幽霊見える系男子と夏油さん(幽霊)   作:あれなん

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【10】少年は試す

 

ハロウィンの渋谷は朝の通勤時間帯の比ではないほど人口密度が高い。チューハイの空き缶が道の至る所に転がっている。設置されたごみ箱も目に入らないほど酔っている人間が多いのかもしれない。ポイ捨てした者に対して、捨てた空き缶を660度で熔解(ようかい)し、口に流し込むという刑が科されるならばこの道も綺麗になるだろうか。

 

もう1時間前に警察による交通規制が始まったからなのか車道にも人が出て好き勝手に歩いている。

車道と歩道の間にある防護柵に軽く腰掛けている少年に晩御飯を摂取させるべく説得して(小言を言って)いる時、それは起こった。

 

『――帳が、下りた』

 

「予想が的中しましたね」

 

急に吹いた風にはじめはビル風かと思った。群衆が地下鉄の入口に吸い込まれているのを見てその思いが間違いだと気付く。女性の甲高い悲鳴がいくつも耳に木霊した。

 

『っ!掴まって!!』

驚いている少年の腕を取り、反対の手で柵を掴んだ。

目も開けていられないほどの風だ。風の轟音。街路樹のしなる音。人の怒鳴る声。叫ぶ声。音が満ちる。

 

実際は1分未満の出来事かもしれなかったが、時の流れがひどく遅く感じた。

 

「…びっくりした」

少年は周囲を見まわしたが先ほどまで少年の隣に座っていた人たちの姿はない。辺りは騒然としている。空き缶が軽い音を立てて転がった。

 

『おー、くそガキの予想ドンピシャだったな。今度一緒に馬、見に行かねえか?』

今までどこにいたのか男が軽い足取りで現れる。

 

「伏黒さん、御無事でよかったです」

 

『幽霊に無事も糞もあるかよ』

男は吐き捨てるように言った。それもそうだ。さらに言うとこの男なら地下に吸い込まれても自力でどうにかするだろう。

 

『私としてはどうにかなってくれていた方が嬉しかったんだけど』

 

『あ゛?』

 

「合流できたことですし、予定通りにしましょう」

少年の一声で睨み合いは収まった。

 

 

 

 

「やっぱり僕はでれませんね」

下ろされた帳に手を触れさせ少年は言う。

 

『きっと非呪術師は外に出れないように帳が張られているんだと思う』

 

『で?どうする』

男が少年に次の行動を聞く。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ずというでしょう」

 

『でも中がどんなふうになってるのかもわからないのに…』

中の様子もわからず行くのは危険すぎる。少年は戦う術(術式)を持っていない。自身でそう口にして気が付く。私たち(幽霊)なら問題ない。少年はそのことを既にわかっていたようだった。

 

「ということで伏黒さん」

 

『へいへい』

男がいい加減な返事しながら地下鉄の入口に入っていった。

 

少年は男の後ろ姿を見送るとその場に座り込み、リュックから地図を出した。渋谷駅の構造が書かれている図だ。

 

「五条さんを殺す、あるいは動けなくすることが敵の目的なら五条さんが一番戦いにくいようにするはずです。それにさっきの風で吸い込まれた人がひとりも上がってきていない。吸い込まれた人が地下から出れないようにしている?」

 

『確かに、悟の術式の性質としては人がいると邪魔になって戦いにくいかもしれない』

 

「それなら…さっきのバリア…とばりでしたっけ?それって他に条件変えることができるんですか?」

 

『できるよ。逆に呪術師だけを帳の中に入れないようにすることもできる』

 

「特定の個人に絞ることも可能?」

 

『普通に下ろすよりも大変だけどできるよ』

 

「…これって物って通さないんでしょうか?ちょっと空き缶投げてみてください」

 

『せめて自分で投げなよ』

 

「僕運動苦手なんです。身体測定のハンドボール投げ最高記録は12mです」

 

『』

少年の学校での様子を見ていてある程度分かっていたが、そこまでひどいとは思わなかった。本当に少年を中に行かせて大丈夫だろうか。心配しかない。

 

 

 

『くそガキ、見てきたぜ』

面倒くさそうな態度戻ってきた男が少年に言う。

 

『東京メトロの構内は人でぎっしりだったぜ。あと特級呪霊がなんかしてたぜ』

他の階の状況を続けて言う。少年は男の言葉のままそれを地図に書いた。

 

「これ五条さんに知らせればいいんですけど、電波繋がりませんね」

地図に情報を書き加えたものを携帯のカメラで撮りながら少年は言う。

 

「このバリアの傍で待ってたら五条さん来ませんかね」

 

『悟の前に窓か補助監督なら確認のために来るはずだよ』

 

「?」

 

『悟みたいなのをサポートする人たちのことをそう言うんだよ』

 

「じゃあその人たちに言うしかないですね。ちょっと待ちましょうか」

 

 

『なんでそんな顔してんだ』

妙な顔をする少年に男は聞いた。

 

「だってこんなの完全に「捕まった宇宙人」…」

補助監督たちが来るまで、持て余している時間を使ってどう戦うのか話し合っていると少年がぽつりと零した。夏油と伏黒の間に挟まれ、それぞれ手を繋がれると身長差もあって自然とそうなってしまう。

 

『まぁ、ずっと繋いでるわけじゃないんだから我慢してよ』

 

『誰が好き好んで野郎同士でこんなことするか』

 

「……はい」

少年は小さな返事を絞り出す。

 

少年と手を繋ぐと、少年の背負うリュックの口を開け、呪具を取り出す。百貨店のショーウィンドウには少年の傍で刀とヌンチャクが宙に浮いているのが映った。

 

なぜだかその光景に笑いが込み上げる。

急に笑ったからか少年の目が真ん丸になった。指でガラスの方を示すと言いたいことが伝わったようで、少年も珍しく声をあげて笑う。ちらりと見た男はくだらないとばかりに外方(そっぽ)向いたが、肩が僅かに震えている。

 

緊急事態の最中(さなか)ではあるが、久しぶりの戦闘を前にしたことによる高揚感がそうさせたのかもしれない。ひとしきり笑い合うとなにかの繋がりが生まれたような気がした。

先ほどから指先が微かに震えるのを感じていた。これは恐れからのものではない。武者震いというやつだ。

 

手を繋いでいる少年にも自身の興奮が伝わってしまったようで普段と比べて頬が桃色に染まり饒舌になる。

 

「そういえば、ラグビーのニュージーランド代表であるオールブラックスは試合の前にハカを踊るんですよ。元はマオリ族の戦士が、戦いの前に自分たちの力を誇示し、相手を威嚇する舞踊だったんです。今では一種の名物みたいになってます。

英語では、hakaはbattle cry や war cry と呼ばれることもあります。日本語に訳すと「(とき)の声」。士気を高めるために叫ぶという行為は世界的にも一般的です。日本だと「エイエイオー」というのが有名ですが、ロシア陸軍では「ウラー」、イスラム教では「アッラーフ・アクバル」など時代や国、宗教、団体によって様々なんですよ。そのなんとか師の人たちは戦う前に鬨の声みたいなものはしないんですか?」

 

『なんとか師じゃなくて呪術師だよ…鬨の声…特に聞いたことないな。まあ人によってルーティーン的なものはあるかもしれないけど』

 

 

『うるせぇ黙れ』

男が耳を塞ぎながら言う。

 

「黙りません」

 

『あーもー、糞ダリィ。黙らねえなら俺は帰る』

 

「報酬のウイスキーに今ならおつまみを付けます」

 

『…つまみは俺に選ばせろ。お前にはセンスがねぇ』

 

「いいですよ」

そういうと男は黙った。

 

『報酬ってビール5ケースじゃなかったの?』

気づいたことを訊ねる。

 

「あれは呪具と引き換えの報酬。今回は別です」

 

『ビールだけでなくウイスキーとおつまみまで中学生に(たか)るなんて…』

大人としてあるまじき姿だ。

 

『ウイスキーはマッカランの25年ボトルだからな、買えよ』

 

『がぶがぶ君か大五郎でも飲ませとけばいいんじゃないかな』

語気が強くなってしまうのは仕方がない。この男には大容量ペットボトル入りの焼酎で充分だ。安価な甲類焼酎ならなおよし。そもそも酒を未成年に集ること自体が問題なのだが。

 

「費用のことなら大丈夫ですよ。お気になさらず」

 

『つまみは後でデパ地下で選ぶからな』

少年の言葉に男はここぞとばかりに付け込んだ。

 

「はいはい」

これではどちらが年上かわからない。

 


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