当は露天風呂に入りたかったのに私は内湯で済ませて、東根先生が上がってくるよりも先にお風呂を出た。

 

 なお、二日後には東根先生からひっきりなしにラインが届き、電話がかかってくるようになった。私に会いたくて会いたくて、(ふる)えてしまうほどらしい。どうやら『情熱』とやらが戻ってきて元気が出たみたいで少し安心したが、東根先生の著書は全部押し入れの奥にまとめて仕舞(しま)った。

 別に先生の作品が嫌いになったわけではないのだが、東根錦という漢字三文字が視界に入ると背筋に悪寒(おかん)が走るようになってしまったのだ。

 

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