その断編
-現実某所-
一軒家が建ち並ぶ住宅街。その中の一つ、二階建ての家屋に一組の夫婦と一人息子が暮らしている。夫は現在家に居ないが。
「サキヒトのガンプラを眺めた事、あんまり無かったわね」
「まぁ・・・見せる程の出来でもないし」
「そんな事ないわ。一生懸命作ったのが分かるもの、このガンプラも喜んでるわよ!」
「・・・そうかな」
そんな家のリビングで過ごす母と息子。二人の視線の先にはテーブルに立つガンプラ。黒と青をメインに塗装された「リバースブリザードガンダム」。サキヒトと呼ばれた少年が、とある憧れから製作したガンプラである。
「武器は持ってないのね」
「プランはあるけど、もう少し練りたくてさ。それに、俺の拳はどんな奴にも届くって分かったから」
「もう悩みは無くなった?」
「お見通しか・・・」
「お母さんだからね!」
高校生の息子がいるとは思えない、若々しく魅力的な笑みを浮かべるサキヒトの母。父さんはこういう所に惚れたのかな、等と考えながらリバースブリザードに視線を戻す。
「でもちょっと悔しいなぁ。息子の悩みを解決したのが私の知らない誰かさんなんて・・・」
「まぁ、色々と複雑な人・・・うん、人だったから」
若干言葉を濁すサキヒト。それもそのはず、このリバースブリザードの製作者【イズナ・サキヒト】は【コドウ】の名でGBNにログインしているダイバーなのだ。宇宙人を名乗る謎のガンプラ【ゼット】と奇妙な絆を結び、協力してブレイクデカールを使うマスダイバーを退けた格闘家でもある。
「一回会ってみたいわねぇ」
「あー・・・母さんもGBNやれば会えるかも。アレ使えば、あとはアカウントだけ作れば良いし」
夫婦の寝室になっている部屋には、家族の思い出である写真が壁掛けになっていたり机の上に写真立てで飾られていたり、旅行先で購入したインテリアが鎮座していたりするだが、その中に何故かストライクフリーダムガンダムとデスティニーガンダムが混ざってディスプレイされているのだ。
「手入れはしてるけど、だいぶ古いのよねぇ」
「そういえば聞いた事無かったけど、アレっていつ作ったの?俺が産まれた時にはもう飾ってたんだよね?」
「うふふ・・・そうねぇ、いつかしらねぇ」
先程とは違った笑顔ではぐらかされた。頬に手を当てて考え込むという動作すら魅力的なのは、天からの贈り物か生まれ持った才能だろうか。内面も良く出来ているこんな素晴らしい女性を、父はよく射止めたものだ。まぁ父が母と結ばれたからこそサキヒトという自分が、今ここに居られるのだが。
「あら、もうこんな時間。今日はGBN行かないの?」
「ん、母さん買い物行くんでしょ?手伝うよ。GBNはいつでも行けるし」
「そんなに買う予定無いから大丈夫。せっかくの休みなんだから遊んでらっしゃい。ついでに恩人さんに息子がお世話になりましたって伝えておいて」
「・・・まぁ、会えたらね」
リバースブリザードを持ち運び用のホルダーに収納し、一旦自室に戻るサキヒト。財布を持ち、上着を羽織った状態で直ぐに降りてきた。
「お言葉に甘えて行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。気を付けてね」
「母さんもね」
そう言って出掛けていく息子の背中にいつかの思い出を重ねる。あの日の夫よりも大きくなった自慢の息子に、感慨深さと少しの寂しさを感じる自分が居る。すっかり歳を取って母親してるなぁ等と考えながら、自分の準備を始める。
「にしても、彼に憧れるなんてね・・・キミはどう思うかな。ライバルとして」
寝室に戻り、話題になったストライクフリーダムに優しく触れ、その隣に立つデスティニーを手に取りしばし物思いに耽る。
「産まれた時に来てくれたけど、覚えてないのも仕方ないか。もし今会ったらどんな反応するんだろうね」
ガンプラが苦笑したような気がした。
▽▲▽▲▽▲
「ありがとう、ミツキ」
「・・・渡したから」
また別の住宅地。一軒家の玄関にて、何かの用紙を渡す少女と受け取る少年が居た。
「じゃあ」
「あ、待って」
「・・・何」
「その、二人でガンプラの調整したいなぁ、なんて」
不器用な笑顔を浮かべる少年の名はアケノ・ヒマリ。GBNのプレイヤー【シンリ】として登録されている少年である。そんなヒマリの発言に怪訝な表情を浮かべたのはヨイミ・ミツキ。【キョウコ】のダイバーネームを使い、ヒマリと同じくGBNをプレイしている女子中学生にして、アケノ家のお隣さんだ。
「ふぅん?チーターのガンプラを調整したいんだ?」
「そうじゃなくて・・・いや、そうなんだけど」
「どっちよ」
【チーター】という自虐気味にミツキが発した言葉に動揺するヒマリ。GBN内の彼女、キョウコはつい最近までブレイクデカールを使ったチート使用ダイバー、マスダイバーとして活動していたのだ。それを目の前のヒマリことシンリに撃破され、面識のあった両名はリアルでも気まずくなっているのだった。
「そもそも、あんな事があって普通に接してくるアンタは何なの。どんな神経してるのよ」
「でもミツキはミツキだし」
「っ・・・そういう所が───あぁそっか、友達居ないもんね。私みたいなのでも居ないと寂しいのよね」
「そんな言い方・・・」
妙に言葉の刺が多く鋭くなるミツキ。
「でも残念。私には話す事なんて無いし、触らせるガンプラも無いの。寂しいなら傷を舐め合えるお友達をさっさと作ったら?」
「ミツキ・・・」
「じゃあね」
そう言って自宅の方に引っ込んでしまうミツキ。見送るしかないヒマリだが、互いが家に入った辺りでミツキの言いたかった事を理解した───ような気がする。
◇◆◇
もう大丈夫。もう我慢しなくていい。もう、泣いていいよね。
「っう、うぅ・・・っく」
ドアに背を預け、靴も脱がないまま玄関で蹲る。ミツキの目には涙が溢れ、止まる事なく流れ続けていた。
あの戦いからヒマリは変わった。もう自分が守らなくてもいい程に。その後現実で話をした。その時も結局くだらない強がりをして、じゃあ今回の件はこれで手打ちね等と遺恨が残る終わり方にしてしまった。今回もそうなってしまった。本当はヒマリに謝りたい、これからも仲良くしてほしい。
「なにがお友達つくったらよ・・・バカじゃないの」
本当にヒマリが新しい友人を作ったら、いや友人が増える事は喜ばしい事だ。ヒマリはあんなにも魅力的で可愛らしくて、今はドキッとするような強さも身に付けたのだから。機会さえあれば友人なんて幾らでも出来るはずだ。問題は自分がその輪に入れない事。
「なんで・・・素直に言えないのよぉ・・・」
ヒマリより強い事が唯一の繋がりだった。けどその繋がりも途切れた。もうヒマリが自分にこだわる理由が無いのだ。気持ちを伝えられない自分が嫌になる。
───♪
「っ!」
電子音に体が強張る。携帯端末のメッセージ受信音だろうか。今は感傷に浸りたいから、と電源を切ろうとして取り出し、画面に表示された文字を見て驚愕する。
「ヒ、マリ?」
ヒマリからのメッセージ。あの戦いの後、何度ブロックして消そうとした事か。何度も試してその都度消せなかった。消したくなかった相手。おそるおそるメッセージを開く。
もし本当に絶縁するつもりだったらどうしよう。
もし呪詛や罵倒の嵐だったらどうしよう。
ネガティブな妄想が止まらない。だが自分はそう言われても、されても仕方ない事をしてきたのだ。ならどんな内容でも受け入れるのが償いという物だろう。震える指で画面をタップして内容を見る。
【待ってるから】
「っ!」
『会いたくないならそれでもいい。話したくないならそれでもいい。ガンプラとかガンダムの話ができる友達も欲しい。でも僕の大切な友達はミツキだけなんだ。ミツキが会ってもいいって言うまで待ってるから。』
「ぅ・・・っく、ばかぁ・・・」
◆◇◆
「はぁ・・・気持ち悪いって言われたらどうしよう。でもこれが本音だし、伝わる事を信じて待つしかない、んだよね・・・女の子へのメッセージなんて分からないよぉ」
ヒマリはヒマリで悶々としていたとか。
この二人が再び繋がるのはそう遠くない未来の話。
最も、途切れたと思っているのは当人だけなのだが。
▲▽▲▽▲▽
「イエーイ!せんきゅー!」
さらに所変わって某所カラオケボックス。今しか無い輝きを見せつけるが如く、若さ全開で歌いに歌う女子高生が居た。二人というやや盛り上がりに欠けそうな人数で個室に入っているのは、今しがた歌い終わったノリの良さげなギャルと、どこかノリ切れていない金髪JK。
「おーい、元気無いじゃんウミノ~」
「へっ!?えっあっ、い、イェー!」
「ノリ悪いどころか聴いてなかったなぁ!」
グリグリとウミノの頭を捏ねるギャル───シラキ・サヨ。備品のマイクはしっかり置いてからやる辺り根は真面目というか、キッチリしているというか。
「いたたたた!ストップ!ゴメンてば!」
「もー、サヨちゃんの美声も入らないとは、どんな悩みを抱えてるんだい」
「えっ?悩み・・・は、ない、よ?」
「めっちゃ目が泳いでるんだよ隠し事下手ー!」
今度はウミノの頬を捏ね始めるサヨ。二人の金髪が揺れる揺れる。
「バレてるか・・・」
「ぶっちゃけウミノが元気無いから連れ込んだし」
「言い方・・・その、友達と気まずい感じになっちゃってさ」
「あたし以外だと・・・イマリちゃん?だっけ?よくウミノがキショ───嬉しそうに話してる」
「気色悪いって言いかけた?」
「いや、あのテンションはキショイって。あたし以外ならドン引き確定だからね」
初遭遇からそこまで月日が経っていないにも関わらずこの距離感、この物言いである。
「そっかー・・・気色悪いかー・・・」
「メンゴメンゴ、で、気まずい感じってどんな感じよ」
「謝罪が軽い。ンンッ・・・サヨはさ、GBNって知ってる?」
「知らない人の方が少ないんじゃね?あと、一応あたしもやってるし」
「えっ!?ま、まぁそれは後で・・・GBNってさ、フォース組めるじゃん?」
フォース。同じ目的を持ったダイバー同士や気の合う友人、はたまたコスプレ同好会など様々な目的で結成されるGBN内におけるチームの事。その場、そのミッション限りのパーティではなく基本的に長期に渡ってGBNを共同で楽しむ為の集まりである。
「あー、強引に誘って嫌われた?てかイマリちゃんもGBNやってる感じだ」
「そう、やってる。それと誘いはしたけど強引にはしてない、はず・・・多分・・・きっと・・・」
「そこは自信持てぇ。んー、愛の告白して友達でいましょー、って返されたワケでもないし。何で気まずくなったのか今のところ、さーっぱり分からんけど」
「私も深くは知らないけど───」
泣きそうだったんだ。イマリちゃん。
◇◆◇
「あはは・・・まさか会っちゃうなんて、世界は狭いですなー」
「こっちでもウミノさんに会えるなんて!」
「あー、ここではシーエオでお願い、ね?」
「はっ!ごめんなさい!」
ブンッ、と凄まじい勢いで腰を曲げて謝罪するのは狐耳に尻尾、色合いの派手な振り袖とミニスカの獣人くノ一。ウミノことシーエオが天使と呼ぶイマリである。
「いいよいいよ。にしても同じSD使いだったとはねぇ」
「ですね!」
「イマ───同じで良いのか。イマリちゃんはソロでやってるの?」
「・・・はい!」
今思えば、その時に気付けたはずなんだ。ソロ───一人でプレイしているのか、という質問にイマリちゃんが言い淀んでいた事に。必死に取り繕うように笑っていた事に。
「実は私も一人でやっててさ。最近練習してCランクに上がったんだよね」
「おぉ!凄いですね!」
でも私は馬鹿で独り善がりだから気付けなかった。友達だと思っている子が同じゲームをやっていて、それを知って舞い上がっていた。思い返せばサヨの言うとおりキモいな私。
「同じSD使いで、互いにソロだし・・・私達で───」
フォース組まない?
その言葉を伝えた時のイマリちゃんの顔は忘れようにも忘れられない。いきなり言われてビックリしてるんだろう、とか軽く思ってた。返答も聞かずにフォース申請を送ったあの時の私は間違いなく馬鹿だ。
「えっ、その・・・あ、あの・・・イマ、リは」
「ん?ちょっ、大丈夫!?」
みるみる青ざめていくのが分かるくらいに顔色が悪かった。フォース申請を受信して、自動で開いたコンソールに指を伸ばそうとして。その指先も震えていて。今にも泣き出してしまいそうな表情で。
「あ、ご、ごめんなさい・・・えへへ、だいじょうぶです、だいじょうぶですから」
見るからに大丈夫じゃない。心なしか呼吸も荒くなったように思えて。だから私は───
「ごめんごめん!急にこんな事言われてもアレだよね!フォースはまた別の機会に、ね!ね!」
逃げた。
◆◇◆
「それからリアルで会っても気まずくてさ」
「うん、ウミノが悪い」
ロウ・ギュールと蘊・奥もビックリの一刀両断である。
「うっ・・・」
「中途半端に傷抉って、中途半端に逃げて」
「うぅ・・・」
「人間関係で中途半端は一番ダメ。やるならどっちかに極振りしなよ。引くか、踏み込むか。引くなら地雷踏む前に引く、踏み込むなら相手の全部受け止める。それで嫌われても。あたしはそう思うし、そうやってきた」
普段ノリの軽いギャルとは思えない発言である。一体どういう十年強を生きてきたのか。
「ウミノはどうしたいの?」
いつもの柔らかな目ではない、真剣な眼差しがウミノを射抜く。
「私は・・・」
私は大丈夫!とは言い切れないけど、逃げないようにはするよ。頑張ってみる!
近い過去。とある宇宙人に誓った自身の言葉が甦る。
「もう逃げないって決めたんだ・・・なのに、また逃げたんだ、私・・・」
「ん。それで?」
「これ以上逃げたくない・・・あの言葉を取り戻したいよ」
「おけ。あたしも協力するよ。ウミノが逃げたらぶっ殺す」
「うん」
殺す。という物騒な言葉に力強く頷くウミノ。彼女の中で覚悟が決まったようだ。
───♪
「っとと、時間時間。出よっか」
先程までの剣呑さはどこへやら。軽い調子に戻ったサヨに促されて個室から出るウミノ。会計を済ませ店を出る。
「ねぇサヨ」
「んー?」
「嬉しいは嬉しいんだけどさ、何で私に構うの?」
「直感。あたしの直感は当たるんだよ?この人は良い人だーとか、こいつは悪い奴だーとか。その直感が言ってるんだよね、ウミノはあたしの親友だって」
「もう、何それ」
「照れてる照れてるー!可愛いなぁもう!」
道を歩く二人はじゃれ合う年頃の女子高生だった。
それに言ったはずだよ。引くか踏み込むかって。
あたしはウミノに踏み込む事を決めたんだから。
▽▲▽▲▽▲
「とは言ったものの・・・具体的にはどうすりゃいいのかだよねぇ・・・」
セントラル・ディメンション総合受付。その壁際にて。やや際どめな衣裳のバニー道化師ダイバー、シーエオが居た。その傍らには誰も居らず、壁に背を預けてメダルのような物を弄んでいる。
「GBNらしくガンプラで語り合う?うーん、でも私の腕前でそんな器用な事できるかな・・・喋りながら?忍者を相手に?」
グルグルと思考が回る。そして思考に比例するように手元のメダル遊びも加速していく。片手だけで行うコイントスだったそれは指の背を転がすコインロールになり、今や両手間を高速で行き来させるマジックアクセントになりつつある。GBNの物理エンジンに正面から喧嘩を売る技に、いつの間にか見物人が増えつつある事に気付いていない。
「どーしたもんかなぁ・・・」
「おい」
「うーん・・・」
「あのぉ」
「はぁ・・・」
「おい!」「あの!」
「ひゃい!?」
驚いて小さく飛び上がり、動きを止めるシーエオ。それでもメダルを落とさない辺り、磨いてきたマジックの技術とプライドの賜物だろうか。
「すまん」
「あ、いえ・・・」
「そのメダル、見せてくれないか?」
「へ?」
「あ、ぼ、僕も同じ要件です・・・」
「はい?」
話し掛けてきたのは二人の男性ダイバー。
コドウとシンリである。
出会う三人。集うメダル。
【サキヒトの母】
息子であるサキヒトの目からしてもかなりの美人。
ストライクフリーダムのガンプラを所持しており、本人曰く「昔作った子」との事。GBNはプレイしていないが、ガンプラを使った娯楽は経験があるらしく、何らかの全国大会も観戦した事がある模様。夫との出会いも大会だったとか……?
【ヨイミ・ミツキ】
アケノ・ヒマリことシンリのお隣さん。キョウコのダイバーネームでGBNにログインしており、マスダイバーでもあった。
ぶっちゃけた話ヒマリに惚れており、マスダイバーとして撃破された一件からさらにヒマリの事が好きになっているが、今までの接し方とチーターである負い目から素直になれない。
【イマリ/環いまり】(出典:青いカンテラ 様)
ウミノ/シーエオのリアルの知人。同じ物件に住んでいる女子高生。他の住人に手料理を振る舞ったり、進んで手伝いをしたりと優しい女の子。本名と同じイマリというダイバーネームでGBNもプレイしており、シーエオと同じくSDガンプラを使う。
「フォース」が心理的な地雷らしいが……?