伊予島杏は文豪にして剣豪である   作:ほろろぎ

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第三章 球子は、無謀か、勇敢か

 闇の、中に、いる。

 

 伊予島杏は、唐突に自分の状況に気がついた。

 前後も左右も、上も下も、全てが黒一色に塗りつぶされた空間に少女は立っている。

 

 ここがどこなのか、どうしてこんな所にいるのか、今まで自分がなにをしていたのか。

 記憶を手繰っても、頭がボヤけてうまく思いだせない。

 まるで、夢の中にいるような……

 

「やめろ! ■■■!!」

 

 唐突に、何者かの声が聞こえてきた。

 声が発された方に目を向ける。

 闇の中にぼんやりと、二人の男の姿が浮かんでいた。

 

「お前は人でありながら、■■■に味方するというのか!?」

「それしか手がないのだ」

 

 二人の男は対立している様子だ。

 

「止めるな、■■。私は家族を救いたいだけなんだ」

「そのために他の人々を犠牲にするつもりか!?」

「お前に話しても、わかるものではない」

「わかるつもりもない!」

 

 言い争いの果てに、二人は(つるぎ)を手にとった。

 闇の中で、二本の剣が打ち合う音が響く。

 命を削りあうように火花が散る。

 剣が互いの体を切り裂いていく。

 二人の力は拮抗しているかに見えた。

 

 いくらかの打ち合いの果てに、ついに決着がついた。

 ほんの一瞬のスキをついて、一方がもう一人の男の胸に、深々と剣を突き立てたのだ。

 致命傷を受けた一人は糸が切れた人形のように、ガクリとその場に倒れ伏し、もう二度と動くことはなかった。

 残された男は、倒れた人物をただ黙って見降ろしている。

 不意に闇が晴れ、残された者の姿が(あら)わになった。

 その男は……

 

「……ハッ!?」

 

 伊予島杏は、出し抜けに目を覚ました。

 先ほどまでの光景、夢の中だと感じていたそれは、まさしく少女が見ていた夢そのものだったのだ。

 だが、ただの夢とも思えない不思議なリアリティーも、確かに存在していた。

 まるでどこか別の場所の風景を、夢を通して見せられた気分だった。

 それに、気になることが一点。

 

「夢の中で、男の人を刺したのは……カリバーだった」

 

 怪物──星屑と呼ばれるバーテックスから逃れた杏の前に現れた謎の人物、暗黒の剣士カリバー。

 黒と紫の鎧に身を包んだ正体不明のその人物は、バーテックスの味方をしているように思えた。

 

「そうだ。私、カリバーと戦おうとして、それで……」

 

 どうなったんだっけ?

 聖剣を手にし、仮面ライダーセイバーへと変身した杏。

 カリバーと剣を交えたところで、彼女の記憶はすっぱりと消えていた。

 

「そもそも、ここはどこなんだろう」

「おっ、目が覚めたか。杏!」

 

 声をかけてきたのは、星屑に襲われていたところを救ってくれた少女、土居球子だった。

 そして、球子の隣には杏の見知らぬ少女が一人。

 

「初めまして、伊予島杏ちゃん。アタシは、安芸真鈴よ」

 

 杏の視線を受けた真鈴が名乗った。

 

「驚くなよ、杏。真鈴は巫女なんだ! 真鈴が神様の声を聞いて、杏のことを教えてくれたから、タマが助けに行けたんだぞ!」

「そうなんですか。ありがとうございます、真鈴さん」

「いいっていいって、気にしないで。本当はアタシも球子と一緒に助けに行きたかったんだけど、途中で足をくじいちゃってね」

 

 足首をさすりながら、球子の説明に補足する真鈴。

 

「杏があの悪そうな鎧の奴と組み合ったら、バーッって光ってそのあと爆発が起きて、気がついたら鎧の奴はどっか消えてたんだ」

「そのあと、球子が杏ちゃんをおぶって戻ってきたから、アタシが二人を連れてここまで逃げてきたってわけ」

 

 こことは、今三人がいる避難所となった学校である。

 見れば三人以外にも、バーテックスの襲撃から逃れてきた市民の姿が大勢あった。

 怪我をしている人間も少なからずいる。

 人々は一様に怯え、疲れ切った表情を浮かべていた。

 

 その顔が、さらなる恐怖にゆがむ。

 校舎の窓から外を見ていた人たちが、急に叫び声を上げたからだ。

 声につられて球子と真鈴も窓の外に目をやると、校庭に十数体の星屑がいるではないか。

 

「あいつら、また出てきやがった!」

 

 星屑を見た球子が叫んだ。

 怪物は校庭の中をウロウロと漂っている。

 

「……? なにやってんだ、あいつら?」

「私たちのことを探してるんだよ。私たち人間は、あの怪物の餌なんだ……」

 

 真鈴が球子の疑問に答えた。

 その声は、怪物を目にした恐怖でわずかに震えている。

 

「……行かなきゃ」

 

 杏は体を起こし、フラフラと立ち上がった。

 よろめく少女を、左右から真鈴と球子が支える。

 

「ダメだよ、杏ちゃん!」

「そうだぞ! まだ杏は鎧の奴と戦って疲れてるんだから、あんせーにしてろ!」

 

 制止する二人を、杏はやんわりと(さえぎ)った。

 

「私、これ(・・)を手にした時に決めたんです。誰かの助けを待つんじゃなく、私が困っている誰かを助けるんだって」

 

 杏は聖剣ソードライバーを手に、確固とした意志で告げる。

 そして、ドライバーを腰に装着。

 取り出したブレイブドラゴンワンダーライドブックを装填した。

 

「変身!」

 

 ドライバーから火炎剣烈火を抜刀。

 (つるぎ)から発生した炎が杏の身を包み、少女を一人の剣士へと変身させた。

 

「杏ちゃん!」

「杏ーっ!」

 

 真鈴と球子の声を振り切り、仮面ライダーセイバーとなった杏は校舎の外へ飛び出す。

 

「バーテックス、私が相手です!」

 

 セイバーを敵だと判断した十数体の星屑が、一斉(いっせい)に少女の元へ群がる。

 

「うわわ、一度に来られるとやっぱり怖い!?」

 

 杏は仮面の下で、瞬時にして涙目になっていた。

 しかし決意までは揺るがない。

 

 星屑の群れによる突撃を、セイバーは寸での所でジャンプし避ける。

 そして落下時の勢いを利用し、眼下にいた一体の怪物を一刀のもとに両断した。

 さらに、左右の星屑も連続して切り伏せる。

 

「すごいわね、あれが聖剣の剣士の力……」

 

 校舎の中でセイバーの戦いを見つめている真鈴。

 杏のおしとやかな雰囲気とは似つかない、武器を使った直接的な戦い方に感心したように言葉をもらした。

 

「いや……なんか、おかしいぞ」

 

 セイバーの動きを見ていた球子が、ポツリとつぶやく。

 

「? おかしいってなにが?」

「う~ん、なにか分からんが……なにかおかしい!」

 

 一体、また一体と星屑を倒していくセイバー。

 あっという間に怪物の数は、半分ほどに減った。

 

 だが、順調に見えた戦いが一転する。

 突如、セイバーがガクリと膝をついたのだ。

 

「!? どうしちゃったの、杏ちゃん!?」

「スタミナ切れだ! さっき鎧の奴と戦った疲れが、やっぱりまだ残ってたんだ……!」

 

 球子が叫ぶように答える。

 肩を大きく揺らしているセイバーの様子からして、息を切らしていることが見て取れる。

 どうやら杏は慣れない戦いのため、早くも力尽きてしまったのだ。

 球子が違和感を覚えていたセイバーの動きも、疲労で剣の振り方がおかしくなっていたせいだろう。

 

 それを好機と見た星屑は、再び杏に対して体当たりをしかけてくる。

 セイバーは地面を転がってなんとかかわすが、いつまでも避け続けられるわけではない。

 しだいに追い詰められていくセイバー。

 

「ど、どうしよう、球子!?」

「タマにまかせタマえ!」

 

 言うが早いか、球子は自身の武器である盾を手に、窓を開けて校庭に飛び出していった。

 二人がいるのは校舎の四階だが、球子の体は難なく着地を可能にした。

 

「ぁ、ちょっ! 球子ー!?」

 

 真鈴の叫びを背に、球子は一直線にセイバーと、そこに群がる星屑目がけ駆ける。

 

「この真っ白お化け! それ以上、杏をいじめるなーっ!!」

 

 球子は盾を振り回し、星屑をビシバシと殴り飛ばしていく。

 すぐにセイバーの周りから怪物は一掃された。

 

「た……球子、さん……」

 

 杏は疲れを感じさせる声で球子の名を口にする。

 

「喋るな、杏。そこで休憩してろ」

 

 セイバーの前に立った球子は、盾を思いっきり振りかぶった。

 

「くらえ、怪物っ! 一網大魔神投法!!」

 

 勢いよく投げられた盾は、縁から刃を生成。

 そのまま高速回転し、手裏剣のように星屑を切り裂いた。

 

「おぉ、いいなこれ!」

 

 新たな攻撃方法を発見した球子は、おなじ要領で盾を投げつけ、残る星屑をすべて倒したのだった。

 

「おかえり、球子。杏ちゃんも、大丈夫?」

 

 戦いを終えて校舎内に帰った二人を、真鈴が迎えた。

 杏はすでに変身を解いており、フラつく体を休ませるように廊下に座り込む。

 

「待ってろ、お医者さんを連れてくるから」

 

 球子はそう言うと、校舎の奥へ足早に向かった。

 杏はドライバーとライドブックを大切にカバンにしまうと、一つ溜息を吐く。

 その様子を見て真鈴が声をかけた。

 

「どうしたの?」

「なんか……私、カッコ悪いなぁって。意気込んで出て行ったのに、球子さんに助けられて……恥ずかしい」

 

 赤面する顔を隠すように、手で顔を覆う杏。

 真鈴は、あはは……と苦笑をもらした。

 

「杏ちゃんは喧嘩もしたことなさそうだから、失敗しても仕方ないよ」

「それに引き換え、球子さんはすぐに駆け付けてくれて、二度も私を助けてくれて……まさにヒーローって感じですよね」

 

 球子の迷いのない行動を賞賛する杏。

 だが、真鈴は彼女の言葉に微妙な表情を浮かべる。

 

「球子の場合は、ちょっと違うと思う」

「違う?」

「なんて言うのかなぁ……あの子って、男の子っぽいところがあるじゃない? 考えるよりまず行動って部分とか」

「そうですね」

「普通はまず考えるよね、戦う前に。

危険じゃないかとか、自分がやられちゃうんじゃないか、とか。

でも、球子はそいういうこと考えないんだよ。だから、簡単に危険な場所に飛び込んでいく。

それは勇敢なんじゃない。ただ無鉄砲なだけだ。

だからアタシ、球子がいつか大きな怪我をするんじゃないかって……今日の戦いを見てたら、なんか心配になってきちゃって」

 

 真鈴の言うことはもっともだ。

 覚悟もなく自分の身を危険に晒す行いなど、愚かな行動でしかない。

 そして、球子にはまだその覚悟がなかった。

 

 杏は、真鈴の言葉にハッとさせられる思いだった。

 自分を二度も救ってくれたことで、すっかり球子を英雄視していたのだ。

 だが球子も自分と同じ、まだ小学生の子供でしかない。

 そして子供であるがゆえに、球子にはまだ、自分が死ぬかもしれないという危機感が持てないのだ。

 

 杏と真鈴の間に流れた沈黙は、当の球子が医者を連れて戻ってくるまで続いたのだった。




元々二話で完結する話として書いたんですが、続きを思いついたので投稿再開しました。

今後もアイディアが浮かんだら投稿を続けたいと思います。
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