鬼滅の刃 雪華ノ乙女   作:アウス・ハーメン

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那田蜘蛛山編の続きです。

今回は母鬼vs炭治郎
兄鬼vs善逸の回。

今回善逸の回想で新しい本作オリジナルキャラクターが顔見せいたします。


第10話 蜘蛛の鬼

 カンナ、炭治郎、伊之助、真菰と那田蜘蛛山に突入した隊士の生き残りの1人、村田は鬼に操られていると思われる隊士たちと刃を交えていた。

 隊士たちの多くはすでに事切れただの操り人形とかしていたが、中には。

 

「お願い……早く糸を切って……このままだと私……貴方たちを」

 

 まだ生き残っている隊士たちもいた。

 そうした隊士の存在もあって、下手にみんな技を出すことができないでいる。

 

「くそ! 糸を斬っても斬っても、次から次に蜘蛛が糸を繋ぎなおすから、キリがない!!」

 

「操っている本体の鬼も、こうまで刺激臭、それにさっきから甘いような匂いまでして、匂いを探れない!」

 

 隊士たちを操ってるであろう大本の鬼もこの森のどこかにいるのだろうが、森全体を覆うほどの刺激臭に加え、操り人形になった隊士たちが現れて以降は、周囲の刺激臭に加えて甘いような香りまでするようになり、鼻が利く炭治郎と真菰の2人も匂いでは鬼を探すのが困難であった。

 

「おい、カナコ!」

 

「カンナよ! なに!? 伊之助」

 

「この間の屋敷の任務で俺を凍らせたアレ、出来ねえのか!?」

 

「陸ノ型、雪華ノ舞彩・風魔!? 無理よ! 迂闊に放てば生き残った隊士たちまで凍らせかねないし、仮に蜘蛛を凍らせて斃しても、蜘蛛が何匹いるかわからない以上、焼け石に水だわ! キリがない!」

 

 伊之助に聞かれるまでもなく、一度カンナはその技を試そうと思ったものの、生き残った隊士も操り人形の隊士の中には含まれその攻撃で凍り、場合によっては命を奪いかねずおまけに糸を繋ぎなおす蜘蛛もこの森に何匹いるかわかったモノではなく、放ったところで状況が改善する見込みはなくカンナは伊之助の提案を却下した。

 

「くそ! じゃあとっとと親玉見つけてぶっ殺した方が楽じゃねえか」

 

「それができるのなら……待って!」

 

 カンナは伊之助の言葉にあることを閃き、今度はカンナの方から伊之助に提案する。

 

「ねぇ伊之助、貴方ってかなり感覚が鋭いって藤の花の家紋の家にいた時言ってたわね?」

 

「あぁ? 確かに言ってたけどよ、それがどうした?」

 

 ここに来る前、まだ藤の花の家紋の家にいた時、ふとした鍛錬の際、伊之助がどうしても来ている服を脱いで半裸になってばかりいたため、どうしてそう頑なに服を着たがらないのかカンナは聞いたことがあった。

 すると伊之助は服を着てたり、何かが肌全体を覆うと感覚が鈍るうえに、元来から全身が神経細胞と言えるほどに感覚が鋭いため耐えがたい不快感が襲うと答えていた。

 

「もしかして、その感覚を……それこそ全集中の呼吸を用いて研ぎ澄ましたら、遠距離にいる鬼の存在も探知できたりって?」

 

「できなくはねえぜ! 何せ俺は山の王だからな!」

 

 カンナは伊之助のその言葉を聞き。

 

「それじゃ、それで鬼の位置を探って頂戴。大体の位置さえわかれば、それで鬼を斃せる!」

 

「ハッ! いいぜ、御袋の弟子だってお前の頼みなら聞いてやらねえこともねえ! けど、その間誰にも邪魔させんじゃねえぞ! 気が途切れたら追えねえからな! いくぜ!!」

 

獣の呼吸、漆ノ牙、空間識覚

 

 伊之助は自身の持つ二刀の刀を地面に突き刺すと、自身の優れた感覚探知能力を最大まで研ぎ澄まし森の奥底にいるであろう鬼の本体を探り出す。

 そして――。

 

「見つけたぜ!」

 

「よし、それじゃ伊之助、次のお願い! 炭治郎をその鬼がいるであろう場所まで、一気に投げ飛ばしなさい!!」

 

「ハァ!?」

 

「えぇ!?」

 

 伊之助が鬼の居場所を探り当てたのを確認すると、カンナは次なる支持を伊之助に伝えた。

 その指示の内容は良くも悪くも突拍子もないモノで伊之助はもとより、突然やり玉に挙げられた炭治郎自身も素っ頓狂な声を上げるほどに驚いた。

 

「いいから! 森の中にいるより、上の方が恐らく箱の刺激臭は薄い、そこなら炭治郎の鼻もここよりずっと利くだろうし、水の呼吸の技で、一気に鬼との間合いを詰めて頸を刎ねられる! ずべこべ言わずにやりなさい!!」

 

「へっ! その思い切りの良さ、さすが御袋の弟子だったってだけはあるぜ! いいぜ、やってやらぁ、権八郎!!」

 

「炭治郎だ! けど本当にそれで」

 

「いくぜええええええ!!」

 

「いや、まだ俺の話が終わって、ぎゃああああああああああ!!」

 

 炭治郎がそう言い切る前に伊之助は炭治郎の体をやすやすと持ち上げ、自身が先に探り当てた鬼のいる方角めがけて思い切り投げ飛ばした。

 視界が縦横無尽に回り続ける中、炭治郎はどうにか空中で態勢を立て直す。

 

(カンナさんの言う通りだ、森の中よりも空中の方がずっと、匂いは薄い! これなら)

 

 同時に先ほどは刺激臭と甘い匂いで紛っていた鼻の嗅覚が幾分か戻り。

 

(いた、あそこだ! あそこの鬼が、みんなを操っている鬼!)

 

 炭治郎自身も隊士たちを操る鬼を探り当てた。

 

 

 

 

 

 那田蜘蛛山に巣食う鬼のうちの1体、ここに巣食う親玉の鬼から母鬼と呼ばれるその鬼は先ほどまで嬉々と、鬼殺隊の隊士たちを自身の持つ糸の血鬼術で操り同士討ちをさせていた。

 しかし、つい今しがたに表れた新たな隊士たちは中々蜘蛛たちが糸を繋げられず操り人形にすることができなかった。

 オマケについ今しがた中々鬼殺隊を全滅に追いやれないことに痺れを切らして自分たちの親玉である鬼がやって来て、母鬼を脅迫していったところだった。

 中々鬼狩りたちを全滅させられない焦りに加え、親玉の鬼に脅迫されたのも相まって完全に母鬼は平静を失っていた。

 

「マズイ、マズイ! 私の居場所がバレてる。さっきから戦ってる鬼狩りたち、全然蜘蛛たちが糸を張れないし、それに――」

 

 既に自身が見上げる空のその先には、月を背後に日輪刀を構えた鬼狩り、竈門炭治郎の姿が自分の頸を刎ね飛ばさんと向かってくるところであった。

 このままでは自分の頸は確実に刎ねられ、殺されてしまう。

 何か、何か考えないと。

 

 母鬼はなんとか気持ちを落ち着かせ思考を巡らせようとするが。最早何も妙案など浮かぶはずもなかった。

 

(死にたくない!)

 

 そう一瞬母鬼は思った。

 

 だが直後、母鬼の脳裏に浮かんだのは、鬼となりここ、那田蜘蛛山に来てから今日までの日々、その記憶であった。

 

(でも、死んだら……楽になれる、開放される?)

 

 鬼となってからは鬼狩りに追われる日々であった。

 その文字通りの地獄から解放してくれたのは、ここ那田蜘蛛山に巣食う鬼であった。

 彼は自身を十二鬼月だと言い、自分たちと家族にならないかとそう誘ってきた。鬼狩りに終わ穢最早行く場所も変える場所もなかった母鬼は喜んでその鬼の手を取った。

 これで自分は、今までのように鬼狩りにおびえる辛い日々を送らずに済む、最初はそう考えていた。

 

 だが、ここに来てからに日々は彼女、母鬼にとっては文字通りの第2の地獄であった。

 

 毎日のように他の仲間の鬼からは暴力を加えられ、ここの親玉である鬼からは『なぜ自分たちが怒っているのか、わからないのが悪いんだよ』などとあまりに理不尽な理由で拷問され、体を何度も斬り刻まれたことなど最早数知れずであった。

 

 恐怖、痛み、苦しみばかりの日々、それがここで終わるのなら。

 

 気が付けば母鬼は自ら炭治郎に頸を差し出し。

 

水の呼吸、伍ノ型、干天の慈雨

 

 炭治郎はその頸を、水の呼吸が持つ技の中で、最も優しい剣技で刎ね飛ばしたのであった。

 

 直前に、炭治郎はこの鬼が死の間際に抱いた思いを匂いで感じ取った。

 

 〝やっと、辛い日々から解放される〟

 

 悲しみと後悔と同時に、感謝の念が入り混じったかのような匂い。多くの人間をその手で葬り、喰らってきたはずなのに、最後はあまりにも悲しい匂いを漂わせていたその鬼に炭治郎は顔を曇らせた。

 

「鬼に、同情しちゃだめだよ炭治郎。どんなに最後、そのことを悔いてたとしても、奪われた命は戻らない」

 

「ッ!? ……分かってる……」

 

 炭治郎が鬼の頸を刎ねた後、遅れてカンナ、真菰、伊之助らが炭治郎の下へとやってきた。

 顔を曇らせ俯く炭治郎を真菰は静かに、そう諭す。

 

 炭治郎も真菰の言わんとしてることは分かっていた。

 どんなに鬼となった者が、そのことを悲しみ悔いたとしても、鬼となって彼らが奪った命は決して戻ることはない。

 

「でも、鬼は元は人間……人間だったんだ」

 

「うん……そうだね」

 

 きっと誰も彼らを許す者はいないだろう。

 だが、そんな鬼たちも元は、ただ一人の人間であった。ならばせめて、自らの行いを悔いそのことに苦しむ者たちには、せめてその最後は安らかであってほしい、炭治郎はそう思わずにはいられなかった。

 

「成仏してください……」

 

「……ありがとう……十二鬼月がいるわ……」

 

 だが、いつまでも悲しみに浸っているわけにはいかなかった。

 この鬼の口から死の間際に出た言葉に、炭治郎たちの顔は険しいものとなる。

 

「気を付けて……」

 

 その言葉を最後に、鬼の体は空へと静かに朽ち、消えていった。

 

「予想通りか……」

 

 その鬼を見届けたのち、カンナの口から静かにその言葉が漏れ出た。

 十二鬼月。鬼舞辻配下の強力な鬼が、やはりこの那田蜘蛛山にいるのだ。

 これで確証が得られた。

 

「行くわよ、十二鬼月がここにいるのが確実となったのなら、ここから先……少しの油断が命取りとなるわ」

 

 一先ずは後ろにいる村田たちと合流したのち、怪我をした隊士たちは村田に任せカンナと炭治郎たちは山の奥にいるであろう他の鬼たちを滅するために森の中へと向かって行く。

 

 

 

 

 

 なんだよ、この状況さ。

 怪我をした隊士を藤の花の家紋の家まで送り届けて、急いで戻ってみたらもうみんな山に入った後なんてさ。

 俺一人じゃ怖いんだよ本当さ。でもさ、炭治郎のやつ禰豆子ちゃん連れて山の中に入っちゃうしさ、カンナさんとか真菰さんとか女の子だしさ、男の俺が護ってやらなきゃだろ? いや、あの2人俺なんかよりずっと強いんだけどさ。

 けどさ、俺だってこんなところでいじけてちゃいられないってわかってるよ。

 

「チュンチュン!」

 

 あぁ、もう! うるさいよこの雀。相変わらず他の鎹鴉と違って何言ってるかわからないしさ。

 そもそもなんで俺のは鴉じゃなく雀なのさ! いや、可愛いけどさ、見た目は。でも時々手噛んでくるから全然可愛げないし。

 

「いて!」

 

 オマケに今、なんか刺されたんだけどさぁ。

 チクッとしたよチクッと。

 

 

 

 しばらく歩いていくと、うわぁなんだよこの刺激臭。

 ここ、一段と刺激臭がひどい。多分炭治郎じゃ絶対死んじゃうって。真菰さんも鼻利くって言ってたし絶対辛いだろうなぁ。

 それに、アレって仲間の隊士だよな? まさか、蜘蛛に変わっていってるのか?

 俺の目の前には蜘蛛の糸のようなモノにつるされた古びた小屋と、同じく蜘蛛の糸のようなモノに縛られた仲間の隊士、しかもその何人かは人と蜘蛛が合わさったかのような不気味な姿に変貌していた。

 

「コレって……ッ!?」

 

 少しだけ後退ると、何かが足の方ではっているような気配を感じた。その気配のした方を見てみると。

 

「ッ!」

 

 そこには人の顔をした不気味な姿の蜘蛛が1匹。あぁ、俺頑張ったよ。どうにか叫ばないですんだよ、普通なら叫びたいけどさ。けどもう理由をわかってたから、何とか落ち着けたよ俺。

 

「お前、まさか……俺たちの仲間の隊士」

 

「シャアッ!」

 

 その人面蜘蛛いや、人頭蜘蛛か? それは俺がそう問いかけると即座に襲い掛かってきた。

 何とかその蜘蛛の攻撃を躱すと、俺の耳が何者かの声を拾った。

 

「無駄だぜ、そいつはもう俺の手下だ。人間の頃のことなんざ何も覚えていない」

 

「げぇ! 出たぁあああああああああ!!

 

 いや、叫ぶって。なんなのあの……鬼!?

 

 声をした方を向くと、そこにいたのは今見つけた、仲間が変えられたであろう人頭の蜘蛛を、より大きくしたかのような異形の鬼だった。

 アイツが仲間を蜘蛛にしたのか。

 

 最初は恐怖が勝っていたが、今はそれ以上に仲間が蜘蛛にされてることへの怒りの感情も幾分か俺の心の中で湧いて出てきている。

 

「キヒヒ、それによ……おめぇも、もう終わってるぜ?」

 

「ハァッ!?」

 

「お前、さっき噛まれただろ? 俺の手下にさ。手を見てみろよ」

 

 いったい何のことだ、噛まれた?

 そこまで思考して俺は山に入ってしばらくしたとき、手に走った刺されたような痛みを思い出した。まさかと思って自分の手の平を見てみると、刺されたであろう痛みを感じた部分はどす黒く腫れ上がり、その周囲には青紫色の痣の様なものが浮き出ていた。

 

「毒だよ、人間を蜘蛛に変える毒さ」

 

 毒、てことが俺もじき、この仲間の隊士たちと同じように人頭の蜘蛛になるってこと? 

 そう思考すると、恐怖で一瞬意識を失いそうになる。だけど、そうはならなかった。

 

「楽しいかよ……」

 

「あぁ?」

 

「お前、そんなことして楽しいわけ? 鬼って、なんていうかさ……」

 

「ああ? なんだよ、はっきり言えよ」

 

見た目もそうだけど趣味も趣向も全部気持ちワリィいいいいなぁあああああああああああ!!

 

「ハァ!?」

 

 いや、本当さ、めっちゃキモイよお前。後、体めっちゃ臭いし、炭治郎じゃなくても分かるよ? 匂ってるの。

 ここ周辺の刺激臭って、大部分はお前だろ? めっちゃ臭いしめっちゃキモイんですけど。

 

蜘蛛になんてなってたまるか蜘蛛やろぉおおおおおお!!

 

「ッ!? こいつ、馬鹿か!」

 

 俺は思い切り、この蜘蛛の鬼に突進してったけど、そりゃこうなるよな。

 あっさりその蜘蛛の鬼に弾き飛ばされてさ、樹に体ごと思い切りぶつかってるしさ、情けねぇよ。

 

 その時に俺の頭を過ったのは、隊士になる前、育手だった爺ちゃんや、ぶっきら棒な兄弟子、獪岳、それと……。

 

『善逸、泣き虫だからって臆病者だからっていいじゃないさ、それは確かにアンタの弱さだけど、同時に強さなんだからさ』

 

 もう一人の爺ちゃんの弟子、姉弟子の嬬伽(じゅか)との日々だった。

 爺ちゃんの下での修業は、本当辛くて、何度も死ぬかもって思って、何度も泣いて逃げ出して、でもそのたびにつかまってまた修行の日々で、本当、地獄ってこの世にあるんだって思い知らされるくらいのしんどい日々だった。

 

 でも、俺、そんな日々だったっていうのに、辛くて痛くて、何度も爺ちゃん頭殴ってくるし、でも、それでも俺。

 

 爺ちゃんが好きだったんだ。どんなに俺が辛くて泣いて、逃げ出しても根気良く、俺の事を連れ戻しに来て、ずっと修行を見てくれてんだ。

 でも、結果は全然でなくて、爺ちゃんの呼吸、雷の呼吸の技も壱ノ型しかできなかった。

 

『善逸、お前はそれでええ。一つ出来れば万々歳だ。一つのことしかできないなら、それを極め抜け、極限に、極限まで磨き上げろ』

 

 最初はそのことをこっ酷く怒ってた爺ちゃん。でもしばらくするとそれでいいって言ってくれた。でもそれが俺には余計に情けなくて、そんなことを思ってたら。

 

『刀の打ち方を知ってるか? 刀鼻、何度も何度も叩いて叩いて叩き上げて、不純物や余計なモノを飛ばして、鋼の純度を高め、強靭な刀を作るんじゃ』

 

 そう言って叩くんだ。

 でもさ、俺刀じゃないよ、生身なんだよ、すごく痛いんだよ。

 

『善逸、泣いても良い、逃げてもいい、だが諦めるな』

 

 でも、俺はそれでもやっぱり、そんな爺ちゃんが大好きなんだ。

 

「雷の呼吸……壱ノ型」

 

 爺ちゃんが好きだ。どんなに俺が逃げても、何度も連れ戻して、どんだけ長く時間が経とうとも鍛錬を見てくれて。

 決して俺を見限ったりしなかった。

 

『なんで、お前はここにしがみつくんだ。先生は柱だったんだ、鬼殺隊最強の剣士の一人だ、そんな人から指導を受けられることなんて滅多にないんだ。なぜおまえはここにいる。なぜおまえはここにしがみつくんだ!』

 

 何度も泣いて、逃げるばかりの俺を兄弟子は時折そんな風に罵ってきた。

 兄弟子の言い分も俺は分かっていた。普通、鬼殺隊隊士の多くはその生涯、鬼との戦いに明け暮れ、ほとんどは最後は殉職という形でその幕を下ろす。

 俺たちの育手の爺ちゃん、桑島慈悟朗は元柱、鳴柱と呼ばれていた鬼殺隊最強の剣士だ。元柱が育手に転身することは決して珍しいことじゃない。だがそもそもそんな柱でも生きて鬼殺隊を引退すること自体が稀なんだ。

 そんな元柱の育手からの指南なんて滅多に受けられるものじゃない。だから兄弟子の言うことも一理あった。

 けど、そんな風に俺の事を兄弟子が罵っていると決まって。

 

『獪岳、アンタだってそうは言うけど、壱ノ型を全然使えてないじゃない。それに師範は、ちゃんとアンタの為にも時間を割いてくれてるだろ?』

 

『嬬伽姉え、だがこいつは!』

 

『善逸だって、毎日泣いて喚いて逃げてばかりだけど、隠れていろいろと鍛錬してるんだよ。この子だってね、頑張ってるの! 獪岳、アンタ少しは善逸を認めてやったらどうなの? アンタは兄弟子なんだから!』

 

『チッ!』

 

 姉弟子の嬬伽が助け舟を出してくれるんだ。

 でも、それがまた、俺を情けなくするんだ。

 

 強くなりたい。

 

―――――

 

「こいつ、さっきから同じ型ばかり、やはりそうだ……コイツ一つのことしかできないんだ」

 

 蜘蛛鬼は完全に油断していた。

 善逸が雷の呼吸の壱ノ型の構えを取ったとき、最初は驚き焦った。とっさに自身の血鬼術、斑毒痰で応戦し事なきを得たが、その後は何度も目の前にいるこの鬼狩りは同じ壱ノ型の構えばかりを取る。

 たった一つのことしかできない無能。

 最初にこいつに自分の手下が撃ち込んだ毒も回り始めている。

 蜘蛛鬼は自身の勝利を疑わなかった。

 

 だから油断した。

 だから分からなかった。この鬼殺の剣士、我妻善逸、たとえ壱ノ型しか使えない隊士であったとしても。

 

雷の呼吸、壱ノ型――

 

 そのたった一つを極限にまで極め。

 

霹靂一閃――

 

 磨き上げた傑物だということを。

 

六連!!

 

 気が付いたときには、蜘蛛鬼の頸はその蜘蛛の胴と離れ離れとなっていた。

 蜘蛛鬼が最後に見たのは、満月を背に舞う善逸の姿であった。

 

 

 

 

 

 俺、頑張ったよな……。

 

 体がしびれて、力が出ない……。

 

 落ち着け、まだ死んじゃいない……爺ちゃんだって言ってただろ、諦めるなって。呼吸を使うんだ。それで少しでも毒の巡りを遅らせて……。

 

 俺、強くなりたい。ずっと夢に見るんだ。

 

 強くなった俺が弱い人や困った人を助けてあげられる夢。

 爺ちゃんが貴重な時間を割いて鍛え上げてくれたこと、その時間は無駄じゃないんだって、強くなった俺が、みんなの役に立つそんな夢。

 

 俺はさ、爺ちゃん、俺自身が一番嫌いだったんだよ。ちゃんとしなきゃって思っても、泣いて、怯えて、すぐ何かに縋りつく、そんな俺が。

 

 だからさ、俺本当、強くなりたいんだ。

 

『アンタは、もうずっと強いわよ。アタシや獪岳よりのずっと』

 

 そんなことない。

 

『だって、アンタそんな風に、弱い自分をさらけ出すことができるじゃない。それができる人って、実は本当はずっと、強いのよ』

 

 俺は弱いよ、嬬伽姉え……。

 

『俺知ってるぞ、善逸が本当はとても強い事』

 

 炭治郎……。

 

 

 

 体を蜘蛛へと変えんとする猛毒に苛まれながら、善逸はこれまでの自分の人生を振り返る。

 それでも彼は決して、死のうとなどは思わず、自身の師の言葉の通り、諦めず耐え続けた。

 

「もしも~し、大丈夫ですか~?」

 

 自分たちへの救援がそこに到着するその時まで。

 

つづく




雪華こそこそ話

嬬伽は桑島のもう1人の弟子の少女です。(本作オリジナルキャラクター)
善逸と獪岳、嬬伽の育手、桑島慈悟朗は善逸と獪岳には分け隔てなくその修行を見ていましたが、嬬伽の事は放っておいてました。
嬬伽は早々に雷の呼吸の全てを会得したため、桑島が教えることが早々に亡くなったためだと善逸も獪岳も考えてました。
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