闇の、中に、いる。
伊予島杏は、唐突に自分の状況に気がついた。
前後も左右も、上も下も、全てが黒一色に塗りつぶされた空間に少女は立っている。
ここがどこなのか、どうしてこんな所にいるのか、今まで自分がなにをしていたのか。
記憶を手繰っても、頭がボヤけてうまく思いだせない。
まるで、夢の中にいるような……
「やめろ! ■■■!!」
唐突に、何者かの声が聞こえてきた。
声が発された方に目を向ける。
闇の中にぼんやりと、二人の男の姿が浮かんでいた。
「お前は人でありながら、■■■に味方するというのか!?」
「それしか手がないのだ」
二人の男は対立している様子だ。
「止めるな、■■。私は家族を救いたいだけなんだ」
「そのために他の人々を犠牲にするつもりか!?」
「お前に話しても、わかるものではない」
「わかるつもりもない!」
言い争いの果てに、二人は
闇の中で、二本の剣が打ち合う音が響く。
命を削りあうように火花が散る。
剣が互いの体を切り裂いていく。
二人の力は拮抗しているかに見えた。
いくらかの打ち合いの果てに、ついに決着がついた。
ほんの一瞬のスキをついて、一方がもう一人の男の胸に、深々と剣を突き立てたのだ。
致命傷を受けた一人は糸が切れた人形のように、ガクリとその場に倒れ伏し、もう二度と動くことはなかった。
残された男は、倒れた人物をただ黙って見降ろしている。
不意に闇が晴れ、残された者の姿が
その男は……
「……ハッ!?」
伊予島杏は、出し抜けに目を覚ました。
先ほどまでの光景、夢の中だと感じていたそれは、まさしく少女が見ていた夢そのものだったのだ。
だが、ただの夢とも思えない不思議なリアリティーも、確かに存在していた。
まるでどこか別の場所の風景を、夢を通して見せられた気分だった。
それに、気になることが一点。
「夢の中で、男の人を刺したのは……カリバーだった」
怪物──星屑と呼ばれるバーテックスから逃れた杏の前に現れた謎の人物、暗黒の剣士カリバー。
黒と紫の鎧に身を包んだ正体不明のその人物は、バーテックスの味方をしているように思えた。
「そうだ。私、カリバーと戦おうとして、それで……」
どうなったんだっけ?
聖剣を手にし、仮面ライダーセイバーへと変身した杏。
カリバーと剣を交えたところで、彼女の記憶はすっぱりと消えていた。
「そもそも、ここはどこなんだろう」
「おっ、目が覚めたか。杏!」
声をかけてきたのは、星屑に襲われていたところを救ってくれた少女、土居球子だった。
そして、球子の隣には杏の見知らぬ少女が一人。
「初めまして、伊予島杏ちゃん。アタシは、安芸真鈴よ」
杏の視線を受けた真鈴が名乗った。
「驚くなよ、杏。真鈴は巫女なんだ! 真鈴が神様の声を聞いて、杏のことを教えてくれたから、タマが助けに行けたんだぞ!」
「そうなんですか。ありがとうございます、真鈴さん」
「いいっていいって、気にしないで。本当はアタシも球子と一緒に助けに行きたかったんだけど、途中で足をくじいちゃってね」
足首をさすりながら、球子の説明に補足する真鈴。
「杏があの悪そうな鎧の奴と組み合ったら、バーッって光ってそのあと爆発が起きて、気がついたら鎧の奴はどっか消えてたんだ」
「そのあと、球子が杏ちゃんをおぶって戻ってきたから、アタシが二人を連れてここまで逃げてきたってわけ」
こことは、今三人がいる避難所となった学校である。
見れば三人以外にも、バーテックスの襲撃から逃れてきた市民の姿が大勢あった。
怪我をしている人間も少なからずいる。
人々は一様に怯え、疲れ切った表情を浮かべていた。
その顔が、さらなる恐怖にゆがむ。
校舎の窓から外を見ていた人たちが、急に叫び声を上げたからだ。
声につられて球子と真鈴も窓の外に目をやると、校庭に十数体の星屑がいるではないか。
「あいつら、また出てきやがった!」
星屑を見た球子が叫んだ。
怪物は校庭の中をウロウロと漂っている。
「……? なにやってんだ、あいつら?」
「私たちのことを探してるんだよ。私たち人間は、あの怪物の餌なんだ……」
真鈴が球子の疑問に答えた。
その声は、怪物を目にした恐怖でわずかに震えている。
「……行かなきゃ」
杏は体を起こし、フラフラと立ち上がった。
よろめく少女を、左右から真鈴と球子が支える。
「ダメだよ、杏ちゃん!」
「そうだぞ! まだ杏は鎧の奴と戦って疲れてるんだから、あんせーにしてろ!」
制止する二人を、杏はやんわりと
「私、
杏は聖剣ソードライバーを手に、確固とした意志で告げる。
そして、ドライバーを腰に装着。
取り出したブレイブドラゴンワンダーライドブックを装填した。
「変身!」
ドライバーから火炎剣烈火を抜刀。
「杏ちゃん!」
「杏ーっ!」
真鈴と球子の声を振り切り、仮面ライダーセイバーとなった杏は校舎の外へ飛び出す。
「バーテックス、私が相手です!」
セイバーを敵だと判断した十数体の星屑が、
「うわわ、一度に来られるとやっぱり怖い!?」
杏は仮面の下で、瞬時にして涙目になっていた。
しかし決意までは揺るがない。
星屑の群れによる突撃を、セイバーは寸での所でジャンプし避ける。
そして落下時の勢いを利用し、眼下にいた一体の怪物を一刀のもとに両断した。
さらに、左右の星屑も連続して切り伏せる。
「すごいわね、あれが聖剣の剣士の力……」
校舎の中でセイバーの戦いを見つめている真鈴。
杏のおしとやかな雰囲気とは似つかない、武器を使った直接的な戦い方に感心したように言葉をもらした。
「いや……なんか、おかしいぞ」
セイバーの動きを見ていた球子が、ポツリとつぶやく。
「? おかしいってなにが?」
「う~ん、なにか分からんが……なにかおかしい!」
一体、また一体と星屑を倒していくセイバー。
あっという間に怪物の数は、半分ほどに減った。
だが、順調に見えた戦いが一転する。
突如、セイバーがガクリと膝をついたのだ。
「!? どうしちゃったの、杏ちゃん!?」
「スタミナ切れだ! さっき鎧の奴と戦った疲れが、やっぱりまだ残ってたんだ……!」
球子が叫ぶように答える。
肩を大きく揺らしているセイバーの様子からして、息を切らしていることが見て取れる。
どうやら杏は慣れない戦いのため、早くも力尽きてしまったのだ。
球子が違和感を覚えていたセイバーの動きも、疲労で剣の振り方がおかしくなっていたせいだろう。
それを好機と見た星屑は、再び杏に対して体当たりをしかけてくる。
セイバーは地面を転がってなんとかかわすが、いつまでも避け続けられるわけではない。
しだいに追い詰められていくセイバー。
「ど、どうしよう、球子!?」
「タマにまかせタマえ!」
言うが早いか、球子は自身の武器である盾を手に、窓を開けて校庭に飛び出していった。
二人がいるのは校舎の四階だが、球子の体は難なく着地を可能にした。
「ぁ、ちょっ! 球子ー!?」
真鈴の叫びを背に、球子は一直線にセイバーと、そこに群がる星屑目がけ駆ける。
「この真っ白お化け! それ以上、杏をいじめるなーっ!!」
球子は盾を振り回し、星屑をビシバシと殴り飛ばしていく。
すぐにセイバーの周りから怪物は一掃された。
「た……球子、さん……」
杏は疲れを感じさせる声で球子の名を口にする。
「喋るな、杏。そこで休憩してろ」
セイバーの前に立った球子は、盾を思いっきり振りかぶった。
「くらえ、怪物っ! 一網大魔神投法!!」
勢いよく投げられた盾は、縁から刃を生成。
そのまま高速回転し、手裏剣のように星屑を切り裂いた。
「おぉ、いいなこれ!」
新たな攻撃方法を発見した球子は、おなじ要領で盾を投げつけ、残る星屑をすべて倒したのだった。
「おかえり、球子。杏ちゃんも、大丈夫?」
戦いを終えて校舎内に帰った二人を、真鈴が迎えた。
杏はすでに変身を解いており、フラつく体を休ませるように廊下に座り込む。
「待ってろ、お医者さんを連れてくるから」
球子はそう言うと、校舎の奥へ足早に向かった。
杏はドライバーとライドブックを大切にカバンにしまうと、一つ溜息を吐く。
その様子を見て真鈴が声をかけた。
「どうしたの?」
「なんか……私、カッコ悪いなぁって。意気込んで出て行ったのに、球子さんに助けられて……恥ずかしい」
赤面する顔を隠すように、手で顔を覆う杏。
真鈴は、あはは……と苦笑をもらした。
「杏ちゃんは喧嘩もしたことなさそうだから、失敗しても仕方ないよ」
「それに引き換え、球子さんはすぐに駆け付けてくれて、二度も私を助けてくれて……まさにヒーローって感じですよね」
球子の迷いのない行動を賞賛する杏。
だが、真鈴は彼女の言葉に微妙な表情を浮かべる。
「球子の場合は、ちょっと違うと思う」
「違う?」
「なんて言うのかなぁ……あの子って、男の子っぽいところがあるじゃない? 考えるよりまず行動って部分とか」
「そうですね」
「普通はまず考えるよね、戦う前に。
危険じゃないかとか、自分がやられちゃうんじゃないか、とか。
でも、球子はそいういうこと考えないんだよ。だから、簡単に危険な場所に飛び込んでいく。
それは勇敢なんじゃない。ただ無鉄砲なだけだ。
だからアタシ、球子がいつか大きな怪我をするんじゃないかって……今日の戦いを見てたら、なんか心配になってきちゃって」
真鈴の言うことはもっともだ。
覚悟もなく自分の身を危険に晒す行いなど、愚かな行動でしかない。
そして、球子にはまだその覚悟がなかった。
杏は、真鈴の言葉にハッとさせられる思いだった。
自分を二度も救ってくれたことで、すっかり球子を英雄視していたのだ。
だが球子も自分と同じ、まだ小学生の子供でしかない。
そして子供であるがゆえに、球子にはまだ、自分が死ぬかもしれないという危機感が持てないのだ。
杏と真鈴の間に流れた沈黙は、当の球子が医者を連れて戻ってくるまで続いたのだった。
元々二話で完結する話として書いたんですが、続きを思いついたので投稿再開しました。
今後もアイディアが浮かんだら投稿を続けたいと思います。