観測可能史実 永久労働地獄日本   作:「書庫」

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新卒よ、上司を繋ぎ止めよう

 以下、某SNSより抜粋

 

 @Saka_Oneさんがログインしました

 @Zabibibibiさんがログインしました

 @fulyuさんがログインしました

 

 中略

 

 @Saka_One

  今日もバイトだ。流石に疲労が溜まってきた。

  あと事務所唯一の良識人が辞表を叩きつけたのもある

  一人いないと割と精神的に疲れる

 

 @Zabibibibi

  新卒さん達の泣き落とし作戦を提案

 

 @fulyu

  情に訴えてブラックに繋ぎ止めるとか悪魔かよ

 

  チャットログ|2018-24:32

 

 

      ◇

 

 

「───と、まぁ。あり得ないことが起こっているわけです。ほんと何なんですかね、さらっと計算外の因子がブッ込まれて割と胃が痛いです」

 

 死んだ魚の様な目で、シオン・エルトナム・ソカリスはチャットログが表示されたウィンドウを閉じた。

 彼女は右手に握っていたスマートフォンを藤丸立香の元へと返却し、眉間を軽く揉む。

 

 続いて、レオナルド・ダ・ヴィンチがもはや悟りの領域に届きそうなほど死んだ魚の目で新たなウィンドウを表示する。

 これも藤丸立香のスマートフォンを介して手に入れた、どういう訳か稼働しているSNSのチャット欄のログだ。

 

 @sin_shakai

  空白の一年程度の混乱で日本が休めると思うな(真顔)

 

 @kobayashiiiiiiiii

  むしろ余計に忙しくなってるまである

  つーか他の国どうなってんだろ?

 

 @tomoemaru

  やっぱごたついてるんじゃないか?

  まぁ仕事漬けなのは変わらないし…

 

 @I_beg_you

  休日をください

 

 その場にいた全員───シオン、ダ・ヴィンチ、藤丸立香、マシュ・キリエライト、シャーロックホームズ、ゴルドルフ・ムジークが頭を抱える。何がどうなってやがるんだと。

 人理焼却という偉業は消え、魔術王の残骸は退去し、新たな脅威「異聞帯」が到来し、この星の歴史は白紙となったのではなかったのかクリプター。

 頭痛に堪える様な面持ちのまま、ダ・ヴィンチが口を開く。

 

「んー…、日本の異聞帯という可能性は、このスマホから得られた情報のおかげで霧散したね。

 となると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになる」

「それが妥当な見解だろう。第一、他の異聞帯の様に空想樹や嵐の壁が観測されていない」

 

 ホームズも頭を抱えながら、溜息を吐く。

 

「一体何を悩んでいるんだ? 我々は二つの空想樹を伐採した。ならこの日本の復帰は、特に驚く様なことでは…」

「ゴルドルフ所長、我々も初めはそう考えたのです」

 

 ゴルドルフの言葉を遮ったホームズは、ため息を吐きながら藤丸立香へと目を向けた。

 藤丸立香は、頷いてからスマートフォンを開き、ゴルドルフの視界に入れる。

 そこには特におかしな所無く表示されたSNSがある。

 

「…オレも最初はそう思って、喜んだんです。

 でも、最初にマシュが気づきました。

 彷徨海(ここ)に電波届いてるの、おかしくないですか?」

 

 ゴルドルフに激震走る。灯台下暗し。或いは異常事態や神霊や怪物との相対で完全に麻痺していた感覚が、目を覚ます。

 そうだ、これは、これだけはあり得ない。

 此処はこの世にありながら、この世に存在しない彷徨う異界のようなもの。そもそも、国の域を遥か遠く離れているのに、なぜ普通に利用出来る?

 しかして鋼の不死鳥、ゴルドルフ・ムジークは務めて冷製に思考を巡らせる。

 

「───ッフ…もう驚かん、もう驚かんぞ私は。

 いつかなる時でもれしいでありゃと」

 

 だめだった。

 

「…その、先輩のご家族…とも連絡が可能になっていました。

 会話の記録からも、突如出現した日本は間違いなく我々の知る日本としか考えられません」

 

 盛大に舌を噛み、悶絶するゴルドルフを藤丸と共に解放しながらマシュがさらに情報を補強する。

 その言葉に、藤丸の青い目が少し揺れかけたが、幸いにも誰にもバレていない様だった。

 

「うん、そろそろ情報をまとめよっか。

 ノウム・カルデア設立から数日後、突如白紙化した地球に“我々が知るであろう日本”が出現。

 霊子演算装置トリスメギストスIIの結果によると、あれは現実であり空想に非ずものだ」

「SNSはリアルタイムで更新、内容は状況から外れているものが多いですね。けど、トリスメギストスはこれを正常と言ってます。なのでそのまま内容を読み取ると、あの日本は現在進行形で国を通常通り維持・運営していると」

「加えて、正常と言って良いかわからないが…通常通りにスマートフォンが動作するのは君とミスターカワタの日本出身者のみ…」

 

 復帰の要因として一応ではあるが考えられるのは、とホームズは思考を巡らせる。

 白紙化への耐性機能の発動。

 「伝承防御」の存在。

 空想樹伐採の影響。

 …そして「魔法使い」の関与。

 

 しかし、そのどれこれもが、トップクラスの知名度を誇る名探偵が考えるにして失笑ものの有様であることは彼自身重々と承知していた。これにはかのモリアーティ教授も失望のあまりライヘンバッハへ飛び込んでしまうだろう。

 

 完全な手詰まりの中、進展はあった。

 

「…トリストメギスの計算結果が出ました。軒並みエラーではありますが…二つ程、手がかりが。

 一つは“伝承防御” もう一つは───“固着した風土”」

「伝承防御ぉ? それこそ考えられん!」

「ですよねー、それなら他にも生き残る汎人類史側の存在はいるでしょうし、それにこれが本当だとすれば、日本に白紙化を逃れるような伝承が存在することになっちゃいますし…。

 …でもトリストメギスがこの結果を出しちゃってるんですよねぇ…!?」

「…マシュ、ダ・ヴィンチちゃん、伝承防御って何かな…?」

 

 まっきり話題についていけないザ・凡庸マスター藤丸立香は、素直に頼れる相棒と天才の後継へ助け舟を求めた。分からないことは分からないと言える男の子なのだ。

 

「伝承防御とは、簡単に言えば“条件を満たさないと一切干渉が通用しないバリア”みたいなものさ。

 これは今じゃプロイキッシャーにしか現存していない」

「伝承防御の例にあげるなら“人でしか倒し得ない”インド神話の羅刹王や、アキレウスさんの踵などが挙げられます」

「…ポ○モンのヌケニンみたいな感じか…けど、日本にそんなのがあるわ、け───…」

 

 ふと、藤丸立香の記憶に過ぎるは「父の背中」。

 インフルエンザウィルスが大流行しようと、いくら雪が降り積もろうと、記録的な大雨が降ろうと、欠かさず出社していた偉大ながらもくたびれきった父の背中。

 

 それは父だけでは無く、SNSで繋がった人もそうだし、社会現象としても問いただされてきた。

 あり得ないとは理解している。ただ自分の中で持ちうる判断材料はこれだけで、どうしてか核心に踏み込んだ様な実感もある。

 自分は疲れているのかもしれない、そう思った彼は思考を放棄しようとしたが、まさにその瞬間であった。

 

《そのまさかです、我々の時代から超遠い孫》

 

 聞き慣れた、快活な声がする。

 しかし、その声の持ち主は本来、その様な言葉遣いなど決してしない筈だ。

 そしてその声は───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一斉に注目を浴びる液晶。

 そこには声を発するそれは、まるでこちらの思考がわかっているかの様に朗々と聞いてもいない何かの答えを語る。

 

《今なお顕現状態…つーか“裏側”に来れない御大は在り。

 それを不敬ながら呼び水とし、我々をねじ込んだ。

 備えあれば憂いなしとはマジだったな。

 異邦の金星の神の世界への祝福を模したのは正解だった》

 

 同時に、如何ともし難い圧力があった。

 肺の全てを押し出され、指一つ動かせない重圧。

 液晶越しでもなお、この存在感とプレッシャーに、その場にいる全員が畏怖の感情を向ける。

 

《元々は不可能だけどな、基盤やら人理やらガバガバだからこそ準備できたし、備えていた。憐憫の獣は必ずキミらが何とかしてくれると思い、我々は“もしもの次”に備えた。俺達はキミを見ていたんだよ。

 超遠き息子、記録に残る事を是とされない者、藤丸立香》

「───お、れ?」

「いや待て今さらっとすごい言葉が流れなかったかね!?」

 

 しかしそんな中でも、真っ青な顔のまま重要な点をしっかりと抑えるゴルドルフであった。

 

《おお、今の所長か。何と言うべきか、あ、息子?孫?ひ孫?まぁどれにしてもうちの子がお世話になっております、とかだったか》

「既視感しかない台詞ー!?」

 

 プレッシャーは強いが、口調は軽い。

 そんな矛盾にどんな顔をしたら良いか分からず、皆一様にして微妙な顔をするが、そんな中で口火を切ったのはホームズだ。

 

「…名前をお伺いしても? 権限の仕組みは理解したが、一つ確証を得たい。あなたの声はミスター・キントキと全くの同質であること、その辺りの説明を願いたい」

《ああ、良いとも名探偵》

 

 すんなりと、液晶越しの声は了承する。

 その場に居合わせた全員が───特に、藤丸立香は表情を引き締めてその者の放つ一言一句に耳を傾ける。

 

《俺達は“霧”であり、境界を定めるモノ。

 神在の地より出で、俗世と御大を覆い隠す帳》

 

《山の総鎮守に並ぶ俺達を、子供達はこう呼んだ。

 霧の神霊───即ち、天狭霧神(あめのさぎりのかみ)と》

 

 

 





ITEM
▶︎藤丸立香のスマートフォン
 ・いつか“既読”が着くのではないか、そんな淡く不安定な期待を持ちながら汎人類史のマスターはこれを持ち続けた。
 人理焼却の時も、亜種特異点の時も、心が折れそうな時、彼はフォルダ内にある家族の写真を───在りし日の、そして取り戻さねばならない平穏の断片を見る。

祝福
▶︎金星の神の祝福
 ・「偽り」の世界にて既出。滅茶苦茶身勝手な祝福であり、正直読んでて「やっぱこの女神控えめに言ってもやべーやつでは?」と訝しんだ。ウルクの切れた斧がモツ祭り開催しないか心配です。
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