源博雅、現代にて宿儺と再会す。   作:あれなん

7 / 8
【7】博雅は言切る

男は博雅に目もくれず阮咸を凝視しながら、女に蜜語を囁くように言う。

 

男が放った言葉の意味を咀嚼できると阮咸をしっかりと抱え込み勢いよく立ち上がった。財布やらは男にやってもよかったが、この阮咸は、沙羅だけは、渡すわけにはいかなかった。

 

博雅は後ずさりするが、男は悠然と距離を詰める。太刀で白比丘尼から出た禍蛇(かだ)という名の鬼をふたつに両断したこともある。しかしそれは平安の世の時分の話である。今の博雅の手元には阮咸とズボンのポケットに押し込められた財布とスマホしかない。あの時のように太刀もそれを扱うための筋力もない。

 

足元で踏み潰された草の匂いが鼻を掠める。

 

 

博雅の後方より突風が2人を襲う。

どこから運ばれてきたのだろうか、青々とした葉を含んでいる。博雅と男の視界が遮られた。

 

博雅の腕を掴まれる。驚き目を遣ると掴んだ者と目が合う。その者は博雅を引きずるように駆け出した。

 

 

腕を引く者は風を味方につけ疾風のように走る。

 

博雅はその者から目が離すことができなかった。妙齢の女性で淡い藤色のワンピースを纏っている。その顔には見覚えがあった。現世での知り合いではない、平安の頃に見た顔だ。

 

 

「――蜜虫!なぜここに?!」

 

 

女は晴明の式神であったはずだ。 平安の世ではあの晴明の屋敷で博雅をもてなし、時には(あるじ)と共に博雅をからかった。その時は唐衣(からごろも)を纏っていた。

 

 

2人はひたすら走り続け、遂には人気(ひとけ)のない廃工場まで来てしまった。僅かに開いている錆びた扉の隙間に身体を捻じ込み中に入る。博雅の息は疾うに切れ、胸が大きく上下する。

 

 

「蜜虫…あのな…」

 

話しかけようとする博雅を押しとどめ、その場にある武器になりそうなものを女は見つけたようだ。錆びているが鉄製のパイプを手に取った。

 

 

目を白黒させている博雅を横目に女は博雅に物陰に身を隠すように告げた。

 

博雅は目の前の女に聞きたいことが沢山あった。なぜこのようなところにいるのか、お前の主はどうしているのか、あの声を掛けてきた男は何者なのか。

 

しかし女のその言葉に反射的に博雅は答えていた。

 

「俺も男だ。蜜虫、お前に戦わせるわけにはいかん」

 

博雅は抱えていた阮咸を丁寧に自身の上着に包んで端の方に置くと、壁に立掛けられていた鉄の棒を手に取った。

 

「――なりません。どうかお隠れください」

 

 

2人の押し問答が何度か続く。

 

「お前に怪我をさせては晴明に面目が立たん。あの者は俺が持つ阮咸が目的のようだった。俺が戦うのが道理だろう」

 

「博雅様!」

 

「どうであれ、お前を戦わせるわけにはいかん。そんなことをさせてしまっては俺が俺でなくなってしまうのだ。お前が俺を守ることを譲れぬというなら、俺はお前を守ろう」

 

そういうと話は終わったとばかりに博雅は外の様子を窺うかがった。

 

「…博雅様は、かわらずよいお人ですね」

ため息を吐き、女はそう溢した。

 

「?」

 

 

 

遠くの方からこちらに近づく足音が聴こえる。2人は目配せし合い自分たちが入ってきたドアの両側に張り付いた。できるだけ呼吸を小さく細くする。

現代の博雅は体育会系でもないただの男子高校生だ。正面切ってあの男と戦うのは得策ではない。不意打ちを狙うしかなかった。

 

足音が大きくなるにつれ、肌が粟立つ。

錆びている扉が蹴り開けられた。博雅は入ってきた人物に鉄の棒を振り下ろす。博雅の視界が回った。腕を掴まれ転がされたのだと数秒置いて理解できた。地面に打ち付けた背が痛む。博雅は呻いた。

 

「あっれー、こんなとこでなにしてんの?」

その声に聞き覚えがあった。

 

「五条さん!どうしてここに?!」

 

「むしろこっちの台詞なんだけど」

 

「俺が妙な男に声かけられて、2人でここまで逃げてきたんです」

 

「妙な男?下半身露出したおっさんとか?」

 

「いえ、…なぜか阮咸のことを知っているようで俺を殺せば懐くかどうとか言っていました」

 

「詳しい話を後で聞かせてよ。で、2人で逃げてきたって言ってたけど誰かほかにいるの?」

 

「あぁ、蜜虫が、そこに……いない…」

 

ドアを挟んで反対側に視線を遣るが、姿がない。周囲を慌てて見回すが影すら見つけることはできなかった。

 

「念の為に高専に一旦避難した方がいいかもね」

辺りを探し回る博雅に五条はそう言った。

 

「それより五条さんはどうしてここに?」

 

「僕、高専にいたんだけど、高専中の携帯や固定電話が一斉に鳴ったんだよ。出てみたら「五条悟を今からいう場所に30秒以内に向かわせろ」って意味不明な脅迫もどきでね。まぁ僕、最強だし?罠でもどうにかなるかなってことで来てみたんだ」

 

「…電話の相手は男でしたか?」

 

「そうだったけど、心当たりでもあるの?」

 

「……いえ、ないです…」

博雅はそう答えるしかなかった。視線を地面に落とし掌で鉄の棒を転がした。

 

 

 

 

 

高専が管理している特級呪物が何者かに奪われかけたという事実に上層部は苦言を呈した。緊急で開かれた会議では阮咸の管理の杜撰さが槍玉に挙げられ、その会議に出席することはなかったが、阮咸をその時所持していた博雅にも雨のように嫌味が降り注いだ。

結果として上層部は阮咸を博雅への貸与を取りやめ、再度高専の保管庫に安置される決定を下した。

高専で状況などを聞かれていた博雅はそのことに落ち込んだ。一時的に高専の寮の一室を貸し出され博雅は虎杖たちと過ごしていたが、あまりに項垂れている様子に、初めは嫌味を言っていた宿儺も次第にその言葉を減らした。

 

 

その5日後、再度緊急の会議が開かれた。これには前回集中砲火を受けた五条も首を傾げる。ここまで短期間に会議が開かれることは異例であった。大きな問題が発生したという話も耳にしていない。五条は会議で上層部の顔を見て驚愕した。

もともと細身だった者は髑髏(しゃれこうべ)に皮が張り付いて動いているように見えた。恰幅が良かった者も数日前より確実に頬が痩け、身体も厚みを失っている。立つことも儘ならないようで車椅子に身体を預けている者もいた。全員顔色が紙のように真っ白で、掻き毟ったのか首をぐるりと囲むように爪の跡がつくどころか抉れている。まだ血が滲んでいる箇所もあった。

 

「今日呼んだのは保管庫にある阮咸の件だ。あれを源博雅に再度貸与することを、許可する」

そういうと息も絶え絶え(たえだえ)に椅子の背凭れに身体を預けた。

 

「…何かあったんですか」

いつもであれば上層部に何があろうが心配などすることはないが異様な姿に五条は訊ねる。上層部たちは口にするのも怖ろしいとばかりに唇を震わせた。

 

「……女が、女が首を絞めてくる夢をみるのだ」

その声は弱々しい。

 

「呪詛ですか?」

 

「…わからん。ただ女は絃を使っている。確認したところ我等全員同じ夢を見ていることがわかった。その夢を見始めたのは5日前ということも共通している」

 

 

 

絃。5日前。

 

 

上層部も頭が回らない訳ではない。原因は明らかだ。破壊せよと命令を出すほど上層部がまだ耄碌していないことがわかっただけでも五条としては収穫があったと言えた。

 

 

 

 

博雅は再び阮咸を手にできてほくほく顔であった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。