伊予島杏は文豪にして剣豪である   作:ほろろぎ

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第二章 杏、聖剣をつかむ

 神山飛羽真の小説『ブレイブドラゴン』に励まされた杏は、再び読書をはじめ感想の投稿を再開した。

 それから時が経ち、彼女は小学四年生に進級することができた。

 やはり周りの四年生達とは一年違いのままであるが。

 

 変わらず周囲からの気遣いに壁を感じ、学校では一人で過ごすことが多い杏。

 しかし彼女の心は以前のように暗く沈み切ったままではない。

 本が杏の心を、ギリギリのところで救い上げてくれているからだった。

 だが、そんな杏の日常を大きく一変させる出来事が起きる。

 

 ──二〇十五年、七月末日──

 

 地震や津波、台風などの大規模な自然災害が、短期間に続発する事態が発生。

 杏の住む愛媛県も災害に見舞われ、地域住民に避難の指示が出たのだ。

 杏も両親と共に避難所へ向かっていたのだが、その時、事は起きた。

 

「なに、あれ……」

 

 突然、天空から無数の白い物体が降り注いできたのだ。

 それは口と歯のような器官を備えた、巨大なヒルのような怪物だった。

 怪物──のちにバーテックスと呼称される──は、そのために存在するとでもいうかのように人々を襲い始める。

 未知なる何者かに飲み込まれるかのような恐怖にかられ、人々は訳も分からずバーテックスから逃げていく。

 その波に押され、杏は両親とはぐれてしまった。

 

 人波で親を探すこともままならず、杏は流されるように怪物から逃げて行く。

 どこをどう通ったかもわからず、人々の奔流に沿って走った少女はやがて、誰もいない小さな神社の前に来ていた。

 読書一辺倒でほとんど運動をしてこなかった杏は、ここまでの逃避行ですっかり疲弊している。

 

「ハァ…ハァ…、もう動けない……」

 

 ペタリと地面に座り込む杏。

 だが、事態はつかの間の休息も許さない。

 一人はぐれてしまった杏の元にもバーテックスがやって来たのだ。

 

「きゃあッ!?」

 

 少女を食い殺さんと突進してくるバーテックス。

 運動音痴の杏が咄嗟に怪物の突撃を避けられたのは、まさに幸運だった。

 地面にふせって怪物から逃れた杏。

 少女の頭上を通り過ぎて行ったバーテックスは、そのまま彼女の背後にあった神社に突っ込む。

 怪物の体当たりで、神社は玩具のように呆気なくバラバラになってしまった。

 

「に、逃げなきゃ……!」

 

 だが言葉とは裏腹に、杏は腰が抜け立ち上がることすら出来ないでいる。

 少女の目の前で、バーテックスがガチガチと歯を鳴らす。

 自分の命を奪い取れることを喜んでいるように、杏には見えた。

 まさにヘビに飲まれんとするカエルの心境だ。

 バーテックスは大口を開け、杏の体を噛み砕かんとした時──

 少女と怪物の間に、倒壊した神社の破片と共に一つの物体が落ちてきた。

 それは、一本の(つるぎ)であった。

 

 落ちてきた剣は杏の目の前で、地面に突き立つように刺さる。

 それはまるで、怪物から少女を守るかのように。

 否、そうではない。

 剣は少女に、それを手に取り目の前の化け物と闘え、と言っているようだった。

 杏自身にも、その剣は自分のために存在していることが直感として感じられている。

 

「む、無理だよ……そんなの」

 

 理屈ではわかっていても、戦いはおろか喧嘩ですら経験したことのない少女だ。

 武器をとって怪物に立ち向かうなど、とうてい不可能である。

 一瞬剣に気を取られていたバーテックスだったが、すぐに再度杏に狙いを定める。

 

(誰か……助けて!)

 

 杏は救いを願った。

 そして、その祈りは確かに叶えられた。

 

「ここかぁぁぁぁぁッ!!」

 

 突如として杏の耳に聞こえた雄叫び。

 直後、少女の眼前に迫っていたバーテックスの体に、鉄製の円盤状の物体が突き刺さった。

 円盤の攻撃を受けたバーテックスは、奇妙なうめき声を残し消滅する。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 杏の元へ駆け寄ってきたのは、一人の少女だった。

 背は杏よりずいぶん小柄だが、男子のような活発さを感じさせる女の子。

 先ほどバーテックスに投げつけられた円盤は、この少女が杏を助けるために行ったのだと理解できた。

 少女の名前は、土居球子。

 神によって導かれた、世界を救う選ばれし『勇者』の一人だ。

 

「立てるか?」

 

 そう言って、球子は座り込んでいる杏に手を差し伸べる。

 ヨロヨロと立ち上がりながら杏は、まるで自分が読んでいた物語の一部に入り込んだような感覚を覚えていた。

 囚われの王女を救いに現れる白馬の王子。

 球子は女の子だが、あまりにも状況が合致していたため杏の目には、少女が憧れの王子様に映っていた。

 

 互いに自己紹介をするのもそこそこに、二人は安全な場所へ避難しようとする。

 しかし、その前に新たな追撃者が現れた。

 

『勇者が二人そろったか。だが、一人は未だ未覚醒……』

 

 追撃者は、怪物然とした白いバーテックスとは明らかに異なる姿をしていた。

 それは、黒と紫の鎧に身を包んだ人形(ひとがた)の存在。

 

「なんだ、お前!?」

 

 球子は、彼女の武器である円盤──盾を構え警戒の姿勢をとる。

 背後に杏を庇いながら。

 

『私は、カリバー。真理を求めし者』

 

 鎧の人物はゆっくりと口を開いた。

 球子はカリバーを警戒しながら、静かに問いかける。

 

「お前、人間か? あの怪物の仲間か?」

『答える義理はない。だが、仲間という訳ではない』

「仲間じゃないなら、なんの用だ? タマたちを助けに来てくれたのか?」

『逆だ。私はお前たち勇者をたおすために来た』

「じゃあ敵じゃないか! やっぱり怪物の仲間か!?」

『お前たちに話しても、分かるものではない』

「なにが目的だ!?」

『いずれ分かる』

「分かるってなにが!」

『お前の巫女に聞け』

「今説明しろ!」

『話して分かるものではない』

「なんだコイツ!? 話が全然通じないぞ! 無敵か!?」

 

 暖簾に腕押し、という単語が杏の頭に浮かんだ。

 よく分からないが、カリバーという人物はなんらかの目的で行動しており、それは彼の中で動かしようのないものであるらしい。

 

『真理のための(いしずえ)となれ』

 

 カリバーは手にした剣──暗黒剣月闇(くらやみ)を振りかぶった。

 球子は手にした盾で月闇の一閃を受け止める。

 が、カリバーの腕力はすさまじいものだった。

 神の働きにより、身体能力が常人を大きく上回っている球子の力をもってしても、カリバーの一撃は耐えきれず大きく吹き飛ばされてしまったのだ。

 

「球子さん!」

 

 杏は慌てて、飛ばされていった球子の元へ駆け寄る。

 球子は木に体を打ちつけられていたが、強化された体にそれは大した衝撃では無かった。

 それより厄介なのはカリバーの持つ剣だ。

 月闇は、見るからに危険そうな瘴気を刀身から放っている。

 一撃でも怪我を負えば厄介なことになるだろう。

 

「ここはタマがなんとかするから、杏は逃げろ」

「で、でも」

「大丈夫、タマに任せタマえ」

 

 危機的状況だというのに、それでも杏を安心させようと球子はニカッとほほ笑んだ。

 杏にカリバーを近づけさせまいと、進んで敵の元へ突っ込んでいく球子。

 少女は小柄な体格を生かし、スピードでもってカリバーを翻弄する。

 それでも、カリバーの剣技の前では時間稼ぎに過ぎなかった。

 球子は次第にカリバーに追い詰められていく。

 

「どうしよう……どうしよう……」

 

 杏は、なにもできない自分を恥じていた。

 そんな彼女の視界に、神社の倒壊で出てきた剣が目に入る。

 神社に奉納されていたであろうそれ(・・)は、球子の持つ盾と同じく神の力を宿している神機である。

 これを使えば、杏も超常の力を身に宿すことができる。球子と共に戦えるのだ。

 

「うわぁぁぁッ!!」

 

 奮戦していた球子だったが、勇者として目覚めたばかりの彼女ではやはりカリバーには敵わなかった。

 盾を弾かれ、腕に月闇の一太刀を受けてしまう。

 ガクリと膝をつく球子。

 その首筋に、カリバーは暗黒剣を添える。

 

『終わりだ。お前を倒し、そこの少女を葬り、私は真理を手にする』

「そ、んなこと……させるか……!」

 

 月闇の瘴気に体を侵されている球子だったが、その苦しみを堪え彼女はカリバーの前に立ちはだかる。

 

「杏は、傷つけさせない……。誰も、お前に、殺させない……!」

 

 球子と杏は、つい先ほど出会ったばかりの関係だ。

 それなのに、球子は杏を守るために自分の命をかけようとしている。

 球子の姿を見た杏は、彼女の態度に愛情を超えた美しいまでの誠実さを感じた。

 

──覚悟を超えた先に希望はある──

 

 ふいに、神山飛羽真の書いた小説の台詞が思い浮かんだ。

 覚悟を超えた先の希望。

 それはただ待つだけではなく、自分からつかみ取らなければならないものだ。

 

 杏はこれまでの弱い心を叱咤し、決意を胸に地面に刺さる剣に手を添えた。

 

『無駄だ、普通のホモサピエンスには聖剣は抜けん。お前たちに、この世界は変えられん』

 

 杏の行動を無駄だとあざ笑うカリバー。

 だが少女は、強い決意を抱いた目で邪悪な鎧の騎士を見やる。

 

「私には、世界を変えるような気骨はありません……。でも、せめて自分自身のことぐらいは変えたいんです。だから……!!」

 

 杏は迷わず、剣を持つ手に力を込める。

 それは呆気ないほど自然に、地面から解き放たれた。

 

『な、なんだと!?』

 

 これまで余裕の態度を崩さなかったカリバーが、初めて動揺を見せる。

 三人の前で、聖剣は眩いばかりの輝きを放つ。

 その光が収まると、聖剣は別の形へと姿を変えていた。

 『ソードライバー』、それが杏の手に収まっている。

 

『だが、ドライバーだけではどうにもならんぞ』

 

 杏は持っていたカバンからあるものを取り出した。

 そうすべきだと直感で理解していたから。

 

 それは、神山飛羽真の小説『ブレイブドラゴン』。

 ブレイブドラゴンもまた、光と共にその形を変える。

 杏が持つのは、赤き竜の力を宿した『ワンダーライドブック』。

 

──かつて、全てを滅ぼすほどの偉大な力を手にした神獣がいた──

 

 開かれたページから読み上げられる物語。

 杏はソードライバーを腰に巻きつけ、さらにブレイブドラゴンワンダーライドブックをセットする。

 

「変身」

 

 ドライバーに装填されていた剣、火炎剣烈火を抜刀。

 立ち昇る炎が杏の体を包み込み、彼女の身を聖なる鎧の剣士へと変える。

 炎の中から現われたのは、(いにしえ)よりこの世界の均衡を守ってきた伝説の剣豪──『仮面ライダーセイバー』。

 

「杏……」

「球子さん、守ってくれてありがとう。今度は、私が貴女を守るから」

 

 球子がそうしてくれたように、今は杏が球子を背に庇い、カリバーの前に立つ。

 カリバーは忌々しげに杏が変身したセイバーを睨みつけた。

 それに(ひる)むことなく、杏はカリバーに宣言する。

 

「私が貴方たちをやっつけます」

『バーテックスを倒したところで滅びは止められん。世界はそんなに単純ではない!』

 

 セイバーは火炎剣烈火を構え、暗黒剣月闇を携えたカリバーと対峙する。

 

『お前たちの運命は決まっている、それでも世界を救いたいと思うか』

「この世界が物語のように……その結末が決まっていたとしても、その結末は私たち人間が選んだ未来なんです」

『神に逆らうというのか』

「神様の手によって破滅の未来が決まっているのなら、私たちは抗う。物語の結末は私たちが決めます!!」

 

 セイバーとカリバー、二人の剣豪が激突する。

 人と神の戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

 そして今、少女は自分という物語の主人公になった。




金弓箭「ワイの出番は?」

……スマンな
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