アズールレーン ダークサイド 悪意に満ちた死神   作:ヴィランコマンダー

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最近になって仮面ライダーカリバーを出してみたくなった作者です。ただ今更感があるので……それに設定もおかしくなるので葛藤しています……。

無駄話はここまでにして、それでは本編をお楽しみ下さい。今回は文字数が多いです。


嫉妬という名の想い

 一人の少女が閉じ込められていた。

 頑丈な鉄格子の中で床に埋め込まれた鉄環に鎖で繋がれ、足枷を着けられ、目隠しをされ、鋼鉄の球状の開口式口枷を嵌められ、首輪を嵌められ、ありとあらゆる自由を奪われた状態で薄暗くじめじめした地下牢獄に幽閉されていた。

 

 少女は人類の手よって誕生し、突如として出現した侵略者から人類を庇護する存在。

 希望とも呼べる彼女は、護るべき者達にこうして囚われてしまった。

 

「…………」

 

 少女は何故、自分がこうして閉じ込められているのか分からなかった。

 ただ自分は、人類の敵となる侵略者を殲滅しようとしただけなのに。

 

 人類にとって、少女は化け物のような存在であった。 

 侵略者が無残に破壊される様子を見ると興奮し、敵を艦砲で木っ端微塵にする感触に快感を感じる、戦闘狂。

 

 それだけならまだ良かった。

 制御下に置くことが出来ず、戦場に駆り出されれば暴虐と破壊の限りを尽くし、命令を一切受け付けないことから少女は誕生して間もなく幽閉された。

 

 ポタッ、ポタッと雫が地に滴り落ちる音が虚しく牢獄の中に響く。

 長い間、幽閉されている少女にとっては聴き慣れた音だ。

 この視界を阻害する暗闇の空間も、音も、何もかも全てが慣れた。

 

 ただ、そのたびに寂しいと思うことがある。

 

 少女が牢獄に幽閉されてから、誰もこの場所に訪れなかった。

 身体は痩せ細り、食事すら与えられず常時拘束された状態で彼女が聞いたのは、化け物や怪物といった暴言。

 それが訪れた者達の最後の言葉だった。

 

 誰もここには来ない。

 自身を罵倒する貧弱で矮小で愚かな人間も。

 自身を生み出した白衣の人間達も。

 

 寂しい。

 心の奥底で、その一言だけが埋め尽くされた。

 

 例えどれだけ忌避されていても、この暗闇の中で長い間閉じ込められている彼女にとっては、誰かと一緒にいたいと思うようになった。

 

 温もりを求めていた。

 そんな願いは届く筈も無いのに。

 

 このまま、唯一人孤独に死んでいく生涯なのだろうか。

 誰にも知られず朽ちていくこの身を、誰かが見つけてくれるのだろうか。

 

 少女の枷となっている目隠しの隙間から、一筋の涙が伝う。

 

【オール・エクスティンクション】

 

 それは初めて耳にした雑音。

 考える暇もなくそれが聞こえた直後、爆発による轟音と強風が静寂とした牢獄を打ち砕いた。

 それも少女の間近で。

 

「ふぐっ……!?」

 

 

 突然過ぎる出来事に、反射的に音の発生源を目視する。

 当然、目隠しを付けられているので見える訳もないのだが、一体何が起きたのか確かめたかった少女はせめて耳を澄まして音だけでも確認しようとした。

 

 コツ、コツと足音のような音が反響し、それと同時にガシャガシャと機械のような音も混じっていた。

 前者は音からして間違いなく人によるものだが、後者は分からなかった。

 何か荷物を運んでいるのか、或いは鎧の摩擦のような音なのか、それが迫ってくる。

 

 そして足音と謎の音は少女の間近で止んだ。

 誕生してから間もなく幽閉されたとはいえ、侵略者に対抗出来る少女は、近くに何かが居る事は本能的に感じていた。

 

 気配は人間でもなく侵略者のものでもない。

 そのどちらでもない存在が、目の前に居る。

 この未知の気配に少女は今まで戦ってきた侵略者をも凌駕する程の、感じたことのない恐怖が襲いかかる。

 

 直後、少女を拘束していた全ての枷が無くなり、突然の解放で彼女の身体は崩れ落ちた。

 長い間、拘束された身体は動かすことも休むことも許されず衰弱しており、産まれたばかりの赤子同然であった。

 

 少女の身体を何者かが抱き止めた。

 それは、人間の腕ではなく鉄のような硬い腕。

 感触は間違いなく人のものでは無いが、人の腕の形をしている事は抱き止められている身体から伝わっており、恐らく義手のようなものだろうと予想した。

 

「ぷはっ……」

 

 少女に嵌められた口枷のベルトが外され、それを無理矢理吐き出された事で口内に堰き止められた空気が伝わり解放感を覚える。

 久々に口枷を外された口内は乾ききっており、声もろくに出せず枯れていた。

 

「……水だ。飲め」

 

 少女を抱き止めている人物によるものなのか男性らしき低声が彼女の耳に入った途端、口の中に冷水が流し込まれる。

 此処で口にする事が出来たのは、これが初めてだった。

 

 少女が気になったのは謎の人物が、自身が窒息しないように少しずつゆっくりと流し込む配慮。

 今まで会ってきた者達とは何か違うモノを感じ取り、少女はされるがままに従った。

 

「あぅ……ぁ……?」

 

 水分補給が終わり、彼のお陰で喉は潤ったがそれでも出せたのは呻き声だけであり、言葉を発することは出来なかった。

 

 その時、抱き止められた相手の方向から悲鳴のような声と同時に液体が流れるような音が聞こえた。

 

 また此処で初めて耳にした音。

 それが収まり、少女の目隠しが外される。

 

「っ……」

 

 少女の目に映ったのは、黒のパーカーを着た青年の姿。

 被っていたフードの奥で左の片眼だけが血のように赤黒く染まった眼球が睨む。

 

 それが彼との出会いだった。

 

  ◇

 

「……落ち着いたか?」

 

「ぐすっ、ありがとうございます……」

 

 しばらくの間、悪斗の腕の中で泣いた大鳳は、ようやく落ち着きを取り戻した。

 溜込んでいたもの全て吐き出し、出し尽くした彼女の心は完全に癒やされた。

 ようやく呪縛から解放されたのだ。

 

 涙を枯らした後は瞼が赤く腫れ、その姿を彼に見せまいと顔を逸らした。

 

「……どうかしたか?」

 

 大鳳が顔を逸らした意味を知らない悪斗は、顔色をうかがうべく自身の顔を彼女に合わせた。

 

「っ……!」

 

 大鳳の頬は紅潮した。

 覗き込むように凝視する悪斗が、彼女を無意識のうちに魅了していたのだ。

 あれだけ怖がっていた左眼も、今では恐怖を感じることはなくなった。

 

 身体的、精神的にも限界を迎えていたところを救われた大鳳にとって、温もりを与えてくれた悪斗は謂わば英雄のような存在となっていた。

 

 つまりは、惚れたのだ。

 

「い、いけませんわ! そんなに大鳳を見つめられたら……大鳳は……!」

 

 思考が正常に可動せずテンパる大鳳。

 頬は紅潮を増し、恥ずかしさのあまり逃げ出してしまいそうになるが今は悪斗の腕の中に居る為、身動きが取れずにいる。

 

 だが、彼女は逃げる気など毛頭ない。

 寧ろいつまでも彼の温もりを感じていたいと、このまま捕まえていてほしいとまでに心から願っていた。

 

「……すまない」

 

 その様子を見て何かを察した悪斗は、両腕を大鳳から離した。

 

 この時の悪斗は、大鳳が自分に触れられるのを嫌がっていると勘違いしていた。

 

 会って間もない男に抱きしめられ、頭を撫でられ、泣き顔を見られたのだ。

 初対面の相手にこんなことをされれば嫌な気持ちにもなるだろうと、勝手に勘違いしていた。

 

 彼女の気持ちを知らずに。

 

「どうして大鳳を離すのですか……? ねぇ、どうしてですか?」

 

 悪斗が取った行動は、逆効果。

 

 大鳳は一瞬で真顔に変貌する。

 瞳からは光がスッと消え、突き刺すような視線を彼に向けた。

 

 悪斗は単に自分が大鳳を不用意に触れてしまったことに罪悪感を感じ、彼女を離した。

 

 大鳳はずっと抱きしめていてもらいたかった。

 逃げ出してしまいそうになったのは羞恥心があったからであり、彼を拒絶した訳ではない。

 

 二人のすれ違いによりその場の空気は氷のように冷たく、静寂に包まれた。

 

 がらりと一変した空気を感じ取った悪斗は無表情ではあるものの一瞬だけ困惑した表情を見せるが、大鳳の様子が明らかに変だと分かると原因を解明するべく思考を可動する。

 その時間僅かコンマ数秒。

 

 悪斗は離した両腕で再び大鳳を抱きしめた。

 

「っ……!」

 

 突然の事に硬直した大鳳は、抱きしめられていると分かると急に借りてきた猫のように大人しくなり、今度は自身の両腕で彼を抱きしめ返す。

 もう離さないと言わんばかりに強く、力強い意思があった。

 

 やはりそうか、と悪斗は確信する。

 

 大鳳は自分を嫌っていた訳でも、拒絶した訳でもない。

 単純に恥ずかしがっていたのだとコンマ数秒で導き出した結論と実践で確証が持てた。

 

 深く考えなくても大鳳の様子を見ればなんとなく分かると思うのだが、彼はその事に気がついていない。

 

 彼女を抱きしめたところで、悪斗はとある提案を切り出す。

 

「なぁ、大鳳」

 

「……はい」

 

「俺と来ないか?」

 

 それが悪斗の切り出した提案。

 

 もうこれ以上、大鳳を傷つけさせたくない彼にとっては、この提案を受け入れてほしかった。

 

 怪しいことは重々承知している。

 簡単に承諾すれば大鳳の上司であった指揮官が行ったような事をするかもしれないと警戒されても仕方がない。

 それでも悪斗は大鳳に懇願するつもりであった。

 

「はい、喜んで」

 

 結果は即同意。

 悪斗の誘いに、大鳳は考え込む素振りもなくあっさりと同意した。

 

「……いいのか?」

 

 これには誘った本人が驚きだった。

 こんなにあっさりと同意が取れるとは思わなかったからだ。

 少しは考え込むか怪しむ様子を予想していたが、その予想は外れた。

 

「勿論ですわ。大鳳を大事にしてくれる運命の人に出会えたのですから、もうあんな害虫に忠誠を誓う必要は無くなりましたわ。今思えば、大鳳は何故あの害虫を思慕していたのか思い出せませんわ。傲慢で強欲で色欲で怠惰なあの害虫の何処に惚れていたのか……」

 

 自問する大鳳の話を黙って聞く悪斗。

 極悪非道な上司だという事は最初から既知しているが、彼女がそこまで言うとなれば既に吹っ切れた後なのだろう。

 

 それが当然の反応なのだ。

 そんな上司に好意など抱く訳がない。

 ただ、当時の大鳳は気づくのが遅かったというか、遅過ぎたのだ。

 

「……そうか」

 

 吹っ切れた大鳳を見て僅かではあるが何処か嬉しそうに口角を上げ、一言呟いた。

 

「……これからよろしく頼む」

 

「はい。不束者ですが、よろしくお願いします!」

 

 斯くして、大鳳は悪斗に随伴することを決意した。

 彼こそが自身の主に相応しく、忠誠を誓うに値するお方。

 ようやく出会えた運命の──否、必然の出会いだったのだと感じていた。

 

 全ては救ってくれた彼の為に、この命を懸けてでも護ろうと、そう心に誓った。

 

 その時、大鳳の中で何かが解き放たれた。

 

「──指揮官様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 突如として大鳳が艷やかな咆哮を上げる。

 部屋中に反響するそれは美しく、耳にした者を魅了するかのような美声だった。

 

 直後、悪斗は押し倒された。

 

 背中が床に接触した時には大鳳が彼の腹部に跨り、馬乗りの状態となった。

 頰に両手を添えて恍惚とした表情で見下ろす大鳳の瞳にはハートが宿り、彼だけを映していた。

 

「……なんのつもりだ?」

 

 悪斗は大鳳の突然の行動を怪訝そうに、そして()()()という呼称に思わず顔を顰めて問いかける。

 

「やっと、やっと会えましたわ。大鳳の指揮官様♡」

 

 大鳳は今、新たな主の顔をしっかりと脳に記憶し、現在で確認出来る特徴を分析していた。

 服装や赤黒く染まった隻眼、顔つき、声量等といった細かいところを隅々まで見逃さなかった。

 

 一通り情報を処理した後、彼の問いに答える。

 

「うふふっ、大鳳は決めましたの。貴方様に忠誠を誓い、この命が朽ち果てるまで誠心誠意尽くしますわ。これからは貴方様を指揮官様とお呼びすることにします♡」

 

 大鳳は可憐な花笑みを浮かべながら、そう言った。

 

 鏡面海域で出会った時から暗い表情ばかり浮かんでいた彼女が今では見違えるほどに生き生きとしており、妖艶な雰囲気を醸し出しながら胸部を強調するように悪斗の顔に身体を近づける。

 先程の羞恥心は何処へ行ったのやら。

 

 男ならば誰しもが息を呑み、欲情に駆られるだろうその肢体を直視しているにもかかわらず、悪斗は表情を変えず無反応。

 そういったものに興味を示そうともしていない。

 

 そんなことよりも大鳳が()()()と呼んだことに僅かな怒りがふつふつと湧いた。

 

「お前まで、俺を指揮官と呼ぶのか……」

 

 大鳳が聞こえない程に呟く悪斗の声色は、何処か後悔を感じていた。

 

 ふと、彼の脳裏をよぎったのは碧き空を背景に海の上に立つ少女達の姿。

 服は所々破け、焼けて焦げたような跡もあるが、皆が一方向に笑顔で手を振っている。

 

 その光景が無理矢理、強制的に何処かの建物へと変わる。

 外見は白くペンキで塗装された豆腐の形をした素朴な形像。

 

 だが、中は悲惨なものであった。

 壁や床には赤い液体がべっとりと付着し、刃物が散乱した見るに堪えない光景。

 

 そこから先は──

 

 ──バァンッ! と轟音が響いたことによって、脳が現実へと引き戻された。

 

「私の愛する人に手を出すなんて、許せないっ!!」

 

 その少女の怒声は部屋の入口から聞こえた。

 大鳳は反射的に振り向き、悪斗は聞き覚えのある声の方向を目視して呟く。

 

「……ローン」

 

 ローンと呼ばれた彼女は見るまでもなく、激怒している。

 鬼の形相で大鳳を睨み、隠すこともせず殺意が溢れている。

 大鳳が悪斗に馬乗りになっているのが原因だった。

 

 それが気に食わなかったのか、身体から黒い靄が湧き出すと同時に背後から無数の水色の立方体が出現し、物体を生成する。

 

 彼女の背丈よりも巨大で鋭利な爪を持つ後脚が二足に、右脚には艦砲が装備された堅固な前脚が二足で合わせて四足。

 尻尾のように反り返った首は大蛇のような頭部。更に開口部には砲口が覗き見え、頭上に三連装の砲塔をニ門保有した一匹の怪物。

 

 まるで大蛇の尾を持つ鋼鉄の蠍のような生物こそがローンの"意思を持った生物艤装"である。

 

 ローンもまた大鳳と同じくKAN-SENの一人なのだ。

 

「グルル……!」

 

 艤装は主人であるローンの感情と連動しているかのように、大鳳に敵対した様子で威嚇する。

 

「あなた! 指揮官から離れなさい! さもないと……!」

 

 ローンは怒鳴るように警告し、艤装は口を大きく開いて口部の砲塔を大鳳に向ける。

 部屋の中だとしても知ったことかと言わんばかりに殺意に満ちていた。

 

 彼女と同類のKAN-SENと言えど大鳳は艤装を展開しておらず、生身の状態では一般的な女性と何ら変わらない為、至近距離から艤装が火を吹けば確実に無事で済まないことくらい想像がつく。

 

 突然の事に硬直した大鳳であったが瞬時に飛び起き、護るように背を悪斗に向けてローンと対峙する。

 凄まじい殺気に戦慄することなく、現れたローンに問いかける。

 

「その艤装、貴方も……」

 

「やっぱり貴方は消しておくべきでしたね。最初に指揮官がどこの馬の骨とも知れない女を連れてきたのは驚きました。私は反対だったんですよ。指揮官が助けたいと言って懇願していなければとっくに排除していたのに、助けてもらった恩を仇で返すなんて……許せないよねっ!」

 

 長々と喋るローンが最後に怒声を発した途端、艤装が大鳳の頭を目掛けて噛み砕くと言わんばかりに襲いかかった。 

 

 ──速いっ……!?

 

 蛇の如く獲物に襲いかかるようなそれは鋼鉄の身体からは考えられない程に素速く、敏捷で敏速な攻撃が大鳳に迫る。

 

 あまりの速度に反応が遅れ、大鳳は艤装を展開するどころか避けることも防ぐことすら出来ない無防備の状態。

 その状態であの艤装に頭を噛み砕かれでもしたら一瞬でゲームオーバー。

 

 即ち、死──。

 

「──そこまでだ」

 

 艤装が急停止した。

 否、させられた。

 

「……指揮官」

 

 大鳳とローンの間に割って入り、艤装の頭部を片手で受け止めた悪斗に対してローンは何故、と言わんばかりに面食らう。

 

「彼女は敵ではない。艤装を解除しろ」

 

「何故ですか? 彼女は指揮官に襲いかかったんですよ。庇う必要がどこにあるんですか?」

 

「それは誤解だ。俺は襲われた訳ではない」

 

「……どうして貴方は」

 

「艤装を解除しろ。此処での戦闘は禁止だ」

 

「……」

 

 大鳳を救いたい悪斗。

 悪斗に仇なす者を排除したいローン。

 二人の口論にはどうしても譲れないものがある。

 故に互いの衝突は必然であった。

 

 二人の間に沈黙が続く。

 緊迫とした空気が部屋中に充満し、対峙しあっている二人を、大鳳は立ち尽くす事しか出来なかった。

 

 しばらくして、ローンの艤装である鋼鉄の蠍が無数の水色の立方体となり消失、渋々と命令通りに艤装を解除した。

 それを確認した悪斗も、受け止めていた手を下ろした。

 

「……すまない」

 

 悪斗は大鳳の居る方向を向き、直角に近い角度で彼女に頭を下げた。

 ローンと同居している者の責任からか申し訳なさそうにしていた。

 

「あっ、いえ……気にしないで下さい! 元は大鳳が悪いのですから……!」

 

「……」

 

 悪斗の謝罪に動揺する大鳳。

 先に誤解を招くような行動を取ったのは自分だというのに、彼が謝罪をする必要はなかった。

 罪悪感に見舞われると同時に、改めて彼が自身の指揮官であると心の底から感極まっていた。

 

 その光景を見ていたローンは面白くなさそうに、部屋を退出した。

 

 刹那、彼女の瞳が赤く光を放った事を、悪斗は見逃さなかった。

 

  ◇

 

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないっ!」

 

 ローンは言うまでもなく憤怒に満ちている。

 大鳳が悪斗に抱きついているのを直視した時から、火山の噴火の如く噴き出した感情が暴走を起こしていた。

 

 今すぐにでもあの女を彼から引き剥がしたかった。

 だが、何故か彼は大鳳を救おうとしていた。

 彼自身が庇った為に、行動に移せば彼に嫌われてしまう。

 

 そう考えたローンは渋々と部屋を退出した。

 

 部屋を退出してからは、この感情を発散するべく実験場の方向へと足を運んでいた。

 

 ストレスを感じた時は好きなことをする事で発散するのが一般的だろう。

 音楽を聴いたり、ゲームをしたりなど人によって様々。

 ローンのストレス発散は、戦闘。

 

 目的の実験場に入り、その中心まで歩く。

 中心で歩を止めた直後、前方に突如として漆黒のアーマーを纏った、ライフルを装備した武装集団が出現する。

 

 これは悪斗が開発したホログラム。

 彼がラーニングした戦闘データを元に投影された仮想敵が実体化され、集団による戦闘や巨大な敵の戦闘等、様々な戦闘を行う事が可能なのだ。

 

「あの小娘っ!!!」

 

 ローンは怒りの矛先を仮想敵に向ける。

 瞬時に艤装を展開し、艤装が主人の意思に従い砲撃を開始した。

 

 砲塔が火を吹き、撃ち出された砲弾が武装集団に直撃する。

 その爆発で巻き起こった爆風がローンの頰を撫でる。       

 爆風が晴れた頃には、跡形もなく消滅していた。

 

 たった一発で敵を殲滅できるその威力。

 

 爽快──なんてことはなく物足りなさを感じていたローンは、それだけで怒りが治まるようなものでは無かった。

 

 今度は巨大なティラノサウルスが出現した。

 それは悪斗が生み出した生物兵器であり、仮面ライダーサウザーに変身して戦った戦闘データをベースにホログラムとして組み込んだ仮想敵。

 

 狂竜の咆哮が実験場を揺るがす。

 

「許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せないっ!!!」

 

 グツグツと煮えたぎっていた怒りが絶頂にまで達し、無理矢理抑え込んでいた枷が弾け飛ぶ。

 その瞬間、ローンの身体から赤黒いオーラが噴火の如く噴き出し、艤装が口内でエネルギーを充填し始める。

 

 その時間僅か数秒で完了し、赤黒い光線を撃ち出した。

 

 光線が狂竜を飲み込み、広範囲の爆発と共に爆風が実験場の八割を彩る。

 残りの二割はローンが居る場所なので爆発の範囲外だ。

 ただ、先程よりも威力が段違いなのはローンの怒りがエネルギーとなり、それほど強力な一撃に変換されたという事だ。

 

 爆発の影響で宙に砂埃が舞う。

 視界が阻害され、狂竜の姿は確認できない。

 だが、あれほどの砲撃を受けて消滅していない筈がない。

 そう確信していた。

 

 ただし、その理屈が通用するとは限らない。

 

「グルルルゥゥォォォォァァォッ!」

 

「きゃっ……!?」

 

 狂竜は消滅していなかった。

 砂埃が晴れた直後に実験場を揺るがす程の大咆哮を上げ、ローンを艤装諸共吹き飛ばした。

 

「はぐっ……!」

 

 風圧により百メートルを一秒で駆け抜けるような速度で背中から壁に叩きつけられた。

 壁は凹み蜘蛛の巣のようにヒビが入り、ローンは衝撃で吐血した。

 

 幸いにも艤装を展開していた為、命は助かったもののこれが艤装を解除したKAN-SEN──或いは人間であれば内臓破裂どころか原型を留めることなく即死している。

 

 実体ではなくホログラム。

 ある程度ダメージを与えれば消滅するようにプログラムされており、それに加えてローンの砲撃はオーバーキルを叩き出す程の高威力。

 

 だというのに、狂竜は何事もなかったかのようにその場から一歩も動いていなかった。

 

 ホログラムとはいえ狂竜のデータを仮想敵として登録、組み込んだだけで実物と何ら変わらなかった。

 

 つまり、実体とホログラムの違いだけで能力値に比較する程の差はない。

 悪斗が生み出した狂竜は、ローンの怒りをエネルギーにした一撃を耐えたのだ。

 

「グルルゥゥァァァッ!」

 

 狂竜が口を大きく開閉させながらローンの元へとズシン、ズシンと地響きを立てながら徐々に接近する。

 

 勝利を確信をしていたが故に、油断していた。

 感情に身を任せ、考えもなく暴走機械の如く挑んだ結果がこの有様。

 ローンは自身の行動を後悔した。

 

 狂竜が、意思を持たないホログラムが待ってくれるはずもなく、プログラムされた通りに対象を攻撃するべく襲いかかる──筈だった。

 

 直前で狂竜が消失したのだ。

 

「っ……?」

 

 狂竜に受けたダメージが残っており、貼り付けられた身体を動かさず虚ろな目で凝視していたローン。

 

 コツ、コツと足音が耳に入り、人の姿が彼女の視界に入る。

 

「……勝手に実験場を使うな」

 

 その先には、悪斗がローンに向かって歩いていた。

 

「し、きかん……」

 

 迫る悪斗を見て安堵したような笑みを浮べ、艤装が水色の粒子となり解除される。

 疲労によって維持することが出来ず脱力した彼女の身体は、凹んだ壁から剥がれて地に落ちる。

 

 その前に悪斗がすかさずローンの身体を横抱きの形で受け止めた。

 

「ごめん……なさい。しき……かん」

 

「……無理に喋るな」

 

 喋るだけでも辛そうにしているローンに、悪斗は悪斗なりに心配をしていた。

 部屋を退出した彼女が気掛かりで、大鳳を部屋に置いてきたのだ。

 

「わたし、怖かっ……たん、です。しきかんが、取られる、って……」

 

 ローンは胸に秘めた思いを打ち明ける。

 それは悪斗が大鳳に奪われるかもしれないという恐怖によるものだった。

 面と向かった時に大鳳を攻撃したのは、会って間もない彼女に悪斗を取られたくない一心で行動したもの。

 つまりは嫉妬なのだ。

 

「あなたは、わたし……を、暗闇から救ってくれた、人だから……」

 

 ローンは悪斗と出会う前までは、牢獄に囚われていた。

 彼女はKAN-SEN──それも特別な存在。

 

 細かい説明は省くとして、ローンはとある研究所で誕生してからたった数日で幽閉された。

 

 それは彼女の在り方に問題があった。

 普段のゆるふわな雰囲気から戦場に出れば狂人の如く変貌して暴虐と破壊の限りを尽くし、蹂躪を楽しむ。

 一番問題なのは命令を受け付けず、機嫌次第では敵だけでなく味方や自身の司令官すらも無差別に攻撃してしまうという暴走兵器のような行為に至ったことだった。

 

 故に、ローンを恐れた者達は彼女に不良品の烙印を押し、永久に幽閉した。

 

 そんな彼女を救ったのが、悪斗だった。

 

 悪斗に助けられてから数カ月間の間は彼を信じることが出来なかったローン。

 彼に対して敵対的だったのは必然と言ってもいい。

 時には攻撃し、時にも攻撃し、攻撃三昧であった。

 その度に悪斗が軽々と受け流しているのは日常となっていた。

 

 だが、それでも悪斗はつきっきりでローンと生活していた。

 どれだけ敵視されても、忌避されても、彼は止めなかった。

 

 だからなのだろう。

 彼に対して認識が変わったのは。

 

「こんな、わたし……を、貴方は、助けてくれた……。暗闇……から、救って、くれた……。破壊……衝動を、つきっ、きりで、抑えて、くれた……。わたし……の大切な、人……。だから……」

 

 やがてローンは、共に過ごすうちに悪斗を信じるようになった。

 破壊にしか興味を持たなかった心を癒やしたのは、彼一人だけだった。

 

「もういい。喋るな」

 

 喋る度に弱っていくローンを見て心苦しく感じた悪斗は、彼女に負荷がかからないように急いで出口の方向へと走る。

 今の彼は焦燥感に駆られ、責任と後悔を感じていた。

 

 本来、この実験場は使い方を間違えなければ怪我をすることなく安全に戦闘訓練を行える。

 ホログラムに関しても攻撃値や耐久値等の数値をあらかじめ設定する事で実力に合った戦闘を行える。

 

 ただ、狂竜は初期数値ですら悪斗が多少手を焼くモンスターであり、ローンでは敵わなかった。

 ただそれだけだ。

 

 幸いにもホログラムである為、自動的に強制停止させるプログラムが発動したことで九死に一生を得た。

 

 だが、それでローンを傷つけてしまった事に変わりない。

 

 悪斗は狂竜のデータを一時的に封印する事を即座に決定、今はローンの事で頭がいっぱいだった。

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