博雅は視線を感じていた。
お人好しで鈍いと平安でも現代でも言われている身ではあるが、平安時代では魑魅魍魎が跳梁跋扈する内裏でうまくやってきたという自負がある。
――実際のところ、出世欲が欠片もなくのほほんとした博雅の様子に、そのような者は毒気を抜かれただけであったが。
視線にも様々に種類がある、憧憬、恋慕、憎悪、侮蔑。請われるままに笛を吹き、視線を集めることも多かった博雅からするとこの視線の種類はそのどれでもない、おそらく観察に近いものであるとわかった。そのためまあいいかと思い放置した。
そんなことよりも博雅は悩んでいた。
東京駅で自身の腕を掴んだときに耳にした言葉は、平安の世で晴明から時折言われたことがあった。しかし周囲を見渡せど誰も居らず、あれは晴明神社に参拝したことへの晴明からの礼かあるいは自身が呆けたのかどちらかだと思うしかなかった。
思い悩んだときに博雅が行うことは昔から決まっている。
晴明に話すか笛を吹くかのどちらかであった。晴明がおらず、葉二もない今、ひたすら阮咸を弾いていた。宿儺に叱られたため神社では弾かず、河川敷の原っぱで弾いている。これならきっと文句は言われないだろう。
しかし物珍しさからか弾き始めると人が集まってくるのが難点ではあった。よく投げ銭替わりなのか阮咸のケースに硬貨や紙を入れられるため、京都旅行をするための軍資金にしている。案外そう遠くない時期に再び京都に行けそうだ。また、弾き終えると拍手され次はいつ弾くのかしきりに聞かれるのは困った。その日の気分で場所を変え弾いているため、都合が合えばと誤魔化すしかなかった。
平安の世、笛を吹くのが博雅にとって当たり前であったように、現代でも阮咸を毎日のように弾いていた。何なにと無なしに弾く日もあれば琵琶の名手であった蝉丸法師の秘曲「流泉」や「啄木」を懐かしみ弾くこともあった。
その日も青々とした芝生に座り込み、阮咸を弾いていた。もう日が落ちかけており、あたりは朱色がかっている。少し肌寒い季節になったことと微妙な時間のため周囲には人がいない。
「いい音色だね」
そう背後から声を掛けられ博雅は驚き振り向いた。
暗闇にすぐに溶け込めそうな服装の男がいる。
その中にぼんやりと浮かび上がる顔には額に縫い目があり、良く目立った。
「ねぇ、それもうちょっと近くで見せてくれないかな」
そう言って男は博雅が抱えている阮咸を指差した。
博雅はその男の言葉に気安く頷くと、近づいてきた男に慎重に阮咸を差し出す。
原っぱで弾いているとよく子が目を輝かせて近づいてくることも多く、そんなときには博雅が手助けしながらではあるが、子に絃を弾かせたりすることはたまにあった。
博雅自身男らしいと言われるような顔をしており、
阮咸に男の手が触れようとした瞬間、絃に当たってもいないのに悲鳴のような音が鳴り一面に響いた。その異様な音は遠く離れている人にも聞こえたのか自然と視線が博雅と男に集まる。
男に差し出していた手を引っ込め、博雅は手に持つ阮咸を確認する。その様子を男はじっと眺めている。
「あぁ、残念だな。
――この子を殺せば、君は私に懐いてくれるかな」
そう男は呟いた。
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