偽者が少年に言う。
「――で、本題はなに?」
「さっきのが本題ですけど…」
「は?あんなくだらないことのためにここにきたってこと?」
「そうですが」
「……君、頭大丈夫?」
「大丈夫です」
偽者の方がまともなことを言っている気がする。普通の呪術師なら爆心地とも言えるこの場所に赴くとなれば自分の命を賭す覚悟をする。まさかこんな質問をするためだけにくるとは誰も思わない。
自分がやったことならまだしも、自分がやらかしてもいないことでどうしてここまで苦しめられているんだろう。フレンドリーファイヤーもいいところだ。少年の背に触れ、腹立ち紛れに爆笑し続けている悟の脛を蹴る。術式でそれは阻まれたが、急に訪れた軽い衝撃に悟は周囲に視線を遣る。
「あー、笑った笑った。笑いすぎて腹が痛い。
―――青、とりあえず君は端っこで大人し…」
頭を切り替えた悟が青に指示しようとした瞬間、電車が入ってくる。
少年を担ぎあげホームの隅に降ろすと少年は入ってきた電車をじっと観察している。電車から降りてきたのは人間ではなかった。
「…あれは……人間ですか」
少年にも見えるということは呪霊ではない。悟と一緒にいた時に耳にした魂の形状を変えられた改造人間だろう。
「…元、人間だね」
「夏油さん、伏黒さん、お願いをしていいですか。この人たちはこのままではきっと、ダメだ」
その少年の言葉は十分想定内だった。返事もおざなりに少年のリュックに手を突っ込み、呪具を取り出す。戦うべく武器を構えたがそれもすぐに必要ではなくなる。一般人がホームにもういないのだ。そこは悟の独壇場とも言えた。単眼の特級呪霊の頭を捥ぎ取り、握り潰す。
瞬きの間に辺り一面が血の海になったことに少年はぽかんとし、男は舌打ちをする。この改造人間の騒ぎで、偽者と継ぎ接ぎの特級呪霊は逃げたようだ。やはり逃走の
「――では、僕たちは用事が済んだので。お疲れ様でした」
「ハイ、オツカレサマー!なんて言うと思った?」
改札の方向に歩き出そうとした少年のリュックの取っ手を悟は掴む。
「?、なにかありました?」
「ありすぎて困るほどあるんだけど」
「僕のこと気にするよりも他の人のところに向かった方がいいんじゃないですか」
「他の術者たちも僕ほどじゃないけど実力はあるから、ちょっとぐらい時間はあるさ」
「で、何が聞きたいんですか?」
「まず、どうやってここまできたの」
「夏油さんたちに連れてきてもらいました」
「いやいやいやいや、傑、今幽霊じゃん」
『――青、悟に無下限術式を一瞬でいいから解くように言って』
「五条さん、夏油さんが一瞬でいいからムカゲンジュツシキ?解いてほしいらしいです」
「?、いいけど。…………イッタ!!!!」
その瞬間を狙って悟のケツを全力で蹴り上げる。めちゃくちゃいい音が鳴った。過去最高の音だ。
「この蹴り方は…傑!……エッ?ナンデ?!」
ケツの蹴り方で判断されるのもどこか腹が立つが、理解させるのには一番早い。高専時代の嫌になるほどやった罰ゲームがこんな時に役立つとは思わなかった。
「いい大人がなにしてるんですか」
『長々と説明するよりもこうした方が早いんだよ』
「僕、傑を怒らせるようなことしたっけ?待って、まさかさっき笑ってたときに何か衝撃があったのって、傑が原因だったりする?」
「そのまさかですね」
「……幽霊になっても攻撃できるもんなの?」
「ある一定の条件下に依ります」
「ふーん…あとでもっと詳しい話聞くから、地上に出て待っててよ」
「大して話すことないんですけど…」
その少年の返事を聞くこともなく悟はどこかに行ってしまった。きっと偽者たちを追うのだろう。
ふと気になったことを少年に訊く。
『さっきの改造人間、幽霊になってないんだね』
「すぐに幽霊になる人もいれば、何日か経って幽霊になる人もいます。人によっては死んだ場所だったり、一番思い入れが強いところだったり、現れるところもまちまちですね」
『……改造人間になった人たちは魂の形状を変えられてるらしいけど、もとの姿に戻れると思う?』
「そもそも「もとの姿」っていうのも微妙なところなんですよ。整形した人が幽霊になっても整形後の姿だったりします。もしかしたら僕が見えている幽霊と「魂」はまた別のものかも知れません。
夏油さんだって片腕生えたでしょう?幽霊はきっと本人がしっかりと思い描ければその姿になれる。それには記憶が不可欠です。っと、言ってるそばから、ほら」
少年が指差した先には呪霊によってその魂を歪められた人間の幽霊が現れた。少年はそれに近づき、話しかける。
「僕は、あなたの手伝いをしたい。困ったことがあったら今から言う住所にきてください」
そう言って少年の家の住所を言った。改造人間の幽霊はぼんやりとその場に立ち竦んだままだ。
『なんでそんな曖昧な言い方するんだい。治せるって言った方が来てくれるんじゃない?』
「治すことは記憶を思い出させること。その記憶には恐怖も苦痛もある。その恐怖を誰しもが乗り越えられるわけではない。だから思い出させることが幸せ、きっと治る、なんて簡単に言ってはいけないんですよ」
『……』
「――で、そこの方はどうされました?」
ホームの柱の陰に隠れるように立っている男に少年は話しかける。駅の地縛霊の類いかと捨て置いていたが、話を聞いている様子にそうでないと判断したらしい。
『俺の保険は無駄だったな』
「保険?」
『いや、こっちの話だ。お前は幽霊が見えるのか』
「そうですね」
『なら、俺が伝える情報を呪術師側に伝えてくれ』
少年が首を縦に振ると、男は話し出した。呪詛師の情報、位置、そして自身は高専の生徒であったがある目的のために呪詛師と内通し、死んだこと。死んだ後の事を考えて保険をかけており、その保険がうまく作動するかどうか確認するためにここにいたこと。
話し終えると、元生徒はその場を立ち去ろうとするが少年は声を掛けた。
「今暇ですか?」
『――は?』
「この状況下では耳と目は多い方がいい。もし手が空いているなら手伝ってください」
少年はその生徒にやってほしいことを伝え、半ば強引に承諾を取る。移動しようとする生徒に少年が訊ねた。
「あ、そういえばあのC-4もどきの使い方ってわかりますか?」
『…ウワッ』
小さな叫び声が聴こえ、視線を向けるが、そこで暇そうにしていたはずの男の姿がない。少年もそのことに気が付いたのか、2人で目を合わせる。
「伏黒さんが消えた?」
『……成仏したんじゃない?』
「とても成仏できるような雰囲気じゃないんですけど…」
少年の言葉はもっともでここには血で赤く染まったタイルと肉片しかない。
『そういう性的嗜好かもしれないよ』
やられたらやり返す。それは全てに通ずる絶対的なルールだ。
「伏黒さんは
『そうそう、きっと見たかった景色が見れて思わず雲の上に行っちゃったんじゃない?』
ホームドアに垂れ下がる小腸の一部を見ながら返した。