東京都・立川駅周辺。
空はよく晴れ、朝の空気はひどく澄んでいた。
その賑やかな街の上空を、一機のドローンがゆっくりと飛行している。
それほど速くないが、四本のアームでしっかりとダンボールを抱え、一心不乱にどこかに向かって飛んでいく。
どうやら、宅配用のドローンらしい。
まだ一般的に使われてはいない珍しい物だ。
そのドローンを、スーツに身を包んだ一人の男が見ていた。
男性にしてはやや長い髪を持ち、顔立ちは妙に整っている。
男はおもむろに懐からスマホを取り出すと、何者かに電話をかけて耳に当てた。
呼び出し音が数回鳴った後、スピーカーから落ち着いた男の声が聞こえる。
『どうした、石動』
「例の物を発見しました。現在、立川市内を飛行中です。目的地は不明。回収しますか?」
『そうか。いや、いい。捨て置け』
電話相手の返答を聞いた男は少し驚いたような素振りを見せた。
「ですが、よろしいのですか准将?あれは我が社の重要機密では…」
『構わんよ。【彼女】が運命によってどのような人間と引き合わされるのか、興味がある。ご苦労だった石動、戻ってくれ』
「はっ。では失礼します」
通話を切り、スマホを懐に戻すと男は空の彼方へ飛んでいくドローンをもう一度見やり、ぼそりと呟いた。
「まったく、准将も困ったお人だ」
***
休日の朝、立川市内のとあるマンション。
その501号室に、髪はボサボサになり服も薄い寝巻きというだらしない格好でベッドに横たわり眠る少女がいる。
彼女の名前は源内あお。
女子高に通っている高校一年生であり、現在は一人暮らしの身。
その時、部屋にインターホンのチャイムが鳴り響いた。
最初の一回ではあおは起きなかったが、その後、あまりにも執拗にインターホンを連打され、
さすがにこのままでは眠っていられなかった。
あおは眠そうに目を擦りながら玄関へ向かい、ドアを開けた。
玄関先には二人の男が立っていた。
片方は身長が二メートルはあるのではと思うほど大きく、浅黒い肌と白髪が目立っている。
そしてもう片方はまだ幼い印象を受ける少年で、白髪の男との対比がえらいことになっていた。
「よう、あお。案の定まだ寝てたみてぇだな?」
白髪の男が不敵な笑みを浮かべて口を開く。
「あぁ、オルガと三日月かぁ…おはよ」
オルガと呼ばれた白髪の男が頭を掻きながら溜め息をついた。
この男はオルガ・イツカ。
あおの友人であり、抵抗感なくお互いの部屋に上がり込めるほど仲が良い。
彼の傍らにいる少年は三日月・オーガスといい、彼もあおとは友人関係にある。
「ところであお、これは何?」
三日月が足元を指さしながら口を挟んだ。
あおが三日月たちの足元を見ると、何故かカラスの羽根にまみれたダンボール箱が一箱、玄関の前に置いてあった。
「そういやさっきドローンがカラスに襲われてたが、あのドローンが持ってきた荷物じゃねえのか?」
オルガが思い出したように振り向き、空を見る。
件のカラスに襲撃されたらしいドローンが火花を散らし、煙を噴き出しながらヨロヨロと力無く飛んでいく姿があった。
あのままでは近いうちに墜落してしまうかもしれない。
「まぁ、とりあえず上がっていいよ」
「おう、邪魔するぜ」
あおに招かれ、オルガと三日月はあおの家に入った。
「結局それ何なの?」
リビングに行く途中、三日月がダンボール箱を抱えたあおに尋ねる。
「ふあ~…多分またパパからかな」
あおは欠伸をしながら答えた。あおの父は豪華客船の船長であり、母と共に世界中の海を旅して回っている。稀に世界各地の奇妙な土産が家に届くのだ。
「ちょっと待ってて」
言うとあおはササッと朝の身支度を済ませ、リビングに戻ってきた。
するとあおのスマホからピリリと着信音が鳴った。
オルガと三日月が画面を覗き込むと、着信相手は『寿武希子』と表示されている。
「あぁ、武希子か」
「今日はあいつと遊ぶんじゃねえのか?」
二人が訊くと、あおは「まあね」と言って通話を始めた。
寿武希子とはあおのクラスメイトであり友人である女の子。
あおだけではなくオルガ三日月とも面識がある。
プラモデル製作が趣味という女子には珍しい模型オタクであり、何かと色々な方面での技術力が高い。
ちなみにかなり特徴的な口調で話すので、オルガや三日月には言葉が通じないこともある。
「武希子?」
『おはよなり~』
「はよー」
『いやはや何かさぁ、父上が家族でドライブ行きたいって駄々こねちゃん降臨しちゃってさー、今日…ドタキャン許される系?』
「うん、いいよ。許したげる」
『ありがたき幸せ~!この恩忘るべからず~。あ、月曜の英語あお当てられるぞー予習しとけ♡』
「マジか!ありがと~。じゃねー」
相変わらず無駄にテンションの高い武希子との会話を終え、通話を切るあお。
その一部始終をオルガは小さなテーブルに頬杖をつきながら見ていた。
「なんだったんだ?」
「ドタキャンされた…急に暇になったなぁ」
あおが虚空を見つめながら呟く。
実はこの日は先に武希子との先約があり、
オルガ達が家行っていいかと尋ねてきた時にそのことを説明してはいたが、
「なら俺らが起こしに行ってやるよ。お前朝弱いだろ?」
とオルガが言い、こうして朝からオルガ達があおの家に押しかけることになったのだった。
「けど英語やる気にはなんないね…まだ日曜は始まったばっかだし」
あおは窓の外を見て軽く伸びをする。
少し雲が浮いているものの、爽やかな紺碧が空を覆っていた。
「ところで、アレ開けないの?」
三日月が親指で後方を差し示しながら言う。
その先には玄関前に無造作に置かれていたダンボール箱が大きなテーブルの上に放置されている。
「ああっそうだ、忘れてた!ありがと三日月」
三人はテーブルの方へ行き、箱を開封することにした。
あおはまず箱を振って中身を確かめようとするが、中で何かがダンボール箱の内面にぶつかる音がする。
開け口を硬く閉じているガムテープを剥がし中を確認すると、
ダンボール箱がいっぱいになる程の梱包材に包まれた、ベージュに近い色の箱が入っていた。
箱には大きく「GOURAI」と書かれている。
「ごう…らい?」
「何これ?」
「妙に高そうだな。ブランド品ってやつか?」
その光景をあおの後ろで見ていたオルガ達が言う。
「うーん、わかんない。とりあえず開けよ」
あおがそう言うと三人は先程の小さいテーブルに戻っていった。
「パパからの入学祝い…だよね?」
「入学祝いにしちゃ、何か怪しくねえか?」
あお達がテーブルに置かれた箱を訝しげに見つめる。
中身が何なのか現状全くわからない以上、自分の目で確かめるしかない。
高い物だったら色々と怖いので、あおは慎重に蓋箱を取り払った。
「なんだこりゃ?」
「おもちゃ?」
中に入っていたのは美少女を模した人形と角張ったロボットの人形や、取扱説明書のようなものと色々だった。
あおは美少女の人形を手に取り、まじまじと見る。
縮尺は1/12に近く、髪はブロンドのショートヘア。
目は閉じていて眠っているようにも見えた。
見た感じ、とても精巧に作られている。
「何これ、どうやって遊ぶの?」
あおが色々と人形をいじり、胸の中心にある突起のパーツに触れた瞬間。
突然電子音が鳴り響き、人形の目がパッと開いた。
「うわぁっ!?」
「なんだ!?」
それと同時にあおとオルガも目を見開いて驚き、あおはうっかり人形を取り落としてしまう。
しかし人形は宙返りをして華麗にテーブルに着地し、あお達を見上げた。
あおとオルガはあまりに突然のことが目の前で連発し、呆気にとられている。
三日月も驚いてはいるようだが、二人ほどリアクションが大きくはなかった。
「わたしは轟雷。たった今、起動を開始しました」
人形が口を開き、喋った。どうやらこの人形は小型のロボットだったらしい。
「おぉ~!なになに、最近のおもちゃって凄いね!超喋ってんじゃん!」
「すげえなこれ」
「どうやって動いてんの?」
オルガと三日月も轟雷に興味津々な様子で、三日月に至っては轟雷の頬や頭を指でつっつき回している。
「あ、柔らかい」
「え、ホント!?うわっホントだ柔らかい!」
轟雷の頬がロボットとは思えぬほど人間の肌に近い感触であったことにあおは更にテンションが上がり、三日月と同じように轟雷の頬を猛烈にぷにぷにし始めた。
「マ、マスター…!」
轟雷は両手であおの指を退ける。
先程あおの手から落下した時もそうだったが、轟雷は自律思考型のロボットのようだ。
「やめてください、マスター」
轟雷が少し怒ったように言う。
あおは轟雷の言葉に引っかかる点があり、尋ねた。
「マスター?なんじゃそれ、変なの」
「あおが起動させたからそう呼んでるんじゃねえのか?」
「では、何とお呼びすれば?」
轟雷が訊いてくる。
その声色はどうも事務的で、あまり人間らしくない。
「あおだよ。普通にあおって呼んで」
あおが轟雷に対し自己紹介をする。
その時、三日月がジャケットから拳銃を取り出し、背後からオルガに向かって三発発砲した。全ての銃弾がオルガに吸い込まれるように直進し、彼の背中を穿つ。
「ウ゛ウ゛ゥ゛!!」
オルガは呻き声を上げ、膝立ちになるもすぐによろめきながら立ち上がり、息も絶え絶えといった状態のまま声を絞り出した。
「俺は…鉄華団団長、オルガ・イツカだぞぉ…」
「三日月・オーガス。…です」
何事もなかったように三日月が自己紹介をした。轟雷はあお達を一瞥し、言う。
「わかりました。あお、オルガ、三日月」
「なんだよ……スルーするんじゃねえぞ……」
「あはっ会話スムーズ~ほんと凄いな~。パパどこで買ったんだろうこんなおもちゃ」
「でもほんっとお前の親父さんはいつまでも子供扱いしてくるよな。もう高校生だってのに」
「そうそう!困っちゃうよね」
あおとオルガが話している間に轟雷は踵を返し、自身が入っていた箱の中からある物を取り出した。
三日月がそれを見て轟雷から取り出した物を受け取り、不思議そうに眺める。
「何これ?」
「装甲パーツです。パーツを切り離し、組み立ててわたしの体に装着してください」
三日月が受け取った物はプラモデルのランナーだった。
轟雷以外に同梱されていたもののようだ。
「ん?何やってるの?」
「おぉ、どうしたミカ」
あおとオルガがこちらに気がついたらしく、声をかけてきた。彼女らに三日月はランナーを見せる。
「なんか、これ組み立てなきゃいけないんだって」
「あぁ?なんだこりゃ、プラモか?」
「ええー、めんどくさそう…わたし細かい作業苦手なんだよー」
「しかしパーツが無いと…」
「いいじゃんそのままで!可愛いもん」
あおが言うと、轟雷は一瞬固まってから呆然と呟いた。
「可愛い…?」
「そうそう!」
「…可愛い」
轟雷が復唱する。
何となく、『可愛い』という言葉の意味を理解できていないようにも見える。
その間にオルガが箱から何かを取り出した。
「おい、さっきから気になってたんだけどよ。なんだこれ?」
オルガの手中にあるそれは轟雷のブリスターの下に入っていた、全体的に四角いロボットのような人形だった。
全身が薄い緑色で塗られている。
頭からはコンセントに差すプラグ的な突起が角のように飛び出ている。
説明書によると、名称は『充電くん』というらしい。
「んー?あぁ、それ充電器だって。そうだ!先に充電した方がいいよ」
「あ、はい」
あおが充電くんの胸からケーブルを引っ張り出す。
しかし、現状ではどうやって充電を行うのかが分からない。
「それどこに差すの?」
三日月が尋ねると、轟雷は後ろを向いて自分の腰を指し示した。
見ると、確かにプラグの受け口が存在している。
「腰です」
「これねー」
言われて、あおがプラグを轟雷の穴に差す。
「ん…んんっ」
その瞬間、轟雷が急に扇情的な声を上げ、その場の空気が凍りついた。
オルガに至っては、少し顔を赤くしながら明後日の方向を見ている。
「ダメだよオルガ」
「まだ何もしてねぇぞ…」
三日月に拳銃を向けられ、オルガは項垂れながら呟いた。
序盤だとあまりオルガの死にどころが無いですね。