パパ黒酔わないから酒が苦手らしいんです。(たぶんそうだろうなとは何となくわかってたんですが…)
追記するのも面倒なので番外編として書くかもしれませんがとりあえずパパ黒が酒好きになった流れを載せておきます。
少年に触れることが判明したパパ黒。どんなことができるのか模索しているとき、少年の父親が家に残していったビール(賞味期限が5年近く切れてるやつ)を飲んでみたら、相変わらず酔わないけれど、久しぶりに感じた味と喉越しに衝撃を受けそれから癖になりました。
※少年の家に味が付いているものが酒の他にはウィダーとカロリーメイトしかなかったことも原因だったりします。
「……すみません、夏油さん」
『どうしたんだ急に』
少年が素直に謝るなんて、次は何をやらかしたんだと身構える。
「いえ、夏油さんに偽者さんを殴りたいかなんて聞いたにも関わらず、その時間を取れなかったので…」
『そんな暇なかったからしょうがないよ。別の機会に持ち越しだね』
まさかのフレンドリーファイアーでそれどころではなかったとも言える。
「はい…」
少年と地上へ上がりつつ、これからどうするか訊ねた。
「トバリの中って携帯使えないんですよね。情報を集めてもどう伝えれば効率的でしょうか」
『うーん、帳の外の補助監督同士では連絡を取り合ってるはずだけど、帳の中且つ、ここまで広範囲となるとねえ…叫んでみれば?』
「僕、大声だせませんよ。交通機関が止まってるので、その分静かなのは救いです、が…」
『?』
「拡声器なんてどうでしょうか?」
渋谷駅は世界第4位の乗降者数を誇り、1日の平均利用者数はJR、私鉄、地下鉄を含めると約250万人だ。だからこそ電車の遅延やらなんやらがあると一気に人が溢れかえる。その際、情報の伝達をするため、拡声器を使う駅員の姿をきっと思い出したのだろう。
無人となった副都心線の駅員室から拡声器を拝借した少年は、地上に出ると使い方を確認しはじめた。
《あー、あー、あー、マイクテスト、マイクテスト》
増幅され少しぼやけた少年の声が辺りに響く。
《……伏黒さーん、今日の報酬は伏黒さんのお墓にお供えしておくのでよろしくお願いしまーす。おつまみは適当に選んでおきまーす》
少年が空に向かってそう言う。
『それわざわざ拡声器で言う必要ある?』
「いや、大して言うことが思い浮かばなかったので、とりあえず伏黒さんに業務連絡をと、思いまして」
『今わかってる副都心線の状況言ったらどうだい?』
《えーっと、副都心線、渋谷駅の地下のトバリは上がってまーす。閉じ込められていた人は外にでてまーす》
「……あとなんか言うことありますか?」
『美々子たちもここにいると思うんだけど…』
《迷子のお知らせをしまーす。美々子さーん、菜々子さーん、夏油さんがお待ちでーす。偽者さんじゃなくて本物の方でーす。お心当たりの方はこちらまでお越しくださーい》
『迷子案内のアナウンスになってるし…』
暫くすることもなく、拡声器で美々子たちを呼んだため動くわけにもいかず、ぼんやりと過ごす。呪術師たちはまだ戦っているようで地鳴りや堅い物同士がぶつかる衝撃音が至る所で聞こえた。
「ふざけんな、ツマミは俺が選ぶっつったろ」
背後から声を掛けられ、振り向くと男が視界に映る。
「伏黒さん……成仏されたんじゃ、どこで体拾ってきたんですか」
「誰が成仏なんてするか。身体のことは知らねぇ。急に引っ張られたと思ったら体があった」
『――なんでお前が体を手に入れてるんだ』
「ハッ!ざまぁみろ」
「あれ、伏黒さん、夏油さんのこと見えるんですね」
『あっ、ほんとだね』
男は露骨に嫌そうな顔をした。
「おいくそガキ、カード寄越せ。ツマミ買ってくる」
『身体を手に入れて真っ先にすることってそれ?他にすることあるだろ』
「もう済ませた」
「伏黒さん、これカードです。暗証番号は…」
「知ってるからいい」
「おつまみは1万円以内でお願いします」
「へーへー」
男は渡されたカードをひらひらさせながら百貨店の方に歩いて行った。
『――行っちゃったけど、こんな状況だとデパ地下営業してないんじゃない?』
「十中八九臨時休業になってますね」
『…知っててカード渡したの?』
「はい」
何ともいえない気分になった。
案の定10分もしないうちに男は額に青筋を立て戻ってくる。
「お前知ってたろ、百貨店閉まってるって」
「そうですね。というかトバリ中の店のほとんどは営業してないと思いますよ。あ、これ自販機で買っておきました」
男が機嫌悪く戻ってくるのを見越していた少年は、男が行っている間に、すぐ傍にあったビジネスホテルに忍び込み自販機で買ったビールを渡す。用意周到だ。
男はそれを受取るとその場でプルタブを開けた。
「夏油さんも飲みますか?ビールとチューハイどちらがいいですか」
『……ビール』
こんな状況で酒を飲むなんてどうかしているが、不完全燃焼ともいえる気持ちを紛らわせることができるものが必要だった。
全員が行儀悪く地面に腰を下ろす。一息で缶の半分を飲み干すとため息が出た。浮き輪の空気を抜いたときのような細く長いため息だ。
少年は呪具を山ほど詰め込んだリュックをおろし、大きく背伸びをしている。やはり重いらしい。
「……私たちのこと呼んでたのって、あんた?」
制服を纏った2人が現れる。怪我もない様子にどこか安心した。片手に持っていたビールの存在を思い出し慌てて隠す。
「そうですね。僕…というよりも夏油さんがお呼びです」
「ッ!、嘘つくな!!夏油様はもういない!」
「知ってたんですか?あの偽者さんが夏油さんじゃないってこと」
「馬鹿にすんな、わかるにきまってる!!」
「手紙出したんですが、読んでくれましたか」
「………読んだ、読んだけど…」
そう言った菜々子は体を震わせ眉を寄せた。
「…「幸せになってほしい」って書いてませんでした?」
「――私たちにとって夏油様は全てだった!あんな奴に夏油様の体を好き勝手されてるのに、それを見ないふりして幸せになんてなれないッ!絶対!」
「…なるほど、つまり美々子さんたちは夏油さんの体を返してもらうために仕方なく偽者さんと一緒にいたんですね?」
少年を睨み付けながら2人は頷く。
「あー、よかったよかった。おふたりが偽者さんに騙されてたらどうしようかと思ってました。よかったですね、夏油さん」
「……アンタ頭おかしいんじゃないの」
菜々子たちからすれば空虚に向かって話しているように見えるだろう。
「ちょっとそっち行ってもいいですか?」
「っ!、近づくな!」
呪具を構える2人に少年は近づくと両手を挙げ、背を向けた。少年の意図が自然とわかる。少年と背中合わせになって2人の頭に掌を置いた。懐かしい感覚だ。
昔から何度もこうしてきた。初めて会った時も、褒めた時も、叱った後も。
触れた時、一瞬驚き固まっていたが、しばらくそのままにしていると段々と肩を震わせ身を小さくする。2人が構えていた呪具がアスファルトに当たり、軽く音を立てた。脆いガラスに触れるようなゆっくりとした速度で小さな手が伸びてくる。それを強く握り返した。
堰を切ったように聞こえ出す嗚咽に、声を掛けることもできずただそのまま手を握りつづけることしかできない。聞こえていた啜り泣きが小さくなる頃、少年は背を向けたまま口を開いた。
「僕、もう一度偽者さんに会おうと思うんです。夏油さんの目的も達成できてませんので」
「――あんた、何が目的?」
「だから、夏油さんが…」
「そうじゃない。そんなことしてアンタにメリットなんてないじゃん」
「メリットなんてはなからないんですよ。手紙を出したときも切手代と便箋代は僕負担でしたし」
「…じゃあなんで」
「――僕自身のためですよ」