源博雅、現代にて宿儺と再会す。   作:あれなん

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【8】博雅はゆく

 

 

呪力がなく、術式も本人の資質もないため博雅は高専に入学することはなかった。しかし事件後、身の安全のため高専の近くの高校への転校が余儀なくされた。

住居としては高専の寮の一室を貸してもらえることになったため比較的準備に手間取らなかった。親には博雅の管弦を奏でる腕が見込まれ、雅楽部がある東京の高校に誘われたと説明しどうにか納得してもらうしかなかった。

 

二度目の人生のためか親元を離れることに寂しさは覚えず、むしろ広大な敷地を保有する高専であれば夜間に阮咸を弾いても騒音問題に発展しないため嬉しいとさえ感じていた。

 

博雅が絃を弾くと音が生まれ(いず)る。音は月のもとではほのかに光り、月光と(たわむ)れた。

曲が終わると別の曲を、と途切れなく嫋嫋(じょうじょう)と弾いた。

博雅は五感を使いその場のすべてを感じ取り、またある時には自身から溢れ出る感情のままに弾いた。

 

高専に居を移した後も、相変わらず博雅は阮咸を弾いている。むしろ以前より弾いている時間が増えた。阮咸の点検の際に博雅が弾く時には宿儺が傍で耳を傾け聞き入っていたが、最近は博雅が何やら悩んでいることを感じたのか、ひとり静かに弾かせてくれている。

 

高専の寮に住むにあたり、生徒たちとは既に顔を合わせたがどの者もよい人であるとわかり博雅は安堵した。

また住んでいると話題として自然と呪霊の話となることが多い。博雅は以前襲われた時だけ呪霊を見たがその後は見ることはできなかった。そのため理解し切ることはできなかったが、何となく頭の片隅には留めていた。

 

時代は変われども人の悩みや嫉みは尽きぬものだなとひとりごちる。

 

 

それは急に訪れた。いつもより少し遅い時間に高専の寮に戻るとしんと静まっている。目を瞬かせ、談話室や人がいそうなところを見てまわるが誰一人としていなかった。念の為に職員室に連絡すると、職員の一人が出たが様子がおかしい。どこか慌てており、博雅が何かあったのかと訊ねるが緊急事態だとしか教えてはくれなかった。

 

仕方なく談話室のソファーに腰掛け、いつも肌身離さず持っている阮咸の手入れを行う。傷がないか確かめ、相変わらず美しい螺鈿模様を撫でた。

 

 

不意に談話室の扉が開く。寮には誰もいないと思っていた博雅は自然とその音の方向に目を遣った。

 

身体つきからして成人だとわかる。男が2人立っていた。その男たちの顔を見て博雅はぽかんと口が開くが、すぐに声を張り上げた。

 

 

 

「晴明!」

 

「なんだ、博雅」

いつものあるかなしかわからないような笑みを受かべ、言う。

 

「なんだ、ではないだろう!なぜここにいる?」

 

「おれがいてはまずいのか?」

 

「いや、…いてまずいことはないと思うが…」

 

「ではよいではないか」

 

「…違う!話を濁すな晴明。俺は、お前に嫌われてしまったのかと思って…!」

 

晴明の使う式には会ったがいつまで経っても晴明には会えなかった。ここまで会えないのはきっと嫌われてしまったのではないかと博雅は考えていた。晴明に嫌われるようなことをした覚えはなかったが、人間生きていると知らぬうちに恨みのひとつやふたつは買ってしまうものだろう。

博雅は晴明に会いたかったが、晴明がそう思っていないのであれば博雅としては諦めるしかない。

 

「まあまあ、博雅様。こやつにも様々に理由がありましてな」

2人の会話に入ってきたのは賀茂保憲だ。平安の世と同じように黒い毛並をした猫又を連れている。

 

「保憲様」

晴明は間に入ってきた保憲を押しとどめようとするが博雅が急かす。

 

「俺はその理由とやらが訊きたいのだ!」

 

「簡単ですよ。晴明は博雅様が神のもとに参られたと思っておったのです」

 

「…?…俺はここにいるぞ」

一気に勢いが落ちた博雅に保憲は笑った。

 

「あなた様が平安の世で薨去(こうきょ)された後、きっと楽の神のみもとで管絃を奏じられているのだと信じ、現世に生まれ落ちているとは思いもしなかったのですよ」

博雅は押し黙る。

 

「晴明としては探しても博雅様がおらず、秋の野でただ風に吹かれてたなびく(すすき)のようにしんみりとした思いであったことでしょう。まさか博雅様が自身より何年も後にお生まれになるとは、いくら晴明であっても思いつきますまい」

保憲は淀みなく語る。

 

「晴明…」

博雅の語気が弱くなる。

晴明は滔々と話す保憲を切れ長の眼でねめつけた。

 

「そんなことだとはしらずに怒ってしまった。許してくれ…」

 

「……博雅、お前今までよく詐欺にあわなかったな」

晴明の言葉に保憲は顔を背けて笑っている。

 

「?」

 

「まぁ、よい。…さて、ゆくのか、ゆかぬのかどうする博雅」

 

「ゆくとは、どこにだ?」

 

「渋谷さ」

 

「渋谷?なぜそのようなところにゆくのだ」

今日は10月31日だ。きっと人で溢れかえっているだろう。

 

「ここの者たちも、そこに集まっておる。だからだ」

 

「しかし、行ってよいのか?」

 

「人の許可などいらぬさ。で、どうする」

 

「ゆ、ゆく」

 

 

身支度をすると言って博雅が足早に部屋を出たが、部屋を出る際、晴明にすぐに戻るため待つように何度も声を掛けた。今まで晴明たちに除け者にされていたことを博雅はまだ引き摺っているようだ。それを晴明は赤い唇を僅かに引き上げ見ていた。

扉が閉まると、晴明は保憲に視線を遣る。

 

「また博雅に適当なことをおっしゃって…」

 

「嘘ではないだろう?以前まで呪術界などどのようになってもよいと、興味などないと言って傍観しておったではないか。それが博雅様が呪術師たちと関わりがあると知るや否や…」

 

「あのような自分たちの都合のために力技でどうこうする連中とは反りが合わないだけですよ。しかしお人好しの博雅は放っておくとあのような者たちに付け込まれてしまうでしょう」

 

「確かにそうだ。しかし、相変わらず良きお人だな」

そう言うと、晴明と保憲は談話室のソファーに深く腰を下ろした。

 

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