源博雅、現代にて宿儺と再会す。   作:あれなん

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【3】宿儺、博雅を叱責す

 

阮咸を弾いていた博雅は最後の音の余韻が部屋に染み込み消え去るまで忘我の境にいた。しかし突然、糸が切れた人形のように倒れこむ。

 

慌てる虎杖に宿儺は告げる。

「大したことはない。眠っているだけだ」

 

その言葉の通り博雅はただ眠っているようであった。

五条が博雅が抱えたままの阮咸に触れようとするとバチリと弾かれる。

 

 

「逢瀬を邪魔するなといっておるぞ」

 

 

 

 

 

博雅は以前住んでいた屋敷にひとり座っていた。烏帽子をつけ黒袍(くろほう)を纏っている。現代のまだ成長途中の体ではなく、既に成熟した昔の体であった。

 

先程まで阮咸を弾いていたはずだがとひとり頭を捻る。

阮咸もどこかにいってしまったのか腕の中にはなにもない。

 

 

目の前に懐かしい姿が現れた。一度晴明に呪を掛けてもらい見た、博雅が沙羅と銘を与えた、阮咸の精の姿であった。異国の薄衣を纏い、髪や腕に飾りを付けている。以前と変わらず天竺の天女の姿のようであった。

 

沙羅は梵語を話しているため、博雅には何を話しているのか理解はできない。しかし言おうとしていることはわかった。

 

 

「すまぬな、沙羅。お前のことを忘れていたわけでは決してない。お前の音は美しい。

きっと今でも誰かにその音を聴かせ、楽しませているのだと俺は思って、そう願っておったのだよ」

 

博雅の言葉に女はもらわれていく子犬のような寂しげな顔をした。

 

「――しかしなあ、沙羅よ。お前のことを再び弾くことができて俺はとても嬉しいのだ。いまだ俺のことを好いてくれているお前の気持ちが愛しくてならないのだよ。

お前が許すのであれば、また俺に弾かせてもらえぬか」

 

 

 

沙羅は博雅のその言葉に、珠のような涙を一粒落とし微笑み頷くと解けるように消えた。

 

 

 

 

 

 

「手懐けたな」

しばらく虎杖の頬に出ていた宿儺はそう言い残して虎杖の中に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

博雅が目を覚ますと病院や保健室にあるようなベッドに寝かされていた。

すぐ横には阮咸が置かれている。

 

倒れる前に阮咸を抱えたままであったことを思い出し、傷がついていないか確かめる。

 

相変わらず美しい紫檀(したん)を撫で、沙羅双樹の螺鈿細工にため息を漏らした。

 

 

「おっ!目が覚めたみたいだね」

虎杖とともに目隠しの男が入ってきた。

 

「あっ、僕、五条悟。ここの学校の先生。あと悠仁の担任。よろしくねー」

軽い調子で挨拶され、博雅も返す。

 

「呪術師、わかっているだろうがこいつに呪術の才はないぞ。やめておけ」

突然宿儺に貶された博雅は心外そうな顔をした。

 

「晴明からも同じようなことは言われていたが、改めて言われると傷つくぞ」

 

「お前は(がく)の神に愛されている。それで十分ではないか」

 

「しかし俺とて(しゅ)については晴明から嫌というほど聞かされておったのだ。んっ?呪術?呪ではないのか?」

 

「似たようなものだ」

宿儺は説明が面倒であった。

 

 

「しかし不思議な世だな。昔はあんなに様々なことが起こったというのに」

 

京の神泉苑の池から天竺の阿耨達池(あのくだつち)まで行ったこともあった。

百鬼夜行に善女龍王(ぜんにょりゅうおう)、女の恨みや男の嫉妬によって成ったもの。様々なものをその目で見てきた。博雅は現代を嫌っているわけではないが、そんなものが身近にあった平安の頃が懐かしかった。

 

 

「ただ人の目にとまりにくくなっただけだ」

 

「そうであろうか」

昔も今も博雅には晴明が見ていたものは見えない。

 

「そうだ。俺がここにいることがその証拠でもある」

 

「それはそうと宿儺、お前随分と面妖なことになっているな」

博雅は虎杖の顔にできた宿儺の口に視線を向けた。

 

「好きでこんな姿になるものか!」

 

「晴明にもその姿見せてやりたかったなあ」

 

「どうせあの狐のことだ。面白がるだけだ」

吐き捨てるように宿儺はいう。

 

 

「いいではないか、またお前と会うことができて俺は嬉しいぞ。またお前の話が聴けるからな」

 

 

 

 

 

「――物好きの馬鹿者め」

宿儺は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博雅が阮咸を弾いたことは五条から夜蛾に、夜蛾から上層部に報告があげられた。

 

この報告に上層部はどうするか判断に困ることとなる。

 

阮咸は特級呪物としては異質で、「壊そうとすれば」呪われるだけで、こちらから害を与えなければ、問題はなかった。

 

ただ、壊そうとした者は本人のみならず、その者の3親等以内の親族全員を阮咸に呪われ、惨い死を遂げた。

事件事故では到底ありえない、朝なかなか起きてこないため見に行くとベッドの上で首を360度捻じられ冷たくなっていたり、突然何も喉を通らなくなり死後解剖してみると胃に弦が絡まったものが詰められていたりと、阮咸に呪われたことが明白であった。

 

3親等が呪われるとあっては御三家に不用意に阮咸の破壊依頼を出すわけにはいかなかった。一族全滅が仮に起こった場合を考えると、誰も責任を問われたくはなかったのだ。

 

こうして阮咸は特級呪物として高専で保管されることとなった。

 

 

その阮咸を遂に弾くことができる者が現れた。その者は平安時代に生きた源博雅の生まれ変わりである。

そう報告があがると上層部の会議は荒れた。

 

 

 

呪力や呪術を持たないためその者を呪術師にできない。

不用意にその者を害せば、上層部が阮咸に呪われる可能性もある。

過去の史書をあたっても源博雅は管絃の名手であったことしかわからない。あの安倍晴明の友人かどうかも文献に残っておらず定かではない。

 

博雅を高専に入れるか、入れないか、それとも阮咸を博雅に破壊させるかなど様々な意見が飛び交った。

 

「宿儺がね、彼が死んだら、あなたたちを真っ先に全員殺すと言ってるんですよ」

 

その会議にやる気なく参加し、後ろの方で行儀悪く足を開いて座っていた五条が投げた言葉に沈黙が走った。

 

「本人と話しましたけど、のほほんとしてて呪術師向きじゃないですね」

 

その言葉に上層部たちは、博雅に阮咸の保有を認め、高専には所属させないが、1ヶ月に一度高専に来させて報告をさせることに決めた。

 

 

五条はある一点を除き報告をあげていた。

もしこれをそのまま伝えていたら博雅の高専所属は確定していただろう。

 

博雅の阮咸を奏でる音には怪我を治す効果がある。

 

しかしこの効果は不確定要素が強かった。阮咸が平安以降初めて弾かれたことでそれまで溜まっていた怨念やら何やらが爆発的に解放された結果のようにも思えた。もしかすると一度限りの効果かもしれない。

再度五条は博雅に弾いてもらおうとしたが宿儺に阻まれてそれも叶わなかった。

 

 

上層部が出した結論は五条の思惑通りのものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博雅は阮咸を無償で貸してくれると言われ喜びを隠しきれなかった。

 

 

平安時代でも帝が持つような逸品だ。現代であれば美術館で展示されていてもおかしくない。

たかが学生の分際でこの名品を持てるとは思いもしなかったのだ。念の為に月に一度、高専で阮咸の状態を確認してもらうため行く必要はあるが、交通費は高専が出してくれる。

 

阮咸の入れられたケースを上から撫でながら、次は何を弾こうか考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

1か月後に博雅に会った五条は口から心臓が飛び出るかと思った。

 

 

 

なんか光ってる。

 

 

 

 

本人には光っている自覚がないようだ。一緒に住む家族にも特に何も言われなかったという。五条だけでなく伏黒や虎杖にもこの光は見えた。呪霊がついているわけでもない。六眼で確認もした。

 

 

虎杖から出てきた宿儺が博雅に向かって口を開いた。

 

「博雅、お前どこぞの神に睦言でも言ったか、懸想されておるぞ」

 

「なに?睦言だと…決してそのようなことしておらん」

顔を赤らめながら博雅は反論した。

 

「…どこぞの神社で阮咸でも弾いたか」

 

「…それは…した」

 

「その時に美しい神社だなどと言ったか」

 

「…神社にではない、そこのご神木の楠が青々としていてな、その木には…美しいといった…気がする」

 

「馬鹿め、それが原因だ」

 

「――、家ばかりで弾いていては、沙羅が可哀相だろう。折角外に出れたのだ、外の景色も見せてやりたいと思ってな、何度か近くのあまり人のいない神社に行って弾いたのだ…」

 

「阮咸の時、晴明に言われていただろう!なぜお前は学ばんのだ」

 

「あの時とは違うだろう、ただ一言呟いただけだぞ」

 

「それが原因だと言っている!そこのものからすれば楽を奉げられ、褒められたのだぞ、懸想されても仕方ないだろう」

 

「」

博雅は言葉が出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

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