『ッ!グゥッ!クソッ、追い付けねぇ!』
『おい!どんだけスピード出して飛んでんだよアイツは!?』
『馬鹿正直にケツを追うな!これ以上出力を上げたら空中分解するぞ!』
『こっちのヅダがバラけた!原作再現とか今しなくても良いのに!』
怒号と悲鳴と混乱が飛び交う戦場、いや「戦場」にすらなっていない「遊び場」。雲一つ無く、月光だけが大地を照らす夜の空。それを切り裂き飛ぶのは一筋の光。夜空のキャンパスに青い燐光を絵の具として描く、何物にも囚われない自由な芸術。
『こっの……!調子に乗るなよ!』
『バカ野郎ッ!撃つな!』
追い付く事を諦め【それ】の飛ぶ先に武器を向けるド・ダイ改に乗ったマラサイ。慌ててマラサイを制止しようとするMS形態のアリオスガンダムだが、一手遅くフェダーインライフルからビームが放たれてしまう。
『なっ、ぐあっ!?』
次の瞬間、マラサイのビームは【それ】に命中───する事なく虚空へ吸い込まれていき、ビームに応えるように【それ】から円環状のビームが返ってくる。速すぎる本体に気を取られ、目が滑っていたマラサイは回避行動を取れず直撃を許してしまった。
『おい!……そうなるから下手に撃つなって言われてるんだろうが……!』
「そこのアリオス、トランザムは?」
『あ、あぁ……?まだ使ってないが……』
「一息に追い込む。合わせろ!」
ビームが直撃した部分から溶解し、炎を噴き上げながら地上へと墜ちていくマラサイ。それと入れ替わるようにアリオスと肩を並べたのは大型の機影。ただでさえゴテゴテとしたA装備に更なる追加武装やら何やらを加え、様々なカスタマイズが施されたナラティブガンダム。A'ナラティブだ。
『あんた、バシュタか?三桁……101位の!』
「今はランクも関係無いだろう。行くぞ!」
『お、おう!お前ら!ここがジョーカーの切り時だ!』
バシュタのA'ナラティブに続き、変形したアリオスや重力下用に調整したらしいビグロや蜃気楼鳥形態のファントム、V2ガンダム等が続く。
『不死鳥狩りならぬUMAハンティングか!』
『UFOに追い付けないなんてミノドラ乗りのプライドが許さないのよ!』
「直線加速に自信のあるやつは付いてきてくれ!アリオスのあんたは別ルート、それ以外は牽制射撃の後に全力回避!」
『『『『了解!』』』』
変形中は攻撃手段の無いファントムと加速に自信のあるビグロがA'ナラティブに追従し、アリオスは別ルートから挟撃の構え、V2と追い付いてきた他の機体が【それ】の予測飛行ルートを潰すべく武装を構える。
「今だッ!!!」
並べられた火線が空を焼き、アリオスがトランザムによって赤く輝き、ナラティブのサイコフレームも青い光を宿す。【それ】から反撃の円環ビームがV2らに乱れ飛ぶが、しっかりと見ていた牽制組に被害は無く、一部の機体はV2の光の翼とビームシールドの合わせ技によって守られていた。そして原作でヒリング・ケアにトドメを刺した時のように、機首のGNビームクローを展開して追い込むアリオス。【それ】を正面に捉えた見事な位置取りだったが───
『っ!躱した!?』
モビルスーツとは思えない有機的な動きでクローを回避するアンノウン。
「それをっ……待って、いたァ!!!」
だが緊急回避の無理が祟ったのか明らかに減速した。この機を逃すものかとバシュタのA'ナラティブがサイコキャプチャーを展開しつつ迫る。更には散開していたビグロがクローの狙いを定め、別方向ではMS形態に戻ったファントムが網のようにI・フィールドを構えていた。
もはや逃げ場は無い。
はずだった。
「っ!?」
『何ィ!』
『うそ……』
減速していたはずのアンノウンが急加速したのだ。既に効力が出ていたはずのサイコキャプチャーすら強引に振り切り、コマ送りのように不自然にスピードを増したアンノウンがビグロのクローもすり抜け、ファントムのI・フィールドとバタフライバスターには目もくれず夜空の向こうへと消えていく。
『しまった!追撃を───』
「……無理だ。間に合わない」
それぞれの切り札も不発に終わり、今まで観測されていた以上のスピードを見せつけた【それ】に対して、もう追撃は間に合わないと判断したバシュタが作戦終了を告げる。やむを得ず帰還していく有志ダイバー達の最後尾に付き、【それ】の方向に顔を向けて独り言を溢す。
「教えてくれ……君は、何を求めて飛び続けているんだ……」
日が昇り始めた地平線からは何も返ってこなかった。言葉も、思念も、希望も絶望も。
▲▽▲▽▲▽
「…………?」
もはや誰にも追い付けないスピードで飛び去った【それ】。灰に黒が混じった暗色の装甲の隙間から、ナラティブも宿していた青い燐光と同じ光を放つ機体【ΔTLS】を操縦している少女は、愛機にしてもう一つの身体に違和感を覚えていた。
「っ……」
有志プレイヤー達を振り切った時から目に見えて減速しているΔTLS。自らの体にも若干の痛みを感じ、躯体を待機状態にして格納し空中に身を躍らせる。
メタバースで再現された作り物の月に照らされたその体は、躯体と同じ暗色の表皮に青白く光る瞳、鳥類を思わせる鉤爪の生えた三本指の足と一般的な人間とは掛け離れた姿をしていた。オマケに腹部には機械のような、それでいて生物的な脈動を感じられる発光器官が覗いている。多種多様なアバターで活動できるメタバースでなければ、未確認生物として大騒ぎになる見た目だ。
「ぅあっ……んー……?」
自由落下していたはずが、その着地は全く衝撃を感じさせない軽やかなものだった。包囲網を抜けた際の急加速とは真逆に不自然な減速。どうやら空は彼女の庭であり、速度は彼女の友人らしい。空にある程度近かった崖に降り立つ。が、着地までは良かったものの、地に足を着けてからの一歩目で躓いてしまう異形の少女。本人も不思議だったらしく、何事かと転んだ体勢のまま足元に目を向ける。
「……?」
無い。
そこに生えているはずの右足が。膝辺りから、まるで血液のようにブロックノイズを放出している様が見えた。緩やかだったにも関わらず、着地の際に右膝から下が折れて消失してしまったらしい。
「あー……んー……」
足を失うという体験した事の無い異常事態。身体をどう動かせば良いのか分からず、上手く起き上がる事が出来ない。ならばと腹部の発光器官に力を込め、意識を集中するが何も起こらない。重力に干渉したのか、はたまた空中という概念への作用か、自らの能力を使おうとしたようだがそれも効力が出なくなっていた。あの着地が最後だったのだろうか。
「ぁ……?」
両腕に力を込めて何とか上体を起こす。だが今度は腕が見えてしまった。指先から消え始め、今にも向こう側が透けて見えそうになっている両の腕が。
「んっ、むぅー……」
肘を使って這いずろうとするが、それも失敗。地面には何の恨みも無いが綺麗なショルダータックルが入った。体勢が変わったなら好都合と仰向けになった少女。見上げた先には、木々や雲に隠される事なく地表を照らしている月が見えた。そして、その月光に導かれるようにして天へと昇る───データの塵に還ろうとしている自分のアバターだったモノも少女の瞳に映る。
この少女はELダイバー。
それも、GBNがメタバースに移行するより前から存在だけは認知されていた個体。何を考えているのか、何を目的としているのか誰にも分からず───否、彼女自身にも理由の分からぬまま虚構の空を飛び続け、ついにその身体が限界を迎えたのだ。
「…………」
生まれながらに守護者たる機動躯体を持ち、それを用いて捕捉される度に常軌を逸した逃走劇を繰り広げた。悪意など欠片も無く、ただ「飛びたい」「飛び続けなければならない」という胸の内から沸き上がる衝動に突き動かされ飛び続けた。
「むぅ……あぁー……」
彼女は言葉を知らない。知っているのは速く飛ぶ方法と高く飛ぶ方法だけ。ゆえに今、自分が直面している「死ぬ」や「消える」という事態も意味も理解していない。けれど、体が動かない、もう飛べないという事は本能的に理解できていた。そしてそれを、「それは嫌だな」と思える程度には感情を持っていた。
「やー……ん……?」
「……」
一度の瞬きの間に【それ】は立っていた。月を背に、少女の傍に。まるで彼女を迎えに来た月から彼女を守るように。渡さない、と言葉にせず語るように。【それ】の顔は仮面に隠され、どんな表情をしているのか、笑っているのか泣いているのか分からない。視界を確保するための部位は赤く染まり、喪服を思わせる衣裳も相まって、その雰囲気は死神のようだ。月の代わりに命をデータの奔流に還しに来た、メタバースの死神と言っても信じられるだろう。
「……?」
「……」
仮面の女が少女に近付き、屈んだ。そして動かせなくなる程に弱った少女の手を両手で包み込む。優しく、安心させるように。
「ぁ?」
不思議な事に少女のロストが止まった。流血の如く噴出していた足のノイズも、消えかけていた手も、ちゃんとそこにある事が認識できる。消失を先送りにできた事を確認し、仮面の女が少女を抱き上げる。そうして凄まじいスピードで走り出した。
向かう先は───
▽▲▽▲▽▲
「新しいELダイバーは!」
「保護しました!」
「彼女は!?」
「正面ゲート!今ならまだ───」
許可されたアカウントや、モビルドールの試運転などでしかガンプラを起動できない非戦闘エリア、ELバースセンターの敷地内にけたたましく鳴り響くアラート。複数のガードフレームが出現し臨戦態勢を取り、後見人の決まっていないELダイバーの保護区画などに防護隔壁が降りる。
それだけの一大事なのだ、センターの防衛システムが物理的に突破されたというのは。そしてそんな大事を、下手をすれば全プレイヤーどころか運営すらも敵に回す凶行をしでかしたのは、少女を抱えた仮面の女だった。
「待て!」
「…………」
あろう事か迎撃と不審者拘束を兼ねて出撃してきたガードフレームを全機行動不能にし、悠々と正面ゲートから出ていこうとしている仮面の女。それを引き留めたのは目付きの悪い紫色のハロ。ELダイバー関連技術発展の立役者、アンシュだ。その後ろにはエルフ耳と眼鏡が特徴的な青年プレイヤー、コーイチの姿もある。
「今日こそはビルドデカールを……お願いだ、君の体にも限界が来る前に!」
「……お前は、何なんだ?どうやってELダイバーの位置を把握してる。テメェはほっぽって他のELダイバーの為に走り回って……そんなに俺らが頼りねぇか」
「……」
僅かに首を動かし、アンシュとコーイチに視線を向ける仮面の女。コーイチにもアンシュにも言葉を返さず、ただ見つめ続ける。たっぷり数十秒、視線を交わし続けてから再び前に向き直り歩き出す。コーイチの制止も聞かず、システムアシストの域を超えた跳躍の連続で、あっという間にセンターの敷地外へと飛び出した。
『止まれ!』
『ちょぉっと、オイタが過ぎるわよぉ!』
非戦闘エリアの境界を抜けた瞬間、仮面の女の進路を塞ぐように数発のビームが降り注いだ。足を止めてビーム発射の主を見据える仮面の女。空に居たのは大型のライフルと青い装甲が目を引くガンダムと、ビームで鎌を形作った武器を構える黒とピンクのガンダム。アースリィとラヴファントムだ。
『ELバースセンターを襲うなんて……!過去の襲撃もお前の仕業か!』
『事と次第によっては……アタシも本気でお仕置きしなきゃいけないわねェ……!』
それぞれのパイロット、ヒロトとマギーは詳細な事情を知らないのか、仮面の女に対して殺気に近い怒りを露にしていた。対して仮面の女は機体も出さず、アンシュとコーイチにしたようにただ見つめるという事だけをしていた。更に言えばアースリィのデュアルアイを通して、中のヒロトを見ているかのように凝視している。
「ヒロト……」
『っ!?』
寡黙で一言も発しなかった仮面の女が、アースリィガンダムを、そしてヒロトを見つめて名を呼んだ。直後、見事なフォームの宙返りを披露してメタバースの夜に消えていく仮面の女。転送ゲートや、クアンタ系の量子ジャンプも使わず一瞬にして姿を消した。さすがにマギーも間に合わず、ヒロトは名を呼ばれた動揺か全く動けなかった。
そしてその声に聞き覚えがあるような気もしていた。もう二度とヒロトの名を呼ぶ事の無い、消え去ってしまったはずの彼女のような、それでいて何の関係も無い他人のような。不思議な感覚だけが、ヒロトの意識に漂い続けていた。
月が照らすのは、モノか命か
【デルナ】
仮面の女に救われたELダイバー。
速さや飛翔といった思考・感情データの積み重ねで誕生したと思われる。また、「帰巣本能」のようなものが根幹に刷り込まれているらしく、GBN/メタバースを飛び回っていたのはこれに依る所が大きい。もっとも、その帰るべき場所というのは本人にも分かっておらず、行く当ての無い放浪をGBN時代から続けていた。
メタバースでのチェイスの後、限界を迎え消滅する運命にあったが、後述のELD-13に救われELバースセンターに保護された。
【ΔTLS】
デルナの躯体。読みは「デルタテルス」。
誕生と共に躯体も生成されるELダイバーの中でも特に異質な機体。
「地球から生じた金属生命体の亜種が宇宙の同胞に会いに行く為、飛べる姿を取った」という設定、言うなれば「原典」を与えられているのが特徴。TLSは「Terrestrial Livingmetal Shapeshifter」の略であり、「地球外変異性金属体ELSの因子から産まれた地球起源金属生命体」という意味。それが飛行に適した姿として「デルタ翼航空機の姿を取った」事から「ΔTLS」と名付けられた……という設定を持つ。
黒に灰が混じった暗色の装甲の隙間から青いサイコフレームのような物が覗いており、機体剛性をフェネクスのフルサイコフレーム、柔軟性をTLSが受け持ち異次元の加速力を持つに至っている。
腕部は極端に小型化され、武器の保持などは不可能。反面、脚部はヘブンズソードの脚を高速飛行の邪魔にならないように改修した物を備え、先端のクローネイルによってある程度の格闘戦が可能。
それ以外の武装は腹部の発光体「擬態GNドライヴ」から放つマイクロフォトンリングブラスターのみ。あくまで「飛ぶ」事が主目的らしく戦闘能力はそこまで高くない模様。
「速さ」に特化し、有志の保護ダイバーやレース会場の参加者からデータを収集し続けた結果、「常に相手より速く飛ぶ」という一種の概念を身に付けるに至った。通常巡航速度がデフォルトで「マッハ9」、それよりも速い相手に応じて更に際限無く加速するという誰にも追い付けない存在と化した。
【ELD-13】
13番目に存在を確認された初期の部類のELダイバー。
GBNでELダイバーが確認され始めてから今までという、かなり長い年月をビルドデカールの適用無しに活動し続け、イレギュラーデータとバグによるシステム破壊も起こしていない特異個体。
ウェディングドレスと喪服、拘束衣を混ぜ合わせたような不気味な衣裳を身に纏い、素顔は仮面で隠している。
どうやっているのか、消滅しかけている保護されていないELダイバーの前に現れては、ELバースセンターに襲撃同然のエントリーを仕掛け保護させるという行動を取っている。ちなみに今回のデルナで三度目。
その正体は、「消えたくない」「もっとヒロトと一緒に居たかった」という、イヴが抱いた「死」と「未練」の概念から生まれたELダイバー。その出生故か、ビルドデカールを適用せずとも問題無く動けたり、バグを発生させない、更には他のELダイバーからエラーコードを吸い出して消滅を遅らせるなど規格外の能力を持つ。
また、「システム的な死の概念」をガンプラに押し付ける事も可能なようであり、センターのコンディションレッドに際して無敵の設定を付与されたガードフレームを一瞬で無力化したのも能力の内。
これらの事象を彼女が語る事は無く、それ故にヒロトやアンシュ達がこの事象を知る術は無い。