源博雅、現代にて宿儺と再会す。   作:あれなん

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【2】両面宿儺は邂逅す

 

 

菊に竜胆。

桔梗に女郎花。

 

秋の草花が至るところに生えている。

 

夏が過ぎ、秋の訪れを感じさせる少しひんやりとした風が薄をさらさらと撫で、庭に咲いている菊の香りを運ぶ。

 

その日は月明かりが美しい夜で、燈台にひとつだけ灯りを点すだけで充分であった。

土御門大路にある安倍晴明の屋敷にて、野を切り取り持ってきたかのような庭を晴明と博雅はほろりほろりと酒を飲みながら眺めていた。

 

晴明は白い狩衣を纏い柱に背を預け、片膝を立てている。晴明の肌は白く、唇は紅を塗ったように赤い。

博雅は水干を纏いその近くに座していた。2人の間には瓶子と杯だけが置かれ、杯が空くとどちらかともなく手を伸ばし酒を注いだ。

 

博雅が酒の肴として持ってきた山女魚は晴明の式がどこかに持っていった。きっとじきに焼いて出してくれることだろう。

 

 

「よい夜だな…」

博雅は呟く。

 

 

「まるで菊の花を飲んでいるようではないか」

杯を傾けるたび酒の香りに菊のそれも交じり合い、博雅のもとに届く。

 

 

2人の間にはほとんど会話はなかった。時折博雅が話し、それに対して晴明はあるかないかわからない僅かな微笑を浮かべ答える。

 

 

 

 

不意に屋敷が強く揺れる。

 

 

「結界が破られたか」

そう言い晴明は立ち上がる。

 

 

博雅は杯を取り落しかけたが、すぐに立ち、晴明が見る方向に視線をやった。

 

 

男が1人暗闇から現れる。月明かりで見えた男は、1つの胴体に2つの顔を持ち、4つある腕には刀や弓を持ち構えていた。

 

先程の揺れはこの男が屋敷に矢を放ったことで起こったもののようであった。

 

 

 

「お前が京で一番の陰陽師か」

男が問う。

 

 

「さあな」

晴明はそう答えた。

 

「お前を先に殺しておけば、この地の、京の蹂躙が容易くなるだろう」

 

 

男は弓を引き矢を次々に放つ。

 

晴明が屋敷に張っている結界は幾重にもあるのか、揺れはすれど、放たれた矢は全て途中で止まり、地に落ちた。

 

 

 

晴明が囁くように呪を唱えた。

 

すると砂嵐のように黒いものが男の足元から這い寄り張り付く。それは動きを変え、蛇のように男の手足を絡め取った。男は手に持つ刀を振り回すが次第に身動きすらできなくなり倒れ込む。よく見ると蜘蛛のようで絶えず蠢いている。

 

 

 

「無事か、晴明!いったいあの蜘蛛はなんなのだ」

博雅はそう尋ねる。

 

「案ずるな、あれは俺の式だ―――しかし博雅」

晴明は博雅の方を見る。

 

 

「なんだ」

 

「お前はこんな時だというのに杯を手放さないとは、酒がそんなに好きか」

 

その言葉に博雅は自身が杯を片手に持ったままだということに気が付いた。

 

 

「違う!違うぞ晴明!俺は気が動転してだな」

博雅は懸命に説明するが晴明は笑い声をあげた。

 

 

 

「して、あの者はなにものなのだ?(あやかし)の類いか?」

博雅は恐る恐る聞く。

 

 

「半分妖、半分人というところだな」

 

 

「まあいい、この者をどうするかは夜が明けてから考えればよい」

 

そう晴明が言い、先ほどと同じように柱にもたれて座った。

博雅は釈然としないが、晴明がそういうのであればそうかと思い座り、瓶子から酒を杯に注いだ。

 

 

しばらくすると、晴明の式が博雅の持ってきた山女魚を焼いて持ってきた。

 

 

 

 

「なぁ、おぬしも一緒に酒を飲まないか?」

そう男に声を掛けられ、宿儺は戸惑った。

 

宿儺は動けなくなった後、陰陽師の式に引きずられ、屋敷の中で男たちの近くに置かれていた。

 

 

「この山女魚は俺がもらったものでな、身ぶりも大きく、先ほどまで生きておったからきっと旨いだろう。それにな、こんなにも月が美しい夜だ。俺たちだけで楽しむのは勿体ない」

 

明日には殺される。どうせなら冥途の土産として飲んでやってもいいだろう。

 

「…飲む」

宿儺は答えた。

 

「晴明、この者の縛を解いてくれないか」

 

男のその言葉に、反論するでもなく陰陽師は面白そうに口の端をかすかに上げ宿儺の縛を解いた。しかし暴れても対応できるよう、まだすぐそばに陰陽師の式が在ることはわかった。

 

 

男に杯を渡され、瓶子から酒を注がれる。

酒を口に含むと華やかな香りがふわりと広がった。酒はその地の気質がそのまま現れる。この地は水がいいようだ。

 

 

 

 

人の悲鳴や呻き声が聞こえず、薄がさらさらと音をたてるのを聞く夜はいつぶりだろうか。

 

 

時折男に聞かれ、取るに足らないことを、自身の生まれた地やその地の名産などを話した。単なる気紛れだった。

 

 

 

 

「博雅――笛を」

 

「ああ」

 

会話もなく、3人でただ庭を見ていると陰陽師から男にそう声が掛かる。男は気安く答えると、手に持っていた杯を置き、懐から笛を出した。

 

 

 

 

 

男が静かに息を吸い、笛に唇をあてる。

 

このような笛の音を人間が奏でていることがただただ信じられなかった。

 

男の吹く笛から幾筋もの糸が出ているかのように思えた。糸は月光に合わせきらきらと煌めきながら龍のように天に昇り、天地の狭間にある幾億の精霊がその糸に合わせ舞っている。

 

 

笛から出る最後の音の余韻が天に昇り、溶け消えるまで宿儺も陰陽師も無言でその音に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

夜の帳が山の端に追いやられ、東の空からは黎明が覗く頃、男は帰る支度をし始めた。

 

「晴明もお前をどうこうするつもりはないようだぞ」

男は宿儺に告げた。

 

「は?」

襲ってきた不届き者を見逃がす奴がどこにいる。

しかし確かに陰陽師の姿は既になく屋敷の奥に引っ込んでいるようだった。

 

 

 

「お前が良ければだが、俺はお前と再び酒を飲みたい。またおもしろい話を聞かせてくれぬか?」

 

 

「―――お前が笛を吹くなら考えておいてやる」

宿儺がそう答えたのはまだあの笛の音に酔っていたからかもしれなかった。

 

 

「もちろんだ、俺は(がく)の才しかないのでな。いつでも吹いてやろう」

 

そう言い男は、博雅は、宿儺に笑いかけた。

 

 

 

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