少年と2人で歩く。しかし足音と影は1つしかない。菜々子たちとはつい先ほどわかれたばかりだ。胡瓜に驚いた猫のように逃げた男が戻ってくるのを待った方が良いと諭しているにも関わらず、それを聞こうともしない。
「そう言えば、この指ってこれ以上細かくできないんですか」
少年はそう言って菜々子たちから回収した宿儺の指をまじまじと観察している。
『できないと思うけど…細かくしてどうするの。呪いの塊だし食べたら死ぬよ』
「それって脅しじゃなくて本当に死ぬんですか」
『猛毒だね』
術師にとっては常識だが、少年は非術師だ。知らないのだから疑っても仕方がない。
「見た感じ単なるミイラにしか見えませんね、でもこれをイタドリさんという方は召し上がったんですよね」
『偶発的に起こった事故だよ。誰も好き好んで食べる訳ないでしょ』
「1366年に学者の陶宗儀という人によって書かれた「輟耕録」という随筆の中では、手足を怪我した人がミイラを食べるとたちどころに治ると記されていました。16世紀からはヨーロッパでも薬として使用されていましたし、江戸時代には大名の間で人気でした。時代と場所によっては物の捉え方も変わるんですよ。ジュジュツシの中でもトライしてみようと思った人っていないんですか?」
『術師なら一目見てヤバいとわかる代物なんだ。それに宿儺の指だけじゃなくて普通の呪霊でも食べれば即死だよ』
「……それって、毒物検査で引っ掛かりますか?」
嫌な予感がする。
『…非術師が使う検査ではわからないと思うけど』
「粉末にしてメルカリで売ればひと財産築けそうですね」
『メルカリ』
「0.1㎎10万円とかで」
『…欲しがる人いる?』
非術師にとって役に立つどころか害にしかならないものだ。まだ獄門彊の方が使い道がある。
「人間全員が聖人君子なわけないじゃないですか。教師でも悪口は言うし、政治家でも賄賂を受け取って失脚した人は何人もいる。人間生きているといつの間にか恨まれることも嫌われることもある」
『それはそうだけど…』
「”姑や夫の食事にだけ塩多めに振っている人向けの商品”として売り出せば薬事法にも引っかからないはずです。値段も少し高めにしておけばいたずらに使われることはないと思います。キャッチコピーは”餅や塩より確実に早い”」
『キャッチコピーからして殺意が高い』
「合法的にできるならやりたい人もいるんですよ。…もしかしてこれ防腐液とかに漬けたことありますか?」
『たぶん自然乾燥だと思うけど…』
呪いを解くために護摩でガンガン炙られたことならありそうだ。
「じゃあ科学的にはタンパク質の塊ですね。成分表示的にも問題はなさそうで何よりです」
『ちょっと待って、本当に売り捌くの?』
「そうですが」
さらりと流す少年に唖然とする。やはり少年に持たせた方が危険だった。良心というものが欠片もない。
『日本全土を呪われた地にするつもり?』
「別にいいじゃないですか。アメリカには”卵は1つの籠に盛るな”という諺があります。リスクは分散させておいたほうが吉です」
『リスクじゃなくて呪いを分散させてどうするんだ』
「危ないからまとめて封印しておくのって個人的に好きじゃないんです。危険や帰責をそこに押し付けている気がして。ほら、死刑に対しての議論と同類ですよ」
話が飛躍しすぎてついていけない。
「別に死刑に反対も賛成もしているわけではないんですが、スイッチを押すのが刑務官の仕事っていうのがしっくりこないんです。国民の法律で裁き、刑を下したのだから息の根を止めるのも国民全員でするべきじゃないのかと思いまして」
『息の根』
「裁判を見に行ったことがある人って少ないんです。刑務所なんて忌避している人さえいる。それなのに凶悪事件が起これば容疑者をさっさと死刑にしろなんて意見も出る。それを言った人は言いっぱなしで死刑判決が出ただけで満足をして頭の中から綺麗さっぱり消してしまう。臭い物に蓋をして綺麗なものだけ見ようとする。
それなら全員に責任を分配させるために18歳以上の国民全員に死刑執行のボタンを持たせて、毎日12時に同時に押させる方が健全な気がします」
『それが非現実的であることは流石にわかるよ、俗世間から距離を置いてた私でも』
「あぁ出家されてたんですよね」
『出家じゃない』
「家出ですか」
『違う。…兎も角、責任云々は置いておいて、宿儺の指を粉にして全国に分散できる算段があるの?買い手が各都道府県に均等にわかれるとは思えないけど。売れない場合ずっと手元に置いておくつもり?』
「売れなくても粉にさえできれば最終的に海に散骨という手段があります」
『散骨じゃなくて投棄だね』
「日本の海域を流れる黒潮は南極環流やメキシコ湾流と並んで世界最大規模の海流なので上手く全世界に散らばってくれると思うんです。
散骨の文化は主流ではありませんでしたが昔から存在しました。淳和天皇が自分の骨を砕いて山に撒くようにと指示したこともあります。江戸時代の檀家制度の強化によって散骨は更に数を減らしていましたが、最近では時々あるそうですよ」
『新手の世界規模のテロ?』
流石にそんな危険な方法は思いつかなかった。非術師がいない世界を作ろうとはしたが、決して死海を作るつもりはない。
「散骨です。まぁ、粉にできないのでこんな議論しても意味がないんですが」
『……宿儺の指が頑丈でよかったって初めて思ったよ』
少年が口を閉じ、ぴたりと足を止めた。
「……着きましたね」
そう言うと一息ついて、少年は白い囲いの中に入っていく。
工事途中でコンクリートがむき出しとなっているためかどこか硬質な空気が漂っている気がした。
「―――こんばんは、偽者さん。また会いましたね」
少年のその声に、偽者が振り返り目を細めた。