Serenade of azure   作:yurarira

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世話焼き香穂子ちゃんは、雄一の様子が気にかかりつつも、黒子くんに恩を返せるのが嬉しくて堪らないみたいです。

かわいい。


記憶はamarezza~「…………香穗子が」~

 

 

Tetsuya side

 

 

 

 

 

「…夜分遅くにすまない。月森だ」

 

「ああ、月森くんですか。今開けます」

 

 

 

ドアを開けた先には、紙袋を片手に持った月森くん。

 

…なんだろう?

 

 

 

「どうしたんですか?」

 

「………これを」

 

 

 

無表情で突き出してきた紙袋を思わず反射で受け取り、

中を確認すると…パジャマ?

 

 

 

「なんですか、これ」

 

「パジャマだが」

 

「いや、それは見ればわかります。

 どうしたんですか、これ」

 

「…………香穂子が」

 

「え?日野さん?」

 

「…香穂子が、君の服を随分と気にしていたようだから」

 

「……それでわざわざ持ってきてくれたんですか?」

 

「制服一着ではなにかと困るだろう。

 普段着は明日、香穂子と一緒にでも揃えてくるといい。

 とりあえず今夜は、これで。

 まだ着ていない新品だから、そのまま使ってくれていい」

 

「…………」

 

「…?どうしたんだ」

 

「……や、ありがとうございます」

 

 

 

思いがけない厚意に、

思わず動きが止まったボクに少し不思議そうな月森くん。

 

 

……噂では、もっとクールな人だったんだけど。

彼女関係だからか?

 

 

 

「中にハンガーも入れてある、制服をかけておくといい。

 そのままだと皺になる。肌着等は大丈夫か?」

 

「あ、はい。コンビニでさっき買ってきました」

 

「ならとりあえず明日と今夜は大丈夫だな。

 それじゃ、俺はこれで」

 

「色々とお気遣いありがとうございます」

 

「いや。……香穂子が、世話になったから」

 

 

 

それだけ言って、踵を返し自室へと戻っていく月森くん。

 

 

…本当に、日野さん様々だな。

 

ボクは先ほど用意した下着を手に取り、

ありがたく紙袋と共に風呂へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見たこともないような広さの浴槽等に驚きつつ

部屋へ戻ると、ふっかふかなベッドが迎えてくれる。

 

 

…なんだか、

金持ちの臨時体験をしている気分になってくるな。

 

 

一番驚いたのは、ボクの入ったところ以外にも

もうひとつ風呂への入り口があったということ。

 

 

……女風呂と、男風呂らしい。

 

分ける必要あるのか…?

 

 

 

制服をクローゼットに入れ、再び布団へと寝転ぶ。

 

……今日は、本当に疲れたな。

 

 

って、そういえば。

 

 

 

「森さんの発言の意味、すっかり聞きそびれたな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ま、気づかない方が幸せかもしれないけどね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの言葉は、どういう意味だったのだろう。

 

まあ、きっと。

 

 

 

「…高橋、雄一」

 

 

 

彼がボクへ向けていた、

随分と攻撃的な…まるで敵意を持っているかのような

鋭い目線が関係しているのだろう。

 

 

彼の事は…、というかこの屋敷にいるメンバーは

実は普通科でも少し有名人が多い。

 

 

何かと目を引く森さんと、月森くん。

 

女子が騒いでるな、という方向に目を向けると、

土浦くんが普通科の人とサッカーしてるのもよく見るし。

 

 

…そして、高橋くん。

彼は、言うならば黄瀬くんレベルだ。

 

彼が歩けば男女問わず人が動き、

彼のいる方向からは黄色い声。

 

 

……ただ。

 

それは、ボクから見た、彼らの話だ。

 

学科の違う、元々影の薄いボクのことなんて、

彼らはきっと今まで知りもしなかったはず。

 

 

それこそ、日野さんが倒れたときに迎えにきたのが、

初めて認識されたときだろう。

 

 

けれど、彼の瞳は。

 

知り合ったばかりのボクに向ける視線では

なかったように思う。

 

 

憎むような、諦めたような。

 

色々な感情がごちゃ混ぜになったような、

よどんだ色をした目。

 

 

……日野さん以外の人たちの、

なにかに気づいたように一瞬だけ軽く歪められた眉間に、

一瞬だけ見開いた目。

 

 

 

 

 

『それってなんだか…少し危なくないっスか?』

 

 

 

 

 

ふっと、黄瀬くんの言葉が頭をよぎる。

 

……ああもう、黄瀬くんが余計なこと言うから。

 

 

 

「……でも」

 

 

 

もし、キミがなにかに巻き込まれていても。

 

 

 

「…ボクが、絶対に助け出しますから」

 

 

 

それがきっと、再びキミと道が交わった理由だろうから。

 

ゆっくりと視線を閉じると、

いつも目蓋の裏に現れるのは思い出の光景。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『テツヤ。私の前では、泣いていいんだよ。

 言いたくないんならなにも言わなくていい。

 ……でも、私がいるから』

 

 

 

 

 

『また明日、ね!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笑顔を浮かべ、手を振りながら去っていく

彼女の腕を掴もうと急いで伸ばした手は、

 

……届かずに、宙を切る。

 

 

ハッと目を開けたボクの目に写ったのは、

彼女などではなく。

 

見慣れぬ天井と宙をさまよう自分の手で。

 

ボクは自嘲した笑みを漏らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──バカだな、こんなことしたって。

 

 

彼女は、戻ってなどこないと、

 

自分が一番分かっているはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………くそっ!!」

 

 

 

上げたままだった手を強く握り、ベッドを叩く。

 

彼女との思い出を振り切るように、

爪が食い込むほど、強く、握りしめて。

 

 

 

…時々、思い出というのは酷く残酷だと、ボクは思う。

 

よりによって見せるのが、こんな思い出だなんて。

 

 

 

 

 

……本当に、残酷だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『くろこ、てつや、くん…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やめてくれ。

 

どうか、その声で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクの名前を呼ばないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭に残る彼女の声を頭を振って消し去り、

抑え込むように布団に潜り込んだ。





*amarezza=悲哀

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