Serenade of azure   作:yurarira

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初対面なわけないやーーーん!!

…あ、だめ?言っちゃダメだった?


ちょ、待って黒子くん。
話せばわかる、落ち着こう、
一旦落ち着いて話をしよう。

だからそのイグナイトをやめうわあああああああああああああああああああ


Rubatoなお日様~「───初対面ですよ」~

 

 

Tetsuya side

 

 

 

 

 

 

「……それで?

 本当にいいんですか、日野さんは」

 

「はい!」

 

「昼食を一緒に食べる…

 ずいぶん欲がなくないっスか?香穂子っち…」

 

「え?そうですか?

 あ、一緒に食べてらっしゃる方がいたら

 その方も一緒にどうぞ!

 その方が嫌だったら断ってくださって構いませんし」

 

「…それじゃあ交換条件にならないじゃないですか」

 

「……うーん…でも…たまにでもいいので食べれたら…

 楽しそうでいいかなって……」

 

「…………条件でもなんでもないですよそれ。

 もうキミのただの願望です」

 

「ふふ、そうかもです。叶えてくれますか?」

 

 

 

笑顔でボクを覗き込んでくる彼女に、思わず笑みが漏れた。

 

……ほんとに、敵わないな。

 

 

 

「…………昼」

 

「えっ?」

 

「昼、どこに行けばいいんですか」

 

 

 

ぶっきらぼうにそう言うと、

彼女はぱああっと効果音が聞こえてきそうなほど

分かりやすく顔を綻ばせる。

 

 

 

「屋上!屋上です!」

 

「…………香穂子っち、かわいっ」

 

「へ?…きゃっ」

 

 

 

堪えきれない、

という風に抱きつく黄瀬くんに、目を瞬かせる日野さん。

 

 

少しくらい、嫌がってもいいのに。

 

…というかむしろ、少しくらい拒否した方がいいのでは。

 

 

 

「…それより日野さん」

 

「?はい」

 

「キミ、もしかしなくてもお風呂上がりですか?」

 

「えっ!どうして分かったんですか?」

 

「さっき…髪が、濡れてたみたいだったので」

 

「え……ホントだ!?半乾きじゃないッスか!

 しかもそれ部屋着でしょ!?風邪引くッスよ!」

 

「……い、急いでたので…」

 

 

 

へら、と困ったように微笑む彼女にため息をひとつ。

 

………絶対風邪引くパターンだ、これ。

 

 

 

「だ、大丈夫です!家帰って暖まればへっちゃらです!」

 

「……ごめん香穂子っち。説得力全然ないッス」

 

「ええっ!?」

 

「…………。仕方のない人だな」

 

 

 

ボクは学ランのジャケットを素早く脱ぎ、

彼女の肩にかけた。

 

風邪なんか引かせたら、森さんたちが怖い。

 

 

 

「それでもかけといてください。

 何もないよりはだいぶマシでしょう」

 

「でも、これじゃ黒子くんが…」

 

「ボクは平気です。水を被ったわけでも、

 誰かさんのように風呂上がりでもないんで」

 

「……っ。でも!風邪引いちゃったら…」

 

「キミが言いますかそれ…」

 

「…香穂子っち、素直に受け取って」

 

「でも…」

 

「女の子の方が体冷やしちゃまずいでしょ?

 今日は結構冷えてるし、

 そんな格好じゃ本当に風邪引くッスよ」

 

「……それは…。…でも、黒子くん細い方だし…っ」

 

「男の中では、です。

 日野さんよりは頑丈に出来てますし、

 これでも一応バスケ部員です。

 体力もキミよりはある、身長だって。

 …何より、吹いたら飛びそうなほど華奢な人に

 細いと言われる筋合いはありません」

 

「…え、えと……」

 

 

 

彼女の言葉を遮り、捲し立てたボクに

日野さんは困ったように眉を下げ、

助けを求めるように黄瀬くんに視線を向ける。

 

 

…でも、事実だ。

 

いくら非力で体力のない方だといっても、

どう考えても彼女には負けない。

 

 

………絶対に、負けたくないし。

 

 

…いやでも、森さんには勝てるかなボク。

既に身長は勝ててないのだけど。

 

 

 

「こーんな寒そうな女の子放っておくのも

 男としてのプライドに関わるし。

 おとなしく受け取って、香穂子っち」

 

「……………」

 

「日野さん」

 

「……わかりました。ありがとうございます」

 

 

 

まだ少し不満げな顔の彼女が、

ボクのジャケットをぎゅっとつかむ。

 

…と、なにかに気づいたように小さく目を見開き、

口元を綻ばせた。

 

 

 

「…ふふ」

 

「ついさっきまで不満そうだったのにどうしたんですか」

 

「香穂子っち、なんか嬉しそうッスね」

 

「あ、ええと…」

 

 

 

彼女は少し悩んだように、

視線をさまよわせた後、恐る恐る口を開く。

 

 

 

「…ひ、引きません?」

 

「何がッスか?」

 

「内容によりますね」

 

「…うっ」

 

「それで、どうしたんッスか?」

 

「………これ、すごく、あったかくて」

 

「良かったですね」

 

「まあ、直前まで黒子っちが温めてたッスからね」

 

「変な言い方しないでください」

 

 

 

黄瀬くんをピシャリと一瞥して、彼女へ視線で続きを促す。

 

と、やはり少し言葉に迷った様子のまま、口を開いた。

 

 

 

「………………いい匂いが、したんです」

 

「……は?」

 

「黒子くんの匂いがします」

 

「…………………変態ですか、キミは」

 

「ち、ちがっ…、本当に、いい匂いがふわってして…!

 意図して嗅ごうとした訳じゃなくって!」

 

「……冗談です」

 

「えっ……」

 

「でもオレ、黒子っちって無臭だと思ってたッス。

 そりゃ散々バスケした後とかは汗の臭いはするッスけど、

 そんなん全員だし。したとして制汗剤の匂いくらい?」

 

 

 

黄瀬くんは、日野さんが羽織っているボクのジャケットに

鼻を近づけて、首をひねる。

 

 

 

「黄瀬くん。キミがやるとマジで変態です。

 やめてください」

 

「扱いの差!!」

 

「……でも、ボクも無臭だと思ってました。

 火神くんにもそう言われましたし」

 

「んーと…何て言えばいいのかな…。

 特別なにかの匂いがするって訳じゃなくて…

 落ち着く匂いというか…」

 

 

 

彼女はううん、と唸りながら人差し指を頭に当てる。

 

…本当に、表情のころころ変わる人だな。

見てて飽きない。

 

 

ぼんやりと彼女を見ながら考えていたボクに、

日野さんはぱっと顔を明るくさせて、

ぴっと人差し指を立てた。

 

 

 

「お日さま!お日様の匂いです!」

 

「お日様?…太陽ですか?」

 

「太陽の匂い…ッスか?」

 

「お日様というか日だまりでしょうか?

 あったかくて…ぽかぽかと…。

 そう、取り込んだあとのお布団の匂いというか…」

 

「……どこの主婦ですか」

 

「えっ!だ、だって

 お日さまの匂い、落ち着きませんか!?」

 

「…まあ、らしいと言えばかなり、らしいッスよね」

 

 

 

苦笑を浮かべる黄瀬くんとボクに、

落ち着くと思うんだけどなあ、と

ぶつぶつ呟きながら不服そうな日野さん。

 

その肩が、ふるりと震える。

 

 

…そうだった。

 

 

 

「黄瀬くん、すみません」

 

「へ?黒子っち?」

 

「日野さんを急いで

 連れて行かないといけないの忘れてました」

 

「え?」

 

「…ああ、そうッスね。

 このままだと本当に香穂子っち風邪引きそう」

 

「わ、私は大丈夫ですよ!

 お気になさら………

 

 

 

 

 

 

 

 っ、くしゅんっ」

 

 

「「……………」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………え、ええと…今のは…その……」

 

「…黒子っち、オレはもう帰るッス。

 だから早く、一刻も早く連れて帰ってあげてほしいッス」

 

「はい。言われなくてもそうするつもりです。

 ……ほら、行きますよ」

 

「えっ、あの、ま、待って!

 …黄瀬くん、ごめんなさい失礼します」

 

「いいからほら、早く行って。

 またね、黒子っち、香穂子っち」

 

 

 

先に歩きだしたボクの後ろから、

慌てたような曰野さんの声と、

少し笑ったような黄瀬くんの声が聞こえた。

 

 

振り返ると、黄瀬くんに頭を下げて

慌てて駆け寄ってくる彼女と、

その後ろに軽く手を振る黄瀬くんの姿。

 

 

ボクは黄瀬くんに軽く手を振り返し、

彼女が追い付いたのを確認して再び歩きだす。

 

 

 

「…………案内、お願いします」

 

「はい!お任せください!」

 

 

 

にこにこと微笑みながら隣に並ぶ曰野さん。

 

…なにがそんなに嬉しいのやら。

 

 

 

「それにしても本当に…

 何て言っていいのか…災難でしたね」

 

「まあ…なっちゃったもんは仕方ないですよ。

 買い直さないといけないものが多いのが痛いですけど」

 

 

 

次の母さんの仕送りまで、教科書とかどうしようかな…。

教師に言えば貸してくれるだろうか。

 

 

 

「カリキュラムが同じなら

 …貸したりもできたんですけど…」

 

「うちの学校の音楽科と普通科のカリキュラムって

 ほとんど違うって聞きましたよ」

 

「……ええ。恐らく結構違うと思います…」

 

「…そんなに落ち込まないでくださいよ。

 住む場所を提供してくれるだけで十分すぎるんですから」

 

 

 

しゅん、と肩を落とす彼女に苦笑を浮かべつつ、声をかける。

 

本当に、気にしなくていいのに。

 

 

 

「っ、その代わり!

 なにか手伝えることあったら何でも言ってくださいね!」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

にこりと笑顔を浮かべ、ぐっと握りこぶしを作る日野さん。

 

損得勘定がこれほどできない人も珍しいんじゃなかろうか。

 

 

 

「…………あっ」

 

「?」

 

「あの…お昼に聞きそびれたこと…

 聞いてもいい、ですか?」

 

「…ああ、そういえば。どうぞ」

 

 

 

今までとは打って変わって、

やはり歯切れが悪そうに、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───私たち、前にどこかでお会いしてませんか?

 …最近じゃ、なくて。もっとずっと…昔に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どくり、と心臓が音を立てた。

 

なにかを言おうと開いた口のなかはカラカラで、

思わずぐっと唾を飲み込む。

 

 

真っ直ぐに、ボクを見つめてくる彼女へ

返せる言葉なんて、考えなくてもひとつしかなくて。

 

 

……ボクと、キミは。

 

香穂子、ボクたちは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───初対面ですよ。

 ボクがキミを助けた日、あの日が初めてです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の目を真っ直ぐに見つめ、

そう告げたボクに目を見開く日野さん。

 

…そしてそのまま、苦笑を浮かべた。

 

 

 

「……そう、ですよね。

 ごめんなさい。変なこと聞いちゃって」

 

「………いえ」

 

 

 

──それから、彼女の屋敷へ着くまで、

ボクたちは一言も喋らずに歩き続けた。

 




*rubato=盗む。ごまかした

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