少年はその続きを語らなかった。言う必要がないとばかりにさっさと話を切り上げ、美々子たちにこれからどうするのかを訊ねる。
「あいつを探して夏油様の身体を取り戻すに決まってんでしょ!」
『駄目だ、危ない。青、菜々子たちに大人しくここにいるように伝えて!』
自分と菜々子たちの板挟みになっている少年はちょっと嫌そうだ。そう言い合っているとサラリーマン風の幽霊が声を掛けてくる。
『あの、袈裟を着た男…見たんですけど…あとちょんまげの人から伝言が…』
少年は駅にいる幽霊に片っ端から袈裟服を纏った偽者の目撃情報を募っていた。報酬は相談室で悩みを無償で受けることだったが幽霊相手には案外効果があったようだ。
「伝言?どんな内容ですか?」
『「連中は虎杖に指を大量に食べさせることも計画していたようだ」と言っていました。すみません…誰の指なのか聞き取れなくって…』
「大丈夫です。有難うございます。夏油さん……イタドリという方は」
『違う』
「まだ何も言ってないじゃないですか」
『指フェチでも、カニバリストでもないし、それを食べさせようとしている方もそういう行為に快楽を得ているわけじゃない』
一時期、悟についていたので悠仁が術師にめずらしい根明で性格も良いことを知っている。そんないい子を、そして残された自分の身体を再び少年の餌食にするわけにはいかなかった。
『十中八九、宿儺の指のことだね』
「スクナの指?」
「…あっ!」
突然、少年の声を遮るように声を発した菜々子に全員の視線が集まった。
「今、持ってる。1本だけだけど…」
菜々子がポケットから封印されている宿儺の指を出し、見せる。
『ッ!なんでそんな危ないもの持ってるんだ!!早く捨てなさい!』
菜々子と美々子の前に仁王立ちになり言うが聞こえていない。
「へー、スクナの指って、本物の指のことなんですね。ツァーリ・ボンバや神の杖のような兵器の別名かと思ったんですけど」
『ある意味兵器だね。宿儺が受肉すると日本どころか世界が滅亡するかもしれないレベルの。だから呪術界はそうならないように必死なんだ』
「なんでそんな危ないものが存在してるんですか。活火山の火口からその指投げ入れた方がよくないですか」
『ロードオブザリングじゃないんだから…。そんなことは試し済みじゃないかな。それでも封印するしかなかったんだ』
少年の家で相談室が開かれている間、ぶっ続けで流されていた映画を思い出した。全3部、9時間18分の超大作だ。そろそろ魔法学校を題材にしたシリーズに変えてほしい。
「…とりあえずその指預かってもいいですか?」
「いやよ。なんでアンタに預ける必要があんの」
「夏油さんが指を持っている菜々子さんを見て死にそうな顔をしているので」
少年がそう言うなり菜々子は指をサッと少年に押し付けた。死んでいるのに死にそうな顔というのは少年なりのブラックジョークだろうか。
「…よし、じゃあ行きましょうか」
『行くってどこに?』
「偽者さんのところですよ」
「私たちも一緒にいく!」
『2人はここにいなさい!…青、君も悟にここにいるように言われてただろう』
「菜々子さん、美々子さん、夏油さんが断固拒否しているので諦めてここにいてください。五条さんは地上にいるように言ってただけなので大丈夫ですよ。移動したとしても地上にいることには変わりがない」
『屁理屈捏ねない』
「あの偽者さんの今までの行動から察するに、おそらく夏油さんの身体以外にも身体を用意していると思うんです」
『……』
「人って自身が追われているとわかったら、人目に付かないように引きこもるか、常に移動する生活を送るかのどちらかの行動をとります。もし外出するとしても人ごみに紛れやすい格好をするでしょう。あるいは整形をする人もいるかもしれません。
偽者さんはそれとは反対ですよね。あの袈裟姿では人ごみに紛れようとしても自然と人目を集めてしまう。C-4もどきの使い方を聞いたときに、封印対象者を半径4m以内で1分留めておく必要があるってあの男の人がいってたでしょう。その1分も実際の時間でなく、対象者の脳内時間での1分だと。
夏油さんの顔を使って五条さんを封印する。偽者さんが顔を弄らなかったのはこのためでしょう。その手が使えなくなった今、夏油さんの外見は不要なんです」
『……』
整形された自分の姿を想像してみたら吐きそうになった。
「ッ?!、夏油様の顔を弄る?!そんなことしたらアンタ殺してその顔剥いで晒してやるから!!!」
「いやだな、別に僕が夏油さんの顔をどうこうするわけじゃないですよ。仮定の話ですって」
『――話を戻すけど、つまりはこの機会を逃せば、雲隠れする可能性や別の身体に移る可能性があるってこと?』
「そう言うことです。夏油さんの能力ってレアなんですよね。だとしたら外見は別として夏油さんの身体をどこかに捨てることはないと思います。ほとぼりが過ぎるまで塩漬けされる可能性はありますが」
少年の塩漬けという言葉に菜々子たちは絶句する。少年はなぜ菜々子たちが動きを止めているのかわからないようで追い打ちをかけた。
「あぁ、塩漬けって言っても単なる比喩で、本当に塩に漬けるわけではないですよ。まぁ、日本では戦国時代以降討ち取った相手の首を切り落として持ち帰る際に、腐敗を防ぐために塩漬けにしてました。大塩平八郎が塩漬けされたことは有名ですね。
ヨーロッパでも第一次世界大戦の頃まで戦地から遺体を引き上げる際には塩漬けして輸送する方法を採ることもあったそうです。でもさすがに日が経つと腐りますし浸透圧でしわしわになります。そうなると身体を使うどころではなくなるので、大方冷凍保存されるか生命維持装置を付けられて置いておかれるかのどちらかじゃないですかね。前者は現在の技術では人体を冷凍すると水分が膨張して、細胞膜を破壊する可能性があるのでお勧めしません。後者は床ずれすることがあるので誰かに定期的に体勢を変えてもらう必要がありますがまだ現実的ですね。何らかの特殊能力があるなら別の話ですけど」
『……もう勘弁してやって』
菜々子たちがムンクの叫びのような顔をしている。
「……おい、アンタか、俺のこと呼んでたのは」
息を切らせやってきた高専の生徒が少年に声を掛けた。その顔を見て、ようやく問題に気が付いた。そう言えばこの子も伏黒という苗字だった。
「?、お呼びしてませんが…」
「伏黒って呼んでただろ。「墓にお供え」なんて言ってたせいで、他の奴らに俺が死んだと思われてる。誤解を解いてくれ。顔を合わせるなり念仏唱えられるなんて、縁起でもない」
「……伏黒さーん!」
少年がベンチに寝そべり酒を飲んでいる男の方を向いて叫ぶ。
「あ゛ぁ?」
「なんだ?」
2人の声が重なり、声を発したそれぞれが互いの顔を見合う。
「……ご親戚ですか?」
少年のその声に弾かれるように男はその場から逃げだした。
「……とりあえず、えぇっと、そこの方の生存情報をアナウンスしましょう。お名前をお聞きしてもいいですか?」
「――伏黒 恵」
「わかりました」
《えー、マイクテストマイクテスト、先ほどアナウンスした情報に修正がありまーす》
《伏黒恵さんは無事でーす、先ほどアナウンスした伏黒さんは、伏黒恵さんではなく別の方でーす》
「……これでいいですか」
「…ああ」
なんとも言えない空気が残った。
「あ、伏黒恵さん、もし五条さんに会うことがあれば、如月は偽者さんを追跡中ですって伝えて頂いてもいいですか?こればっかりは拡声器で言うわけにはいかないので」
「は?」
「私たちも行く!」
『駄目!』
「……すみません、お待たせしました。袈裟服の人がいたところに連れて行ってもらってもいいですか」
言い合いをしているのをスルーして、待ちぼうけをくらっていたサラリーマンの幽霊に少年は頭を下げて言う。
「なんだお前…」
何もない所に話しかけだした少年に恵はちょっと引いている。