源博雅、現代にて宿儺と再会す。   作:あれなん

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【5】博雅、京に行く(下)

 

 

 

2日目は宿泊したホテルの近くにあるという朱雀門に行った。

平安の世では、朱雀門は当時は鬼や盗賊が住むといわれるほどに荒れ果てていたが平安京の大内裏に南面する正門のため正面7間(約13m)奥行5間(9m)の二重閣で雄壮華麗を誇った。

朱雀門は何度か消失し、今では小さな石碑がぽつんとあるだけであった。平安の時分、博雅の持つ笛と葉二を交換してくれた鬼の手がかりでもあれば葉二の現在の場所もわかるかと期待していたため少しばかり意気消沈した。

 

これには宿儺も少し落胆したのか、博雅に他に思い当たる場所はないのか訊いてきた。

 

 

「俺の死後、葉二は藤原道長(ふじわらのみちなが)殿に渡り、平等院の経蔵(きょうぞう)に有ったらしいのだが、五条さんが平等院に確認したら経蔵から無くなっていたことがわかってな。誰が持ち出したのかさえわからんのだ」

 

経蔵とは経典などの書物を収蔵する建物のことである。

天下の平等院のことだもちろん他にも重要な文化財等山のようにあるため監視カメラやら防犯設備は十分に設置されていたことだろう。

その中で葉二だけが煙のように姿を消してしまった。そんなことができるものは博雅の記憶では(あやかし)か晴明のような力がある者しか心当たりがなかった。

 

 

「葉二はどこにいってしまったんだろうか…」

そう嘆き呟く博雅を励ますように虎杖はなにか美味しいもの食べに行こうと誘った。

 

 

 

観光都市とも言える京都には名物と評される物はいくつもある。京料理も有名ではあるが2人の懐事情ではちょっと手が届かないため、帰りの新幹線の時間までガイドブックに載っていた食べ歩きを満喫した。

 

みたらし団子に生麩餅、わらび餅にちりめん山椒。時折、博雅は宿儺の口にそれらを放り込み、感想を言い合った。宿主である虎杖は微妙な顔をしていたが。

 

 

 

 

東京駅で高専に戻る虎杖と別れ、博雅はひとり仙台にいく新幹線の発車時刻まで待っていた。

次は一人で京都に行ってみようか。虎杖が一緒にいたことと突然決定した旅行であったため行けていないところは沢山あった。貴船に羅生門、少し遠いが逢坂山まで行ってもいいかもしれない。

 

目の前をベビーカーを押す母親が歩いている。リュックを背負い、ベビーカーのフックには土産物と一目でわかる紙袋が掛かっていた。博雅はその様子をぼんやりとみていたが、母親の歩みが止まり、後ろを歩いていた博雅の足も自然と止まった。

進行方向には階段がある。近くにスロープもないようでおろおろしている母親につい声を掛けた。

 

「あの、お子さんを抱いておいて頂けるならベビーカー上げますよ」

「…お願いしていいですか」

遠慮がちに言う母親に博雅は微笑で頷くと、子のいなくなったベビーカーを持ち上げた。

数段の階段のためすぐに事は済んだ。しきりに御礼を言う母親と口元を涎で濡らしている赤子を笑顔で見送る。

端に置いた自身の鞄を担ぐと旅行の疲れと先ほどの持ち上げた疲れが一気に来たのか、ふらりと体が傾く。後ろは階段だ。来る衝撃に備えていたが、腕を掴まれそれは訪れなかった。

 

「まったく、相変わらずお前はいい男だな」

昔よく聞いた言葉が耳に吹きこまれる。相変わらずしっとりとした声だった。

 

博雅はその声に振り返ったが、誰も居らず博雅は暫くひとり雑踏の中で佇むしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

一面ガラス張りの窓の外にはいくつもの高層ビルが立ち並び、陽が落ちた闇の中では光る山のようだ。平安の世、よく見上げた星は今では姿を隠し、月も排気ガスで霞んで見えた。

 

テーブルに投げ出したスマホが着信を知らせる。

琥珀色の液体が入ったグラス片手に天然革が張られたソファに深く腰掛けていた男はスマホの画面に表示された名に軽く苦笑した。

 

「はい」

 

「おい晴明!博雅様が見つかったらしいな、良かったじゃないか」

 

「さすが保憲(やすのり)様、耳が早いですね」

 

――賀茂保憲

平安時代、晴明の師であった賀茂忠行の息子であり、所謂兄弟弟子であった。

今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)には幼い童子の頃から保憲が異形のものが見えたと記している。陰陽寮にも勤めたことがあり、腕は確かだが平安の世でも現代でもあいかわらずの性格で時折晴明に面倒事を押し付ける。

当然のことではあるが、この2人より博雅の方が官位は高かった。その名残なのか保憲は今でも博雅のことを様付けで呼んだ。

 

 

「人混みを嫌って引きこもっているお前が急に東京駅に行くなんて、何か天変地異でも起こったのかと思ってな。詳しく調べるまでもなく直ぐにわかったぞ。全くあの方はかわらず色々なものに好かれておるな。で、どんな話をしたんだ?」

 

「話はしていませんよ」

 

「…博雅様はお前のことを覚えていなかったのか?」

 

「記憶はある様ですが、私のことは神になったと思っているようで」

 

その言葉に電話の向こう側から笑い声が流れてきた。

「ああ、あの神社か。俺も冷やかしに行きたいものだが」

 

「その必要はないです」

 

「あの神社に式でも置いていたのか?」

 

「まさか」

 

「しかし、会話もないとは、勿体無いことよ」

 

「…一応私の式は博雅に付けておいたので何か危険があれば直ぐにわかります」

 

「あの方にお変わりはなかったのか?」

 

「あいかわらずの良い男でしたよ。――しかし呪術界の連中に目をつけられているようでした」

 

「…お前、これからどうするつもりだ?呪術界に殴り込みにでも行くつもりか?」

 

「とりあえず今のまま傍観する予定です。博雅に害が及ばない限りは」

 

 

 

そう言い通話を切ると、立ち上がり窓に近づき、下界を見下ろす。雑踏を歩く人の姿など蟻のようにしか見えない。

 

 

 

「許せ、博雅」

 

男はそう呟いた。

 

 

 

 

 





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